モンスターハンター~天の鎖~   作:真将

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6.狼の帰還

 夕日が地平線に、完全に消えた頃。調査員たちを始末するべく残ったG級のレウスは、今となっては躯となっていた。

 「本当に助かった。礼を言う」

 ガラガラと、ガーグァに引っ張られている調査員が乗ってきた荷台には、二人のハンターが新たに加わっていた。彼らも、ラインロードの招集に応じて駆けつけるつもりだったハンターである。

 二人はラインロードに向かっている最中に、偶然、G級レウスの咆哮を聞いたため、その場に駆けつけ、調査員たちを助けてくれたのである。

 「気にするな。ハンターとして当然のことをしたまでた」

 ディアブロUに身を包んだ、褐色の肌に右眼を縦に通るような傷を持った男が告げる。

 「…………」

 そして、もう一人のハンター、アシラSを着て、横髪を三つ編みに結んだ少女。今は無言で本を読んでいた。

 「しかし、鮮やかでしたね。G級の方とお見受けしても?」

 「俺はそうだが、彼女はまだ上位だ。次のG級試験を受けさせようとドンドルマへ向かうつもりだった」

 褐色の男は、少女を見る。集中しているのか、話題にされていても気にする素振りは一切無い。

 「ルクル」

 名前を呼ばれて、少女は本を閉じる。

 「何? ガルダ」

 「ラシーラに会えるのがそんなに嬉しいか?」

 「別に」

 と、再び本の続きを読み始める。その様子に呆れながらガルダはため息を吐いた。

 「人見知りしていてな。その辺りは、試験の採点基準になるのか?」

 調査員とは言っても、彼らもギルドの公式な部隊。好感を与えておけば、昇格試験で有利になるとガルダは気を使ったのだが、

 「詳しくは我々も知りませんが、G級の試験は狩りが中心ですからね。多少の人間性は目をつぶってもらえると思います。ですが、お嬢さんは問題なく通過すると思いますよ」

 ただ、G級レウスから助けられただけでは、こうは評価しない。彼らはたった二人で、短時間の討伐を成し遂げたのだ。しかも、調査員と言う足手まといがいる状況で、である。

 「だってよ。良かったな」

 「別に。今はラインロードの方が気になる」

 と、言いつつも、どこか喜んでいる様子をガルダは感じてフッと笑う。

 「ラインロード……」

 情報は間に合わなかった。既に街は壊滅的な被害を受けているだろう――

 

 

 

 

 ラインロードでは、多くの場所でギリギリの戦いが行われていた。

 東門では、一進一退を繰り返すレウスとハンター達。

 南門では、アリアナによって二体のレウスが抑えられているが彼女も永遠に立ち回り続けられるわけでは無い。

 鍵は南門が開くかどうかだ。しかし、門の修繕は部品不足の関係から予定よりも時間がかかってしまっている。

 南門の前に、開く門を待つ市民たちは、未だに空に滞空するリオレウスの群に怯えるしかない。

 「…………」

 人の居なくなったカフェテラスで、フェニキアは相変わらず本を読んでいた。だが、彼女の思考は本に対して向けられておらず、この一連の都市襲撃の真の意図を、考えていたのである。

 

 群を成すはずの無いレウス。

 壊された門。

 閉じ込められた人たち。

 外れた襲撃時間の予測。

 

 「…………本当に上手」

 全ての情報を良く考えて繋ぎ合わせて行き、彼女が持ち得る高速の思考によってある一つの答えが導き出されていた。

 後は、唯一の仮説が的中していれば間違いなく、この事件は――

 「撒餌を使った……『蠱毒』」

 人為的に引き起こされるには、あまりにも偶然が重なった事態だが、ある程度の情報を得るだけで、この状況に持っていく事は難しくない。

 「けど、人は強いよ? ねぇ、セル君――」

 彼女は思い人を待つ。この場所で、待ち合わせの約束をしていたから――

 彼は絶対に来ると確信していた。

 

 

 

 

 「死ぬかと思ったぜ」

 ベリウスは、井戸に飛び込んで消火し、組み桶の繋がったロープで這い上がってきたところだった。

 「殺しても死なないでしょう?」

 ジーンは冷静に呆れながらつぶやいた。

 「やはり、耐えられないのね。けど、良いデータが取れた」

 「そうかい。だが、この『蠱毒』で生き残るには、残り武器二つじゃ物足りないねぇ。上空の奴らもまだ、様子見をしているし」

 完全に夜になった空には、未だに半分以上のリオレウス達が滞空している。しかし、降りてこない所を見ると、慎重なのか、はたまた何かを待っているのか……

 「……戦ったレウスは全て雑兵だった。なめた真似をしてくれる……」

 明らかに、街に降りたG級クラスよりも、城壁を制圧したレウス達の方が、人と戦うのに慣れており、手ごわい相手だろう。

 「初心者に経験を積ませるような真似をしやがって……」

 「奴らの狙いはラインロードを破壊する事じゃないかもしれないな」

 その言葉に、ファルとジーンはベリウスを見る。

 「奴らの目的は、ラインロードそのものだ」

 

 

 

 

 空が我々の居場所だった。

 そんな中でも、旅の途中で立ち寄る場所がある。

 お前達が捨てた街は、翼を休めるには丁度いい場所だったのだ。

 返してもらう。我々の宿り木(いばしょ)を――

 

 

 

 

 スカーレウスは、市街地に降りた15体の同士が、やたら苦戦を強いられている様子に次の手を打とうと考えていた。その時、

 「――――?」

 後方で咆哮が響く。数体が指示を待たずに、後方から接近してくる一機の飛行船へ火球を放っていた。

 

 「馬鹿野郎!! 手前で降りるのが普通だろ! これじゃただの的じゃねぇか!!」

 「行けると思ったんですけど……」

 「脳みそ腐ってんのか!? テメェ! ちょっとこっちに来い!!」

 「団長! そんな事してる場合じゃないですよ! ほら、防具着て! はい! 武器!」

 「ああ、クソッ!」

 「気球に被弾しましたね。高度が下がってます」

 「前方にレスウの群です! 数は30以上!」

 「舵を切れ! 舵を! これじゃただの的だ! 空中で爆散するぞ!!」

 「舵が動かねェ……」

 「いつものクソ力はどうした!!! どけ! アタシがやる!!」

 「ケイミさん!」

 「なんだ!?」

 「ラインロードです。帰ってきたー。フェニキアさん避難したかなぁ」

 「お前の頭は年中花畑か!? お嬢の心配よりも、テメェの心配をしろ!!」

 「総員、装備装着完了しました!」

 「ああ、クソッ!! 街に墜ちるぞ!! 全員、手ごろな柱にしがみ付け!」

 「うわっ!?」

 「ああ!? セルが落ちた! 団長! セルが――」

 「ほっとけ!!」

 

 そんな会話が聞こえてくる飛行船は、燃えながら市街地へ落ちて行った。その中から、一つの蒼い影が南の門へ風に呷られて流されていく。

 スカーレウスは、半分燃え墜落して行く飛行船は、さほど障害ではないと判断する。そのまま都市に墜ちるのを見送った。

 

 

 

 

 「団長。空から来てます」

 ジーンは、上空のレウスに撃墜され、墜ちてくる飛行船を見ながらベリウスへ告げる。

 「あーあー。これじゃ、意味がねぇな」

 こうなる事は予測できなかった。制空権を取られている時点で、空から侵入してくるなど誰も考えない。

 街の中だけの命を選別するこの『蠱毒』。外からの増員が来てしまえば、本来の意図として機能しなくなる。故に、今、空から侵入された事によって破綻してしまった。

 「クッカカ。どこの馬鹿だ? 空からラインロードに入る奴らは――」

 上空を通り過ぎると、建物を破壊し、なぎ倒しながら飛行船は墜落する。その一瞬の視野に捉えた情報をファルが口にした。

 「狼と剣のエムブレム……猟団『灰色の狼』よ」

 

 

 

 

 街の中へ墜落した飛行船は、建物を破壊し凄まじい煙を上げていた。幸い、引火するようなものは、飛行船の燃料だけであった為、爆発のような二次被害は無さそうである。

 街中を徘徊していた、一体のG級レウスが墜落地点へ様子を見に現れる。そして、

 「全員無事か!? うぇ……煙で何も見えねェ――」

 そんな声を聞いたため、肝心の敵は生きていると火球を吐いた。

 煙で敵の姿が見えないが……確実にこの先に居ると次々に火球を放つ。すると、何かに引火したのか崩れる様な音を立てて、勢いよく燃え上がった。

 だが、その煙の中から歩いて来る人影があった。小柄で人としてのパーツが一つ欠けている人影。それは煙の中から出てくると、片腕で大剣を持ち、肩に乗せるようにして悠々と歩いて来る。

 ラギアG装備一式と、彼女の小柄な身体を全て隠れるほどの巨大な大剣――エピタフプレートを装備しながらレウス達の前に姿を現した。

 本来あるべき左腕が欠落した小柄な少女。レスウたちはアンバランスに彼女が片手で、大剣を持っている様子に疑問を感じず、咆哮を上げて威嚇する。

 「トカゲ共……誰の街を焼いてると思ってんだ?」

 煙の中から現れた少女へレウスの一体が石畳を蹴って突進。一歩ごとに地鳴りを響かせながら小柄な少女を容易く消し飛ばす体躯と重量で、顎を開き彼女へ突撃した。刹那――

 轟音。次の瞬間、まるで隕石でも落ちて来たかのような音が響き、少女が片手で無造作に振り下ろした大剣がレウスに叩きつけられていた。

 G級レウスの巨体は、地面に押し付けられたような衝撃を受け、その巨体は地面を砕きに沈む。最も衝撃の負荷が大きかった首の骨が圧し折れて一撃で絶命していた。

 「ギャア、ギャア、うるせえ」

 眼前のレウスにめり込んだ大剣を何の重量を感じさせずに持ち上げると再び肩に担ぐように持ち上げた。

 「団長! どこから襲って来るのか解らないんですから! スタスタ行かないでくださいよ!」

 「ああ? ディクサ、テメェは股にキ○タマついてんのか? この程度でビビってんじゃねぇよ」

 「って、うぉ!? なんかデカイ音がしたと思ったら、もう一匹仕留めたんですか?」

 ケイミは、たった今仕留めたレウスを一瞥する。まるで巨人にでも踏みつぶされた様に、長い首の骨が圧し折れ、絶命していた。

 「他の奴らはどうした?」

 「もう来ますよ」

 その時、目の前に地鳴りが起こる。目の前に、レウスが短距離を飛行して着陸したり、走り駆けつけたりと、4体のG級がケイミの目の前に現れたのだ。

 「ディクサ。上から見たか?」

 「うっす。東門にハンターが溜まってましたね」

 「東門を目指すぞ。聞いてたな! お前ら!!」

 威嚇するレウス達。だが、ケイミの後ろの煙幕の向こうから次々に防具と、それぞれの武器を持ったハンター達が現れて彼女の傍に並んだ。

 「東を目指すのですか? 南は?」

 「あっちはセルが落ちましたからね、副団長。彼に任せて大丈夫っしょ」

 「墜落死の可能性は? 上からだとG級レウスが二体居たぞ?」

 「じゃあ、お前行くか? 結構、距離あるぜ? ここからだと――」

 「ゴチャゴチャ、うるせぇぞ!! アタシが喋ってんだ! 少し黙れ!!」

 レウスの咆哮よりも、大音量で威圧感のある声が、この場で最も小柄な彼女から放たれた。

 「これより“サインA”だ! 目の前のトカゲ共を全て始末し、東門のハンター共と合流するぞ!」

 ケイミが先行して駆け出す。その数歩遅れて、残りの面子が続いた。

 「行くぞ、おめぇーら!!」

 飛行船に乗っていた12人のハンター達は、強い闘志を纏い、自分たちの頭であるケイミの後を駆ける。

 彼らのタスキや腰布には、横向きになった狼と剣が書かれたエムブレムが描かれていた。

 

 

 

 

 アリアナは、未だに二体のレウスを抑えていた。とは言っても、本当に抑えているだけだ。倒す事は不可能に近く、避けるだけで精一杯なのだった。

 「フゥ……フゥ……」

 G級のリオレウス。ただの攻撃が上位のレウスとは比べ物にならず、攻撃の一つ一つが命を削られるような圧力を当てられる。

 二体のレウスの動きは、最初はぎこちなかったが、段々動きが修正されて来ている。こちらは避けながらの攻撃で、芯が入らない軽いモノ。これではいずれ――

 終わりの無い戦いほど恐ろしいモノは無い。G級という肩書きは伊達では無く、挙動一つ一つに一片の油断も出来ないのだ。精神が少しずつ削られ、ソレは体力の消耗量にも影響していく。

 その時、レウスの一体が翼を広げ羽ばたき始めた。

 「しまっ――」

 一体が地上で、もう一体は空から。二体のレウスは、アリアナを確実に屠る為に詰めに移ったのである。

 今までは飛ばない様に考慮して立ち回り、飛行の隙を作らせない様に攻撃を仕掛けていたが、こちらの攻撃が脅威ではなくなったと、一連の立ち回りで悟られてしまった。

 「――ッ!」

 飛び立とうとするレウスを阻止しようと前に出るが、もう一体のレウスが立ちはだかる。

 どうすれば――

 思い切って飛び込むか? いや……(わたしく)がやられてしまえば、今までが全てが無意味になってしまう。

 「どうすれば――」

 羽ばたきが強くなり、飛び立つ為にレウスが脚を撓めた時だった。

 空から、振ってきた蒼い物質が、飛び立とうと浮き上がったレウスに直撃。レウスはバランスを崩して墜ち、飛来した物質は、一度跳ねて近くの屋台に破壊しながら地へ落ちる。

 「痛い……」

 その物質から声がした。レウスとアリアナが、ソレに視線を向けると、そこから頭を抑えながら痛みに悶絶しているハンターが居た。

 「――――セルさん」

 アリアナは、飛来した物質――蒼い防具を身に纏ったハンター、セル・ラウトを、驚きの瞳に映していた。


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