天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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第五話
会議をしましょう


 コトネが目覚めて五日。

 コガネシティにあるアカネの邸宅に、豪勢な顔触れが集まることになった。

 

 邸宅内では最も大きなリビングが、その舞台となる。

 実に九人もの面々が集まる事態だったが、アカネ宅は宿舎を兼ねていた為、普通の家庭では中々お目にかかれない一〇人掛けの円卓があった。それに加え、彼女の邸宅には、ハウスキーパーぐらいしか出入りしない。機密保持の面でも、優れている。

 事態はポケモン協会、Nの協定の垣根を越えた会議である為に、ここ以外に場所を用意出来なかったとも言えるだろう。

 

 赤いカラーリングの円卓の中央は回転台がついていた。

 本来ならば食卓として用いられるものだが、その日は各自に飲み水が与えられるだけだった。

 

 最初に部屋を訪れたのは、この邸宅の主。

 暫く使って居なかった為、――普段からハウスキーパーが掃除をしているが――布巾を片手に、円卓を拭いていた。

 

 次に現れたのは、ここ数日、彼女と肩を並べてキッチンを預かっている少年、サキだ。

 長い髪をほどいて、黒と赤のジャージを着ていた。彼は準備していたアカネに声を掛けると、水の他にクロスを用意すると言う彼女を手伝おうとして……客なんだから座っていろと促される。

 彼は一番被害が少なかった当事者として、この招集の呼び掛けを行った人物でもあった。

 

 続いて現れたのは、この家のもう一人の主、アキラだ。

 桃色の髪の下に僅かな疲れを映す彼女は、しかし白いドレスのようなワンピースを優雅に纏って、サキの二つ右へ腰掛ける。

 サキと交わす言葉は、彼女の相棒の容態と、その看病に疲れているアキラ自身の体調についてだった。あの日、メガシンカしたウィルは、その弊害として酷く衰弱していた。未だ本調子が戻っておらず、彼女の夜鳴きによって、アキラは最近寝不足なのだと言う。

 

 としたところで、メイが現れた。

 普段のブラウスと、丈の短いスカートを履き、彼女は気楽な挨拶を三人とかわす。かつて一月程滞在していた彼女は、――この部屋こそ使ったことはない筈だが――勝手知ったる様子で、アキラから一つ間を置いて腰掛けた。

 この一週間、メイは主にサクラへのフォローをしつつ、シルバーと共に情報収集に努め、更にコトネをNの協定に勧誘していた。コトネからの返事が未だに無い以外は、基本的に彼女の成すべき事はほとんど終わっているらしい。

 

 その次にコトネとサクラが連れだって現れる。

 コトネは赤いシャツにオーバーオールと言う、見知った者に馴染み深い格好。

 サクラは最近着なれた水色のブラウスにチェックのプリーツスカートを着込んでいた。

 

 コトネは目覚めた後に三日間の入院をし、彼女自身が無理矢理ごねて退院した。その後アカネ宅で療養しつつ、記憶が抜け落ちている一〇年間で変わった現代の事を、サクラやサキから教えてもらっていた。その過程で、ワカバがヒビキの手にかかったらしい事、更にそれについてサクラ達があまりに知らない事を受け、今回の会議の発起人になった。

 対するサクラは、レオンとルーシーが退院しては皆を集め、『別れ』を告げたらしい事をきちんと謝罪した。一様に責め立ててはきたものの、彼らも事態を理解しつつあるのか、拗ねたりはしなかった。

 やがてルギアが退院すると、心配していた『海鳴りの鈴』の分色も、どういう訳かすっかり元の水色に戻っており、一人称も『私』だった。引き取られた彼は、今もサクラが預かっている。

 

 サキの開いている側の隣へサクラ、コトネと並び、席についた。

 

 次に到着したのはフジシロ。

 彼は先の件に、間に合わなかった事を強く悔いていた。

 自らが守るべき街が半壊した事に最も消沈し、この一週間は未だ昏睡状態が続くマツバの看病を続けていた。この場には自分は不要だろうと言いつつも、サキに頼まれては仕方ないとやって来た。

 彼はいつもの軽装ではなく、巨漢を黒いスーツに包んでいた。

 メイから見て、アキラとは逆の位置に座る。

 

 次はこの数日間、ホウオウやルギアに関する情報を集めるのに帆走したカンザキが現れる。

 事情を聞いた彼は、コトネの見舞いにも訪れ、彼女に頼まれて情報を集めていた。

 服装は何時もの白衣ではなく、紺のスーツ。彼は一同に向かって丁寧な会釈をすると、コトネの隣に着席した。

 

 ここでずっと忙しなく動いていたアカネが落ち着く。

 彼女はこんな状態に至った一同の保護に努め、この面々の全員と面識がある者として、場所と知恵を快く提供してくれた。

 彼女はいつものチャイナ服を翻してはアキラとメイの間に座る。

 

 最後に現れたのはシルバー。

「遅れてすまない」と侘びながら、着込んだ黒いスーツの上着を脱ぎ、サキとアキラの間の席の背凭れに、それを掛ける。

 この一週間、事態の鎮圧と状況の把握に努め、おそらく最もこの案件に精通した人物である。

 

 一一時一二分。

 一同が介した。

 

「ほんなら始めようか。仕切るんはうち、コガネシティの前ジムリーダーアカネがさせてもらうわ」

 

 全員が一息をついた頃、アカネは立ち上がって、九人の参加者を見渡して、告げる。

 その表情には何時もの天真爛漫さは無く、全員がきちんとした格好――コトネは服がないと嘆いた――であり、彼女の改まった態度が『非公式』ながらも『公式的』な会議だと促す。

 

「今回の案件には第一種危険認定のポケモンが関わる為、録音等の記録媒体を用いた持ち出しを禁じる。加えてここでの話は第三種秘匿事項として扱い、余程の事態に至らぬ限りは口外を禁じる。その際の判断は各々を信用する為、信頼に基づいた口約として扱う事。とりあえずこんなもんやな」

 

 アカネは普段の特徴的な口調を一旦封じ、それでも拭いきれない抑揚で言い切った。

 

 彼女は先ず、事態の整理として、それぞれを促す。

 最初に立たされたのはサクラだった。

 

 サクラはこう言う格式のある場と言うものをきちんと経験している。

 緊張しているのではないかと言いたげに見てくるサキやコトネの様子を他所に、彼女は短い返事を挙げて、水色に染まった『海鳴りの鈴』を円卓に置き、立ち上がった。

 

「私は二月前、シルバーさんへの御使いをウツギ博士から頼まれて、シルバーさんの家を訪ねました。帰宅に際し、シルバーさんから送ってもらう最中に、ワカバタウン崩壊に遭遇しました。……その際、兼ねてから持参していた海鳴りの鈴が光を放っていて、ルギアの覚醒を促したらしいです。ルギアは雨乞いをしてワカバタウンを鎮火してくれました。今は私の事を主と呼んでくれています」

 

 そこで言葉を切る。

 

 シルバーが補足しようと挙手し、アカネは彼を差して発言を許可した。

 立ち上がるシルバーに代わって、サクラは腰を下ろす。

 

 彼は銀縁の眼鏡を外すと、堂々とした出で立ちで言葉を吐いた。

 

「ウツギ博士から受け取った資料はLのものだ。兼ねてから定期的にLとHについての情報を集めていた。これはポケモン協会としてだ。次に、ワカバタウン崩壊に関して、俺は敵勢の殲滅にあたった。その際にヒビキ、ホウオウ……そして、ククリと名乗る紫の髪をした二十代半ばと見られる女、ヒビキを『ゴールド』と呼ぶ老人と遭遇。ヒビキと老人はLの覚醒が成ったとし、撤退。意図は不明だ。残るククリはポケモン『レパルダス』を繰り出し、これを戦闘不能にするものの、撤退を許す」

 

 そこで一旦は言葉を切り、シルバーはPSSを開いては全国的なマップを立ち上げた。その内ワカバタウンを指差して、そこから東へ指で線を引く。

 

「ククリの撤退経路はカントー方面へ向かっていた。しかしジムリーダーの招集を行い、協会の総力をあげたが、これの補足には至らず。未だにジョウト、カントーにおいて目撃例はない。また、ホウオウの放つエネルギー波についても、協会にある現行の機材では補足出来ていない。一応、その場合……」

 

 シルバーはマップの内、シロガネ山、渦巻き列島、カントーのハナダシティ脇にある印、双子島を順に指差す。

 

「ジョウト、カントー圏においてエネルギー波の補足をしかねるのはシロガネ山、渦巻き列島深部……尤も渦巻き列島は沈んでいるが、入れた場合だな。そしてカントーではハナダの洞窟の地下、旧双子島の地下に残ると見られる場所。このぐらいだ」

 

 PSSを閉じ、シルバーは以上だと締め括った。

 頷いたアカネが「他に補足する者は」と確認して、今度はコトネが手を挙げ、海鳴りの鈴が淡く光を放つ。

 

 アカネは「先にLからやな」と、海鳴りの鈴を指名した。

 サクラが海鳴りの鈴を持って立ち上がる。

 

『私はワカバ崩落の際に至るまで、以前引き起こしたと言われる渦巻き列島の事案から記憶が不確かだ。だが今日に至るまで、ここにあるサクラを主として信を寄せており、主への警鐘として鈴の音と光で訴えた。言葉を持ったのは目覚めた後である。以上だ』

 

 そして海鳴りの鈴を抱いた彼女が座れば、コトネが立ち上がる。

 アカネは止める事無く、どうぞと告げた。

 

「今から一〇年前。私はシルバーの言う老人とククリと遭遇したわ。その際に老人はヒビキと名乗って、うちのヒビキと同じくホウオウを従えていた。この際、シルバーとの食い違いとしてはククリは金色の髪をしていた。髪は定期的に染めていて、彼女が実動しているのではないかと推測出来る。……と、推測までも入れちって申し訳ない。事実確認だったね。まあ、この老人とククリがヒビキと私を操っていた。そう見るのが、ワカバタウンでのヒビキの行動に疑問がない。因みに、ヒビキのホウオウと、老人のホウオウについては、てんで見分けがつかない筈よ」

 

 そんで。

 と、付け加えて、コトネは人差し指を立てる。

 

「元々私とヒビキは、ホウオウについてちゃんと研究してた。操る際においては、切っ掛けとしてホウオウのエネルギー波を受ける必要があって、これについては後述されるだろうけど……サクラが操られた際に、私の姿だけを映すPSSの記録があった事から、このエネルギー波を『電子変換』してPSSから送る事も出来るっぽい。私を操った際には直接の視認だったけど、知らない番号からのPSS通知には警戒すべきね。これについてはカンザキ博士から後でフォローがあると思う。で、重要なのは……」

 

 コトネは一同を見渡して、こくりと頷く。

 

「ホウオウの洗脳は一目に判断がつかない事。戻す方法は物理的衝撃って実証されてるけど、これが肝ね。因みに一度洗脳をかけちゃえば、ホウオウがボールに戻っても『命令』を果たすか、物理的解除に至るまでは、洗脳状態が続く。これが一番大事な事」

 

 そう、それはサクラやコトネが受けた洗脳の件を研究した事がある者として、コトネが見いだした結論だった。

 

 サクラのPSSにおいては、映像が記録されて残っていたが、これには既に洗脳効果はなかったと付け加えた。


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