ところでサクラのポケモンって五匹?
サキと腕を組んで、アキラと三人でヒトカゲを囲っていると、サクラは後ろから母に抱き付かれた。必然的にサキと腕が離れ、それでも久しくゆったりと母に接する機会がなかった彼女は、一瞬は残念な顔をしつつも母の質問に答える。
「うん。レオンとルーちゃん、ロロにリンちゃん。そんでルギア」
「ほほー、ちょっと見せてみて」
少し感心したような様子を見せる彼女に、突然の申し出に首を傾げつつ、サクラは腰元からモンスターボール四つを取り上げた。バトルフィールドのど真ん中なので、そのまま四匹を繰り出す。
チラチーノは飄々と尾を首に巻き直し、ドレディアは優雅に一礼。ミロカロスは僅かに怯えながらも首を下げて会釈し、イーブイは一声鳴いて挨拶。
既に先日の一件が、コトネの意識に無い話だったと教えられていた四匹は、四者四様の態度でコトネに挨拶をする。
彼らを見たコトネは「ほほー」と頷き、品定めをするように一匹ずつじっくり見ていく。その様子に首を傾げるサクラ。
彼女の後ろではサキがヒトカゲを抱き、アキラと目線で交わして、頷き合う。親子のやり取りを見守る事にした。
そのコトネであるが、じっくり見るのを一巡すると、再度レオンからもう一度見て「ふむふむ」と頷いていた。若干気味が悪いのか、レオン達の表情が困惑していくのに対して、サクラは首を傾げている。
「アキラ、今からおもろいもん見れるで?」
二人から離れたアキラに、アカネがこっそりと耳打ちした。
聞こえていたらしいサキと二人、首を傾げては「面白いもの?」と、聞き直す。
アカネは懐かしそうに笑った。
「うちにはでけへん芸当や」
そして、「まあ、見とったらわかる」と言って、二人の頭を優しく撫でてきた。
「おし!」
その頃、漸くコトネの怪しい品定めが終わる。
そして彼女はサクラに向き直ると、訝しむ表情の娘へあっけらかんと言った。
「サクラ、バトルしよっか」
「へ? バトル?」
「そんで、この子とこの子……」
コトネはルーシーとロロを指差した。
「私チーム。そんでー」
次にレオンとリンディーを指差す。
「この子とこの子がサクラチーム」
サクラは「へ?」と聞き直す。
ポケモン達もポカンと口を開けて固まっていた。
しかしコトネは気にした風もなく、小さく笑う。
「私のメガニウムはちと強すぎるっしょ? そんでこの子達の相対レベルはこのチラチーノから順に、ドレディア、ミロカロス、イーブイの順。間とって、相性加味したらこのチーム分けかなってね」
そこでサクラは「はい!?」と聞き返す。
むしろ彼女だけでなく、サキとアキラも驚いた表情をしていた。
コトネは逆に首を傾げ、見かねたアカネがフォローを入れた。
「コトネは一目見たらその子の潜在能力とか相対レベルとかわかるんよ。詳しい数字までしっかり目利き出来る人間はそうおらんねんで?」
「へえ、並みのレジェンドホルダーではないと思ってましたが、そんな特技が……」
「コトネちゃんは昔から目が良かったからねえ」
と、アカネの解説を聞いてか、今まで遠目で話をしていたメイとカンザキが言葉を挟みながら近寄ってくる。
サクラはコトネに彼らのレベルなりを教えてはいなかった。
というか、それ自体ポケモンセンターで専用の機械を使わなければ、数値に表せないのだ。サクラ自身大して気にしていなかったし、此処最近は改めてすらいなかった。
一応、ロロのリハビリの時や、リンディーが仲間になった時等、どういう訓練をすべきかと確認したことはあったが……あれから随分と時間も経っている。有り体に言えば、知らなかったとも言えた。
そう、サクラが先ず驚いたのは、アカネの解説が指す通りだ。
とはいえ、一応、相対レベルはある程度見た目からも予測はつく。
例えば身体の傷痕だったり、特定機関の発達――レオンで言えば尾を振るう為の筋力等――だったり。しかし、サクラの手持ちではレオンとルーシー、ロロとリンディーにはそれぞれレベル差があまり無い。この二匹同士の間はある程度のレベル差があるのだが、特にロロとリンディーに置いては数値にして一か二と言うところだろう。
しかしコトネはそんなものを判別する目を持つと言う。
これは地味ながらかなり凄い特技ではあった。
ただ、当人は中々にして自分に厳しい様子。
「いやぁ、鈍ってるよ……。昔はほんとパッと見でわかったのにね。あははは」
と、笑いながら頭を掻いた。
「お母さんそんな特技あったんだね……」
息を呑むサクラに、コトネは首を振る。
「特技っていうか……経験じゃない? 何となくその子がどういう鍛え方されてて、どういう性格で、どのぐらいしっかりそれが身に付いてるか……。まあ、私は育て屋の家系に生まれたもんだから、代々そういう目が引き継がれているのかもしんないけど」
育て屋の家系……サクラは初めて聞いたことに、目をぱちぱちとさせる。
とはいえそんなことはお構いなしに、コトネは話を進めた。
例えば……として、コトネはロロの頭を撫でる。
「この子はすんごく臆病な性格。だからかは解らないけど、サクラは水を撃つ訓練に重きを置いてるみたいだけど、この子に身に付いてるのは相手の攻撃を分析してはかわす為の身のこなしと反射神経……かな?」
ごくり。
サクラの喉が鳴った。確かにロロはよく臆病だと思うし、攻撃の威力よりはサクラの後ろに隠れる速さの方が際立つ。
コトネはレオンの頭を撫でる。
「あんたはちょっとつんけんした性格してるね。でもすんごく優しい。……だから速さを活かした身のこなしも得意だけど、ほんとは仲間を護るために一番最初に突っ込んで、相手を蹴散らしたい……ってとこかな?」
レオンがびくりと肩を震わせて、頬を染めて恥ずかしそうに鳴いた。正解と言う事らしい。
続いてコトネは、レオンの後ろでくすくすと笑うルーシーに目をやり、指を差してにやりと笑う。
「あんた。おしとやかなフリして中々の腹黒と見た……。この面子じゃ一番頭が切れるから、一番指示に順応した動きが得意なんだね」
ルーシーの表情が笑みを浮かべたまま、動かなくなった。
腹黒だったらしい。
仲間外れもなんだし、と、コトネはリンディーを抱き上げる。
「……んー。あんたは潔癖なきらいがあるねえ。一歩下がって落ち着いて控えめな態度を取りながら、バランサーとして機動したがる。さっきの子と同じですんごい頭が良さそうだけど、まだ自分の力量が足りてないって思って、少し下がり気味なのかな? あまり移動しない、あまり攻撃を食らわないポジショニングなんだね」
リンディーはその通りだと言わんばかりに、一声小さく鳴いた。
コトネに下ろされ、彼はサクラを見てくる。
レオンも、ルーシーも、ロロもだ。
彼らは一様に……。
――サク、この人怖い。
――サーちゃん、この人怖いよ……。
――サクラちゃん、この人怖い人なの?
――サクラさん、お母様怖いです。
と、言っているようだった。
ともあれ、ルーシーとロロはコトネに今一度「貴女達の力、引き出して見せてあげる」と言われ、サクラを一瞥してきた。
サクラが頷いて返せば、ふたりはコトネに対してぺこりとお辞儀した。
その様子に「しつけ良好」と、母は笑う。
バトルフィールドの端と端に別れ、そこでサクラはレオンとリンディーを横に立たせて、母と向き合った。周りを見れば、サキやアキラはおろか、メイさえもコトネの実力が気になると言わんばかりに真面目な表情をしていた。
サクラだって思う。
今、初めて母の常軌を逸した才能を見て、『これが伝説となるトレーナーだ』と、態度で語られた気がした。母自身はなんでもないかのようにやっていたが、その姿こそが天才と呼ばれた姿なのだろうと思う。
飛躍的な話だが、その母からすれば、ポケモンリーグさえ通過点だったのではとさえ、サクラは感じた。事実、コトネからすれば名声よりもきっと、『楽しいから旅をしていたらいつの間にか』と言う声さえ返って来そうだった。
「
母は不敵に笑う。
きっと言葉はそのままの意味だ。一〇年の記憶が無いとはいえ、戦術の幅は常人のそれを遥かに上回る。加えて先程見せた才能が加われば、ルーシーとロロの持ち味を最大限に引き出した戦い方が出来るだろう。
足下を掬うのではない。
サクラが培ってきた価値観を真っ向から引っくり返して、目指すべき道を示そうと言わんばかりの姿だった。
それでもサクラは生唾ひとつ飲み下して、うんと頷く。
「大丈夫。胸を借りる形になるかもしんないけど、私もメイさんに鍛えられた力を出しきるつもりでやるよ」
胸の前で拳を作る。
しかしコトネは「あん?」と言葉を漏らしては、呆れたような表情をした。
「胸を借りる。ってあんた……勝つ気でやんなさいよ?」
「そ、そりゃあ勿論だけど……」
いや、レジェンドホルダー相手に勝つ気でと言われても。
と、思いつつ返す。
それにルーシーもロロも十二分に強いポケモンなのだ。
しかしコトネは首を横に振った。
「ばーか。トレーナーのあんたが自信持って一〇〇パーの力出さなきゃ、ポケモン達が全力を出しても、八〇パーしか発揮されないんだっつうの」
まあ、いいや。
コトネはそう呟く。
言われた事にハッとしつつも、サクラはこくりと頷いた。
勝つ気でやらなきゃ勝てるもんも勝てない。
そう言われた気がして、背筋を伸ばしてみせた。
審判をかって出たアカネが、手をあげる。
「ま、とりあえずボッコボコにしてあげよう。サクラ」
そう言って、コトネはにやりと笑った。