天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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Prelude.

 コトネの『なんとなく』は的中していた。いや、おそらく聞けば全員がまさしく『そんな気はしていた』と語るだろう。そこにいる四人は生ける伝説として名を馳せた面々。史上初の快挙を成し遂げた者や、今まさに伝説を残そうかと言うマスタークラスのレジェンドホルダー四人だ。

 

 これぐらいの危機を察知出来なければ、ここに至るまでの地を歩めた訳がない。

 

「ジャローダ、リーフストーム!」

「バンギラス、破壊光線」

「ピクシー、吹雪や!」

「メガニウム、ソーラービーム!」

 

 四者四様の指示が飛ぶ。

 

 その度に壮絶な技が、襲い来るこの地には居ないようなポケモンを蹴散らしていく。

 

 まるで巨大な刃のようにさえ見える草の行軍。人の身よりは大きいとは言え、何処にそんなエネルギーを溜めていたのかと言う極太の光線。初夏の大地を真白に染めて即座に積雪さえしてしまう程の大雪。大してチャージ動作もしてないくせに反動でメガニウムの巨体がノックバックする程の巨大な閃光。

 

 その殆んどが四人へ襲い来る数多のポケモンを手際良く地に沈めていく。攻撃をまともに食らったポケモンは絶命こそしないように手加減はされていたが、一目にすぐには動けないだろうと言うぐらいには蹴散らされていった。だが、一蹴とはいかない。

 

 かつてはヒビキと歩んだ道のり。

 

 確かに野生のポケモンは多かったし、強かったとは思う。しかしながら通路を出てすぐに囲いこんで殺しに掛かってくる程、血気盛んなポケモンは居なかった。そして何より――。

 

「クソッ! あいつ炎タイプ複合なの!?」

 

 コトネのメガニウムが放ったソーラービームを、身体を激しく発熱させて燃やし尽くす勢いで炎を纏い、耐えて見せたポケモン。黒い斑な模様をした鳥のような姿で、コトネの記憶には存在しないポケモンだった。

 

 見た目から飛行タイプであろうとは思ったが、不得手なタイプがひとつあるぐらいなら倒せると思った。しかし、おそらく記憶が無い一〇年間の間に出てきた新種のポケモンなのだろう。伝説の霊鳥やリザードンと同じタイプを持ったポケモンとは……!

 

――こんなポケモンがこの白銀山にいる訳がないのに……!

 

「ファイアローだ。炎飛行の複合だから草は殆んど効かねえぞ!」

「バカシルバー! あんた協会の会長っしょ!? なんでこんな好き放題させてんのよ!」

 

 横から飛んできた石の杭に胴を打たれ、ファイアローと呼ばれたポケモンは羽ばたきを止めて墜落する。ドサリと地面に落ちる姿を横目で見送りながら、コトネはメガニウムにソーラービームを充填させた。

 

 次に狙うなら確実性を取るべきか……。

 

 コトネは視界の端に見えた紫の体躯を持つ岩石のようなポケモンを指差した。

 

「メガニウム! 確実に倒せるのからいきなさい!」

 

 その指示にメガニウムは大きな口を目一杯に開き、野太くも可憐な声で応える。即座に襟巻きのような大輪から破壊光線とよく似た緑の閃光を放った。……どうやらあの紫の体躯をしたポケモンは間違いなく岩か地面タイプのポケモンだったようだ。一撃で意識を朦朧とさせたようにふらついている。

 

 しかし――。

 

「コトネ! ギガイアスは一撃じゃ沈まんで!」

 

 そう叫ぶアカネがミルタンクを繰り出し、その丸い体躯を活かした転がるをお見舞いさせる。その一撃でギガイアスと呼ばれたポケモンは完全に倒れたが、どうやら首の皮一枚を繋ぐような特性があったらしい。

 

「クソッ。新種ばっかじゃん!」

 

 悪態を吐きながらコトネはシルバーと背中を合わせ、彼の返答に耳を寄せる。

 

「知るかよ! 半年前の調査じゃあなんともなかったんだから仕方ねえだろ!」

「毎日調査しろよバカ!」

「シロガネ山だぞ!? 出来るか馬鹿野郎!」

 

 生態系に無い筈のポケモンが居た。その全てはコトネ達の行く手を阻むかの如く襲い掛かってきては、撃退されていく。しかしながらその数の多いこと。

 

「くそ、キリないでこんなん!」

「じり貧ですね……」

 

 通路を出てからまだ一〇分と経っていない。シルバー曰くゲートの保安官には口外無用と告げている事もあり、すぐの援軍は先ず期待出来ない。名目上は極秘調査としていた。

 

 四人で背中を合わせて、目の前にポケモン達を並べる。布陣としては隙も無ければ、実力的にも野生と同等に見える相手に後れをとる事はないだろう。しかしメイが零す言葉通り、まさしくじり貧。

 

 目の前には一〇〇匹は居ようポケモンの群れ。更にコトネからすれば殆んどが初見のポケモン達だ。

 

「どないするん!? 退くのは無しやで!?」

 

 アカネの悲鳴のような声が上がる。彼女の前でミルタンクが向かい来る猛牛のようなポケモンへラリアットを食らわせ、そのまま乗し掛かって意識を奪っていた。

 

「使うしかありませんね……」

 

 そこでメイがぼやく。

 

「皆さん!」

 

 そして一喝。

 

 こんな所で足踏みしている時間は勿体無い上、体力も無駄には出来ない。相当数用意してきているとはいえ、回復薬にも限りがある。

 

 勿体ぶっているほうが危ない。

 

「ポケモンを仕舞って下さい!」

 

 言うや否や、メイはMの烙印がされた紫のボールを宙高く投げる。その姿を脇目見た一同は声を掛け合い、ポケモン達をボールへ仕舞った。

 

 メイは高らかに叫ぶ。

 

「ゼクロム、蹴散らしなさい!」

 

 そして閃光。

 

 マスターボールから解放されたポケモンは、黒き英雄の姿。力強い四肢を持ち、いちポケモンとしてはあまりに巨大な体躯を背の羽を羽ばたかせる事なく宙に維持し、身体中から青白い電光をバチバチと放っている。その双眸は一度ばかりメイの方を慈愛深く見て、やがて円周上に一同を囲うポケモンを一瞥した。そして――。

 

「――っ!!」

 

 猛々しい咆哮。

 

 ゼクロムと呼ばれたポケモンの尾らしき駒のような部位が激しく発光。甲高い機械音のようなものが響き、先程まで快晴だった空にどす黒い雲が現れる。

 

「皆さん! ゼクロムの下に! 早く!!」

 

 メイの声は爆音と言うべき充填音の中でも良く通った。声を掛けられては転がり込むように彼女の指す位置へ向かう。

 

「な、何このポケモン!?」

「なんや偉い凄いポケモンやん」

「ゼクロム……。イッシュの伝説級だ」

 

 三人の雑談染みた言葉を尻目に、メイは一同がゼクロムの下に避難し終えたのを確認するや否や、頭上で咆哮する黒き英雄へ叫ぶ。

 

「殺しちゃダメよ! 手加減しなさい!」

 

 そして――。

 

 地を穿つ極太の雷が大地を揺らした。真白に染まる視界と、脳までも揺らすかのような轟音が意識を奪っていくような錯覚さえ覚えた。

 

 言葉にして、一瞬。

 

 耳を塞げと、目を閉じろと、そういう忠告をしろよとコトネは思った。視界は真っ白けになり、耳はキーンと言う耳鳴りで一切の音を受け付けない。むしろゼクロムが披露したのが『雷』だと言う事さえ、そこらの電気タイプのポケモンが扱うそれと威力が桁違い過ぎて理解出来なかった。

 

 そしてたっぷり一分程経って、ようやくにして視界に色が戻ってきた頃には、コトネは「うわぁ……」とぼやく。ぼやいたとは言え、自分の耳にさえ届かなかったが。

 

――メイちゃん、殺すなって指示してたよね……。

 

 大地に深々と空けられた大穴。あまりの衝撃に辺りの木々はなぎ倒され、穴の縁は大地が赤く焼けていた。避雷針になろう木々さえも無視し、大地を焼く程のエネルギーで、且つ地面に大穴を空けるような衝撃の雷。いや、多分そこはポケモンが居なかった場所なのだろう。メイはにっこり笑顔でうんうんと頷いているし、おそらくは……多分……そうであって欲しいと祈るばかりだ。

 

 次第に戻ってきた聴力に促されるように立ち上がり、辺りを確認する。ゼクロムと言う名前のポケモンが放ったらしい雷――ここでコトネは雷だったんだと察した――は大地へ飛来したが、どうやら直撃していない筈のポケモン達は麻痺してしまっているようだ。一様に地へ伏して項垂れ、痙攣している。

 

 地面を複合しているらしいポケモンがまだ数体残っているが、殲滅を任されたゼクロムが青い炎を吐き出しては確実に戦闘不能にしていっている。……どうやら数分とかからず制圧出来そうだ。

 

 その様子を見て、コトネはふうと溜め息を吐く。

 

 三人へ視線を寄せれば、メイこそはゼクロムへ指示を出し続けているが、シルバーとアカネは自分と同じく安堵の息を吐いていた。思わずコトネは肩を竦める。

 

「……これ、シルバーの始末書で済むの?」

 

 そう零す。

 

 人がそうそう立ち入らない地とは言え、地面に大穴を空けてしまったのだ。やむを得なかったとはいえ、これは中々な大問題だろう。

 

「済まへんやろ。地形変わっとるやん」

 

 と、アカネ。苦笑いするしか無い様子だ。おそらく自分も苦笑いをしているのだろうとコトネは思った。

 

「全責任は協会持ちでお願いしますね!」

 

 そこへメイが耳聡くにっこりとそんな事を言う。なんとも気持ちのいい笑顔だった。

 

「已むを得なかったしな……」

 

 どうやら予定調和だったようで。苦笑いを浮かべながら、シルバーは事もないような様子で眼鏡を外し、レンズを拭いていた。

 

「いや、まあ……」

 

 そう彼は改まって零す。辺りを見渡しながらさぞげんなりした様子で、肩を落とした。

 

「いちいち捕獲して洗脳して連れ込んだとするなら、それはそれで脱帽もんだな、俺は……」

 

 乾いた笑い声を上げながら、彼はPSSを取り出した。おそらく倒した別地方のポケモンを保護させようと言うのだろう。通話が始まるなり彼は一行から外れていった。

 

「……そっか、ホウオウの洗脳か」

「せやろ。そうやなきゃ野生のポケモンが徒党を組んで襲ってくるなんてありえへんて……」

「だね」

 

 シルバーがぼやいた言葉をアカネと確認し合い、コトネは深く頷いた。

 

――と、すればだ。

 

「つまりこの先にヒビキが居るのは間違い無さそうね……」

 

 そう言って先に進む道を臨む。

 

 以前来た時と風景こそ変わりなく、壮大たる白銀の山は夏だと言うのに頂上は雪化粧をしていた。おそらくは、あそこに……。

 

 コトネは舌打ちひとつ、胸の前で拳を手の平に合わせ、ボキボキと音を立てて指をならした。

 

「……ぶっ飛ばしてやるから、待ってなさいよね。ヒビキ」


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