モンスターハンター~天の鎖~   作:真将

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7.蒼の龍殺し

 ラインロードの大門は、二つともかなり古いタイプの物である。

 鎖に繋がった吊り上げ式の開閉門であり、機構が古く、ギアのほとんどに錆が来ていた。それでも、強い負荷をかけなければ動きには問題なく、近い内に部品を全て取り外し、横開きの開閉式に変わる予定である。

 「ギアが全て破壊されているな……これは――」

 自然に磨耗して外れた壊れ方では無かった。まるで何かに貫かれた様に、穴が穿たれている。その所為で機構としての機能が失われ、門を引き上げる事が出来なくなっているのだ。

 「修繕は不可能だ……時間はかかるが、最低限のギアに鎖を噛ませて、力づくで外から引くしかない」

 ギルドナイトの隊長は、城門の内部の機構室に居た。門を開く為の機構がむき出しになっている場所であり、近い内に技師が図面をもって訪れる予定だった。

 機構の一部を完全に取り外すと、鎖を中に通す。本来なら幾重にも重なった歯車によって、引きくときの負荷は大きく軽減されるのだが――

 「市民の中から、男に協力を求めろ! 後、なるべく多くの資材を門の前に用意させるんだ!」

 「はい!」

 隊長は部下に、今出来る事を見失わずに指示を出す。彼女(アリアナ)は長くは持たないだろう。最初こそ、レウス達に警戒させる立ち回りをしていたが、G級の視線と攻撃を向けられて、長時間、一人で耐えきるのは難しい。

 彼女が抑えている内に何としてでも門を開き、市民をラインロードから脱出させなければ――

 「――い」

 「ん?」

 と、声が聞こえた。窓から南門の外側を見下ろすと、そこには多くのハンターが集まり、その中の一人が、ギルドのエムブレムを掲げている。

 「! 増援のハンターか!?」

 「私はカルス・ハルバート! ドンドルマより援護に来たのだが、門は開かないのか!?」

 カルスの名は隊長も知っている。ギルドナイトの中でも伝説に数えられている老練者で、嘘か本当か、全ての古龍を対峙したと言われている実力者だ。

 教本にも必ずと言っていいほど、彼の名前は出てくる。まさに伝説のハンターであった。

 「カルス殿!? こんな形でなければ、ぜひ、握手の一つをしていただきたいところですが――」

 隊長はラインロード内部の状況を説明した。

 破壊された南門をこれから力づくで開くと言う事。この時間を稼ぐために、アリアナが囮になってくれている事。市街地にはG級のレウス達が徘徊していると言う事。

 「市街地の方は、先ほど輸送船の一隻が墜落したぞ!? アレは、お前達が呼んだ、援軍じゃなかったのか!?」

 「援軍?」

 無論、隊長も先ほどの爆音は耳に入っていた。だが、ソレを聞いたのは城門の内部に入ってからであり、レウス達が道具屋の保管庫に貯蓄している爆弾に火を引火した際の爆発だと思っていた。

 「解りません。空から、誰か来たのですか!?」

 だとすれば、よほどの馬鹿だ。制空権は、地上よりも絶望的な数のレウスに支配されているのだから。

 「隊長! 下の準備は整いました! しかし……要望のモノは周囲には見当たりません……」

 「……カルス殿! そちらの坑道に鉄材は無いでしょうか!?」

 「目視でいくつか確認できる」

 よし、何とかなるかもしれない。

 「今から、こちらで門を僅かに開きます! その隙間に、鉄材を挟んでください!!」

 「承知した! 誰でも良い! 鉄材をありったけ運べ!!」

 カルスの指示に、近いハンター達が数人がかりで鉄材を運び込んだ。何本化重ねれば、門の重量に耐えられるだろう。

 隊長も城壁内部から、梯子を滑り降りて、門を開く為の鎖へ向かう。

 そこには既に、力自慢の男や、非力ながらも少しでも力に成りたいと意志を示す女性たちも姿もあった。

 「――よし!! 皆、私の合図で、引っ張れ! 行くぞ! 一、二の――三!!」

 強靭な鎖が、一瞬で強く張る。ミシミシと、錆びれている歯車は思いのほか上手く動いてくれない。門の、僅か数センチだけが持ち上がっただけだった。その隙間では、鉄材を刺し込めない。

 「くそ……一旦降ろすぞ!!」

 僅かに開いた門は、音を立てて再び地と密着する。だが、今の動作で、錆びていた機関には動きが入ったはずだ。それに……

 「後一回が限界か……」

 市民たちも皆、疲弊していた。いつ、レウス達に襲われるか解らない恐怖に、自ずと精神的に負荷がかかっていたのである。

 極度の緊張状態は体力を擦り減らす。ギルドナイトとして多くの飛竜と対峙してきた彼には、この極限の状況下だからこそ、前に踏み出す胆力がある。それは部下も同じだ。

 しかし、市民たちは皆一般人。捕獲したモンスター以外に、実際に牙と爪を向けられた経験は皆無だろう。

 「行くぞ!! 一、二の――三!!」

 全員が渾身の力を込めて引く。誰もが、家族を、恋人を、子供たちを、この地獄から救いたいと言う願いがあった。

 門が音を立てて持ち上がる。外の空間が見えていた。それこそ、人が屈んで通れるくらいの隙間が空いている――

 「よし! 入れ込め!! 引っかけろ!!」

 外側から声が聞こえる。カルスの率いるハンター達が、その開いた隙間へ鉄材を刺し込んでいく。そして、十分な量によって隙間が確保された瞬間、鎖は千切れて、ギリギリのところで門は落下する。だが、脱出するには十分な隙間は確保されていた。

 「よーし! 行け行け! 子供や年寄りからだ! 坑道に走れ!」

 脱出路の確保に力が抜けそうになったが、まだ責務を全うしなければならない。市民たちの安全を――

 「よくやった、後は任せろ」

 その隊長の肩にポン、と労うようにカルスは手を乗せた。そして、彼とハンター達は市民とは入れ違いにラインロードへ入って来る。

 カルス・ハルバート率いる、ハンター総勢32人。ドンドルマより応援要請に応じ、現時刻にてラインロードへ到着する。

 「ここからは――私達の役目だ」

 

 

 

 

 「痛い……」

 南門が開く少し前。セルは疼痛に身を確かめながら、ゆっくりと起き上がる。

 「セルさ――」

 アリアナは声を掛けようとしたが、横からのレウスの尻尾振りに咄嗟に反応。盾で防ぐが、近くの柱に叩きつけられた。

 「しまった……」

 不覚。この一撃は、決定的だ。全身をぶつけた衝撃で、身体が麻痺して起き上がれない。普段なら、この程度で身体が停止する事は無いのだが、二体のG級レウスから向けられ続けた死のプレッシャーに、予想以上に疲弊していたのである。

 次に来るレウスの攻撃にただ盾を構えて耐える事だけを考えた。

 何が来る……? 火球? 突進? それとも噛みつき――

 その時を待っていたが、不思議な事に、どれだけ待っても“その時”は訪れない。そっと、盾をずらし、視界を確保するとレウスはセルを見ていた。

 「そうそう、彼女じゃない。今、君たちの命を脅かすのは……ボクだ――」

 頭部の防具まで完全に装備したセルは、レウス達に告げる。

 

 

 

 

 

 セルは、完全では無かった。落下の衝撃で全身に痺れが来ており、いつも通りに動く事は難しい。

 敵を肉薄した際の咆哮がセルに向けられた。それはレウスがセルをロックオンした証であり、敵意を抱いた証拠である。

 「見えました? 今の――」

 レウスの咆哮の最中に、いつの間にかセルは、その背後に、タンッと音を立てる様なステップで移動していた。その手には、いつ抜いたのか解らない、漆黒の太刀――疾風刀【裏月影】が抜身で握られている。そして、

 「“紫電”。ボクに咆哮(それ)は効きませんよ?」

 数太刀がレスウノ身体に見舞われていた。彼にとっては落下の衝撃から立ち直り切っていない事もあり、浅い太刀筋だったが、レウスは、その斬撃を捉えられていなかった。斬りつけられた箇所から血が吹き出る。

 しかし、致命傷には程遠い。怒るように振り向き、セルへ突進していく。レウスは瞬間的な怒り状態によって動作が機敏になっていた。それによって先ほどとは比べ物にならない俊敏性を見せつけている。

 「見えてない? 仕方ないですね」

 セルは、その突進に対して、向かうように加速した。その際に石畳が砕け、突進してくるレウスの頭上を背面跳びで、越えるように躱す。その際に、僅かに太刀を突出し、レウスの背中を深く斬りつけた。

 躱すと同時の斬撃に、レウスは猛烈な痛みを覚え、転びそうにバランスを崩す。そして、元セルが居た場所に設置したシビレ罠が見えていなかった。そのまま踏み、全身を拘束するような電撃に身を強張らせる。

 着地したセルは、シビレ罠にはまったレウスに数本の睡眠ナイフを投げる。

 そのナイフを全て受けたレウスは、ゆっくりと全身から力が抜けるように、その眼から光が失われると、寝息を立てて倒れ込んだ。

 「一匹捕獲。次――」

 

 

 

 

 自身が落下した際に激突したレウスを見る。そのレウスは、ようやく態勢を立て直した所だった。

 セルはレウスに駆ける。後手には回るつもりは無く余計な事も一切させない。対するレウスは、向かって来るセルへ、火球を放ちながら距離を取るように後ろに飛び離れた。ふわりと、巨躯の重量を感じさせない動作で、そのまま飛行へ移行しようとする。

 「どうも」

 だが、セルは向かいながら太刀を振り上げて、火球を両断していた。

 『練気』。

 武器の中でも太刀を主軸に置くハンターなら誰もが、必須と言われている上位技術。自らが用いる技量によって太刀を振り続けると、芯まで刃が研ぎ澄まされ、高い実力を持つハンターほど、その切れ味は増す。中には、その一刀は両断できぬ万物は無いと言われるほどの効果を生み出すのだ。

 セルは、僅かな太刀の流れで標準以上の『錬気』を纏う事に成功していた。彼からすれば、その程度の『錬気』は呼吸に等しい行為であり、最高潮の時に比べるとかなり(なまくら)である。

 そのまま、斬り上げた太刀を、上段に構えて両手で持ち、消える様な加速を行った。発進地点の地面を踏み砕くほどの踏込みは、対象からすれば消えたように錯覚する速度だ。

 『紫電』。セルは、そう名付けられた加速法を師から教わっていた。

 一瞬にしてモンスターの懐へ飛び込む行為は、ある意味自殺に等しいモノであるが、その先に生き残るだけの技量があるのなら、ソレは逆に必勝となり得る。

 上段に構えた太刀は、『紫電』によって瞬時に低空で飛び上がろうとしているレウスを攻撃範囲に捉え、振り下ろしの一閃が見舞われた。

 「森羅万象。決して、断てぬモノは無い――」

 それは、師の言っていた言葉だった。

 

 

 

 

 アリアナとレウスは()しくも、“同じモノ”を見ていた。いや、見えてしまった。

 ソレは、決して触れてはいけなかったモノ。その存在と対峙しつづける限り“死”が、もたらされる――まるで、(リオレウス)を殺す事に長けた、処刑人(ジェノサイダー)

 人と竜の戦いではない。その一刀が見舞われた瞬間に、その姿はまるで――

 共食いの様に、蒼い竜が紅い竜に喰らいつく。そう、錯覚してしまうほどの凄まじさが僅かなセルの狩猟で垣間見えたのだ。

 蒼い竜(セル)の存在は、紅い竜(レウス)にとって明確な“(みらい)”として映っていたのである。

 「命を取るなら、こちらも命を差し出さなければ、とどかない」

 ソレが師の教えであり、教わった技全ては命を投げ出すような技ばかり。だが、それらの技があったからこそ、セルは今、この時に生きている。

 レウスに斜めに切れ込みが入る。ゆっくりと重力に引っ張られて、その身体が二つにズレて行く。

 「謝る気はない。奪われかけたのは、お互い様です。だから――」

 そして落下するのは、リオレウスだったモノ。先ほどまで死の猛威を振るっていた火竜は、二つに分かれ、二度と咆哮を上げる事は無かった。

 「恨みっこ、無しですよ?」

 セルは一度太刀を振って刃に着いた血を飛ばしながら告げる。

 『蒼の龍殺し』。そう呼ばれている青年の前に、二匹のレウスは瞬く間に無力化されていた。


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