天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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パラレルワールド・2

 シルバーの質問に三人は首を傾げた。

 『何が違う』と言う事かと理解を進め、三人で目を合わせてから、コトネへ振り向く。

 

 服装が同じだったからだろうか。

 サクラはすぐにピンときた。

 

「あれ? そういえばさ……」

 

 着眼したのはコトネの口元。

 唇の端に僅かな彫りがあり、幼顔ながらも三八歳と言う年齢を感じさせる。

 うん? と、真顔で首を傾げるコトネへ、サクラは断ってから、その肌を触った。

 

 遠目には瑞々しく見えるコトネの肌だが、触ってみれば随分と張りが少なく、肉と言うよりは皮が際立つ肌だ。よく『お肌の曲がり角』と言うが、コトネも例に倣って、その被害をちゃんと受けていた。

 コトネはその表情を曇らせる。

 一気に一〇年もの時間を失った彼女にとっては、特に自覚があるのだろう。

 

「……ごめんね。老け込んでるでしょ?」

 

 何故か謝りながら、サクラの手を上から覆ってくる。

 サクラは首を横に振って返した。

 

「ううん。でもごめんね……確かにシルバーさんの言う通り、セレビィの中で見かけたお母さんって、私の記憶にあるお母さんに似てた……。つまり、もう少し若かったの」

 

 そう言って振り返った。

 おそらくサクラの動作で察していたらしいアキラとサキも頷いた。

 

「言われてみれば、だけど……」

「今も若々しいので、言われてみるまで気付きませんでしたわ」

 

 と、二人はフォローする。

 コトネはふうと息をついて、立ち上がる。

 シルバーに向かって頷きかけた。

 

「つまり、セレビィの中に居るのは別世界の私だね。サクラ達の言う通り、文字通り別人なんだよ。多分……」

 

 そんで。と言葉を放ちながら、カンザキに視線を向けた。

 

「助手くんの指摘する『あり得ない世界』ってのが、私を含めスイクンとかもそこに取り残されてる……って言うなら、どうだろう?」

 

 カンザキはそれを聞いて、拳を口元に当てて唸る。

 特に困った様子はなく、彼の聡明な知能はひとつの見解を出した。

 

「時空間……もとい、亜空間とでも言おう。この観測はギラティナと言うポケモンの存在から、是とせざるを得ない……にわかには信じがたいが」

 

 角張った輪郭を、更に唇を引き締めては際立たせ、「しかし……」と零す。

 

「理論上は成り立つにしても、立証は不可能だ。セレビィが如何に時わたりポケモンと言え、同じく時を統べるディアルガとでさえ、関連性は証明されていない……。ギラティナは全くの別地方で観測されたポケモンだし、関わっている可能性は極めて低いだろう。つまるところ、机上の空論を抜けない」

 

 そして彼は、コトネに代わって、立ち上がる。

 

「それに唯一、その場合の矛盾もある。ヒビキと名乗る老人と、セレビィの中のコトネちゃんと……年齢が食い違うじゃないか。たった一〇年……いや、一〇年前にコトネちゃんが遭遇した際には、既に老体だったのだろう?」

 

 コトネは頷く。

 少なくとも、そのコトネと同時期に時わたりを経て、ヒビキと名乗る人物がこの世界に来たと仮定するならば、コトネが今のコトネよりも若い時点で『矛盾』が生まれる。勿論コトネと別のタイミングで時わたりないし、時空間を越えて来たとするならば成り立ちはするが……。

 

 そこで全員が腰を降ろす。

 

 頃合を見計らったように、サキが溜め息を一つ。

 

「そもそも、それがそうとしての目的はなんだよ」

 

 そして誰にと言わず、問い掛けた。

 

「セレビィに亜空間へ捕らわれたコトネさんの救出とか?」

 

 と、アキラ。

 

「元の世界に帰りたいとか?」

 

 と、コトネ。

 

「……やり直し」

 

 と、サクラは呟いて、再度立ち上がった。

 

「セレビィの中でお母さんが言ってた。『やり直せるからって殺しに来る』って」

 

 その言葉で一同の視線がサクラに向く。

 

「やり直し? そう言ったの?」

 

 コトネが確認。

 サクラは頷くが、彼女は食い下がって「待った待った」と言った。

 

「セレビィの時わたりは確かに過去干渉とか出来るよ? 出来るけど、それを起こすと大きなパラドックスが起こる」

 

 コトネは昔の話だけど……と、頭打って、話し始めた。

 

 その昔、コトネはヒビキとウバメの森でセレビィと遭遇した事がある。

 その際、時を越え、幼きシルバーとよく似た人物が黒のスーツ姿の男と決別する様子を見た。そして、またも時を越え、ロケット団が復活し、サカキに呼び掛けた『ラジオ塔占拠事件』の時間軸にとんだ。

 二人はその時、サカキと相対し、ロケット団の呼び掛けに応えようとする彼を倒した。

 野望を表と裏の面の両方で潰えさせたのだ。

 

「ああ」

 

 と、シルバーが繋ぐ。

 

「その話を随分昔に与太話として聞いた俺は、確かに同じ記憶がある。そしてサカキとも会う機会があり、その確認をした事もあった。それは確かに起こった話だった」

 

 つまりはどういう事か? サカキを止めた際、それでもヒビキとコトネはロケット団のラジオ塔占拠事件を止めていた。つまりその時間軸には、二人のヒビキとコトネが居た事になる。

 

 そう、時渡りは『渡る』能力であって、『巻き戻し』や、『早送り』をする能力ではないと言う事だ。

 

「やり直すって言っても、その老人が昔の時間軸に戻れば、老人がその時間軸で新しくヒビキになるわけじゃない。つまり、『やり直し』なんて話は、元から瓦解してるのよ」

 

 成る程。と頷く一同。

 サクラは頭がパンクしそうだったが、とりあえず『やり直しなんて出来ない』と言う事は理解した。

 

「じゃあ、とりあえず今のところやり直しってのは考えない方がいいの?」

 

 と、問い掛ける。

 シルバーが明後日の方向へ視線をやって、声を上げる。

 

「メイ、お前はどう思う?」

 

 それまで殆んど黙って聞いていたメイは、「んー」と唸った。

 顎に人差し指をあてたあざとい様子で、彼女は唇を開く。

 

「確かに事例としては有り得なくない……かな。それに『やり直し』を『時間遡行』ではなく、例えばこの世界でサーちゃんやサキくん、コトネさんを殺しても問題がない……って意味だけなら、そう捉えられるとは思いますね」

 

 そして肩を竦めた。

 

「まあ、一旦置いといてエンジュの話に進めませんか?」

 

 そう言って、彼女はアカネを一瞥。

 同じく黙って聞いていたアカネは、こくりと頷いた。

 

「せやな。エンジュの話にいこか。……これはルギアが一番詳しいんやっけ?」

 

 海鳴りの鈴が淡く光る。

 サクラは鈴を持って立ち上がった。

 

 手持ち無沙汰になった面々は、再度席に着いていく。

 

『あの日、主は主の想い人と争った』

 

 想い人!?

 

 不意の言葉に、アカネやメイから、目線を向けられる。

 

 ハッとしたサクラは頬を染めて、横目でサキを促した。

 

「えっと……うん。私、サキと恋人になりました」

 

 そういや言ってなかったと思いつつ、フォローする。

 すると、何やら空気が凍り付いた。

 

「な、なんやって!?」

「嘘!?」

「何と言う事だ……」

「サキ、お前……」

「ぶっ殺す」

 

 アカネとメイが驚き、立ち上がる。

 カンザキが顔を驚愕に染めて、額に手を置いた。

 シルバーが『恐ろしいものを見た』と言う形相で息子から椅子を引いて距離をとり、照れるサクラの左側でコトネが真顔で呟いた。

 

 唐突な反応に思わずハッとして、サクラは両手を振る。

 隣で仏頂面を浮かべ、睨んでくるサキに配慮して、再度言葉を出した。

 

「あ、あの! えっと……サキって……可愛いんだよ?」

 

 ズルッ。

 と、フォローした筈のサクラの言葉に、サキが椅子から滑り落ちる。

 

「か、可愛いってなんだよ!」

 

 と、反論し、そこでアカネが柏手を打った。

 

「まあまあ、その話は後や後。とりあえず説明な」

 

 場の空気をやたらと読む程、世俗に染まったルギアは、その言葉で一同が静まってから声を出した。

 

『その為部屋で主はひと――』

「ちょ、ルギア! その話は無し!!」

『心得た』

 

 危うく一人で妄想している所をバラされる所だった。

 周りの冷たい視線に笑って誤魔化しを入れ、ルギアに続きを促す。

 

『ともあれ、不意に端末を見た主は、部屋から私を連れて飛び出した』

「ここでPSSを開いた時から私の記憶は途切れてます」

 

 注釈を入れて、続く。

 

『主はポケモンジムとやらへ向かったようだ。その際、意を決したような様子を見せ、鈴の塔へ向かう。やがて多くの僧の亡骸を見ては、手持ちのポケモン達を欺き、一人で鈴の塔へと突入した』

 

 僧侶を殺したのは、操られたコトネなのだろう。

 状況証拠から当人も既に理解しており、そしてそれを名乗り出て償う事が今の状況に求められていない事、そして名乗り出てもやはり操られていた事実から、老人こそ裁かれるべきだと放免される事はわかりきっていた。現に犯行グループの人間の多くは、洗脳の形跡から放免されている。されていない者は『ならず者』を狙った洗脳だったのか、余罪がある者がいた為だった。

 

 それでもコトネは目を伏せた。

 横で同じく、ポケモン達を悲しませたサクラも目を伏せる。

 

 ルギアは気にしたふうもなく続けた。

 

『鈴の塔に入った瞬間、あの塔があ奴のテリトリーだったからか、主程酷くはなかったが、私も干渉を受けた。その際、私の中でもう一つの人格が目覚めた。主の母君は本性だと言っている……おそらくは私にとって失われた記憶の存在なのだろう』

 

 そう。それが『我』と呼称するルギア。

 あくまでも推測だがと、彼は付け加える。

 

『主は私のエアロブラストの反動により、目覚めた。そしてスイクンに胸を穿たれ、私は主によってマスターボールへと戻された』

 

 と、そこでメイが手を上げる。

 

「もう一人の貴方は今?」

『眠りについた。おそらくは肉体に宿っている』

 

 そう、それはつまり、『我』のルギアをサクラが御せない以上、サクラには扱いきれないポケモンになった事を示す。勿論これまでとて彼を殆んど出して来なかったが、これからは出す事(それ)さえも憚られるのだ。

 ここでコトネが手を挙げる。

 

「まあつまり、今回の議題のひとつはこの後ルギアが狙われるのが確定……。相手がセレビィを求めるなら、五匹のジョウト伝説級を集める必要があるからって理由ね。それはさっきルギアが昔話した中に、『五匹で邂逅したらセレビィらしきものを見て、気が付けば海底にいた』って話ね。……な、訳だから」

 

 と言って、コトネはサクラを見詰めてくる。

 サクラは真っ直ぐ見返した。

 

「私が預かろうかって言う提案。まあ決議は後ね……。とりあえず続きだけど」

 

 そこでアキラが立つ。

 

「そこに駆け付けたのは私とサキですわ。サキが聡明且つ、揶揄する事も憚る程の明察をしましたので、わたくし達はギリギリで間に合いました。その後、先の事から敵勢がスイクンである為に、わたくしはウィルにメガシンカを命じました」

「メガシンカ……つまり君は『選ばれし者』なんだね?」

 

 そこでずっと静かだったカンザキが言葉を漏らす。

 シルバーとアカネが頷いた。

 

「申し遅れまして。わたくしは協会認定のメガストーン所持トレーナーのアキラと申します」

 

 改まって、彼女は会釈した。

 

 彼女の持つ『メガイヤリング』とは、未だに謎に包まれた一時的進化『メガ進化』と呼ばれる力を扱うに相応しいとされる証。誰にでも与えられるものではなく、非常に希少価値の高いものだった。

 

 彼女はよく自分を強者だと言うが、それは確かに認められた才能だった。ポケモン協会からは厳選なる審査を受け、果てはその思想がこれからの未来に消極的ではないか等、多岐にわたる審査をクリアしては与えられる証。

 

 アカネがアキラをちらりと見やって、溜め息を一つ。

 

「なんや気が付いたら取ってたな」

「ええ、まあ……。とはいえ、わたくしとて別に自身が天才だなどと宣うつもりはございませんの」

 

 アキラは尊大に零し、会釈する。

 

「まあそんな訳で、秘蔵っ子ですの、わたくし。なんとか運良く間に合いましたので、敵わないまでも()()はさせていただけましたの」

 

 そこでシルバーが話を折った。

 

「俺はサキから連絡を受けた。連絡を受けてすぐに協会が保護する最重要機密ポケモンを用い、テレポートをした。このポケモンについては忘れてくれ。……そして辿り着いた先で対処を試みた」

「それで私がぶっ飛ばされて決着、と」

 

 話を纏めたのはコトネだ。

 

 シルバーの言う最重要機密ポケモンについては、ポケモン協会で保護すると言う言葉が表す。何のポケモンかは誰も聞いてはいけないのだ。

 

 そして、会議は纏めに移る。


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