モンスターハンター~天の鎖~   作:真将

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3.火の群れ

 ラインロード内にはまだ発令されていないが、時間内に影響を受ける可能性の近隣の村や街には避難警告が出されていた。

 その原因となったのは、接近する50の赤い影。今は、途中にある湖で休息を取っているらしくかなり遠くからの強行軍であったらしい事を状況調査をしているギルドナイトから逐一報告されていた。

 

 『数は50頭前後。だが、全てが均一の固体では無く、上位種からGクラスのモノまで確認。そして、奴らは個々が偶然揃った群ではなく、一匹の火竜によって群を成している事が判明。その火竜を討伐できれば、群は自然と瓦解し、霧散する可能性が高い。

 しかし、調査員の面々では、50の群を突破して、統率竜を討伐する事は困難。刺し違える事も不可能に近い状態であり、目の前に全てを救う可能性があるにも関わらず手が出せない事を申し訳なく思う。引き続き気づかれぬように調査を行う』

 

 ラインロードでは報告される情報から、正確な襲撃時間を割出し、どのタイミングで市民を避難させるかを考えていた。そして、ドンドルマと周辺の村に居るハンターたちには緊急の招集を行われている。

「くそっ! こんな事があり得るのか!?」

 ラインロードの管理長である、フィルブラットは様々な方面からの情報を見て、火竜の群は確実に街を通る事に憤慨していた。

「火竜――リオレウス。本来は縄張り意識の強い飛竜であり、よほどの事が無ければ自分の縄張りから出る事は無い」

 フェニキアは、事態を伝える為にフィルブラットの所に足を運んだが、各方面からの情報に最悪の事態であると受け入れていると認識する。

「そのくらい知っている! だが……生態系の輪廻に合わないだろう? リオレウスは卵生である事から巣を中心に強い縄張り意識があるハズだ。なぜ……ソレを放棄してまで、こちらを脅かす」

 フィルブラットは過去に類がない事態に多少混乱して、解るハズも無いフェニキアに答えを求めていた。

「……人にも良くある事態だと……私は思う。けど……今は市街地に都市外退去の避難勧告を出すのが先」

「それは出来ん」

 今、最もやらなければならない事をフィルブラットは、別にあると考えていた。

「今、最も成長期にあるラインロードの安全性が損なわれてしまえば、後の交易に影響が出る。それに、飛竜の通り道、なんてフレーズがついて見ろ。この街に誰も近寄らなくなる」

 都市外退去の避難勧告は、本当に最後の手段だ。中心市街地の外側に設置されている攻城設備で、迎撃は十分可能なはず。最低限の避難勧告で問題ない。

「人は、そんなに脆いの?」

「なに?」

 後手に回るフィルブラットにフェニキアは呆れるようにそう言うと、もう用は無いと言いたげに扉から出て行く。

「私が知っている“人”は、心も体もモンスターに後れを取らない。アナタも“人”でハンターだったのなら、何の為に街があって、ハンターが居るのか解ってるでしょ?」

 

 

 

 

「船長、ありがとうございました」

 セル達はラインロードに近い港に着港し、輸送船から荷物を降ろしていた。ケイミの指示が港中に飛び、彼女も片腕で自分の倍近くある木箱を運んでいる。

「礼は良いゼヨ。それよりも、早くラインロードに向かった方が良いのではないか?」

「船長のおかげで予定よりもだいぶ早く着いたので、恐らく予測襲撃時間には十分間に合います」

 セル達は港に着いてから、ギルドへ言って情報を仕入れていた。

「役に立てて何よりゼヨ」

 後ろで待機している飛行輸送船に荷物を移し替えていた。ラインロードは自分たちの活動拠点でもある為、多くの狩猟道具も積んでいるのだ。

「おい! クソガキ!! テメェも手伝え!!」

 遠くにいるケイミの右眼にセルは見つかった。瞬間に怒声が飛ぶ。

「はーい。今行きますよ! 船長、また会いましょう」

 丁寧に礼をして去っていくセルを船長は、昔の彼と重ねた。

 あの時は、ただ一人で誰にも頼らない憤怒だけを身に纏っていた。誰かに狩りに誘われても、足手まといにしかならない、余計な事を考えている暇はないと、終日、鎧と武器を手放さず、他人との関わりを嫌悪していたのである。

 しかし今は、多くの者達の輪の中に居る事が出来ている様だ。彼の過去を知って受け入れてくれるのか、そうでないのかは解らないが、彼自身の考えを変えさせた“彼女”とやらに一度は会ってみたいものだ。

「どんな聖人なのだろうな。あの頃のセル・ラウトを諭した人間は――」

 

 

 

 

 

 大陸最大の都市ドンドルマ。

 ラインロードへの定期便は、緊急事態であるため時間を前倒しして出発していた。気球艇のほとんどが、出発に間に合わず、地上を走る馬車でラインロードへ急行している。

 その先頭車両に乗るメンバーは、ギルドナイトと呼ばれる、ハンターズギルドの公式所属の狩人たちだった。

 モンスターとハンターに関する多くの事を間引くギルドナイトは、ギルド直属の精鋭部隊として様々な権限が与えられており、ソレに似合った実力も保持している者は多い。

 今回、ラインロードの緊急事態に応じたのは、ドンドルマに待機していた10人のギルドナイト。交戦戦力が不明であるため、上位狩人8人とG級狩人2人が出動を余儀なくされた。他は、ラインロードを抜けた時のために待機を命じられている。

 その他に、先頭車両の後続に続く4台の馬車には8名ずつ、計32人の上位以上の狩人が参戦している。

 彼らの受けた依頼は、ラインロードにてリオレウスの群との戦闘を行いつつ、なるべく街への被害を抑えると言う依頼(モノ)

 かなりの無茶ぶりな要求であるが、街には兵器が備え付けており、その設備もうまく使えば問題ない、とラインロードの管理長フィルブラットは告げていた。

「…………」

 先頭車両でギルドナイトのG級狩人のライラルは自らの武器を調整して即座の戦いに備えていた。慣れた手つきで、自らの武器を整備しているが頭の中では別の事を考えている。

「妙だと思うか?」

 ライラルへ話しかけたのは、対面側に座るカイザーS一式を装備したハンターだった。彼はギルドナイトの正装ではないが、特殊な任務を帯びているため、ハンターとして活動しているギルドナイトである。後ろ腰には世界に片手で数えるほどしか確認されていない、古代の双剣――封龍剣【超絶一門】を携えていた。

「カルス殿。今回のリオレウスの件です」

 ハンターと言う存在が出来てから、今日まで、リオレウスが今回のような行動を取った事例は一切確認されていない。

「ギルドの生態調査は、様々な裏付けの下でハンターや民間に公表されます。確かに、全てを理解したわけでは無いと言っても……こうも見当違いな挙動を取る飛竜でしたか? 火竜――リオレウスは」

 巣立った成体が縄張りを持つ為に、大陸を移動する事は確認されている。しかし、50前後の群を成しての移動は明らかに異常とも思える行動だ。

「世の中には多くの謎がある。一つ見つければ、また一つとな。今回の件は、多くある流れの一つに過ぎないのかもしれん」

 老練の雰囲気を感じさせる口調は、長年、ギルド直属のハンターとして活躍し、今も現役でいる者だけが発する事の出来る声だった。

「流れの一つ……ですか?」

「人は、目先の事態だけを見て、その強大な影に隠れた根源を知る事は出来ない。そして、それらを視野で捉える事の出来る者は人では殆どおらず、ハンターでは更に一握りだろう」

「今回の件も、隠れた根源があると?」

「未だに、私達はモンスターの全てを解明したわけでは無い。過去にも未来にも、そして現在においても、モンスターは進化し、それは現在進行形で起こっていると言っていい」

 故に、人も進化し続けなければならないのだ。劇的な時代の流れで、ゆっくりと実力をつけて表舞台で華やかに活躍する若き狩人を護るには、誰にも伝える事の無い、裏側で生きる者達が、この事態に立ち向かわなければならない。

「ライラル、お前は表を護れ。裏を歩くのは、私達――ギルド特務部隊の役目だ」

 正面からモンスターと向き合うのがギルドナイト。しかし、ハンターズギルドには世界の闇の中で任を帯びる裏の精鋭たちも存在する。

 一部の猟団や、個人のハンターなどを勧誘する事で人員の一部を賄っている為、その全容を知る者は本当に一握りだ。

 武器製造、試験運用の委託や、黒い噂のある猟団への潜入。密猟者などの犯罪者の情報なども表のギルドナイトに報告。中には表のハンターでは手におえないモンスターの討伐と情報収集や新種との交戦なども行われている。

 

 強く照らす光の様にハンターの時代が幕を開けている。多くの者達がモンスターを討伐し、ソレに憧れた子供たちが新たにその背中を志す。世代を超えてモンスターを追いかける。中には特定のモンスターが仇となる者もいるだろう。

 それら全てが、今の時代を創り、繋いでいく光なのだ。

 故に(ソレ)を護らなければならない。注目を浴びずとも、誰にも讃えられずとも、誰かがその責務を全うしなければならない。

 光に比例して、濃くなる影の中で――

「戦う者達が必要なのだ」

 ハンターズギルド特務部隊隊長――カルス・ハルバートは静かにそう呟いた。

 

 

 

 

 

 50の火竜たちの統率竜は、翼を広げて周囲の同志たちに伝えた。

 集まった50のリオレウスたちは偶然揃ったのではなく、調査員の読み通り、一体の後頭部に傷を持つリオレウス――スカーレウスによって集められたのだ。

 スカーレウスの見ている世界は、周囲のレウス達とは一線を画するモノとして捉えている。圧倒的な本能によって動くモンスターたち。故に、完璧な統率など出来るわけも無く、外敵や個々の生存本能が優先され、散り散りとなるのが自然界の秩序だった。

 しかし、今回のレウス達は違う。それは、まさに不動の群である。

 一体の統率者によって、武骨ながらも大きな一つの個として機能する、その群は“超固体”に近い存在と言えた。

 スカーレウスの咆哮が響く。そして、大きく翼を動かし自らの巨体を宙へ少しずつ浮上させる。

 ソレに続く様に、一匹、また一匹と咆哮と翼を展開し浮き上がっていく。

 この不動の群が目指す場所は、ラインロード。なぜ、そこなのか。その理由はスカーレウス以外に知る由も無かったが、他のレウスはソレを考える程の理性を持たない為、群に準じるのが本能だった。

「不味いぞ……予想よりも、数時間早い! 急いで伝令を飛ばせ!」

 遠くから双眼鏡で群の様子を監視していたギルドの調査員は、伝令用の鷹を飛ばす。その瞬間だった。

「!?」

 目の前に巨影が降り立ち、鷹を一口で丸呑みしてしまったのだ。視界を覆う程の至近距離に着地した巨大な体躯は、G級のリオレウス。

 スカーレウスは自分たちが監視されている事を知っていたのだ。故に、通常の飛行速度の半分以下の速度でこの距離まで移動した。

 一頭のG級のリオレウスが、調査員に咆哮を浴びせると同時に、スカーレウスと群は、ラインロードへ飛行を開始する。


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