サキは一同を見渡した。
ふうと息をついて続ける。
「今、敵が持ってる情報って何だ? スイクンを持ったコトネさんがこちら側にいる事。サクラがルギアを持ってる事。この二つだろ?」
そして、と彼は続けた。
「敵は今回の件で千里眼を失った。とすれば、サクラとコトネさんの二人が目印なんだ。ルギアを持ってるかどうか、スイクンを持ってるかどうかなんて関係ねえ。この二人を殺すなり、拐うなりしに来る所から始めなきゃならねえんだよ」
つまりそれは、サクラの身を案じたコトネの提案を真っ向から否定していた。
例えルギアを持っていようが持っていなかろうが、関係がない。
彼の言うことは、至極的を射ていた。
コトネが黙って席を立つ。
手近な壁に向かって、拳を打ち付けた。
「私が……私が操られたからだ」
そう、その言葉は誰も言わんとしつつも、今回の一件において、確かな元凶だった。
間違いもなく、疑いようもなく、一番最初の失態だった。
サクラは立ち上がって、コトネの横について背を撫でた。
腕を震わす彼女は嗚咽を噛み締め、「ごめん」と言葉を落とす。
「私が一〇年前、ちゃんとあのくそじじいをぶっ殺してたら……」
クソッと、罵倒して、再度壁を打つ。
その様子に一同は息を呑み、サクラは母の情けなさが陰る背を撫で続けた。
暫くして、サクラは一同を振り向く。
「私、結局狙われるなら、ルギアとスイクンは分散すべきだと思うんです」
その言葉に、コトネの背が跳ねる。
サクラに向き直ってきて、いきなり頬を張った。
「あんたまだ解ってないの!? あんたの命がかかってんの!!」
頬を張られ、それでも尚、サクラは母に真っ直ぐ向き合った。
「それってお母さんもだよね?」
聞き返され、コトネは一歩たじろぐ。
しかしキッと視線を強めると、サクラの肩を掴んできた。
「あんたと私じゃ全然ポケモンのレベルが違うでしょ!」
「……うん。違う」
それでも平然と、少女は返す。
「でも、結局の所さ。同じでしょ?」
命を狙うバトル。
結局の所、結果的にとは言え、サクラがコトネから逃げ延びた事然り、コトネがシルバーの奇襲に負けた事然り。レベルだけで全ての事が決まるわけではない。
納得がいかないと言わんばかりに、コトネは舌打ちをする。
その様子を見て、サクラはシルバーを振り返った。
「ルギアは……それでも、私かお母さんが持たなきゃならないんですよね?」
それは確認。
以前ワカバタウンから逃げ延びる時に抱いた疑問。
何故、シルバーが徴収しなかったかと言う事に対する質問。
シルバーは頷いた。
「封印するのは容易じゃあない。持ち主がサクラとコトネに固定されている以上、力をセーブ出来ない者が預かったとて、先の『渦巻き列島』の憂き目に合うだけだ」
そう、それが理由だった。
如何にマスターボールにルギアが入っているとは言え、その身体と精神は既に目覚めている。そして、サクラ自身は経験した事を忘れてしまっているが、『自らボールから出る』事をルギアは出来てしまう。
もしも無理に彼が主と認める彼女ら二人から引き離して、そして力を認めさせていない者が彼を暴走させてしまえば……どうなるかは、想像に難くない。
サクラはシルバーに会釈して返すと、再度コトネに向き合った。
薄らと瞳を潤ませている姿に、久しく忘れていた母の愛情を感じながら、小さく笑った。
「ちゃんと強くなるからさ。どうせ命を狙われるってんなら任せてよ。確かにお母さんが持ってた方がいいのは分かる。分かるけど、少なくとも鈴の塔で……」
サクラは円卓の上に残された海鳴りの鈴を臨む。
「二人のルギアはちゃんと私を護ってくれたよ?」
意見は食い違ってたけど、と零す。
「なんなら――」
少女は笑う。
「バトルしようよ。お母さん」
勿論勝てるとは思っていない。
それでもサクラには、一つだけ確信があった。
その確信は確かに、コトネを少女の予想通りに動かす。
「……バーカ。私に勝てる訳ないでしょ。でも、まあ――」
コトネは天井を仰いだ。
「ルギア持ってる方が安全、なのか……」
そう、それはサクラの命に重きを置いた結論。
どうせ狙われるのなら、持ってないと釈明させて『疑わしきは殺せ』とされるより、ルギアの力を振るうに及ぶトレーナーへ育ててやる事が、母の生業だった。
勿論スイクンと一ヶ所に留めてしまう事はリスキー故、直接的に見てあげられる事は少ないかもしれない。
しかしサクラは友に恵まれた。
師にも恵まれている。
「ほんと、一〇年ってデカいわ……くそったれ」
一〇年の間に少女が得た親友は、メガ進化を扱うに及ぶ天才。
そしてこれまでの旅で彼女が得た恋人は、今敵勢をこんなにもまことしやかに分析してみせる少年。
この二人に囲まれて旅を続けられるのなら、きっとサクラはもっと強くなれる。
特に少年がいれば、不用意な危険は侵さないと思わせてくれる。
ああ、ほんと、一〇年でこんなにも涙脆くなった。
コトネは小さく笑って、一同の顔を見渡した。
全会一致。
少女がルギアを。
コトネがスイクンを。
これまでと同じく守っていく事になった。
そして、コトネは涙を拭うとシルバーに指を突き刺した。その相貌は親としてではなく、一人のトレーナーの顔。
「シルバー、シロガネ山に行くわよ」
「無論、そのつもりだ」
「私も力添えしましょう」
「うちも……やな」
メイとアカネも立ち上がる。
来る前に叩きのめす。
それが一番手っ取り早くサクラを守る方法だ。
唯一サクラにルギアを任せる意味がある作戦だった。
一三時四五分。
こうしてレジェンドホルダー四人によるシロガネ山強襲作戦が決定した。