天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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フジシロと言う男

 カンザキから『対P波装置』を受け取った面々は、翌日に別れる事に相成った。

 この先どうなるかはまだ未定だが、空振りに終われど、事態を治めるに至れど、コトネは今一度アカネ宅に戻る運びだ。メイやシルバーとは違い、彼女には帰るべき所が無いので、コガネで子供達の帰りを待つとした。

 他の面々は言わずもがなだ。

 帰るべき場所へ帰る。

 

 その為に先ずは……。

 

「じゃあサキ、サクラちゃん……バトルしようか」

 

 予定が決まってすぐ、フジシロはついに約束を果たそうと向き直った。

 サキはおうと返事し、サクラは遅れて深く頷いた。

 

 一同は三人を先頭に、バトルフィールドへ出る。

 外は昼過ぎで、まだ日の光が暴挙を振るう時間帯。

 その陽射しを認めて、フジシロはうんと頷く。

 

「日の光が出ている内は僕のポケモンも全力を出せないからね。良いハンディだろう」

 

 ここに至って説明は要らないだろう。

 フジシロはそう言わんばかりに、言葉を続けなかった。

 

 その男、エンジュシティのジムリーダー。

 言わずもがな、使うポケモンは宵の申し子たるゴーストポケモンだ。

 

 バトルフィールドで相対する。

 バトルはサキから順に行い、それぞれフジシロの手持ちポケモン一匹をフルメンバーで倒しきれれば良いとされた。

 サキを見送ったサクラは、他の面々と共にバトルフィールドからは少し離れ、椅子に腰かける。

 

 審判は例に倣ってアカネが務め、彼女が両者の間に立った。

 

 モヒカン頭で恰幅の良いフジシロは、その身を薄手でオレンジ色のシャツを纏い、更にその上から紺のオーバーオールを履いていた。彼はトレーナーゾーンで一歩足下を改めて、普段はキョトンとした顔が印象深い顔を珍しくにやりと歪ませた。

 

「漸くにして……だ。本当に漸くだよ……。君とサクラちゃんと相対する日を、キキョウで出会ったあの日から、ずっと待ってきた」

 

 黒いスラックスと、赤のワンポイントが映える黒のカーディガンを纏い、サキは不敵に笑う。髪をほどいて、頭を振って、風に靡かせた。

 

「おあつらえ向きだな、フジシロ。待ってたのは俺もおんなじさ」

 

 にやり、サキがそう笑えば、フジシロはさぞ愉快そうに腹を叩いた。

 

「いやはや、中々君も様になった。本当に様になった……。らしくもなく昂ってきたよ」

「……ハッ。ほんとらしくねえな」

 

 一笑に伏し、二人は相対する。

 

 アカネが両者を臨み、こくりと頷いた。

 手旗が挙げられる。

 

 その様子を認めたフジシロは、ボールを構える。

 

「サキ、これから君はゴーストポケモンの恐ろしさを初めて体感するだろうね……」

 

 そして、投てき。

 

「行こうか。パンプジン」

 

――ゾクリ。

 

 相対するサキの背筋が凍った。

 少年の目前で普段の飄々とした態度を一転させ、どす黒い笑みを浮かべるフジシロ。

 辺りは快晴の筈なのに、その顔は真っ暗な闇を落としたかのように見えた。不穏な空気を醸し出す雰囲気は、相対する彼のみに留まらず、見守る面々さえ錯覚を覚える程だろう。

 

 現れたポケモンはカボチャのような胴を持ち、愛らしい顔を胴から伸ばすポケモン。

 髪のような両腕を持ち、優しげにも見える筈の相貌は、しかし不気味に笑う。

 

 驚くべきはその体躯の大きさで、サキの身の丈を凌駕する大きさを持っていた。

 低い声で鳴く様は、凍りついた背筋を怪しく撫でるよう。

 

「……上等ぉ」

 

 サキは身震いする身体を武者震いだと叱咤し、ボールを取り上げた。

 

 パンプジンがなんたるポケモンかの知識は彼にちゃんと備わっていた。

 ジョウトでは見掛けないポケモンではあるものの、その姿は大きさが個体の性能に大きく関わるとして有名だ。それこそ昔読み漁った本にも、『ハロウィーン』と言う地域祭りと共に紹介されていた。

 

 タイプは草、ゴースト。

 加えてサキの身長が一メートル半なので、自分より大きいと言う事は、『特大』サイズの重量級パンプジンだろう。

 

 ここまで解っていれば出すポケモンは――。

 

「オーダイル! いくぞ」

 

 閃光と共に現れた巨大な体躯。

 青く剥き出しの肌は、凶悪さがかいま見える程の無骨さ。加えて巨大な顎に宿る幾本の牙は狡猾さを見せ、父の扱うオーダイルよりは若い相貌ながらも、勇猛さは劣らないと言わんばかり。

 

 昨日、訓練の最中にアリゲイツから進化したサキの頼もしい仲間だ。

 とは言えオーダイルは純粋な水タイプのポケモン。

 

 相見えるパンプジンとは相性が悪いと言えるが――。

 

「悪くないね。流石サキ」

 

 サクラの横でメイがひとつ頷いた。

 

「……悪くない。ですか?」

 

 サクラは微笑む彼女に向き直って、首を傾げる。

 草タイプ相手に水タイプのポケモンは悪手とも言えるが……と、言わんばかりの訝し気な表情。しかし返事はメイではなく、サクラから見てメイとは反対に立つシルバーが、腕を組んだまま解説した。

 

「サキはフルメンバー。フジシロはパンプジンのみだ……。草タイプであれば体力を吸収する技が主力にあって不思議じゃない。加えてフジシロのパンプジンは特大サイズだろう。つまり耐久特化の可能性が高い。オーダイルは後になればなる程、出し辛くなる」

 

 そこでサクラは納得した。

 それまでに相性で優れるニューラや、単純な火力性能が優れるオノンドで仕留め切れなかった時、戦闘経験が浅いヒトカゲでは突破は見込めない。その際はオーダイルを繰り出す他が無くなるだろうが、それはあまりにリスキーだ。

 つまりサキは、あくまでも三匹のポケモン総出で、あのパンプジンを突破するつもりなのだ。

 

 サクラは息を呑む。

 

 ゴーストポケモンの基本的戦法は火力ではない。翻弄だ。

 つまり相手を嵌め込む戦法を取り、じわりじわりと仕留めるものだ。

 朧と消えるその体躯や、不意に瞳から放たれる怪しい光等、一瞬で有利性を生み出すトリッキーなポケモンが多い。

 現にサクラの背筋さえ、凍らんばかりの冷たさを覚えた。

 

――サキ、頑張って。

 

 少女は雰囲気に負けぬよう、強く心の中でエールを送った。

 

「パンプジン対オーダイル。……開始!」

 

 アカネが離れ、腕を降り下ろした。

 

「オーダイル、噛み砕け!」

 

 熱く滾る闘志が促すままに腕を振り、サキは叫ぶ。

 しかし対するフジシロは怪しく口角をあげながら、普段は全く聞く事が無い低い声をもらした。

 

「……消えろ」

 

 指示はそれだけ。

 轟と唸りを上げ、大顎を目一杯に開いたオーダイルがパンプジンへ突撃する。

 その顎がパンプジンを喰らおうかと言う瞬間、ケタケタと笑いながら、パンプジンは『闇に溶けた』。

 

 霞のような黒い霧を食み、オーダイルの顎ががちんと音をたてる。

 その背後に霞が流れ、その中からケタケタ声が響いた。

 

「オーダイル、後ろだ!」

 

 サキの声にオーダイルは声を上げる。

 左腕に冷気を醸し、その腕を裏拳の要領で打ち付ける。

 

 しかし――。

 

「……ゴーストダイブ」

 

 霧から覗かせたその相貌にめり込むオーダイルの『冷凍パンチ』。

 氷タイプのその攻撃はパンプジンにとって苦手な相性な筈だが、びくともしなかった。

 

 愛らしい顔付きの口が、ケタケタ声を鳴らしながらにやりと歪む。

 その表情たるや、悪鬼の如く。恐ろしい程の、『快感』を得たという狂喜の姿。

 

 オーダイルの相貌が歪む。その表情は恐怖。

 

 差し伸べられた両腕はオーダイルの左腕にとりつき、霧の中から全身が出ればまとわりつくかの如く身体に絡まり――。

 

「オーダイル! はなれ――」

「ギガドレイン」

 

 サキの声が届くより早く、オーダイルの悲鳴が響き渡った。

 激しく発光する二匹の接合部で、パンプジンは怪しく笑い、オーダイルは右腕から逃れようともがき、しかし一秒ともがく事は許されずに、双眸から光を失った。

 

 膝から崩れ落ち、身体をガクガクと痙攣させるオーダイル。

 サキはすぐに彼をボールに戻した。

 

 間髪を入れずに、アカネはパンプジンの勝利を宣言。

 

「オーダイル、戦闘不能。勝者、パンプジン」

 

 ここに至って、サキは心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚えた。

 

――強い。

 

 フジシロは普段、自分に自信が無い素振りをする。

 当たり障り無い言葉を選び、まるで風を受けるのれんのように、自分に訪れる『不運』や『不幸』さえも尽く享受する。決して抗わず、そうあるべきだと言わんばかりに受け入れる。

 

 果たして彼が手持ちポケモンをあまり持ち出さない理由が、そこに今、あった。

 

――フジシロが笑った。

 

「……さア、まダサキの不幸ハ始まったバかりだヨ?」

 

 相貌を暗き闇に染め、男は仮初の『宵』に酔ってみせた。


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