四人はシロガネ山の麓を進む。向かってくるポケモンの数は何処から沸いてきたのかと思う程に多かった。しかしその全ては、黒き英雄の前に地に伏していく……。
メイが繰り出したゼクロムは恐ろしい程に良く鍛えられていた。繰り出す技の威力や制御は勿論、不意打ちでダメージを負ったとしても、まるで問題が無いかのように悠々と返し刃を向ける。しかし何よりコトネが舌を巻いたのは、ゼクロムの桁外れな力ではなく、メイのトレーナーとしての資質だった。
シロガネ山の麓。元より高レベルのポケモンが徘徊すれば、そこで待ち伏せている操られたらしい野生のポケモンは、更にその上をいっている。見覚えのあるポケモンを見つけたコトネは、そのポケモン達が『完成形』と言われるレベルに近い事を得意の目利きで察して、思わず背筋をゾクリとさせた。
ともすれば、ベテランのトレーナーでも意表をつかれるような掠め手を使ってくる頭の良いポケモンもいる。元の知性が低いポケモンならばまだしも、エスパータイプやゴーストタイプのポケモンはとてつもなく厄介と言えよう。
勿論一体一体ならば問題はない。コトネ達が持っているポケモン達は総じて『完成形』そのものだろうし、伝説級のポケモンさえいる。
だが、果たして、同時に何十ものポケモンが徒党を汲んで襲い来た時、最も厄介なポケモンを一瞬で判断出来るトレーナーがどれ程居るだろうか。少なくともコトネは、記憶の片隅でホウエンのポケモンだと覚えている一つ目のゴーストポケモンをゼクロムが倒し、敵のポケモン達の統率が崩れたのを見て、「あのサマヨールが仕切ってたのか……」と呟いた。
つまるところメイと言う女性は、自分よりも優れたトレーナーだと、コトネは察した。かいつまんだ身の上話を聞いた時こそ、何故トウコと言うトレーナーがNの協定を立ち上げなかったのかと思ったものだ。それにサクラによればNの協定から給金を受け取っているとも聞いたし、営利組織とも言えるものにポケモン協会の会長たるシルバーが具申しない理由も気になっていた。しかし、ここに至ってそれら全てに得心がいった。
――メイちゃんのカリスマ性たっけー。
なんて、コトネはそう思った。
イッシュ最強の称号は伊達ではない。その座に君臨してからどれ程の時間が経っているかは知れないが、少なくとも彼女が居ればヒビキさえも圧倒しそうな気がした。少なくとも、今まで見てきたトレーナーの中では文字通り『最強』だろうか。
いや、待て。
一人だけいるじゃないか。メイでも敵わないんじゃないかと思えるトレーナーが。『あの時』から一〇年以上経った今は、果たしてどれ程の高みに居るかさえ分からないトレーナーが。
そして『彼』は――。
「おい、呆けてねえでいくぞ」
「んあ」
先行するメイに感心するあまり、コトネは少し遅れてしまったいたらしい。間抜けな返事と共に視線を向ければ、シルバーが呆れた様子でこちらを見ていた。そして彼と歩調を合わせて歩くアカネは、どこかニヤついているようにも見えた。
先程まで電話をしていたシルバーはまだしも、どうやらアカネには一部始終の表情を見られていたらしい。……まあ、呆然としていた事だろう。変な表情を覚えられていないと良いんだけどと、コトネは脳裏に宿る懸念を振り払うように首を横に振り、肩を落としながら足を早めた。
一行の進撃は日が天頂に位置する頃から始まり、やがてその日が橙の色に染まる頃になって区切りを迎える。高レベルのポケモンが徘徊する以上、視界が悪くなる夜間の行動は
「ポケモンセンターか、俺が以前使っていた家に行こう」
一行はシルバーの提案に頷いて返す。
以前サキが議題に出した事も助けてか、はたまた夜が危ないのは満場一致の感性だったのか、反対のはの字も挙がらなかった。その様子にシルバーは良しと頷く。
「夜は動きづらいしそれは賛成やねんけど、どっちに行くん? シルバーん家言うても、残っとるかわからんの違う?」
彼の頷きに続くように、アカネがそう言及した。とすれば、シルバーは首を横に振る。
「いや、生態系を崩すポケモンが徘徊しているのにポケセンから救援連絡が入った様子はない。……つまりポケセンが壊滅している可能性だって低くはない訳だ」
男は何とも無いようにそう言った。
あまりにあっけらかんとした口振りに、一同は目を瞬かせる。有り体に言って、理解が追い付かなかった。
「……酷いですね」
やがて最初に理解が出来たらしいメイがそう零す。
かつては加害者側だったからだろうか。意識を操られていたとは言え、決して裁かれる事はなかったコトネの胸が、彼女の呟きにチクリと痛んだ。
「……まだ決まった訳やあらへんやろ。行くか?」
アカネはそう零す。彼女が支持しているのは、おそらくポケモンセンターだろう。
「一応、無事に残っている可能性が高いのは俺の家だ。長らく放置してはいるが、元より野生のポケモンが寄り付かない場所にしてある」
だから、とシルバーは続けた。
「万全を期すならば俺の家が無難だな。もしもポケセンが既に壊滅していた場合、ろくに休めずに進む事になる」
つまり彼は自身の家を勧める訳だ。
もしもジョーイが窮地に立たされていた場合を考えれば、些か無慈悲とも言える発言だが、ここで選択を誤れば彼の言う通りろくに休めない。
「私はどちらでも。慣れない土地なので私が意見するのも野暮ですし」
と、メイ。しかし言い分こそ最もながら、彼女はおそらくジョーイの身を保護出来る可能性を重視したいだろう。付き合いが浅いコトネからしても、彼女は何よりも命を大切にすると思えた。
一同の視線はコトネに向く。
「俺はシロガネ山内部を調査した事があるが、踏破するまでは至っていない」
「うちもここに来るんは初めてや」
つまり丸投げか。
コトネは溜め息を吐いた。それはそれは落胆したと言わんばかりに肩を落として、深々に声を出しながら「はぁ」と零して見せた。
不躾な行いだとは思うが、コトネからすればハッキリ言って一択だ。迷う必要性さえ感じない。
胸に宿るチクチクとした痛みに、心の中でごめんと告げながら、コトネは面を挙げる。
「あのさ、三人とも失念してる。
かのジョーイが生き残っていて、明日までに致命的な被害を受けたなら……。
――その責任は全て負おう。
「私はシルバーの家に行くしかないと思う。私が敵側なら、先ず目立った補給場所は絶対に潰してるし。……何より――」
コトネは言葉を一旦切って、右手に聳える岩肌ばかりが目立つ巨大な山を見据えた。一同の視線も自分に倣ったのをなんとなく察して、再び口を開く。
「
そう零す。
脳裏に宿るは赤と白のジャケットに身を包み、ジーンズを履いた少年の姿。キャップ帽を深く被っていたせいで顔までは覚えちゃいないが、今はあの時よりもずっと成長しただろうか。……いや、あれから随分と時が経った。自分も婆さんと呼ばれる事を危惧する歳だ。自分より三歳年上らしい彼が、未だ少年の姿な筈がないだろう。
シロガネ山とは、そう……。
コトネとヒビキしか知らない地だが、この山は
レジェンドホルダーなんて言葉が生まれたのは、まさしく彼が『
もしもあの男が敵側にいるのならばぞっとする。果たしてあれから一〇年以上経った彼に、太刀打ち出来る人間はこの世界に何人いるのか。あの時彼と戦ったヒビキは勝利をおさめはしたが、コトネから見てもあれは『運が良かった』。何十と回数を重ねれば、負け越したに違いないとヒビキ自身も言っていた。
何より、ヒビキのホウオウを撃ち落としたあの黄色い電気ネズミポケモンは、全てのタイプ相性を克服し、この地上に生きとし生けるポケモンのうちで『最強』の名を冠するのではないかとさえ思ったのだ。
全ての伝説の始まり――原点にして頂点。
「……リビング・レジェンドか」
「マサラの英雄……ねえ」
その強さを真に知らないシルバーとアカネは察するも呆けたような様子だった。しかし横で俯くメイは――。
「……居ない事を、敵じゃない事を祈りましょう」
何時もよりも目を大きく開き、肩で息をしているように焦ったような姿だった。