天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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勇ましい幼馴染み達

 少女達が向かい合ったレジェンドホルダーは、小さく舌打ちをした。

 赤のシャツに腿までしか丈がないオーバーオールと言う軽装。その髪は僅かに癖があるように外側へ跳ね、先程までは二本のツインテールだったと一目に判るバランスで……しかし片方は既にほどけてしまっていた。

 彼女は溜め息混じりに残る髪留めをほどき、つまらなさそうに三人と五匹を見た。

 

「めんどくさ……」

 

 彼女の横でメガニウムが膝を折る。

 そのまま崩れ落ちて、目の色を無くした。

 生きてはいるだろうが、おそらく暫く身動きがとれないだろう。

 横目で確かめた彼女は、再度溜め息を吐いた。

 

 メガニウムは、少女を庇って無防備だったルギアに、ひたすら攻撃を繰り返していた。が、返し刃の水砲ひとつで床に寝てしまった。

 相性的にはそんなでも無い筈だが、先程ルギアが撃った『エアロブラスト』がメガニウムの肢体を掠めていたのだろうか……。

 仕方ない。と、女性はそのポケモンをボールに戻した。

 

「行け。シャノン、アリゲイツ、オノンド」

「ウィル、プクリン!」

 

 少女に駆け寄っていた二人が叫びながらポケモンを出す。

 次いで現れる五匹の援軍。

 その相貌は一目に分かる程、怒りを顕にしていた。

 

「お母さん!」

 

 二人に囲まれたサクラが、叫ぶように言った。

 

「とりあえず、動いたらルギアがエアロブラスト撃つって言ってる!」

 

――だから動かないで。

 

 と、暗に言うような、困惑した表情だった。

 僅かに怒りも見えるような気がするが……まあ、どうでもいい。

 女は笑って返した。

 

「ふざけんなよ? クソガキ」

 

 にっこりと、その表情を満面の笑みに。

 

「殺すって言ったら殺すよ?」

 

 即座に素早く、コトネの右腕がオーバーオールのベルトを叩く。

 彼女の手に払われるような形で、『Mの烙印が捺された紫色のボール』が地面へ転がった。

 

 白き翼竜が地に足をつけた体勢のまま、僅かに仰け反って息を吸い込む動作をして、少女らからの命令を待たずに発射する。

 

――閃光。

 

「ちょっと、ルギア! ダメ!!」

「おい、なんで撃つんだバカ!」

 

 こんな緊急時に、呑気なものだ。

 思わず閃光の中で女性は含むように笑った。

 

 その閃光がルギアの放つ『エアロブラスト』なのか。

 『マスターボールの開放』なのか。

 

 その判断がつく彼女は、少女らの言葉が可笑しくて仕方なかった。

 笑い続けた。笑うしかなかった。

 

「あんた達舐めすぎ。こんなんで――」

 

 翻る青き四肢。

 

 地に降り立った獣は、女性の前で優雅に頭を垂れた。

 

「私を殺せるって思ってんの?」

 

 額には縦に長い宝飾。

 身体を覆う霞のような体毛。

 翻る青き四肢。

 

 地に足を着けて、それはそれは静かに。優雅に。妖艶に。

 『スイクン』は何事もなかったかのように佇んだ。

 

 例えばルギアが『エアロブラスト』を放てば、閃光の他に、恐ろしい程の衝撃と轟音が響くだろう。しかしその一切はなかった。

 三人が息をする事さえ忘れたように、目を見開いて固まる。

 その表情は目の前の『スイクン』に息を呑んでか、ルギアの攻撃が『不発』に終わったからか……。しかし何とも滑稽な事か。

 

 女性は翼竜へ指差して笑った。

 

「ねえ? あんた。まだ立ってるのって気付いてないからなの?」

 

 誰もが、女性の言葉の意味を取りあぐねた。

 

「もう瀕死なのに」

 

 しかしその刹那、ルギアが大きく咆哮をした。

 苦しむように天を仰ぎ、その双眸が驚愕に揺れる。

 その胸には、『穴』がひとつ空いていた。

 

「ルギア!?」

 

 金髪の少女が泣きそうな声を上げた。

 彼女は腰を探り、しかし見当たらないと何かを探す素振りをする。

 

「――っ」

 

 ルギアの瞳から、色が失われた。

 

 力無く首をもたげ、そして大きな音と共に倒れる。

 その胸から血飛沫を散らし、ガクガクと痙攣をするように震えて……「あった!!」少女の悲鳴のような声が響いて、その身体は光に包まれた。

 

「な、何だ……何が……」

「す、スイクンですのよ……」

 

 震える声で、少年と少女が信じられないと女性を臨む。

 その隣で、Mの烙印が捺された紫色のボールを両手で抱え、地にへたり込む少女。

 

 ボールから出たスイクンの神速を全くと言っていい程、見切れなかった赤髪の少年と金髪の少女。唯一見切れたらしい桃色の髪をした少女も、生唾を呑むようにして首を振っていた。

 

 愉快だ。女性はそう思った。

 

「……後学の為に教えてあげよう」

 

 そう言って、サクラを指差す。

 

「あんた、伝説級のポケモンだからってルギアを過信しすぎ。何を争う気になってるのよ」

 

 肩を震わせ、女性は笑う。

 

「今まで御苦労様。後悔するのに今のアドバイスは役に立つでしょう? 大人しく死んでくれないかな」

 

 サキとサクラは理解した。

 そのスイクンは、自分達の持つポケモンとは次元が違う強さだ。

 即座に叫ぶ。「皆逃げて!」「お前ら逃げろ!」と。

 

 コトネは冷ややかに命令した。

 

――逃がすな。殺せ。

 

「ウィル! メガシンカなさい!!」

 

 間髪を入れないアキラの声。

 

 閃光。

 轟音。

 衝撃。

 

 強烈な光を受けて不意に目をつむったサクラは、轟音に身を竦める。

 やがて目を開けば、目の前の光景に息をする事さえ忘れそうになった。

 

 目前に迫った白き足。柔らかそうなその先から、伸びる鋭い爪。

 正しくサクラの目の前。寸でで止まったそれは、次の瞬間消え去るように投げ飛ばされた。

 

「グァゥウ……」

 

 猛獣のような声だった。

 一見すればその声の主はスイクンかと思ったが、違う。

 

 サクラの前に見知らぬポケモンが立っていた。

 

 黄色い肢体。人形のように愛らしい姿はしかし、小振りの口から牙を剥き出しにし、双眸は深紅に染まっていた。その頭部から伸びる二本の『顎』は巨大。狡猾そうに涎を垂らし、白い煙を吐き出していた。

 

 サクラの元へサキの腕を引いたアキラが駆け付ける。

 その後ろに三人分のポケモンを連れ、しかし彼女の『クチート』はそこに居なかった。

 

 当然だ。

 アキラのウィルは、『メガクチート』としてサクラの前に立っていたのだから。

 彼女はウィルへ「援護なさい! 引きますわ」と、叫び、動けないサクラを引っ張ろうとした。

 

「逃がすな。殺せ」

 

 次いで響くコトネの声。

 

「グゥァアアア!」

 

 低く、野蛮な声を上げて、ウィルが黄色の小さな体躯でスイクンの『神速』を止めた。

 返し刃と言わんばかりに彼女の顎が高々に振り上げられる。

 起点となる黄色の頭部を僅かにかぶって、その顎はスイクンの額へぶち当たった。一本目の顎でその額を下げさせ、二本目の顎で柔らかな体躯を地に沈める。

 次いでその顎が開かれれば、水色の獣へ襲い掛かった。

 

――グチャリ。

 

 嫌な音を二度あげて、その身体へ二本の顎が食い込む。

 そしてバキバキと嫌な音を鳴らして噛み締め、そのまま艶やかなスイクンの胴を引きちぎった。

 

 アキラがサクラの手を引く。

 

「早く! 何を呆けているの!」

 

 彼女の横でサキもサクラを引っ張る。

 

「ダメだ。効いてねえ! 敵わねえぞ!!」

 

 一瞬はスイクンを引き裂いたように見えた。しかし、即座に横から凪ぎ払われるように、ウィルの体躯は吹き飛ぶ。

 二つに引き裂かれたかのように見えたスイクンは、しかし、そこに居た。ウィルの体躯を頭部から突っ込んで吹き飛ばしては、彼女が飛ばされた方へ、何のチャージ動作すらなく高圧の水砲を放つ。その方から激しい破壊音が響けば、スイクンはアキラに引き摺られるサクラへ悠然と向き直ってくる。

 

 サクラは震える足で立ち上がった。

 逃げないと不味い。と、しかし視線が離せないまま、振り返るような形で走り出す。

 

「チィノ!!」

 

 そこで青い妖艶なポケモンを、白く小柄な非力なポケモンが襲った。

 尾で額を打ち、しかし微動だにしないスイクンの身体に舌打ちをひとつ。

 

 その顔面に乗って、スイクンの目を塞ぐ。

 その姿に、サクラはハッとして足を止めた。

 

「れ、レオン!?」

 

 サクラは悲鳴のように叫んだ。

 しかしレオンは大きく悲鳴のように鳴き声をあげて、少女を一喝した。

 

――僕の事はいい。早く行け。サク!

 

 そう聞こえた気がした。

 

 小柄なチラチーノの身体はスイクンに対してあまりに非力だ。分かっていたからこそ、分かりきっていたからこそ、彼らは立ち向かわなかったんじゃ……臆していたのではないかと、サクラは目を見開く。

 

 ダメだよレオン。何してるの。なんでそんな無茶をしてるの。

 と、頭の中で羅列を並べながら、それでもレオンに『行け』と言われた足は動き出す。

 

 スイクンの頭が震われる。

 たった一度、一瞬の動作。

 

 チラチーノの小柄な体躯は、空中へ投げ出される。

 その姿を視界の端で捉えていたサクラは、今一度振り返って、足を止めてしまった。

 

「や、やめてぇぇえええ!!」

 

 その方向を認めるスイクンへ向けて、叫んだ。

 

 スイクンの『ハイドロポンプ』は、小さくも勇ましいポケモンの身体へ――しかし、彼の身体は、黒い影によって救出される。

 

 スイクンを咥えた時とは違い、優しく顎でレオンの身体を助けたウィル。

 その額から止め処なく血を流し、見るも明らかな瀕死の状態。それでも彼女は、レオンを降ろすなり再度スイクンへと襲い掛かった。しかし、とりつく島さえ無く、スイクンの前足で払われて吹き飛んだ。

 

 そのウィルを踏み台にするかの如く、白き影は今一度スイクンの額へ乗った。

 

「ルー!」

 

 意を決したような声色がひとつ。

 聞いたサクラはハッとする。

 

 ウィル、レオンが立ち向かった。

 幼馴染みの彼女が動かない訳がなかった。

 

「ルーシー! ダメぇ!!」

 

 サクラは叫ぶ。

 それでもその影は止まらなかった。

 

 またも振り払われて宙へ投げ出されたレオンへ、今度こそ水砲を放つスイクン。

 無情にも彼の小さな身体から赤い飛沫が飛び散った。

 

 言葉を無くすサクラに、やはり悠然とスイクンは振り返ってくる。

 

 ルーシーはその意識を逸らそうと言わんばかりに、チャージも不完全であれば、威力も無いエナジーボールを放った。

 

「サクラ!」

「サク!」

 

 腕を引かれた。

 

 やだ。はなして!

 

 もがきながらすがるように手を伸ばす。でもその手は何も捉えられず、ルーシーがスイクンの水砲で血飛沫をあげた。


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