「それじゃとりあえず」
と、アカネは一同の視線を集める。
「敵さんについて纏めよか」
そう言って彼女は立ち上がった。
「先ず、老人の方のヒビキ。ホウオウ以外に持ってておかしないポケモンおるか?」
コトネが挙手する。
アカネから指名を受けて、ゆっくり立ち上がった。
「確定して良いと推測出来るのはバクフーンよ。彼がヒビキであるのなら、死んでない限り、絶対にバクフーンは持ってる筈」
「違いねえ」
そうシルバーも付け加える。
バクフーンはジョウトで渡される初心者向けのポケモンの内、炎タイプのヒノアラシの最終進化系にあたる。ヒビキと言えばホウオウかバクフーンと言える程、その姿は絵になる。これについては、操られているだろうヒビキについても、同じく持っていて不思議じゃないとした。結果的には二人のヒビキについてはその二匹ぐらいしか、確定的とは言えない。現にコトネが『メガニウム』と『スイクン』しか持っておらず、旅立ちにあたって連れたポケモンを失っていたと言うのだから、そもそもバクフーンだって生きているかどうか……。
話は進む。
次に挙げられたのは三人目、『ククリ』の存在だ。
先ずはシルバーが立ち上がった。
「レパルダス。そして飛行可能なポケモン……見た目はヨルノズクではないかと思うが、こっちは確定じゃない」
一同が頷く。
そこでメイが挙手し、立ち上がった。
「関連性が高いとは言えない。ただ、Nの協定はここ二月の間にエンテイ、ライコウの捜索を行っています。でも、その足取りは掴めていない。態々ジムリーダーを排除してまでコトネさんを送り込んで来たとするなら、もしかしたら相手はもうエンテイとライコウを捕獲しているかもしれないですね」
そこで一同は沈黙を余儀無くされる。
確かに、敵からしてエンジュシティを襲う事は、リスクが高いと言える。
エンジュから出るまで待って、サクラ達を待ち伏せた方が効率は良い筈だ。
「ここに至ってですが……敵はNの協定の動向、ポケモン協会の動向を気にしているようにも見えますね」
一同はメイの補足に頷いた。
マツバは強い。
少なくとも並みのレジェンドホルダーを相手にしたとて、ホームグラウンドならば数人相手にしようと、有利に立ち回る事が出来る。今回に限っては、おそらく顔見知りのコトネがやったのだろう。
「敵はスイクンを手放した。勿論そのつもりはなかったろうが、ヒビキではなくコトネを送り込むリスキーな真似をした。……つまり」
シルバーがそう呟き、ひとつの見解を探る。
「敵にとっては急を要する判断だったのかもしれないな」
そこでフジシロが頷いて、口を開く。
「あと半日あれば私はエンジュに着いていたよ。うん」
「その半日を待てば、Nの協定が戦線に復帰すると言うリスクを考え、取り急ぎコトネを送り込んできた……これが妥当か?」
シルバーの言葉にサキが手を挙げる。
「親父。俺は違うと思う」
「ん? なんだ。言ってみろ」
サキは思案顔のまま、ゆっくり立ち上がってから卓を外れる。
ちょっと待って、纏める。と言いながら、うろうろと歩き回る。
成る程。
そうか……そうだな。
なんて、それっぽくごちて、やがてこくりと頷いて、言葉にした。
「考えて欲しいんだ。敵がどこにいるのか。そんで今回の犯行グループがどこから来たのか……」
一同は首を傾げたり、顎に手を当てて、思案する。
「なあ、サク。お前がPSSを確認しなけりゃ、どうなってた?」
へ? と、サクラは唐突に話を振られて固まる。
つまりポケモンセンターに残っていたら……と言う事だが、今回の一件はポケモンセンターも破壊されていた。
「ポケモンセンターと一緒に吹き飛んでた……?」
「うん、そう。俺はサクがPSSをすぐに確認するの知ってるから、すぐにサクが釣られたのは解った。でもそれって、俺らだからだよな?」
「何が言いたい、サキ」
シルバーは一人で理解を進める彼に、溜め息混じりに答えを促した。
サキは髪を掻き上げて、ふうと一息。
改まった様子で続けた。
「あのさ、相手は四六時中サクを監視してるんじゃねえと思うんだよ。だってそうだろ? そんな事が出来るなら、影からポケモンの技で俺ら殺せばいいんだし」
サキはそう言ってから、指を立てる。
「考えても見ろよ。ワカバだってそうだ。そん時にさっさとサク殺してでも奪えば良かったんだろ?」
そう言えばそうだ。
一同は彼の思案に呑まれていく。
「なあ、親父。アキラ、サク。気付かねえか?」
彼は一番大事な事を言った。
「襲われたのも、襲われる予定も、全部『昼間』だろ?」
そう、それは確かに一律していた。
「考えろよ。帰る時間が『夜』になると不味い場所。サクを四六時中監視して襲えない理由。そんでもって、Nの協定の動向を探れたような……今回の行動」
サキはひとつの見解を口にした。
「敵は帰る時間が夜になるとポケモンが活性化しちまう『シロガネ山』なんじゃねえの? 四六時中監視出来ないのもそれ。遠目から待ち伏せる事が出来ないのは、ホウオウの神通力宜しくな『テレポート』みたいなもので町中に直接飛んでるから。Nの動向を探れたのは俺達を『見張る事』を目的として操られた誰かが近くにいるから」
――違うか?
彼はそう言って意見を仰ぐ。確かに、その言葉は道理が通っていた。
シロガネ山ならば、頂上付近は飛行限界高度に近く、トレーナーも寄り付けない。
加えて天然の要塞。誰も好き好んで立ち寄ったりもしない。
ホウオウの移動も、一定の場所を指針とする……端的に言えば、ポケモンセンターが発信する電波を的にする。その為、テレポートと言えばポケモンセンターか、そのポケモンが最も記憶する場所――サキの予想するには、これはシロガネ山の麓。普通は自宅前等だが、相手がヒビキならば『自宅』は既に消し炭だ。
コトネが「そうね」と頷く。
「ヒビキ一人でシロガネ山を登るのは辛いだろうけど、それはあくまでも一人ならよ。私と二人なら踏破さえ出来たんだし、『誰かしらパートナー』がいれば、逆にあそこ程安全な場所はないわね」
サキはひとつ頷いた。
そして先程並べ立てた事を改めて掘り下げる。
ホウオウが監視を命じれば、その洗脳はそれでいてその者の人格に影響を及ぼさず、見破る事は困難。その情報を頼りに、サクラの警護が手薄な瞬間を狙いすます。
事実、キキョウシティからこちら、エンジュシティでのサクラ達一行は、これまで以上に無防備だった。ヒワダタウンに居た時でさえ、ツクシが万全の状態であれば、周囲の街にもジムリーダーが居た。
今回は、正しくマツバを除けば、サクラを守れる人間が一人も居なかったのだ。それこそコガネにアカネが居たりはしたが、彼女は素早く移動出来るポケモンを持っていない。敵がそこまで加味しているかは兎も角として、これまでで最も手薄な状態だったのは間違いないだろう。
成る程。と一同は俯く。
操った者から得た情報でタイミングを計り、そしてシロガネ山から強襲する。
襲えるタイミングは少ないが、これ程確かな手はない。
事実エンジュシティの一件は、――コトネこそ倒したが――防戦一方だったとも言えるだろう。
サキは続けた。
「あくまでも予想な」
敵は今回、ヒビキさんとコトネさんの二人でエンジュに来た。
ヒビキさんはコトネさんとジムを強襲。火を放った。
マツバさんのPSSに細工して、二人は別れる。
皆気にしてないけど、PSSは元々マツバさんのものだ。
ホウオウ無くして洗脳のコードは送れねえ。そしたらヒビキさんもエンジュに来ていたと見るのが妥当だろ?
で、まあ、成功すれば最もリスクが低い作戦として、コトネさんは鈴の塔に。
ヒビキさんは辺りで適当にトレーナーを洗脳して、町に騒動を起こした。
ヒビキさんはサクラがPSSに気付かず、リスクを払っても強奪しなければならない時の布石。そんでもって、今回はたまたま俺らは鈴の塔から先に鎮圧したから、敵さんの意表を突くことになった。
失敗した事でヒビキさんは退いた。
サキは「だって」と続ける。
「俺が判断しなけりゃ、普通皆ポケセンから改めるだろ。敵の行動で一番リスキーだったのは、むしろポケセンにサクラが残っていた場合だ」
確かにその通りだった。
サクラがPSSに気付かなければ、混乱する街中で彼女を襲わねばならない。その上、サクラの仲間達はサクラが居る筈のポケモンセンターが襲われたとあれば、すぐに戻ってくるだろう。
現にアキラはサキが指摘しなければポケモンセンターから確かめようとしていた。とすれば、仮にサクラがポケモンセンターに残っていた場合、大変な混戦になっていたと予想出来る。
しかしサクラは呼び出しに応じ、鈴の塔に向かった。
仮に敵の思惑通り、サキとアキラがポケモンセンターから改めていれば……一人呼び出されたサクラは殺され、間違いなくルギアを奪われていただろう。
唯一、サキの存在が敵にとって誤算だったのではないか。
彼は「自分でも思い上がってると思うけど」と、締めた。
「……あんたすごいね。多分そうだよ」
コトネが漏らす。
その目はまさしく驚嘆していた。
「いや、なんとなく可笑しいなって思ってこじつけただけだよ……。多分細部は間違ってたりもするとは思う。だけど――」
サキは一同を見直す。
そして、指を差した。
「俺の見解が正しければ、フジシロ……。お前操られてるよ」
少年はそう述べた。
指を差されたフジシロはまさかと目を見開いて、息を吸って、吐く。その相貌たるや信じられないとは語るものの、どうして彼はサキの聡明さを良く知っている。
「全く自覚はないし、言われても反論や抵抗をしようと言う気にならない。……ただでも、言われてみれば君達の居場所……特にLについては良く――いや、待てサキ。違う、違うよ!」
フジシロはそう言って立ち上がった。
そして頭を円卓に向かって降り下ろし、激しく打ち付けた。
――ガシャン。
と、音が鳴って、円卓のグラスが跳ねる。
フジシロはしかし気にせず前に向き直った。
「ほら、僕じゃない……。ダメージが足りてないのかもしれないが、違うと思う。僕じゃない、『マツバ』だよ。全てを知り得たのは!」
フジシロはそう言うと、後で誰かしらに今一度ぶっ飛ばしてくれと頼んだ。
「だが、マツバは……」
そこでシルバーが苦言を呈する。
その横でサキが顎に手を当てて考え、「いや」と、零す。
「ごめん。もしフジシロの動向がマツバに割れてたんなら、有り得る」
そう言ってフジシロに改まる。
彼は下唇を噛み締めながら、「自分の居場所は伝えてた」と告げ、加えて「マツバは霊視が出来る」と、纏めた。
「使い捨てて良かった……そう言う事なら成り立つ。元より敵は今回の強襲を失敗するつもりがなかったから、コトネさんがそこにいるんだ。……霊視で殆んど全ての状況を把握出来るマツバなら、何の情報もなくサクラの存命を知り得て不思議じゃねえ。……特に、『エンジュ』で襲う意義だって出てくる。態々ジムを襲ったのも、『監視』を目的とした洗脳で、『協力』をしろって洗脳じゃなかったから、PSSを強奪する必要があった……。とすれば成り立つな」
サキはそう呟きながら解説し、面をあげた。
「逆に不味い事になったと思うよ。俺は」