天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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第四話
無茶苦茶すぎる状況にイラッとした


 少女が死を覚悟して、目を閉じた瞬間だった。

 

 カーディガンのポケットから、激しい光が溢れ、その光に呼応するかの如く、独りでにサクラのベルトから『マスターボール』が転げ落ちた。

 

『目を覚ませ、主!』

 

 声が響く。

 

「ギャシャァァアアアアア!!!」

 

 耳を割くかのような雄叫びがあがり、少女の視界を真白の翼が遮った。

 

『呆けるな! 死の意思に呑まれるな。人間! この意思は我が宿敵のものぞ!!』

『主よ! ホウオウの意思に呑まれるな。諦めるな!』

 

 二つの同じ声が、同時に、少女の前に降りた。

 メガニウムが大輪から放ったソーラービームを寸での所で庇い、『ルギア』は反撃とばかりにその口を開く。

 

『我よ! あの人間は滅するな!』

『黙れ! 世俗に落ちた者等、我にして非ず!』

 

 またもサクラを二つの声が襲う。

 ルギアは咆哮と共に呻き、メガニウムにでもコトネにでもなく、あさっての方向へブレスを放った。

 

――衝撃。

 

 吹き荒れる風が集束し、放たれては鈴の塔の二階への天井を貫き、破壊する。その風圧に足元にいたサクラの身体が浮き、吹き飛ばされては、壁に背を打ち付けた。

 

「――っげほ!」

 

 と、咳を漏らして、サクラは身体中に宿る痛みに違和感を感じた。

 

 ハッとして、少女は痛む身体を即座に起こし、右腕を見下ろし、左足を見下ろし、床を見下ろし、そして『ルギア』を見上げた。そして叫ぶ。

 

「ル、ルギア!? 何で出てるの!? 私、えと……あれ!? ここどこっ!?」

 

 突如うろたえだす少女を見下ろし、ルギアは一喝する。

 

『人間! 貴様は我が宿敵の呪中にあった!』

『主よ。今は兎に角その扉から出るのだ!』

 

 言われて、訳も解らないと言うように少女は目をぱちぱちと瞬かせ、しかし眼前にいるルギアが促す扉を探した。左を見れば壁。右を見れば外へ通じるだろう何かが崩れた跡。

 

――え、ちょっと待って? 今誰か……。

 

 少女は正面を見て。

 

「お、お母さん!?」

 

 まるで『今気付いた』と言わんばかりに、目を丸くした。

 ルギアの更に向こう。メガニウムを横に、伏せたひとつの影と、その横で尻餅をつくのは、サクラの母『コトネ』だった。

 

『気付け人間! 貴様は今まで()()()()()()!』

 

 その声は、ルギアと同じ声で『海鳴りの鈴』から漏れていた。

 同じ声が更に続く。

 

『母君は敵だ。無意識下で操られた主を殺そうとしていた!』

 

 その声は重なる。

 

『現に私も操られかけた!!』

『現に我も操られかけた!!』

 

 え? ええ? サクラは戸惑うように、海鳴りの鈴を取り出して、ハッとする。

 大きな声を上げて、「何これ!?」と叫んだ。

 

 半分は真白に。

 半分は群青に。

 

 真っ二つに別れるような色合いで、海鳴りの鈴が輝いていたのだ。

 

『我よ! 主を守れ!』

『私よ! この人間が守り人にあるのか!?』

『守り人に非ず。主だ!』

『同じ事ぞ!』

 

 ルギアは翼を開き、サクラの前に立ち塞がる。

 

 その時、少女が先程見た外へ通じるだろう瓦礫から、見知った影が飛び込んできた。

 

「サク!」

「サクラ!」

 

 サキ、アキラ、そして――。

 

「は? 何でみんなして外に出てるの? え? 何これ!? はいい?」

 

 サクラの手持ち四匹が、わんわん涙を散らしながら突撃してくる。

 レオンに頬を打たれ、ルーシーに逆の頬を叩かれ、ロロになぎ倒され、極めつけはリンディーが腹の上に飛び乗ってきて――「ごふっ」と、サクラはとんでもないダメージを負った。

 

「お前ばか野郎!! 何一人で突っ込んでんだよ!」

「サクラ! わたくし達は親友じゃないのですか!?」

 

 一人理解出来ないサクラは、泣き叫ぶように四匹の後を追ってくる恋人から抱きつかれ、親友から頭を――あいだだだだだ。折れる! 折れるって!!

 

『馬鹿者!』

『皆の者気付かぬか!』

 

 そこで少女のぽろりと落とした海鳴りの鈴が異彩を放つ。

 サキとアキラもその様子に気付いたのか、感極まる中で「へ?」と、二人して零していた。

 

 更にはルギアの庇う『向こう側』から、激しい発光。

 床を伝って、ぐらりと揺れる衝撃が来た。

 

『主! 早く外へ』

『馬鹿か私よ! こうなっては排除の方が早い!』

『愚かな! 我よあれにあるは主の母君だ!』

『知ったことではない!!』

『滅せば主が嘆くのだ!』

『我の主ではない。あれは守り人にある!』

『否!』

『否!』

 

 そこに至って一同は、『海鳴りの鈴』から二つの声が漏れている事に気付く。

 ともあれ、サクラはとりあえず、何よりも、言ってしまえば最優先で確認するべき事を、一同に向かって叫んだ。

 

「ここどこっ!? 私何してたの!? 記憶飛んでるんですけど!!」

 

 はあ? はい? チィ? ルッ? ロッ? ブイ?

 

 例えるなら、二人と四匹の目は、一芸の主が盛大にネタを滑った時の観客の視線のようだった。疑いようもなく「何言ってんの? お前」みたいな雰囲気。

 

 へ?

 

 何か変な事を言ったのだろうか。と言うか、本当にここはどこで、私は何をしていて、何でルギアや皆がボールから出ているのかが解らない。解らないのだから教えてくれてもいいじゃないか。って言うか、そこにお母さんが見えたんだけど、気の所為? 敵だとか言ってたような。

 

『主はホウオウの意識に呑まれていたのだ! 理解せぬか!』

『説明を求めるより指示を出せ! 愚かな守り人よ!』

 

 とすれば、ふたり分の声に怒られた。

 あ、はい。

 

「えっと……とりあえず、逃げるべき?」

 

 サクラは最も信用出来る恋人に聞いた。

 ポカーンと口を開けたまま動かない。次。

 サクラは最も信頼する親友へ視線を動かした。呆然と涙と鼻水を垂らしている。汚い。次。

 家族と言うべき相棒達を見直して見た。全然、ピクリも、これっぽっちも解らないといった様子。次。次。次。次。

 

「え、皆状況わかんないの!?」

 

 こくり。こくり。こくり。こくり。こくり。こくり。

 実にきちんと六回分の頷き。

 

『だから逃げろと言っているのだ主よ!』

『だから戦えと言っているのだ人間!』

 

 海鳴りの鈴は喧しく喚く。

 

「いや、誰よ……えーっと、『我』とか言ってる方……」

 

 サクラは端的に聞いた。

 

『我は私の中の我だ!!』

 

 訳が解らない。次。

 

「とりあえずルギア」

『何だ!?』

『何ぞ!?』

 

 言い直そう。

 

「私の方のルギア!!」

『私だ!』

「端的に状況説明して! 箇条書きで!」

『ペンは持てぬ!』

「口頭で並べてってことよ馬鹿!」

 

 イライラしてきた。

 

『とりあえず逃げ――』

「いいから説明しろつってんでしょ!!」

 

 ごちん。鈴を殴った。

 

 いや、痛い。

 何この鈴、今更だけどすんごい硬い。

 

『私の中の失われた記憶が目覚めた。主がホウオウの負の意識に呑まれて操られてここまで来た。主の母君がそこにいる。主の母君が主を滅そうとして――』

「とりあえず今一番大事な事は!?」

 

 思ったより長かったので遮った。

 

 

『そこに主の母君がいて主を殺そうとしている事だ!!』

 

 

 ルギアがそう言った瞬間。

 

 ずっと『向こう側』でけたたましく鳴っていた音が止み、ルギアがその羽根を閉じた。

 

 そして、改めて向かい合った。

 

「ああもう、訳わかんない! 何よ一体!!」

「えーっと、とりあえずコトネさんがそこに居て敵だってことだな。あれ、それって色々まずくね?」

「知りませんわよもう! サクラはサクラで覚えてないみたいですし!」

 

 

 ともあれ、ここから戦闘開始なようだ。


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