天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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今回はミニコーナーをお休みします。
本編半分、悪乗り半分なので、文字数がえらいことになりました。

ミニコーナーと違い、普通に書いてます。本編にも影響ありますので、あまり気にせず何も考えず御覧ください。考えてしまえば敗けです。


【番外編】サキの防衛戦

 俺の名前はシロガネ サキ。

 父親がポケモン協会の会長をやってる以外、他は特に問題も利点も無いだろう一二歳のガキだ。

 

 幼い頃から成る丈丁寧な物腰を親父からしつけられ、加えて物心がついた時からシロガネ山近郊に住んでいた。厳しい環境で育った自覚はあり、そのおかげもあって世俗に疎い事も自覚している。

 今まで同年代の友達は居なかったし、ある意味過保護染みた環境の所為で人とろくに接して来なかった。その所為か、自分でも後から『こうしておけば良かった』って、態度を反省する事も多々ある。まあ、あまり出来た子供じゃあ、ない。

 

 とはいえ、最近気付いた事だけど、俺は目付きが悪いらしい。特に拘りは無いんだけど、人目につく赤い髪が伸びっぱなしな所為もあってか、初対面の人間によく敬遠されるみたいだ。

 だから人と関わりがあったとて、今と環境が変わっていたとも思ってはいない。ついでに、丁寧な物腰を心掛けてはいたが、最近出来た仲間の『オラオラお嬢様』の所為で、それについては自信が無くなった。……まあ、流石に男で「なになにですの」なんてべたな事は、いくら世俗に疎くても絶対にやらねえけど。

 

 なんせ俺ってやつの常識は、基本的にシロガネ山に住んでいた幼少時代に、暇潰しとして読んでいた『本』がその限りだ。だから逆に現実にとらわれず、物事を斜めから見て回答出来る特技のようなもんがある。周りがビックリして、変な目で見られるから、必要な時以外は封印しておきたいけど。

 ただまあ、我ながらずれている感覚はある。空回りしているって反省することなんて、日常茶飯事だ。

 

 そんな俺には恋人がいる。

 つい最近出来た。

 まだ会って二ヶ月とかそんなもんなんだけど、存在自体はずっと昔から知ってたから……まあ、その、なんだ……一目惚れじゃない。うん。

 

 名前はサクラ。

 訳あってサクって名乗ってるけど、こいつがまたおかしな女だ。

 

 旅に出て二ヶ月。

 割りかし俺も世俗に慣れてきた今だから言えるけど、サクラは兎に角『デカイ』。俺の年頃の身長は多分相応なもんなんだけど、こいつは二歳年上なだけなのに俺よりもデカイ。ぶっちゃけた話、初対面の時は結構ショックだった。

 ただ、デカイのは身長だけで、小心者であれば、バカでもある。加えて落ち込みやすいっていう典型的な見かけ倒し。すぐ泣くし、やたらと胸が小さい事を気にしてるし、そのくせキレると手がつけらんねえっていう……。まあ、可愛い所は挙げ出したらきりがないから、そっちは内緒だ。強いて言うなれば、やたらとエロい。不用心。無警戒。

 

 サクラは普段から化粧してるから、艷っぽい見た目をしている。

 俺の横に並ぶと、多分五歳は年上に見える。アキラの横に並んだら、もう大人と子供だ。色気に関しても、こいつは年不相応ってやつ。

 そして、対する俺は、恥ずかしながらあんま女と接した事が無い。だから彼女との色恋沙汰は、どうすれば良いか分からず、よく戸惑ってるんだが……こいつはそう言うときばっか、俺の腕をグイグイ引っ張る。

 んで挙げ句、最近俺の事を『可愛い』とか言い始めた。

 

 

――そう。それが今回、祟ったんだよな……。

 

 

 今の状況を軽く説明してみよう。

 

 コガネシティで名を馳せる『アカネ』が、一緒に旅をする仲間の『オラオラお嬢様』の母親だから、彼女の邸宅に厄介になってる。

 エンジュで起こったいざこざからの避難先みたいな……。

 

 会議のようなもんを終えて、俺たちは今、協会に戻った親父と、バッジが出来るまでエンジュに戻ったフジシロを待っている。その最終日だった。

 

 明日には親父も帰ってくる予定。

 だけど俺とサクラは回りが強すぎる環境故に、『実力不足』だとか言われて、バトルの演習を昼からずっとやっていた。ちょっと前にサクラが落ち込んだと思ったら、やたらとやる気を出し始めていて、俺もやる気を出して彼女とトレーニングに励んでいたわけだ。

 

 日も落ちて解散した頃、サクラは風呂に行き、俺は夕食の支度を手伝いにキッチンへ向かった。これが五分前。

 

 キッチンへ行けば、アキラとアカネさん、サクラの母親のコトネさんに、加えてやたらと俺を弄るメイが揃い踏みしてた。……どうでもいいけど、女子率たけえよな。

 とはいえリビングはすぐ近くだから、キッチンに人が集まってるのは別に珍しくも無い。俺は何時ものようにアカネさんを手伝おうと足を進めようとして……そこで『逮捕』された。

 

「サキ」

 

 腕を万力のような力で掴んで来ていたのは、サクラの母、コトネさんだった。

 恋人の親ではあるものの、この人はいっつもふざけていて、関わるとろくな試しにならねえって事は良く知っている。操られてたとか言う間に会った時も、『遊ぼう』と言って、『遊ばれた』。何があったかは名誉の為に伏せる。伏せさせて下さい。

 

 ともあれそんな厄介な人には、下手に逆らうとろくな目に合わない。

 ただ、碌な提案もされない。つまり、掴まった時点でジ・エンド。

 

「ちょーっとコトネさん聞きたいんだけど」

「は、はい……」

 

 冷や汗がもみ上げの辺りで伝ってる。心臓の音が途端に煩くなって、周りが静か……って、気付けば周りの面々も俺を掴んでた!?

 

「え、何これ……?」

 

 極悪な笑みを浮かべるコトネさんを筆頭に、無表情でにんまりと笑うアカネさん、苦笑い宜しくなにかを諦めたかのように笑うアキラ、そんでもって超良い笑顔のメイ。

 一同を見渡して、俺は悟る。

 

 あ、これ詰んだわ。

 

「サクラとまだチューしてないんだってね? サクラから聞いたよ?」

 

 サクラァァアアア!! お前何ばらしてんのぉ!?

 

 と、叫びたい気持ちをなんとか殺して、震える表情筋をなんとか動かして笑う。

 

 冷や汗ダラダラ。

 心臓バクバク。

 頑張れ、俺の身体。

 きっと丈夫だよ。俺。

 

 まあ、そんな訳で俺、連行されました。

 

 キスもまだと言う既成事実なき今、おそらく俺は暗黙の内に処理されるのだろう。

 もう無理、もう間に合わない。サクラは今入浴中だし、唯一俺の心の友――最近株価大暴落だが――のフジシロも明日まで戻らない。

 

 ああ、きっと俺はここで死ぬんだろう。

 こんな良い笑顔を浮かべたサクラフリーカー達にかかれば、多分五分とかからず消される。

 

 さよなら、サクラ。

 照れてあんま態度に表せなかったけど、好きだったよ……。

 

 

 

 そして、今、俺はパンツ一丁でサクラが入浴している筈の風呂場の脱衣場に居た。

 放り込まれた。

 

――は?

 いや、えっと……。何これ。

 

「衣類は預かった。脱衣場は冷房全開設定にしておいた。さあ、今こそ少年よ。男になれ!」

 

 ピシャリ。

 

 コトネさんのそんな言葉で扉が閉まった。

 

――ちょ。

 

「ちょっと待て、ダメだって、これはまずいだろ! 何させる気なんだよ!! 何をさせたいんだよ!! 俺に何を求めてんだよ!」

 

 ドンドンドンドン。

 扉を叩く。

 

 横にガシャガシャと引いてみるものの、全く以ってびくともしねえ。

 って言うかマジで何を考えているんだ。あの人達は!?

 

『良いから良いからー。とりあえず最後までやったらぶっ殺すけどAとかBとかぐらいまでなら良いからね!?』

「だからAとかBとかってなんなんですか!?」

 

 ドンドンドンドン。

 ガシャガシャ。

 

 ひたすらに抵抗を試みてみるも、全く以って成果が得られない。

 いや、てかマジでこれはまずい! あの母親もオラオラお嬢様もオラオラおかんも胸だけしか能の無いドエス女も、これはマジだ。マジで俺に何かをさせようとしている!

 これはあれか!? 俺がヒワダタウンのテロの時にアキラの下着を拝んでしまったからなのか? それとも俺が本当に不甲斐ないから余計な節介やかれてるのか!? はたまた単なる悪乗りなのか!?

 

 一番最後だよな。絶対。

 

 

 って、マジで寒い。何これ。

 トドゼルガでも飼ってるのか?

 ま、まあとりあえずバスタオルでも――。

 

「もぉー、煩い……よ……」

 

 振り向いた瞬間に曇りガラスが開きました。

 

 小並みな双子島と、ほっそい括れと、引き締まってスラッと伸びた手足。入浴中の女性ってバスタオルで腿から胸まで覆ってるイメージがあったけど……そうか、一人だもんな。一人だからそりゃあ隠す事もねえよ……な……あはは。

 

「あの、えっと……」

 

 どもる俺。

 これって一発二発ぶん殴られるぐらいで済むんだろうか。今度こそ殺される気がするんだけど。……まあ、うん。母さんと風呂に入った記憶もないし、今まで見た記憶もないし、普段女の子が隠してる部分がパッと見どんな感じか知れただけでも人生の悔いがひとつふたつは減るのでしょうか。加えてその裸体がなんだかんだ愛してやまない彼女のものだって事は多分ひとつのポイントなんだろうし、その姿を拝めただけできっと俺は死を享受出来るのでしょう。一応言っとくけど胸のドキドキは既にサクラさんの裸を拝見させて頂きましたからに変わっておりまして、さっきの嫌なドキドキではなくやたらと興奮するアレでございます。そして加味するべきは彼女が呆然としている事でしょうか、私としては既にもうぶっ倒れそうなのですが、もう死を享受する心積もりですのでぶっちゃけ見てて良いですか。目に焼き付けて死にますので。あはは、所詮僕の紳士っぷりもこんなもんなんですよ。あはは。最後に己の醜さに気付かせてくれたコトネさん、アキラさん、アカネさん、メイさん、本当にありがとうございます。さっきまでは心の中で何しやがるんだアバズレどもがとか思ってしまってすみません。本当に今から死んで詫びますので、出来る事ならばサクラ様もろともお許し頂けないでしょうか。ダメですか、ええ。わかってま――。

 

「とりあえずサキくん、あっち向こう」

 

 俺は耳まで真っ赤に染めて、最大級のコンプレックスらしい胸を左腕で隠した彼女の右手に差され、ハイと答えて背を向けた。

 

「あ、あの……サキくん」

 

 めちゃくちゃ震えた声でサクラが言う。俺はもうハイとしか答えられない。て言うかこの震えよう、キレてるようには感じないんだけど……後ろ向いたら、今度こそキレられるよな。

 

「格好見るに、覗きに来たんじゃないよね?」

 

 無理矢理にでも入らざるを得ない状況にする為に、服をひん剥かれた事が功をそうしたらしい。俺はハイと答えた。

 

「服……は?」

「ハイ……いや、ナイ」

 

 言い間違えた。むしろ舌が巧く回りません。脳にサクラの裸が焼き付いてて離れません。まともに思考出来ません。

 

「……お母さんか」

「全員デス」

「うわーお」

 

 悟ったサクラさえも予想を外した。

 そりゃそうだよ。発端はぜってえあの人だろうけど。

 

 サクラの足音がペタペタと響いて、「うわ、寒っ」と、冷房全開の脱衣場に驚きの声があがる。

 

「……ああ、そゆこと。脱衣場には居られないって訳ね」

 

 ええ、主に貴女のお母さんの所為で。

 まあ俺は寒くありませんけどね?

 ドキドキしすぎて、冷や汗ダラダラで、むしろ暑いくらいですよ。

 ははは。

 

 布を擦る音が一回。

 

「サキ、大丈夫だよ。もう向いて平気」

「……はぁ」

 

 溜め息ひとつ。この溜め息はサクラが服を着たらしい事なのか、死なずに済みそうな事への安堵なのか、はたまたあの悪乗り集団への愛想が尽きた証なのか……。

 

 なあ、さく――。

 

 振り向いた俺は固まりました。

 サクラは別に服を着たわけではありませんでした。

 

 細い肩は出たままで、太股から下はばっちり丸見えで……つまるところ、バスタオル一枚巻いただけでした。

 

「え、ちょ……」

 

 お前服あるんだろ。着ろよ!?

 と、言いかけ、服を着てもこの脱衣場が極寒な事に変わりない事に気付きました。

 

「もうしゃあないし、ほら」

 

 と言って、バスタオルを差し出してくるサクラ。その顔はやはり真っ赤に染まっていて、未だ左手はバスタオルの上から胸元を隠していて、加えて睫毛や前髪の毛先から水滴が滴ってるもんだからめちゃくちゃ――。

 

「い、いいいい、いいよ。俺バスタオルくるまって待ってるから!」

 

 バスタオルを差し出しながら、顎で浴室の方を指され、俺は全力で首を横に振った。

 でもサクラは俺にバスタオルを渡すと、空いた右手で後方を指す。

 

「バカ。用意周到にもバスタオル二枚しか残ってないのよ……」

 

 うわーお。

 

 呆然とする俺を他所に、サクラは浴室の方へ早足で駆けていった。そして扉で振り向いて、背中を向けたまま恥ずかしそうに零す。

 

「明日ジム戦だし、風邪引いちゃまずいよ……。それに、絶対入ったの確認するまで開けてくんないと思うよ……」

 

 そう言ってドアをそっと閉めるサクラ。

 曇りガラスの向こうからペタペタと音が聞こえた。

 

――どうしよう。

 

 でも、サクラが言う事にしては珍しく一利も二利もあるし、だけどハイそうですかって入るのは癪に――。

 

「……寒っ」

 

 ヤバい。マジで寒い。

 

 仕方なく、サクラの視線から俺の最も見られたく無いところを守り通しては、一方的に彼女の裸体を拝むに至らせてくれた最後の砦を脱ぐ。バスタオルを巻いては、おそるおそる扉へ向かった。

 

――トントン。

 

「は、入るぞ……」

「ちょっと……何やってんの?」

 

 ノックして、笑われながら浴室へ入る。

 正しく脱衣場とは比べられない程暖かかった。

 

 サクラは湯槽に浸かっては、縁に倒れ込むような体勢でこちらを見ていた。バスタオルで隠してはいるものの、湯槽に映る肢体はヤバいぐらい情緒があって……。

 

「と、とりあえず洗うわ!」

 

 見てられなくて、俺は壁際のシャワーが並ぶ方へ逃げた。

 

 ザパンと、後ろで音が鳴る。

 

 聞かないようにしないと間がもたない。俺はシャワーのコックを捻って、出始めは冷たい水ながらも我慢して浴びた。と、とりあえず頭洗おう。

 

 と、してたら……。

 

「頭洗ったげる」

 

 ひぃ!?

 こ、ここここう言う時だけやっぱお前腹据わってるのな!?

 

 と、言いたい俺を他所に、返事も聞かずに後ろから俺の前にあるシャンプーへ手を伸ばすサクラ。背中にバスタオルが……って、これ間違いなく……あ、あわわわわわ。

 

 はい、泡だらけになりました。

 流されて、頭もさっぱりです。俺の思考もさっぱりです。

 

「次、背中ね」

 

 さっぱりです。

 

 さっぱ――ぁぁぁああああ!?

 

「ちょ、ちょちょさささサクラ!?」

「はい、動かない」

 

 グキッと嫌な音をたてて、首が前向きに固定された。

 

「背中だけね。前は流石に無理」

「は、ははは、はい」

 

 もう、なにがなんでもいいです。

 

 なにがどうなってもいいです。

 

 とりあえず、今ルギア奪われようとも動けません。

 

 背中がふわっふわっします。背中だけと言いながら腰やら腕やら脇やらも洗われて、軽く五回は死にそうになりました。決して恥ずかしくてではありません。

 くすぐったかったって事にしてください。

 

 そして俺は前をちゃんと洗えたかも不確かな、朧気な意識でサクラに腕を引かれては湯槽に浸かりました。その頃になって曇りガラスの向こうから「皆説得して開けときましたの」と、オラオラお嬢様の声がしました。いや、お前も犯人の内一人だからな?

 

 ただ、それでも何故か、すぐに出てしまうのは気が憚れて、しばらくサクラと並んで、呆然と向かいの壁を眺めてた。距離にして一人分も空いていない所にサクラが裸で座ってる。このシチュエーションだけで軽く三回は死ぬ気がした……。

 

 それでいて湯槽に浸かればサクラも割りと恥ずかしかったのか、口数は少なかった。と言うか、温かいねえ。うん。のやり取りを三往復ぐらいして、無言になった。

 

 ただ、しばらくしてサクラがこっちを向いた。

 

「サキ」

 

 目線で答える。彼女の表情は耳まで真っ赤に染まったまま、恥ずかしそうに目を伏せていた。さっきまでは狼のように俺を襲っていたんですけどね、この人。

 

「あのさ……」

「……ん?」

 

 何やら非常に言いづらそうにする彼女に、俺は少しいつもの調子を心掛けて返事する。

 

 それでも言いづらそうに、あたふたと視線を忙しなく動かしながら、彼女は言った。

 

「……やっぱ、小さい?」

 

 は?

 はい?

 何の事ですか?

 

「……むね」

 

 むね! むねの事ですね!? むねの事でしたか!!

 

 と、脳内で出血しそうな程の暴走が起こる。ぶっちゃけてしまえば、そこに恥じらいさえなく堂々としていたら、俺は気にならない。気にする余裕もない。恥じらうからこうして脳内でちっちゃな俺が騒ぎ立てるんだ。

 

「……サキ、真面目に聞いてるんだけど」

 

 そう言って、サクラはバスタオルの前で腕を交差させて恥ずかしそうに目を伏せた。……ごめんなさい、再起動及び再暴走しそうです。

 

 それでもなんとかして頭を正常に戻してみる。

 

「そんな、事、無い」

 

 絞り出せた声はそれだけだった。

 

「……そっか。ありがと」

 

 ほんのりと赤い肩。華奢な首筋を僅かに傾けて、彼女はホッとしたように耳まで真っ赤な顔を朗らかに揺らした。

 

 可愛かった。

 

 湯に滴っては艶やかに、薄い笑顔を浮かべる顔は化粧がされていないから幼いけども、赤みが差す顔で小さな唇が柔らかな曲線を浮かべれば、俺の必死に制御しようという脳内がちゅどーんと陳腐な音を立てて崩壊した。

 

「さ、ささ先に上がってる!!」

 

 そう言って勢いよく立ち上がった。

 

 早く頭を冷まさねば。冷水でも浴びようか。

 

 

「――ひゃっ!?」

 

 サクラが音を立てた。見てみれば顔を両手で覆っては、勢いよくお湯に顔を突っ込みながら伏せていた。

 

 

 あれ、なんかこしもとがすーすーするよ。

 

 

 

 俺の防衛線がぱしゃんと音を立てて崩れ落ちていた。砦は棚の中に置いてきていた。一度は仕事をした砦ながら、役目を交代した防衛線は、重い湯に滴って役に立たなかった。ちなみに城は立っていたらしい。

 

 あとの事はよく覚えていない。サクラが必死に俺を呼びながら、大丈夫、立派だったよと叫んでいたけど、これは夢だろう。夢であってほしい。

 

 そう思う事が、俺の最後の盾だったのだから。


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