天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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パラレルワールド

 コトネの説明が終わって、ワカバタウンでの一件については、一旦の区切りを得る。

 

 次に行くまでの補足は?

 と促したアカネに、シルバーがサクラの身分を作り直した事。

 メイがサクラをNの協定に加えた事。

 以前ルギアがサクラ達にした昔話が加わる。

 

 そして、問題のウバメの森での一件にさしかかった。

 

 先ずはサクラが立ち上がって、三人で見た光景と、セレビィの中のコトネからヒビキを『殺してでも止めろ』と言われた事を告げる。サクラの隣に座るコトネは、首を横に振って「覚えがない」と言った。

 

 次にサキが促されて、立ち上がる。

 

「非常に言い辛いんだけど……見た光景はサクラと同じ。別れてから、俺の前にもコトネさんが現れた。んで、そん時――」

 

 サキはどこか頬を赤く染める。

 その姿を見て、サクラはふと思い起こした。「あぁ」と、目を細めてしまう。

 

 彼は罰が悪そうに頬を掻きながら、続けた。

 

「親父がコトネさんの服を公衆の面前で脱がせたって責め立てられたんだ……」

「な、おまっ!!」

「わーお」

 

 平然とするコトネ。

 机を打って、焦ったような顔付きで立ち上がるシルバー。

 

 その様子からして、サキが言ったことが事実なのは明白だったが、誰もシルバーを攻め立てることはなく。

 サキはシルバーに対して「ごめんって」と零して、「でも……」と言葉を繋ぐ。

 

「これが間違いないなら、あのコトネさんが本物って事になる……」

 

 そう、その言葉が理由だった。

 そう述べるなり、腰を降ろすサキの横で、シルバーは罰が悪そうに僅かに頬を染めて語る。

 

「昔の話だ。ロケット団のアジトに攻め込んでみれば、コトネがロケット団の格好をしてやがって……思わずそんな格好やめろと言った」

「うん。脱がされた。ロケット団の目の前で下着姿にひん剥かれた」

「…………」

 

 あっけらかんと補足するコトネに、苦虫を潰したような表情で、シルバーは再度腰かける。にやにやと笑うコトネをさぞ恨めしそうに睨む彼に、やった事は兎も角、同情を禁じ得ないサクラだった。

 

 そこで拍手が一つ。

 少しばかり団欒としかけた雰囲気が、再度緊張感に包まれた。

 

「まあつまり事実やな。その事の苦言はまたオフにでもやってか。……んじゃ次、うちの子やな」

 

 促されたアキラはこくりと頷く。

 立ち上がる彼女の横で、イライラするのか、シルバーがタバコを持って席を離れた。少し離れた所で「続けてくれ」と言う。その様子咎める者はいなかった。

 

 嘆息一つ。

 アキラは改まった様子で、一同を見渡した。

 

「それじゃ失礼しますわ。わたくしは有意義な話を二つ出来ますの」

 

 そう言ってはアキラは人差し指と中指を立てて、胸の前に出す。

 

 一つ目。として、中指を折る。

 

「わたくしは三人で見た光景の中、アサギシティにてその光景が当時より三ヶ月。今からですと、二月と一週間程の未来である事を視認しておりますの。エンジュについては『紅葉』が映り、キキョウについてはジムリーダーのツバサさんがホウオウに焼き払われる際、身の丈がわたくしの知るより幾分伸びているように見えました。それをセレビィ内で邂逅したコトネさんに確認したところ、間違いなく未来である事を告げられましたわ」

 

 初耳だった。

 少なくともエンジュ、キキョウについて、彼女はここに来て初めて語った。

 

「既にエンジュは襲われましたが、まだ『紅葉』が映る季節ではございません。現にわたくし達が見た鈴の塔の倒壊は起こっておりませんもの」

 

 これは事実だ。鈴の塔は壊滅的なダメージを負ったが、倒れてはいない。

 

 とするならば……。

 サクラの思案は、アキラによって肯定される。

 

「エンジュは今一度襲われる可能性がございます」

 

――絶句。

 

 一同が生唾を呑んだ。

 

 アキラは飄々とした様子で、「続けますわ」と、再度視線を集めた。

 人差し指を追って、「これは今まで不確かでしたが」と、零す。

 

「コトネさん」

 

 と、アキラはコトネを呼んだ。

 呼ばれた彼女は「うん?」と首を傾げて、真面目に彼女へ返事をする。

 アキラはしかし、「失礼、呼んだだけですの」と、会釈。

 

 一同はそこで首を傾げた。

 

 しかし――。

 

「今、わたくしは間違いなくコトネさんと()()()()ましたわ」

 

 彼女はそう告げた。

 するとカンザキが「まさか」と、コトネが「あっ」と、言葉を漏らす。

 アキラはさぞ満足そうに頷いて、再度一同を見渡した。

 

「わたくし、コトネさんに『あなたお名前は?』と、聞かれましたの」

 

 そう。つまり、セレビィの中のコトネは『アキラを知らなかった』と言う事になる。しかし、今、現在において、アキラはコトネと向き合っている。

 

 つまりどういう事か?

 コトネは今のコトネよりも未来である筈なのに、『矛盾』しているのだ。

 今知り得る情報を知らない彼女は、コトネの未来である筈なのに、コトネの未来足り得ないのだ。それにはパラドックスという難しい話が関わってくるのだが……何せ、アキラは「ね?」と、肩を竦めて見せる。

 

「可笑しいとは思いませんか?」

 

 そこに居る全員が言葉を呑んだ。

 彼女が語る『有意義な話』とやらに、完全に呑まれていた。

 

「わたくし、それ故にエンジュでコトネさんと相対した瞬間に、この事実は『可笑しい』と思ったのです。……それに、サクラ、覚えていて?」

 

 促されて、サクラは小首を傾げて返した。

 何をと問えば、彼女は手を肩の高さに上げて、首を傾げて見せる。

 

「わたくしはあの時、あり得ない事を申しませんでしたか?」

 

 へ? と、返す。

 すぐにサキが左手を宙に浮かせて、分かったと言った。

 彼はその手でアキラを指差して、答える。

 

「お前、コトネさんと知り合いじゃねえのに、何でかスイクンの事を一目見て『スイクン』って言ってたな……前にスイクンのこと良く知らねえつってたのに」

 

 知識として知っていたとするならば、彼女の言い分は成り立つ。しかし、秘匿とされる伝説級ポケモンを前にし、その存在を先ず認めた上で、彼女は『ルギアに攻撃したのがスイクンだ』と言う事を告げた。それにそこから、まるでスイクンの力を知るかの如く、彼女は躊躇なく、ウィルにリスクあるメガシンカを命じた。

 

 むしろ、サキの言う通り、アキラは以前、ウバメの森でスイクンについて「名前ぐらいしか存じない」と言っていた。

 

 アキラはサキの回答に満足した様子で頷く。

 

「ええ。わたくしは今、コトネさんと出会ったばかりです。少なくともエンジュの一件まで、名前とサクラの話でしか知らなかった筈ですの」

 

 彼女はゆっくりと会釈した。

 嘆息を一回挟んでから、ふうと一息。

 

 改まった様子で、再度唇を開く。

 

「わたくし、セレビィの中でコトネさんと相対した際、彼女に攻撃されましたの」

 

 勿論、意識下なので死にたり得ませんでしたけど。と、そう続ける。

 一同は目を見開いて、驚きの声を漏らした。

 

 しかし、最も取り乱してもおかしくないアカネが一同を制し、彼女に続きを促した。

 

「貴女は誰かと問われ、わたくしは自己紹介をしましたわ。そして先程の光景がなんだと詰め寄りましたが、コトネさんははじめ答えてくれませんでしたの。すぐにコトネさんの横にスイクンが現れ、わたくしはそのポケモンに襲われましたわ。その時にスイクンを知りましたの」

「ま、待ってくれ!」

 

 可笑しいと、カンザキが零す。

 彼は立ち上がって、有り得ないと首を横に振った。

 

「セレビィの予知の中にコトネちゃんが現れる事の時点でも十分可笑しいが、ポケモンが現れるなんて事はもっと有り得ない。普通、未来予知ってものは、未来を予知して、それを理解するだけの事を差すんだよ。まあそれは幻のポケモンが成せる技かもしれないけど……幾らなんでも、自分の世界に他の生命体を取り込んでいるとしたら、それは世界を造るのと同義だ」

 

 そして、告げる。

 

「そんな事を出来るのは、全てのポケモンの始祖、アルセウスぐらいだ」

 

 つまるところ、未来予知とは未来に干渉する技術ではない。

 そこにサクラ達がしたように、知覚し、理解する技術だ。

 

 コトネが居て、コトネが概念の筈のサクラ達を『知覚』したのが先ずおかしい。加えてそこに居る筈のない『スイクン』が現れたとあれば、それはもう新たに世界を造っているのと同じ事。異次元に『アキラ、コトネ、スイクンの世界』が出来上がっているのだ。カンザキは息をあらげながらそう説明した。

 

「まあ原理はわかりませんの。でも事実わたくしはスイクンに襲われ、その意識を受けて……」

 

 そこでサクラが立ち上がった。

 

「そうだよ。あの時アキラおかしかったもん」

「錯乱してた。……俺もそうだったけど、酷い頭痛に襲われて、加えてサクラに詰めよって『時間がない』って言ってたな」

 

 サキが座ったまま腕を組んで語る。

 

 アキラはそこで頷いて返してくる。

 あの時は失礼しましたわ。

 と零し、続けた。

 

「わたくしも不確かでしたの。スイクンと呼ばれるポケモン、サクラの母を名乗るトレーナー。わたくしはしかし、スイクンの意識的な攻撃を受けては、スイクンがコトネさんを制しましたの。まるでサクラにとって害はないと言うようでしたわ。そしてコトネさんから事の次第を受けたのですの」

 

 つまるところ……と、彼女は発言を纏める。

 

「あのコトネさんは、コトネさんにしてコトネさんに足り得ません。……真におかしな発言をしている事は承知ですが、先のヒビキと名乗る老人。ククリと言う方はわかり兼ねますが、ホウオウを()していらっしゃるならば――」

 

 そこでシルバーが言葉を遮った。

 

「パラレルワールドの未来から来た奴ら……か」

 

 一同は呆然と、彼の顔に視線を寄せた。

 

「例えば、だ……。例えばの話だ」

 

 アキラがシルバーに任せ、椅子に腰かける。

 彼は少し離れて壁に背を預け、煙草を燻らせながら続けた。

 

「先の老人が未来から来たヒビキだと仮定する。こいつらを俺達の時系列から排除しよう。すると先ず、老人はこの世界のヒビキとコトネを呼びつけていない」

 

 そこでサクラが挙手した。

 

「私あの時お母さんに、『こっちのあんたは四歳の頃から会ってない筈』みたいに言われた!」

 

 シルバーがそこでサクラの意見を加味し、「仮定を続ける」と言う。

 

「そうなると当然、サクラはヒビキとコトネに囲まれて育つ……すると?」

 

 そこでサクラに言葉を促した。

 サクラは首を傾げて、しかし代わりにサキが答えた。

 

「サクラ、お前全寮制の学校に通ってねえんだよ。ヒビキさんとコトネさんが傍にいるなら」

 

 考えながらの彼の発言に、サクラはハッとした。

 確かに両親が居るのなら、わざわざ全寮制の学校に通う必要がない。ワカバタウンにある普通の学校で良い。

 思わずサクラは立ち上がった。

 

「そうだよ! そうなる!!」

 

 それはつまり――。

 

「つまり、アキラとサクラが出逢わねえって事になるな」

 

 サキが補足した。

 横からアキラも頷く。

 

「ええ。わたくしとサクラの接点はあくまでもあの学校から始まってますの……。お母様方の関連から関わる可能性はありますが……あくまでもわたくしは次女。ジムを継いだお姉様の方が、目立つ筈ですわ」

 

 それに、と彼女は続ける。

 

「サクラ。その仮定ならば、貴女も虐められて無かったのではなくて? 英雄の娘として、誇りを持っていたのでは?」

 

 切り返されて、サクラは固唾を呑む。

 その通りかもしれないと、頷き返した。

 

 もしも両親に囲まれて、ポケモンに囲まれて育ったなら――。

 

「……あくまでその仮定が成立すれば」

 

 シルバーが頷いた。

 

「敵は一〇年前にこの世界へ渡ってきた老人……つまり別世界のヒビキだってことになる。その目的は……」

 

 そこで彼は三人へ改まってきた。

 

「お前らが会ったコトネはそこのコトネと比べて……どうだった?」

 

 そして実に分かりにくい質問をした。


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