何かがおかしいと、気づいた者達が居た。
ラインロードを中心としたモンスターの動きと、その違和感。遠征に出ていたセルとケイミは、療養の為にユクモ村に出向いていたが、日程を前倒しにして帰る事を選ぶ。
彼らは、気づいたからだ。
火竜の侵攻。これは予想通りには行かない。ソレに、セルとケイミは気づいたから急ぎ帰る事を選んだのである。
そして、彼と彼女と同じに、気が付く者がラインロードへ集結しつつあった。カルス・ハルバートもその一人――
“憤怒”と“嘆き”が、ラインロードへ還るが、既に“歓喜”は街に居る――
「さぁ、予定通り……来たぜ!」
猟団『死竜』の団長は、こうなる事まで見越して、ラインロードで最も高い時計塔から、オレンジ色に染まる夕刻の空に見える影を捉えていた。
「アッハハ。来ましたねぇ。ぶち殺しますよぉ☆」
「開戦か。ノルマは……二匹以上だったな」
「間引きを始めよう! モンスターの! そして、ハンターのな!!」
“歓喜”がラインロード全体に鳴り響く警告の角笛と共に、その開戦に心から喜びの声を上げた。
その角笛の音と、その音を発生させていた見張り台が吹き飛んだ。
火球。リオレウスの体内でつくられる、高熱を球体化して吐き出す攻撃手段である。それによって見張り台が吹き飛んだのだ。
「来た」
避難警告は発令されていなかった。それによって、予想していた時間よりも数時間早い群の襲撃は、ラインロードに居たハンターたちの準備を遅らせている。
そして、集会場では緊急の依頼がギルドマスターより発令される。間に合うかどうかは別として、攻城兵器のバリスタに待機している者達にも伝令が走った。
緊急依頼『火竜の群より都市防衛』。
その依頼を、待っていたハンターたちは受理すると武器を持ち集会場から出た。
現在、ラインロードに居たハンターは全部で28人。半数近くは、『死竜』との接触により、この事態を察して装備を整えていたが残り半数は、一歩出遅れる形となる。
「弾をありったけ持って来い!!」
ラインロード勤務のギルドナイト達は、都市最前線の城壁にて、バリスタ台の準備を行っていた。
目の前には、リオレウスの群れが目視でも影が確認できる距離まで接近している。実際にこの目で見るまでは半信半疑だったが、目の前に広がる現実に身を引き締める。
ここまでの接近は、報告が来ていない。最低限の人員を見張りに立たせていたが、城壁全体に伝令が広がるまで数十分の時間を要していた。
数十分……その僅かな時間が、大きく迎撃体制の状況をわけることになる。
「隊長! バリスタの弾と砲弾は市街地の倉庫に予備があるそうです!」
「市街地の隊員に連絡を取り、運ぶ様に伝えろ! 今、我々が城壁から取りに降りると間違いなく間に合わん!!」
増援要請をドンドルマは受けている。迎撃態勢に加わるつもりで、あちらは早期に出発したと聞いていたが、到着はまだ一時間近くかかるだろう。
目の前のリオレウスの群は、十数分と経たずに、ラインロードに辿り着く。だが、それでもまだ望みはあった。
もしも、リオレウスの群の目的が、ただの横断であるのなら、こちらから刺激せずに通り過ぎるのを待てばいい。
だが、そんな浅はかな望みは、一つの火球によって高台が破壊された事で、水泡に帰したのだが……
「ガンナー部隊は、バリスタ台と残った高台に位置を取り指示を待て! 剣士部隊は、数人で吹き飛ばされた高台の隊員の安否を確認、その後市街地で市民を避難区へ誘導しろ!」
戦力が足りなさすぎる。隊長は歯ぎしりしながら火竜の群を睨みつけた。
「隊長! 正面の街道を!」
隊員の一人が、望遠鏡を見ながら街道を指さす。それは上空から滑空し高速の低空飛行で接近する最小サイズのリオレウスだった。身体も小さい分、街道を分けるように生えている木々には触れずに飛行してくる。
「なんだと!? 射撃角度の合うバリスタは撃て!」
バリスタ台の数機が一斉に火を噴き、鉄の擦れる音と独特の発射音を轟かせながら、弾丸が発射された。
最小レウスへ、弾が当たる。しかし、速度が出ている為、表面の鱗で弾けて後ろへ流れてしまう。
大口径の弾を発射するバリスタ台は、飛竜を貫通するほどの威力と速度を生み出す。しかし、唯一の欠点が射撃の精度であるのだ。距離があれば山なりに飛ぶ為、一定以下の距離でなくては威力も精密性も大きく落ちる。
「! 退避!!」
向かって来る最小レウスの放った火球に、反応した隊長は即座にその場の退避を命じる。爆発するようにバリスタ台は城壁の一部後と吹き飛んだ。
「ガンナー部隊! 狙える奴は順次狙え! 指示を待つな――――」
目の前に滞空する最小レウスを睨みつけながら、隊長は背の大剣を抜く。しかし、次の瞬間、隣の高台からの悲鳴と崩れる様な音に反応して思わずそちらを見た。
上位クラスのリオレウスによって高台が壊され、そこに居た隊員ごと、市街に落下していく様子だった。
城壁に居た剣士部隊は、各々の武器を抜き、城壁に取りついた上位リオレウス達へ向かっていくが、
「くそっ! ダメだ――」
追いかけきれない。一度、城壁から離れるように飛び去られてしまえば、手も足も出せないのだ。更に、他のバリスタ台は死角に回られ、火球によって次々に破壊されていく。
「っ!!」
隊長にも最小リオレウスが至近距離で火球を吐く。辛うじて大剣でガードするが、連続攻撃の様に、向けられた爪によって城壁の端へ押されていく。
こいつ……俺を落す気か!?
ガリガリと爪をカードしている大剣の端から様子をうかがう。踏ん張る足場に、ひびが入った時――
横から弾かられるように最小レウスの身体が吹き飛んだ。
「!? 誰だ?」
急に横から与えられた疼痛に、最小レウスは城壁の上でじたばたと混乱していた。
「――っ」
誰が何をしたのか確認する前に、優先するべき事を。無防備な最小レウスに大剣を振り下ろし――
「! 今度は――」
なんだ? と言おうとして驚愕した。高台を壊したレウスが振り上げた隊長の大剣を爪で掴んで止めていたのだ。
驚愕の連続。態勢を立て直した最小レウスが隊長に火球を放つ。
「くそ! 何なんだ!? お前らは――」
光が周囲を包む。閃光玉を投げた隊長は、武器を放置して城壁から飛び降りるしか、避ける術は無かった。
そして落下しながら、一つの角笛を取り出し咥えると、城壁の部隊全員に、市街地へ退避する事を伝える音が響き渡った。
「退却だと!?」
フィルブラットにも、その角笛の音は聞こえていた。同時に、訪れた伝令員からの情報で猶予は無いと、一つの決断を下す。
「避難警報を出せ……市街地に残る市民たちを、都市外の坑道に避難させろ――」
その言葉を聞いた伝令員は、残っている高台に連絡し、都市放棄を伝える角笛の音がラインロードに響き渡る。
「やっと避難かよ、フィルブラット。このタイミングじゃあ、遅すぎるぜ?」
団長は閃光玉を時計塔の上から投げる。ソレは、市街に散っている二人の団員への合図だった。
「だーんちょーう☆ 最高だよぉ、この子――」
ロイは、レバーを引きながら、ヘビィボウガンから弾を排莢した。彼女は城壁に居る。その場所は全く攻城設備が設置されていない、戦略的にも役に立たない端の部分であった。
バレルを城壁に専用の器具で固定し、周囲には多種多様な弾丸が置かれている。
「たーくさん、たーくさん、ぶち殺せますよぉ~。アッハ、アッハハ!!」
狂った様な笑い声には、レウス達は反応しない。彼女は、『死竜』が独自に開発した潜伏用の香料を辺りに振り撒いていた。そして、火薬は特殊な配合で限りなく火球の匂いに近物を使用している。今のロイはレウスからは完全に隠蔽されていた。
「はぁ~い。任務完了ですよ~。後は好きにして良いんですよね~? だ~んちょ~う☆」
ロイは、東門の器具を打ち抜き、開かない様に破壊していた。
「急いでください! 南門から、坑道へ避難します!」
「手荷物は最小限に! 間に合わなくなりますよ!!」
東門へ向かうハンターたち。ギルドナイトの誘導によって慌ただしく、南門へ走って移動する市民たちは、迅速ながらも軽いパニック状態であった。
「…………」
その中で、フェニキアはカフェテラスで本を読んでいた。周囲の騒動を特に気にせず、本の内容の方が気になる様である。
「逃げないの?」
その彼女の正面の席に、いつの間にか座っていたハンターが声をかけていた。インゴットSシリーズで身を包み、四つの武器を背に持っている。
「……誰?」
フェニキアは、本に視線を向けたまま会話をしていた。特定の人間以外は、まともに顔を合わせて喋るのも、彼女にとっては面倒なのである。
「ベリウス・ストライダー」
ハンターは、そう名乗る。
「面白いお嬢ちゃんだな。いや、あまりにも退屈そうだと思ってね」
ハンターは、フェニキアと違い、楽しむような雰囲気で防具の奥では笑っていた。
「つまんないかい? 意外と余裕なんだな」
「…………早く行けば?」
二番目に大切な時間である、読書の時間を邪魔されてフェニキアはジト目で目の前に座るハンターを見た。睨んでいる様にも見えるが、ベリウスは、それ以上のモノをいつくも見てきているので、その程度は可愛いモノだった。
「ああ、行くさ。ラインロードは……最高の玩具だよ」
「? そう」
「そうさ。会う時が来るかもなぁ、お嬢さん。今日を生き延びたら……また、読書の邪魔をしにくるぜ。クッカカカ――」
フェニキアは、最後にもう一度だけ本から目を外して、立ち上がって去っていくハンター見た。
「変な笑い方」
東の城壁は機能を停止し、多くのリオレウスが境界を越えてくる。ソレをハンターたちが迎え討つという形が二次接触となるハズだった。
「……なんだ? 一匹もいないぞ?」
東門の前に到着したハンターたちは、大量のリオレウスとの交戦に意気揚々と駆けつけたが、一匹も見当たらなかった。
「おいおい。どうなってんだ?」
誰かが、不思議そうに呟く。すると、城壁を調べていた一人のハンターが声を上げた。
「おい! アンタ大丈夫か!?」
外壁の下にある、落下防止用のネットに引っかかっているギルドナイトの隊長である。
「う……っく……君はハンターか?」
「ああ。援軍で来たんだが……遅すぎたようだ」
「遅すぎた……?」
そんな馬鹿な。と、隊長は周囲を見渡す。城壁の上では、あれほど強烈な襲撃を受けたにもかかわらず、街には何も被害が出ていないだと?
実際、燃えているのは城壁の上と最初に攻撃された、角笛が置かれている高台だけだ。
「隊長!」
すると、無事だったガンナー部隊の生き残りが走ってくる。かなり焦った様子は、良い報告ではないだろう。
「御無事で!」
「俺の事はいい、報告しろ」
ふらつきながらも、隊長は自分の足で立ち上がる。
「上空を――」
その場にいるハンター達と隊長は一斉に空を見た。
夕闇に染まりつつあるラインロード上空に、大量のリオレウスが旋回しているのだ。だが、数は全部で15程度。20もいない。
「一つだけ、ハッキリとした事がある……」
最初にその情報を聞いた時は、半信半疑だった。しかし、最初の交戦から、現在の光景を踏まえて、その言葉を偽り無いモノであると確信した。
「奴らは、統率されている」
15体のG級リオレウスが、ラインロードへ降下する。
人が集団で狩りをするのは、そこに多くの思考が生まれるからである。
人は、一人が一人は同じ存在では無い。それ故に、多くの考えと思考性が戦いの場を駆け巡り、多くの要素が飛び交うのだ。
理性があるから、人は肉体的に進化できなくても、思考の進化によって、多くのモンスターたちと対抗できるのである。
意識的な集団の理と、個々で違う思考こそが、人の最大の武器。
だが、ソレをモンスターが行ったとしたらどうだろうか?
個々では殆ど本能で行動するモンスターたちは、理性は無くとも、その強大な生態を武器にしている。
そんな中、ソレを統率する存在が現れ、人と同じように徒党を組む事態になったらどうなるだろう。
それは、必要な一歩を踏み越えれば、一気に人の世界全てに浸蝕を始める。その手始めが
この都市を襲撃しているリオレウスたちが、人の街を落したと認識してしまえば、次は更なる大軍によってドンドルマへ、そして、天敵の居ない人の生活圏全てに襲い掛かるだろう。
全ては、ここで食い止められるかどうか。しかし、人の命運を分けるには、現在はあまりにも戦力が足りなさすぎた。