天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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宣言通り(前半)ほぼ全て書き直しました。
その為挿入投稿しました。


コトネのターン

 頭が痛い。

 

 意識が布に覆われたように、やけにぼんやりとしている。

 耳から聞こえる悲鳴や、目の前に広がる凄惨な光景……これはなんだろう。

 

 今、私が居る広間の入り口でへたり込んでにいるのは、サクラ。隣に居るのは、シルバーの子供のサキ。その逆に居るのは……確かアカネんとこの子供。下の子で、サクラと同い年だった筈。

 三人とも親に似ているから、間違いは無いだろう。

 アカネんとこの娘は名前も覚えちゃいないけど、小洒落た格好をしたお人形さんみたいな子だった筈だから、多分間違い無い。ヒビキ曰く、サクラの親友だって言うし。

 大きくなったなぁ……。

 

 朧気な意識の中、痛みを訴える私と、懐旧の念を擽られる私。

 その二人分の意識がごちゃまぜになって、やけに不明瞭だった。

 

 だけど、目の前の光景を一つ一つ理解していけば、自然と思考の整理もされてくる。

 

 何か可笑しい……。

 

 そう悟ったのは、私の相棒であるスイクンが、サクラに向けて悠然と歩いている姿に、疑問を持ってからだ。

 彼は何を思ってか、アカネの娘が繰り出した……あまり見覚えの無いポケモンを吹っ飛ばしている。そのポケモンが、最近になって巷で噂されている『メガ進化』をしたクチートだと理解した時、彼はそのポケモンへ向けてハイドロポンプで止めをさした。

 その姿を認めるサクラは、表情を強張らせ、必死になって逃げようとする。

 彼女を援護しようと思ってか……遠い異国の小さなポケモンが、あまりに無謀な勇気を発揮していた。が、当然のようにそのチラチーノも吹っ飛ばされ、その小さな身体へ向けて、あまりに残酷なハイドロポンプを――と、そこで先程のメガクチートが戻って来て、彼を救う。どうやらメガ進化をしていたおかげで、まだ動ける気力が残っていたらしい。

 

 私は不意に小首を傾げる。

 

 何故、スイクンがサクラとサクラの親友のポケモンと相対しているのか。

 そして、明らかな実力差に一切の配慮も無く、死なせてしまいかねない技をぶっ放しているのか……。

 

 答えはすぐに見付かった。

 

 私が命令したからだ。

 

 サクラを殺せ。

 彼女のポケモンを、友を、殺せ。

 

 と……。

 

――私?

 

 そうか。……私か。

 私が命令してるのか。

 

 私が……ふむ……って、は……はぁぁあああ!?

 

 な、何で私が?

 何で私が我が子を襲ってんの!?

 

 思わず私は驚愕する。

 あまりに驚いて、目を見開いた私は、とんかちでぶっ叩かれたかのような鈍い痛みを覚える。「あぐっ」と、声を上げて頭を抱えるが、すぐにそんな事をしている場合じゃないと、面を上げた。

 

 そこに至って、漸く気が付く。

 辺りは荘厳たる金色の広間だった。

 何度も来た訳ではないけれど、合致する記憶がある――鈴の塔。

 

 その瞬間、フラッシュバックする光景があった。

 私にサクラの殺害と、ルギアの強奪を命じた誰か……誰だ。誰だ()()()は!!

 いや、そもそもこの記憶は一体何時のものだ!?

 

 とすれば、尚も鈍い頭痛に襲われる。

 思わず喘いで、すぐに思考を一転。

 思い出すことを諦める。

 

 それより――早くスイクンを止めなければ。

 何故、等と悠長に考えている暇は無い。

 

 スイクン!

 止まれ。止めろ!

 サクラに何すんのさ!!

 

 と、声に出そうとするが……頭痛を堪えた時は動けたというのに、唇がぴくりとも動かない。まるで言葉の喋り方を忘れてしまったように、掠れた吐息だけが出てきた。

 クソッ! と、脳内で悪態を吐けば、何の気遣いか、勝手に脳味噌が『何で唇が動かない』と考え、「うぐぁっ」鈍い痛みで、悶絶する。

 

 そうこうしている内に、今度こそメガクチートが倒れた。

 視界の端に映った限りでは、仰向けに倒れたまま、ぴくりとも動く様子は無い。

 同時に、チラチーノもハイドロポンプを食らっている。彼がかわしたのか、スイクンがそうしたのか、当たり所は良さそうだ……でも、瀕死にはなっているだろう。

 

 そして、最後の距離を詰めようとしたスイクンに襲い掛かる、愛らしい植物型のポケモン。彼女もまた、スイクンの歩みを止めただけで、ハイドロポンプで吹っ飛んだ。

 その可愛らしい身体から血飛沫が散って、聞きたくも無い娘の悲鳴を聞く。

 

 何れも急所は外れている。

 故意か、過失か、三匹とも生きてはいるだろう。

 

 だが、そんな事を彼女が理解出来る筈も無いだろう。

 何処かから出てきた記憶によれば、彼女はこれまでずっとワカバタウンに居たのだ。その彼女が、血で血を争うようなバトルを経験している訳が無い。

 見るも明らかにパニックに陥っていて、引き摺り出そうとしている親友達の手を振り払って、今に死地へ戻ってきそうな雰囲気だった。

 

 願わくは、そのまま去って欲しい。

 そのまま逃げて欲しい。

 

 だが、それ以上に、この状況を何とかしたい自分が居る。

 頭痛に邪魔されて、それが出来なくて、イラつく自分が居る。

 

 私は両手で頭を抱えて、思いっきり歯を食いしばった。

 ふとすれば脳の血管が破裂するんじゃないかと思える程の痛みを覚えるが、娘の命には代えられない。こんな頭痛で死ぬのなら、死んでしまえ。娘をぶち殺せと命じた不名誉は、それ以上の恥だ!

 

「あぁ、もぅ……」

 

 いい加減にしろ!!

 

「うちの子、泣かせん、なぁ。……バッカヤロォ!!」

 

 まるで激戦の佳境で雄叫びを上げる時のよう。

 腹から絞り出すようにして、声を出した。

 

 その瞬間、ハッとする。

 峠を越したように、頭痛が治まって、思わず面を上げた。

 すると、同じくハッとした様子でこちらを認めているスイクン。

 凛々しい顔付きながら、口をぽかんと開けて、見目を開いているその姿は、どこか間抜けだった。

 

 声、出たわ。

 何とかなったわ。

 

 自分に掛けられていた何かしらの呪縛を解き放ったんだろう。

 そう思って、不意に表情を緩めてみれば、「ぐぇっ!?」再度の痛みでまたも悶絶する。その痛みは先程よりも増していて、ふとすれば周囲の環境に気を配ることすら出来なくなる。

 

 過去、サクラを産んだ時と同じくらい痛い。

 痛みの度合いにそんな感想を持ちながら、その場に崩れ落ちる。勢い良く膝をついて、これはこれで痛かったが、そんなことが気になら無いぐらい痛かった。

 

 思わず考える。

 

 何だこれ……。

 何でこんな痛いの?

 

 とすれば、『何故』という疑問を危惧する心より早く、脳が答えを思い出した。

 

 思考の彼方に現れたのは、七色の羽を持つ極彩色のポケモン。

 

 そう、それが答え。

 ホウオウだ。

 

 その神通力の力で、自分はこうしている。

 とすれば、その力が解放されると……。

 

 私は激痛の中、ゆっくりと瞼を開く。

 開いた視界の果て――娘達のその向こうに、輝きの一端を認めた。

 

「バンギラス、破壊光線」

 

 そして、とても懐かしい声を聞く。

 いや、懐かしくは無い……()()私にとっては。

 

 だけど、()()は不味い。

 

 伝えなきゃいけない事があるのに。

 忘れちゃいけない事があるのに。

 

 視界を埋め尽くすような光が襲ってくる。

 それに触れれば、人間の脆弱な身体は一瞬も持たずに蒸発するだろう。

 

 思わず死を覚悟した。

 と同時に、『もしも無事なら――』と、考える。

 

 視界を割って入ってくるスイクンの姿。

 おそらく私の親友が撃たせた破壊光線から、きっと彼の思惑通り、私を庇って身に受ける。そのまま吹き飛んできたスイクンの身体を、私は不意に受け止めて、吹っ飛ばされた。

 

 受身も取らず、壁だか、床だか、良く分からない固いものにぶつかった。

 

 ああ、きっと、これでおしまいだ。

 次に目覚めれば、()はもういない。

 ()は、敵勢に渡るリスクがある奴に、記憶を残すようなへまをしないだろう……約束は、守れそうにない。

 

 ごめん。

 ヒビキ。

 

 ごめん。

 ククリ。

 

 

 次に会う時はきっと、敵同士。

 あなた達が救われることを、祈ってる……。

 

 

 

 

 そう言えば昔。

 

 私は旅をしていたんだ。いや、今もずっとか。

 あれ? 今って何時だ?

 

 思い出せない。

 まあ、いいや。

 

 何せずっと旅をしていて、ヒビキやシルバーと出会って、私は紅一点だったもんだから、二人を冷やかして遊んでたっけ。ヒビキにしろシルバーにしろ、ほんと初心だったなぁ……。

 

 シルバーなんか初めて会った頃はつんけんしてたくせに、真っ赤に顔を染めて『お前がヒビキ好きじゃなかったら』とかぼやいてんだもん。可愛いよね。

 

 いやぁ、モテる女は辛い。

 

 なーんて、冗談冗談。

 って、誰宛ての冗談なのよ。私。

 

 まあでも、何だかんだヒビキが好きだったなぁ。

 私より強かったってのもあるし、私の常に先を行ってたし、それでいて気取らない爽やかさが好きだった。私がひとつからかえば顔を真っ赤にするのはシルバーとおんなじだったけど、私達の誰より、ずっと真っ直ぐな目をしていたっけか。

 

 旅の終わりは凄く寂しかった。

 

 シロガネ山を歩きながら、冗談半分で『シルバーのリーグ制覇出来てなかったらまだ旅続けられるかなぁ』なんて、言ったっけ。確かそん時、その行で、プロポーズされたんだわ。はは、懐かしいなぁ……。

 

 レッドさんと出会って、バトルして、ヒビキがほんと幸運にも勝っちゃって……うん。

 

 旅が終わった。

 

 レッドさんが踏破してたシロガネ山だけど、あの人はもう戻らないって言ってたから、結局私たちがその功績貰っちゃったんだよね。まあ、あの人は、そういう名声とかに興味無いんだろうけど……。

 

 そんで戻ってみればシルバーがポケモンリーグ制覇してて、もう本当に旅の終わりだからって、そこで写真撮ったっけ。懐かしい。

 

 んでワカバ戻って、ゆっくりとしてたら……なーんか体調悪くて、病院いったらオメデタでさ。

 

 旅はもういよいよ出来ないなって。

 

 でも、いいかなって。

 サクラが産まれて……あー、出産だけは二度としたくない。マジで鼻からゴローニャ出すような痛さだった。

 

 だけどまあ、サクラは可愛かった。

 ほんと可愛かった。

 

 

 『五歳』の頃に『チョロネコ』を捕まえてきて、めちゃくちゃ叱ったっけ。

 才能はあるつっても、命の責任を持てないサクラに、一旦は取り上げた。

 

 『一〇歳』の頃に『ヒノアラシ』をウツギ博士から貰ったって聞いた時は思わずぶん殴ったね。あんた『チコリータ』にしろよ! って。

 

 『一五歳』でレジェンドホルダーになって帰ってきたと思ったら、シルバーんとこのサキ連れてきてて……いきなり結婚するとかほざくもんだから、私びっくりしてメガニウムにソーラービーム撃たせたっけ。サキよく生きてたな。

 

 『二〇歳』で嫁にやった。

 ヒビキが号泣しまくってて、ワカバタウン総出で祝ったんだよね。

 

 『二五歳』になった頃に……そうだ。

 

 そこで私達は……終わったんだ。

 

 

――ってあれ?

 

 待った、待った。

 可笑しい、可笑しい。

 

 私ってサクラが四歳になった頃に『あいつら』から手紙受けて、旅立ったよね?

 

 そうだよね?

 あれ? ていうか『あいつら』って誰だっけ。

 

 さっきまで覚えてたのに。

 

 えっと、確かクソジジィと……ククリ?

 

 あれ?

 いや、待って、その前に……。

 

 

 私は『どっち』だ?

 

 

 そこで、私こと『コトネ』は、目を覚ました。


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