最高のお膳立て
さしあたってこの三日間は、一同にとってとても有意義なものだった。
各々が目的を持って活動したので、当然とも言える事ではあったが、特に活躍したのは『カンザキ』だろう。
彼はシルバーとフジシロが戻ったのを聞き付け、再びアカネの邸宅を訪れた。
師たるメイに、コトネを加え、必死に彼女らの技を継ごうとする子供達。母たるアカネから様々な知識を教えこまれ、そこに更なる教授を求めるアキラ。
エンジュの復興と事態の収拾を努めたフジシロは、その役割を果たし、『舞妓さん』と呼ばれ高い面々に引き継ぎを依頼しては、エンジュジムの再建準備を整えるべくここへ参じ。
シルバーは機密中の機密たるマスターボールを加え、腰に六つのボールを揃えて戻った。
再び会した一同は、カンザキの呼び声でリビングへ集まった。
会議の時と同様に円卓を囲いはしたものの、そこに固唾を呑むような緊張感はなかった。各々がやるべき事を終え、これからの方針が決まっているが故の、僅かなゆとりがそうさせた。ただ一人、疲れきった顔付きのカンザキだけは、満身創痍の様相だった。
「いやぁ、実にハードなスケジュールだったよ……」
彼はそう言いながら、隣に腰掛けるコトネとメイに「隣に配っていって欲しい」と、人数分の小包を渡す。手の平には僅かに収まりきらない巾着だった。
コトネから受け取ったサクラが軽く揺すってみれば、中からカチャカチャと金属的な音が聞こえた。隣に腰掛けるサキへ、シルバーの分も渡して、カンザキの説明を待つ。
全員に行き渡った事を確認したカンザキは、椅子に座り直してから巾着を開いた。
どうぞと促され、サクラ達も各々開いていく。
中には時計のようなものと、爪と変わらない大きさの電子カードが入っていた。
時計のようなものと言うのは、ブレスレット状ではありつつも、盤面には何も印字が無く、液晶にも何も映っていなかったからだ。サクラが取り上げて眺めてみるも、スイッチらしいものは見当たらない。
「先ず、中身はマイクロチップが一つ。時計状のブレスレットが一つ。間違いないだろうか?」
カンザキは立ち上がり、一同を見渡す。
サクラは頷いてみせた。
他の面々も同様に頷く。
よし、と彼は零して、「では説明に移ろう」と続けた。
「マイクロチップはPSSの拡張口に差し込めるようにしてある。これを差し込めば、すぐにアプリケーションがインストールされるだろう。前例があるサクラちゃんの件への対策だ」
嘆息を挟み、彼は何の前例かと言う目線を一旦は否めた。
「敵勢のホウオウは、以前コトネちゃん達が操られる前に、ウツギ博士と研究させてもらい、その能力について考察する機会があった。その結果から出された結論だが――」
カンザキは厳格な顔付き宿る隈をもろともせず、饒舌に語り始めた。
ホウオウが放つP波と呼ばれるエネルギーがある。
これについてはトレーナー界隈で言うところの『プレッシャー』と呼ばれる特性であり、これが作用する事によって、同格に至らないポケモンは身を竦ませてしまう。
これは常識的な見解だ。
だが、ホウオウはかねてより神として崇められた。
その理由がホウオウの知力や、
知識を持つポケモンは多くいるが、ホウオウのそれは知恵の動物たる我ら人間の領域をも凌ぐ。つまりホウオウは、人間と言う生き物よりも遥かに高位の存在であり、彼の神通力によって、人を操る事等造作もない。
過去史においてこれの被害がまことしやかに語られていないのは、彼らが認め、忠義を誓うトレーナーとは即ち、『正しい心』つまり正義に則った者であるからだ。
話が逸れた。戻そう。
今回、敵となっているホウオウの神通力を受けないようにするのは簡単だ。
P波を受けなければ良い。
しかしかのホウオウのP波は、その肢体を目に捉えてから対策をするのは非常に困難だ。さらに先のコトネちゃんのような目視に対し、今回のサクラちゃんを操った時のような電子変換でのP波の送信と、手法も様々にあるようだ。
これらに関する対策として、前回の会議でコトネちゃんから依頼を受け、作製したのが――。
「そのマイクロチップと時計型のそれ『P波検知・遮断装置』だ。まあ簡単に『対P波装置』でいいか」
カンザキは長い説明を終え、一息吐く。
しかしすぐにマイクロチップを取り上げて、今一度続けた。
「これは敵勢がP波を電子変換し、サクラちゃんへ与えたとみられる『前例』に対するアプリケーションだ。一応『対P波装置』だけでも問題はない筈だが、万全を期す為にインストールして欲しい」
さあ、と促され、サクラは手持ちのバッグからPSSを取り出した。
角の丸いタブレット端末の端を開け、電子カードを差し込む。
すぐに小さな音が鳴った。
成る程。
これで以前サクラが受けたようなPSSからの洗脳は起こらなくなるらしい。
続いてカンザキは『対P波装置』を取り上げる。
PSSをしまった一同へ、再び口を開いた。
「先ず、この装置には、先程言った通り検知と遮断の力がある。遮断の有効範囲は二五メートルと中々広めに取れた為に、バトルの上でもP波抑制が役に立つだろう」
つまるところ、ポケモンが身を竦めて動きを止めてしまう状態を解消出来ると言う事だ。と、補足。
サクラはそこで理解して、納得した。
確かに母のスイクンと相対した際、サクラのポケモンは真っ向から立ち向かえなかった。後で聞いた事ながら、アキラのウィルも動きは鈍り、怯えていたと言う。多く見られた咆哮がその証しだと言っていた。
それがおそらくはプレッシャーと言うものの作用なのだろう。
ウツギ博士の手伝いを経験して知識を持っていながらも、伝説級のポケモンの生態については、サクラも息を呑む事が多かった。知る度に『生態系の頂点』なのだと認識する。
「サクラちゃん。続けていいかな? ここからは君にとって大事な話だ」
カンザキに声をかけられ、ハッとして「すみません」と返す。
我ながらバカのくせに考え込む癖が抜けないのはどうなんだと戒めた。
対するカンザキは厳格な顔付きながら、穏やかに微笑んで「気にする事はない」と告げる。疲れているのは目に見えているのにごめんなさいと、首だけで会釈して返して、続きを待った。
カンザキは時計型の装置を取り上げる。
「さて、この盤面には何も映っていない。……だが」
そこで言葉を止め、彼はコトネへ振り向いた。
先に説明を受けていたのか、彼女は言葉もなく頷いて返し、椅子を立つ。
ゆっくりとした動作で円卓から離れ、腰からマスターボールを取り上げた。
「アカネ、ちとスイクン出すね」
「ほいな」
軽いやり取りを踏まえ、円卓を離れた僅かなスペースに、マスターボールを投げる。
閃光と共に、スイクンが現れた。
――ピー! ピー! ピー!
甲高い音が九つ響く。
母の行動に目を奪われていたサクラだが、目の前でけたたましい音を三度あげて静まった『対P波装置』へ改まる。
それまで何も映ってなかった盤面に矢印と、三メートルと言う数値がくっきりと映っていた。
一同が確認したのを踏まえ、コトネはスイクンに声をかけてからボールに戻した。
「つまりはそういう事さ。近場でP波を放つポケモンが出されると音が鳴る。……音はバイブレーションに替える事も出来、それは盤面自体を三秒間押し込めば切り替えられる」
成る程。つまりその装置はポケモンのプレッシャーを検知し、警告及び遮断をしてくれるわけだ。検知に限っては五〇メートル範囲で行え、サキの『ニューラ』や、シルバーの『マニューラ』もプレッシャーと言う特性を持つが、伝説級ではないポケモンのP波は質が違うので誤作動もないと彼は締めた。
サクラ達の身を守る術であり、シルバー達がこれから行うシロガネ山強襲作戦にも役に立つ事だろう。
カンザキが最高のお膳立てを完遂した瞬間だった。