天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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第九話
プロジェクト・オブ・水入らず【フジシロ】


 フジシロに与えられたミッションは、割と面倒な事だった。殊これにおいては、依頼主たる子供達が温厚なフジシロにとって愛すべき友人でなければ、引き受けなかったかもしれない程だった。尤も、彼自身は提案を二つ返事で了解したものだが。

 

 しかしながら少しばかりの老婆心があって、フジシロは子供達に提案し返す。

 

「僕が場所を用意してあげよう。とりあえずあまり時間が無いからね。夕飯をとって少しぶらつくぐらいにしか調整出来ないけども、その後は大人しく帰ってくるんだよ? いいね、帰ってくる事だ」

 

 約束と言えばあまり翌日に疲れを残さない事。フジシロも子供達……特には母親と再会したばかりのサクラが抱く気持ちはちゃんと理解出来た。普段は何事も裏目に出ては、それでも能面の如く表情を崩さない彼だが、どうしてかその時ばかりは微笑むように笑っていた。

 

 フジシロは場所のセッティングをPSSで二三通話すると済ませてしまい、子供達に走り書きをしたメモを渡す。それぞれ別な店で予約を取ったから、後は君達の好きにすると良い。お金は先の借りもあるし、私が引き受けよう。とまで言ってくれる様。子供達は少しばかり唇を尖らせ、そこまでしっかりとしたお膳立てはいらないと言うものだが、どうして彼は譲らなかった。

 

「孝行したい時に親はいないものだよ。時に君達より君達の両親は早く亡くなる事が世の常だ。なら思い出に残す店をひとつふたつ増やしておくべきなんだよ」

 

 饒舌に、実に雄弁にフジシロは語る。加えては彼は気恥ずかしそうに頬を掻き、「それに」と続ける。

 

「さっきのバトルで僕のパートナーが満足しているからね。君達に協力をして裏目に出ないのは、もしかすると千載一遇のチャンスかもしれない。僕に借りを返す機会を与えて欲しい。与えて欲しいものだよ」

 

 そこまで言われては、子供達が尚食い下がる理由はなかった。ただ、お金についてだけはちゃんとしたいとして、それぞれが払おうとする。

 

 特に財布事情が優れないサクラはサキに助けられる形となったが、フジシロは頑なに譲らない子供達にそこは仕方ないかと頷く。結局、凝り固まるのもなんだしと、サクラだけは『高級』の二文字が外れた店を予約するに至ったわけだ。

 

 

――題して、『親子水入らずプロジェクト』。

 

 

 その始動は、彼女らの両親が帰ってくる一時間前に、子供達が身なりを整えて飛び出していったところからスタートした。

 

 邸宅のリビングに一人残され、フジシロはさぞ愉快そうに笑う。

 

「さあーて、メイさんと悪いことしなくちゃね。しなくちゃだ」

 

 腹をポンポンと叩き、必然的にプロジェクトマスターを引き受けた彼は、珍しくも相貌をにやりと歪ませる。ポケットから取り出したるはPSS。今一度発信履歴から通話を押すと、彼は悪い笑顔を浮かべながら口火を切った。

 

「さっき予約したフジシロだけど……。Nの協定の名のもとに『おまつり』の指示だ。うん? ああ、君は新人かい? 店長に至急伝えて欲しい。『おまつり』だからさっき予約した席に監視カメラと盗聴機を仕掛けておけと。加えてそのデーターはコガネテレビ局の裏ビジョンに回しておいてくれってね。いいかい? このミッションには世界の危機がかかっているよ。このミッションが失敗でもすれば、Nの協定の『魔女』が大暴れするからね。いいね?」

 

 そして、似たような通話をあと二回するのだった。更に加えては今一度PSSを開き、メイの端末にメールを送信した。

 

『コガネ裏ビジョンにて待ちます。偶発的おまつりが発生したので、場所を整えました。フジシロ』

 

 そして男は書き置きを残して、アカネ宅を去っていくのだった。その相貌が浮かべるのは、まるで昼間のバトルに見せたかのような愉悦で、どうにも彼は悪い顔を辞める事が出来ないようだった。

 

 お礼とばかりに承ったプロジェクト。強いては面倒な筈で、普通ならば緊急時だぞと苦言のひとつがあっておかしくない話なのだが、男にとってそんな事は関係ない。『景気付け』と言わんばかりのおまつりなのだから、楽しむ他はないのだ。

 

 そこに『野暮』だとか、『無粋』だとかと言う感性はない。もしも本当にそう感じたならば、その時はテレビを切ってしまえばいいのだから。

 

 普段はフジシロへ高圧的に接するアキラ。友人として悪い笑みを浮かべ合うサキ。可憐ながら可愛らしく、親子水入らずには初々しいサクラ。むしろこんな一同が『親との時間が欲しい』と言うなんて、可愛らしいとしか言う他はない。

 

 そして、そんな可愛らしい子供達を愛でる機会を敢えて失う理由など、どこにもない。そんなモラルならばさっさと棄ててしまえ!

 

 案の定、コガネタワーの最上階に位置するコガネテレビ局の一室でフジシロのもとを訪れたメイは、その美しい相貌に涎と紅潮を臆面もなく垂れ流しにした姿で現れた。「良くやったわフジシロ。流石協定の誇る悪のり番長だわ!」と、興奮を隠しもせずに。

 

「私達の夕食は申し訳ない。出前になりますが構いませんかな?」

「ええ、勿論。ぐふふふふ……サキやサーちゃんは勿論、あの抜群に気取ったアキちゃんがどんな顔を見せてくれるのかな……ふふふ、ふひひ」

 

 ここにメイの本職たる映画のプロデューサーが居たならば、きっと彼女は『魔女』としての大役を請け負うに違いない。白が基調の会議室のような大部屋で、茶色い長机に黒い革貼りの椅子へ腰かけてみると、目の前の大画面液晶が三分割して表示された。一応その部屋はコガネテレビ局の応接間でもあり、強化ガラスの壁からは展望台宜しくコガネの景色を一望できるものだが、二人はさしあたって全くそんな景色に興味はないようだった。

 

 天井から宙吊りにされる形の大画面を二人は見守る。まだ子供達の他は誰も訪れていない。

 

「……と、そうだ。アキラちゃんに関してはジムが終わっているので、アキナ氏も呼びつけてありますよ」

「おお、流石ね。フジシロ」

「そして一応トウコさんに声をかけたりもしたのですが、彼女は先のエンテイ、ライコウの捜索でフスベに居るらしく、残念がっていました」

 

 話の折りで出てきた名前に、メイは不意に弛みきった相貌を強張らせる。双眸を細め、眉を僅かに寄せると「……そう」と返す。

 

 メイは改まってフジシロに顔を向けた。向かい合う形で座る二人は、そこで初めて顔を合わせて言葉を交わす。

 

「トウコさん、他になんか言ってた?」

 

 フジシロは僅かに顔を伏せ、首を横に振る。

 

「芳しくない、と……。エンテイ、ライコウは既に捕縛された可能性が高い。強いてはビクティニがあまり笑っていない事から、シロガネ山の強襲はハズレか敗退の可能性もあると」

 

 メイは再び「そう」と返す。加えて彼女は天井を見上げながら、それでも手を引く訳にはいかないと零した。そして一息吐いては身体を起こす。

 

「例え勝利のビクティニが微笑んでなくても、やるべき事をやるだけよ」

 

 フジシロはこくりと頷いた。

 

「勿論です。さしあたって私は、何があっても彼女達の危機にはすぐに駆け付けられるようにしておきます」

 

 言葉を受けて、メイは相貌を伏せた。

 

「悪いわね……。エンジュがあんな様なのに。せめてマツバさんが動けるようになるまでに何かありそうなら、別の代理がすぐ立てるよう計らっておくわ」

「……申し訳ない。ありがとうございます」

 

 頭を垂れるフジシロに、メイは首を横に振った。

 

「いいえ。あの子達の事は貴方の為だけじゃないもの……」

「それでも、『七年前』の事件の事を私情として私は持っていますので……」

 

 ふうと、フジシロは息を吐く。

 

 そして会話の切れ目を察しては、おもむろに懐から簡素な袋を取り上げた。立ち上がって身を乗り出しては、その袋をメイに渡す。

 

「サキとサクラちゃんからです。師匠として、貴女にと……」

「……そう」

 

 袋の中には、ホウエン産に見えるガラス細工が入っていた。取り上げて眺めると、中が光を乱反射しては多彩に見えるイヤリングだった。

 

「ほんと……危機感ないんだから」

「私達もですよ」

 

 フッと笑うメイに、フジシロは肩を竦めて見せた。それもそうねと返し、液晶へ向き直る彼女を傍目に、フジシロはふうと息を吐いた。その相貌はいつになく、再び『おまつり』へ戻ろうと言うのに、随分険しい。

 

――何があっても、僕は君達を守ろう。それこそ、その時、この命をパートナーに明け渡したとしても……悔いはないさ。

 

 画面に映る三つの景色を見て、フジシロは静かに決意を固めていった。




少し蛇足ながら、フジシロの一人称について。

基本的に慣れ親しんだ間柄では『僕』。心許す場合でない際は礼節を守っての『私』。加えて目上に対しては『私』。と、使い分けています。

少しばかりごちゃっとした場面があれば、成る丈気を付けているのですが、もし使用ミスがあれば生暖かい目でスルーしていただければと。

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