天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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全ては決定した

 サキは一同を見渡した。

 ふうと息をついて続ける。

 

「今、敵が持ってる情報って何だ? スイクンを持ったコトネさんがこちら側にいる事。サクラがルギアを持ってる事。この二つだろ?」

 

 そして、と彼は続けた。

 

「敵は今回の件で千里眼を失った。とすれば、サクラとコトネさんの二人が目印なんだ。ルギアを持ってるかどうか、スイクンを持ってるかどうかなんて関係ねえ。この二人を殺すなり、拐うなりしに来る所から始めなきゃならねえんだよ」

 

 つまりそれは、サクラの身を案じたコトネの提案を真っ向から否定していた。

 例えルギアを持っていようが持っていなかろうが、関係がない。

 彼の言うことは、至極的を射ていた。

 

 コトネが黙って席を立つ。

 手近な壁に向かって、拳を打ち付けた。

 

「私が……私が操られたからだ」

 

 そう、その言葉は誰も言わんとしつつも、今回の一件において、確かな元凶だった。

 間違いもなく、疑いようもなく、一番最初の失態だった。

 

 サクラは立ち上がって、コトネの横について背を撫でた。

 腕を震わす彼女は嗚咽を噛み締め、「ごめん」と言葉を落とす。

 

「私が一〇年前、ちゃんとあのくそじじいをぶっ殺してたら……」

 

 クソッと、罵倒して、再度壁を打つ。

 

 その様子に一同は息を呑み、サクラは母の情けなさが陰る背を撫で続けた。

 暫くして、サクラは一同を振り向く。

 

「私、結局狙われるなら、ルギアとスイクンは分散すべきだと思うんです」

 

 その言葉に、コトネの背が跳ねる。

 サクラに向き直ってきて、いきなり頬を張った。

 

「あんたまだ解ってないの!? あんたの命がかかってんの!!」

 

 頬を張られ、それでも尚、サクラは母に真っ直ぐ向き合った。

 

「それってお母さんもだよね?」

 

 聞き返され、コトネは一歩たじろぐ。

 しかしキッと視線を強めると、サクラの肩を掴んできた。

 

「あんたと私じゃ全然ポケモンのレベルが違うでしょ!」

「……うん。違う」

 

 それでも平然と、少女は返す。

 

「でも、結局の所さ。同じでしょ?」

 

 命を狙うバトル。

 結局の所、結果的にとは言え、サクラがコトネから逃げ延びた事然り、コトネがシルバーの奇襲に負けた事然り。レベルだけで全ての事が決まるわけではない。

 

 納得がいかないと言わんばかりに、コトネは舌打ちをする。

 その様子を見て、サクラはシルバーを振り返った。

 

「ルギアは……それでも、私かお母さんが持たなきゃならないんですよね?」

 

 それは確認。

 以前ワカバタウンから逃げ延びる時に抱いた疑問。

 何故、シルバーが徴収しなかったかと言う事に対する質問。

 

 シルバーは頷いた。

 

「封印するのは容易じゃあない。持ち主がサクラとコトネに固定されている以上、力をセーブ出来ない者が預かったとて、先の『渦巻き列島』の憂き目に合うだけだ」

 

 そう、それが理由だった。

 

 如何にマスターボールにルギアが入っているとは言え、その身体と精神は既に目覚めている。そして、サクラ自身は経験した事を忘れてしまっているが、『自らボールから出る』事をルギアは出来てしまう。

 

 もしも無理に彼が主と認める彼女ら二人から引き離して、そして力を認めさせていない者が彼を暴走させてしまえば……どうなるかは、想像に難くない。

 

 サクラはシルバーに会釈して返すと、再度コトネに向き合った。

 薄らと瞳を潤ませている姿に、久しく忘れていた母の愛情を感じながら、小さく笑った。

 

「ちゃんと強くなるからさ。どうせ命を狙われるってんなら任せてよ。確かにお母さんが持ってた方がいいのは分かる。分かるけど、少なくとも鈴の塔で……」

 

 サクラは円卓の上に残された海鳴りの鈴を臨む。

 

「二人のルギアはちゃんと私を護ってくれたよ?」

 

 意見は食い違ってたけど、と零す。

 

「なんなら――」

 

 少女は笑う。

 

「バトルしようよ。お母さん」

 

 勿論勝てるとは思っていない。

 

 それでもサクラには、一つだけ確信があった。

 その確信は確かに、コトネを少女の予想通りに動かす。

 

「……バーカ。私に勝てる訳ないでしょ。でも、まあ――」

 

 コトネは天井を仰いだ。

 

「ルギア持ってる方が安全、なのか……」

 

 そう、それはサクラの命に重きを置いた結論。

 どうせ狙われるのなら、持ってないと釈明させて『疑わしきは殺せ』とされるより、ルギアの力を振るうに及ぶトレーナーへ育ててやる事が、母の生業だった。

 

 勿論スイクンと一ヶ所に留めてしまう事はリスキー故、直接的に見てあげられる事は少ないかもしれない。

 

 しかしサクラは友に恵まれた。

 師にも恵まれている。

 

「ほんと、一〇年ってデカいわ……くそったれ」

 

 一〇年の間に少女が得た親友は、メガ進化を扱うに及ぶ天才。

 そしてこれまでの旅で彼女が得た恋人は、今敵勢をこんなにもまことしやかに分析してみせる少年。

 

 この二人に囲まれて旅を続けられるのなら、きっとサクラはもっと強くなれる。

 特に少年がいれば、不用意な危険は侵さないと思わせてくれる。

 

 ああ、ほんと、一〇年でこんなにも涙脆くなった。

 

 コトネは小さく笑って、一同の顔を見渡した。

 

 全会一致。

 

 少女がルギアを。

 

 コトネがスイクンを。

 

 これまでと同じく守っていく事になった。

 

 そして、コトネは涙を拭うとシルバーに指を突き刺した。その相貌は親としてではなく、一人のトレーナーの顔。

 

「シルバー、シロガネ山に行くわよ」

「無論、そのつもりだ」

「私も力添えしましょう」

「うちも……やな」

 

 メイとアカネも立ち上がる。

 

 来る前に叩きのめす。

 

 それが一番手っ取り早くサクラを守る方法だ。

 唯一サクラにルギアを任せる意味がある作戦だった。

 

 

 一三時四五分。

 

 こうしてレジェンドホルダー四人によるシロガネ山強襲作戦が決定した。


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