無茶苦茶すぎる状況にイラッとした
少女が死を覚悟して、目を閉じた瞬間だった。
カーディガンのポケットから、激しい光が溢れ、その光に呼応するかの如く、独りでにサクラのベルトから『マスターボール』が転げ落ちた。
『目を覚ませ、主!』
声が響く。
「ギャシャァァアアアアア!!!」
耳を割くかのような雄叫びがあがり、少女の視界を真白の翼が遮った。
『呆けるな! 死の意思に呑まれるな。人間! この意思は我が宿敵のものぞ!!』
『主よ! ホウオウの意思に呑まれるな。諦めるな!』
二つの同じ声が、同時に、少女の前に降りた。
メガニウムが大輪から放ったソーラービームを寸での所で庇い、『ルギア』は反撃とばかりにその口を開く。
『我よ! あの人間は滅するな!』
『黙れ! 世俗に落ちた者等、我にして非ず!』
またもサクラを二つの声が襲う。
ルギアは咆哮と共に呻き、メガニウムにでもコトネにでもなく、あさっての方向へブレスを放った。
――衝撃。
吹き荒れる風が集束し、放たれては鈴の塔の二階への天井を貫き、破壊する。その風圧に足元にいたサクラの身体が浮き、吹き飛ばされては、壁に背を打ち付けた。
「――っげほ!」
と、咳を漏らして、サクラは身体中に宿る痛みに違和感を感じた。
ハッとして、少女は痛む身体を即座に起こし、右腕を見下ろし、左足を見下ろし、床を見下ろし、そして『ルギア』を見上げた。そして叫ぶ。
「ル、ルギア!? 何で出てるの!? 私、えと……あれ!? ここどこっ!?」
突如うろたえだす少女を見下ろし、ルギアは一喝する。
『人間! 貴様は我が宿敵の呪中にあった!』
『主よ。今は兎に角その扉から出るのだ!』
言われて、訳も解らないと言うように少女は目をぱちぱちと瞬かせ、しかし眼前にいるルギアが促す扉を探した。左を見れば壁。右を見れば外へ通じるだろう何かが崩れた跡。
――え、ちょっと待って? 今誰か……。
少女は正面を見て。
「お、お母さん!?」
まるで『今気付いた』と言わんばかりに、目を丸くした。
ルギアの更に向こう。メガニウムを横に、伏せたひとつの影と、その横で尻餅をつくのは、サクラの母『コトネ』だった。
『気付け人間! 貴様は今まで
その声は、ルギアと同じ声で『海鳴りの鈴』から漏れていた。
同じ声が更に続く。
『母君は敵だ。無意識下で操られた主を殺そうとしていた!』
その声は重なる。
『現に私も操られかけた!!』
『現に我も操られかけた!!』
え? ええ? サクラは戸惑うように、海鳴りの鈴を取り出して、ハッとする。
大きな声を上げて、「何これ!?」と叫んだ。
半分は真白に。
半分は群青に。
真っ二つに別れるような色合いで、海鳴りの鈴が輝いていたのだ。
『我よ! 主を守れ!』
『私よ! この人間が守り人にあるのか!?』
『守り人に非ず。主だ!』
『同じ事ぞ!』
ルギアは翼を開き、サクラの前に立ち塞がる。
その時、少女が先程見た外へ通じるだろう瓦礫から、見知った影が飛び込んできた。
「サク!」
「サクラ!」
サキ、アキラ、そして――。
「は? 何でみんなして外に出てるの? え? 何これ!? はいい?」
サクラの手持ち四匹が、わんわん涙を散らしながら突撃してくる。
レオンに頬を打たれ、ルーシーに逆の頬を叩かれ、ロロになぎ倒され、極めつけはリンディーが腹の上に飛び乗ってきて――「ごふっ」と、サクラはとんでもないダメージを負った。
「お前ばか野郎!! 何一人で突っ込んでんだよ!」
「サクラ! わたくし達は親友じゃないのですか!?」
一人理解出来ないサクラは、泣き叫ぶように四匹の後を追ってくる恋人から抱きつかれ、親友から頭を――あいだだだだだ。折れる! 折れるって!!
『馬鹿者!』
『皆の者気付かぬか!』
そこで少女のぽろりと落とした海鳴りの鈴が異彩を放つ。
サキとアキラもその様子に気付いたのか、感極まる中で「へ?」と、二人して零していた。
更にはルギアの庇う『向こう側』から、激しい発光。
床を伝って、ぐらりと揺れる衝撃が来た。
『主! 早く外へ』
『馬鹿か私よ! こうなっては排除の方が早い!』
『愚かな! 我よあれにあるは主の母君だ!』
『知ったことではない!!』
『滅せば主が嘆くのだ!』
『我の主ではない。あれは守り人にある!』
『否!』
『否!』
そこに至って一同は、『海鳴りの鈴』から二つの声が漏れている事に気付く。
ともあれ、サクラはとりあえず、何よりも、言ってしまえば最優先で確認するべき事を、一同に向かって叫んだ。
「ここどこっ!? 私何してたの!? 記憶飛んでるんですけど!!」
はあ? はい? チィ? ルッ? ロッ? ブイ?
例えるなら、二人と四匹の目は、一芸の主が盛大にネタを滑った時の観客の視線のようだった。疑いようもなく「何言ってんの? お前」みたいな雰囲気。
へ?
何か変な事を言ったのだろうか。と言うか、本当にここはどこで、私は何をしていて、何でルギアや皆がボールから出ているのかが解らない。解らないのだから教えてくれてもいいじゃないか。って言うか、そこにお母さんが見えたんだけど、気の所為? 敵だとか言ってたような。
『主はホウオウの意識に呑まれていたのだ! 理解せぬか!』
『説明を求めるより指示を出せ! 愚かな守り人よ!』
とすれば、ふたり分の声に怒られた。
あ、はい。
「えっと……とりあえず、逃げるべき?」
サクラは最も信用出来る恋人に聞いた。
ポカーンと口を開けたまま動かない。次。
サクラは最も信頼する親友へ視線を動かした。呆然と涙と鼻水を垂らしている。汚い。次。
家族と言うべき相棒達を見直して見た。全然、ピクリも、これっぽっちも解らないといった様子。次。次。次。次。
「え、皆状況わかんないの!?」
こくり。こくり。こくり。こくり。こくり。こくり。
実にきちんと六回分の頷き。
『だから逃げろと言っているのだ主よ!』
『だから戦えと言っているのだ人間!』
海鳴りの鈴は喧しく喚く。
「いや、誰よ……えーっと、『我』とか言ってる方……」
サクラは端的に聞いた。
『我は私の中の我だ!!』
訳が解らない。次。
「とりあえずルギア」
『何だ!?』
『何ぞ!?』
言い直そう。
「私の方のルギア!!」
『私だ!』
「端的に状況説明して! 箇条書きで!」
『ペンは持てぬ!』
「口頭で並べてってことよ馬鹿!」
イライラしてきた。
『とりあえず逃げ――』
「いいから説明しろつってんでしょ!!」
ごちん。鈴を殴った。
いや、痛い。
何この鈴、今更だけどすんごい硬い。
『私の中の失われた記憶が目覚めた。主がホウオウの負の意識に呑まれて操られてここまで来た。主の母君がそこにいる。主の母君が主を滅そうとして――』
「とりあえず今一番大事な事は!?」
思ったより長かったので遮った。
『そこに主の母君がいて主を殺そうとしている事だ!!』
ルギアがそう言った瞬間。
ずっと『向こう側』でけたたましく鳴っていた音が止み、ルギアがその羽根を閉じた。
そして、改めて向かい合った。
「ああもう、訳わかんない! 何よ一体!!」
「えーっと、とりあえずコトネさんがそこに居て敵だってことだな。あれ、それって色々まずくね?」
「知りませんわよもう! サクラはサクラで覚えてないみたいですし!」
ともあれ、ここから戦闘開始なようだ。