モンスターハンター~天の鎖~   作:真将

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2.狂った獣たち

 ラインロードの市街地にある酒場では依頼カウンターも兼ねており、四六時中、多くのハンターで溢れていた。

「間引きが必要だな」

 一人の男が自らの猟団の面々に告げた。そして、ヘラヘラ笑いながらその続きを繋ぐ。

「この世界は溢れすぎてる。そう思うだろ?」

 インゴットSシリーズを装備している男は、すぐ目の前にいる団員の女に話しかけていた。

「アッハハ。団長は相変わらず言葉足らずで、ぶち殺したくなる☆」

 バンギスシリーズのガンナー装備をした女は、目の下に隈が出来ている不健康そうな様子である。化粧をすればそれなりの見かけに成れるのだろうが、本人はそんな事に興味は無いと、横髪をいじっていた。その眼はどこか焦点が合っていない危険な眼をしている。

「倒しても、倒しても、湧いて出る。この戦争はいつになれば終わるんだ?」

 ボロスSシリーズを装備した男も、その会話に参加した。現状に不満のあるような声色は期待外れだと退屈しているようにも感じる。

 顔を横一文字に通る傷と、顎回りを覆う無精ひげ。つまらない物を見るように周囲を見る目は、最近の狩りに飽き飽きしている様子である。

「ロイ。新しい武器が手に入ったからって、人を撃つなよ。始末が大変でなぁ。最近は貴族のお偉いさんよりもギルドの方が強いらしい」

「アッハハ。じゃあ、団長狙う。ぶち殺す☆」

 ロイと呼ばれた女は、折り畳まれて横に立てかけているヘビィボウガン――妃竜砲【神撃】を、うっとりと眺めながら、早くコレで生き物を撃ちたい、という眼をしていた。

「ジーン。もうすぐ、ラインロードは愉しくなるからよぁ。後、数時間は我慢してくれや」

「……くだらない事で半日も時間を取らせたという事態になったら、アンタを殺す」

 怒っている様子では無く、真心の声が響く。まるで、死刑を告げた様な殺気が団長に向けられていた。ジーンの背には、氷属性の槍――セイバートゥースが使われる瞬間を待っている。

「クッカカ。お前らのそう言う所は好きだぜ! 強い奴がオレは好きだ。ただし、オレより強くない奴に限るがな」

 二人の部下の様子に団長は狂ったように笑う。そして、二人に向かって言った。

「お前らの事は“好き”だぞ。ロイ、ジーン」

 団長、と呼ばれた男は、鎧の下からでも喜んでいる様子が伝わった。と、そこへ二人組のハンターが現れる。

 カウンターから少し離れた席に座っている三人の雰囲気から、意を決して話しかけた二人組は中級クラスの装備と防具をもった者達だ。それなりに修羅場をくぐったような、初心者には無い井手立ちをしている。

「なぁ。アンタら、もしかして……前からラインロードで噂になっている。猟団の『死竜』か?」

 ハンターたちが所属するギルドとは別のコミュニティとして猟団というシステムが存在する。

 ハンターはギルドに所属するのが基本的な流れだが、その中でも多くの派閥が存在するのである。膨大な規模を誇るハンターたちは、自分に合った派閥を作り、そのグループで狩りや情報の交換などを行っているのだ。

 伝説を追う猟団や、特定のモンスターを狙う猟団。中には、出会う事さえ稀と言われる古龍の討伐を目標としている猟団もある。

 利害が一致する数だけ猟団は存在し、その数は初心者から上級者まで世話になっている者も多い。団員が多ければ多いほど規模も大きくなり、ギルドからの公式な支援も受けられることから、有名どころでは入団しているだけで様々な特典などを用意する事も多々ある。

 中には、猟団独自の狩猟技術や、ギルドでさえ知り得ない情報なども入り込む事もあり、大概のハンターは猟団に所属しているのだ。

「おう。オレが団長だ。んで? 坊主二人。オレらに何の用?」

 二人は明らかに普通じゃない三人の雰囲気に驚きつつも、目的であった猟団との接触に成功したことに嬉しさを感じていた。

「『死竜』。確か、アンタたちの猟団は……秘密裏に専用武器をギルドから委託されてるんだろ?」

 二人組の一人が、周りに聞こえない様に団長に問う。それは噂程度の情報だった。

「まぁな。だが非公式だぞ? それに、関係者以外には造ってないんだ」

「だからだよ。俺達二人を『死竜』に入れてくれないか?」

 二人の目的は最初から『死竜』であったらしい。どこで噂を聞いたのか知らないが、二人の装備の様子を見れば、中級クラスで“壁”にぶつかって伸び悩んでいる良く居るハンターの様だ。

「俺は猟団の上限を全部で20人と決めている。5つのグループに分かれて、各々で目的を持って活動する猟団だ」

「目的?」

「それは、グループごとに異なる。ただ言えるのは、人が集まれば出来上がる“普通の猟団”が掲げるような安い目標じゃないって事だ。古龍を潰すのは当たり前。時にはそれ以上の標的も狙う」

 ラインロードで噂になっている『死竜』と呼ばれる猟団。団員全員が集まる事は、一年に一回か二回程度であり、その招集以外は独自に目的の為に動いている。

 更に『死竜』の“団長”は団員の中でも最も強い者が選ばれる事になっており、年に一度、一年間で討伐した竜の数と、依頼の危険度を加味して猟団内で最も強いハンターが選出される。

 『死竜』猟団長は、ギルドと直接交渉を行う立場でもあり、他よりも猟団全体の暗部に直結する事からも、団員たちは常に団長の座を狙っているのだ。

 しかし、『死竜』が創られてから、今日まで一度も団長が交代された話は皆無。創設されて15年。ずっと同じ人間が務めている。

「坊主ども。お前ら二人は運が良いぞ。今、欠員が4人出てる。丸々、1グループの欠員だ」

「本当か! いや、本当ですか!?」

 試作とは言え最新の武器の試験を回される『死竜』は、噂を聞きつけて多くのハンターが入団を求めてやってくる。上限が20人の団員数は、団長が管理しきれる範囲の人数であるとの噂だが、現在は欠員が出ているらしい。

「ああ。だが、ウチもギルドの機密を一部扱っている関係上、容易く受け入れるわけには行かないんだ」

 現在の団員達も、簡単に入団できたわけでは無い。人手が欲しいのは事実だが、おいそれと入団を認めるのは、他の団員が納得しないだろう。

「最低限の秩序ってやつだ。コレでも、癖の多い奴らを制御するのは大変でね」

「そうですか……じゃあ、どうすれば入れますか? 何か……実力を見せれば――」

 と、何としてでも目の前のチャンスを掴みたい二人組は、どうにか認めてもらおうと考えていた。

「良い観点だ。実は、これから起こる緊急の依頼を受けて、ソレで2匹以上討伐した、上位4人の奴らを新しく猟団に迎えるつもりだったんだよ」

「! 緊急の依頼?」

 ハンターの二人は、一切そんな気配の無い様子に驚きながら詳細を聞いた。団長は、声を沈める様に口の前に人差し指を立てる。

「ああ、ここだけの話だ。詳しくは言えないが、どうする? 受けるか?」

 団長は有無を求めるが、二人の答えは決まっているのだ。当然、受けると言うだろう。

「ああ。それで実力を証明したことになるんだろ?」

「もちろん。約束は守るのが、オレの美学でね。嘘つきは信用されない」

「じゃあ受ける」

 そして、一つ、二つ、確認の会話をすると二人組のハンターは、これからの事に期待を膨らませ、武器を変えに酒場を出て行った。

「アッハハ。団長も、ワルだねぇ。アレって12人目でしょ? 4つの席を狙ってるのか12人も居るって説明しなかったじゃん。ぶち殺していい?」

「趣味が悪いな。反吐が出る」

「嘘は言ってねぇよ。間引きがいるんだ。これから、ラインロードは最高の状況になる。お前らもテンション上げて行けよ? 生き延びるのも一苦労の戦場で、誰が目的を達成するのか……見ものだぞ? クッカカカ!!」

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 紅葉が舞い、秋一色の雰囲気が漂う、和の雰囲気に包まれた辺境の村――ユクモ村にセルは帰ってきた。

 ほんのりと、温泉の湯気と熱気が漂う集会場には食事を取る施設は設けられていない。その代わり、ユクモ村特有の温泉とドリンクを名物として売り出している。

 この温泉は様々な得能を得る事で知られており、狩りに出る者は必ず一度は湯に浸かっていくほど効果がある。

「あ、お帰りなさい。セルさん」

 セルは温泉に浸かろうと帰った矢先、慌ただしく外から戻ってきた、ギルド受付嬢のコノハと出会う。ハンターが帰って来た時に鈴が鳴る様にドアに細工が施されており、ソレによって彼の帰還に気づいたのだ。

「コノハさん。なんだか、人が一人もいないけど……何かあったの?」

 セルは、集会場に一人のハンターが居ない事を気に掛けていた。

 ユクモ村は辺境にある小さい村だが、この辺りに生息するモンスターは独特で、ソレを狙って狩りに来る者達も少なくない。

 特に、今の様に全く人がいない事態は初めてだった。同時に、ピリピリとした緊張感も感じている。

「ラインロードから手紙が届いたんです。11時間後に都市に緊急事態との事で、各地のハンターを集めています。後30分で輸送船が寄るので、セルさんも――」

「くっらぁ!! セル! このクソ野郎!! どこ行ってやがった!?」

 すると、コノハの後ろから、小っちゃい女の子が怒りの表情で集会場に入って来た。

 光を失った左眼に眼帯をし、左腕も失っている。長い黒髪はポニーテールでまとめており、身長はセルよりも頭二つは低い。幼い顔つきと、体格から、12~14程と推測できる少女である。

「あ、どうも。ケイミさん」

 すると、顔面に少女の飛び膝が飛んでくる。油断して居た為、まともに喰らうと思わず尻餅をついた。

「痛い」

「あ、どうも。じゃねぇ!! さっさと行くぞ! お前待ちだ! クソゴミが!!」

 ケイミと呼ばれた少女は、倒れたセルを引きずって連行する。セルの体重と、装備を合わせると80k近くはあるのだが、そんな事など物ともせず少女は唯一ある右片腕で連れられて行く。

「あ、コノハさん。ジョーを捕獲したんで、後で回収班を送ってください。次はフェニキアさんも連れてきます」

 引きずられながらも鼻を抑えながら手を振って消えて行くセルに、コノハは苦笑いしながら手を振り返した。

「いつまで、アタシに引きずられてんだ!! テメェの足で歩け!」

「ケイミさんが蹴ったのに……ひどい――」

 という、声が消えた向こう側で聞こえた。

 

 

 

 

「それにしても、びっくりした。確認しに行ったら寝床がもぬけの殻だったからね」

「すみません。コウトさん」

 輸送船の一室でセルは、専属医から包帯を取り換えられていた。海を走る様に進む船。

 竜人族の男が船長を務めるこの船は、世界各地に多くのハンターを送っている事でも有名だった。

「怪我の具合はどうゼヨ?」

 すると、船長が現れた。竜人族、特有の尖った耳に髭を生やした彫の深い中年である。

「わざわざ一室を用意していただいて、ありがとうございます」

 眼鏡をかけた感情の少ない表情の女医――コウトは、深々と船長に礼をする。

「いやいや、怪我人に潮風はつらい。ラインロードに近い港まであと二時間はある。ゆっくりすると良いゼヨ」

「はい。セルさん、次に勝手に抜け出したら命の保証はしません。幸い、怪我はイビルジョーの戦闘では無かったようなので、前の狩猟の傷が開いただけですね。しかし、軽い物ではありませんよ?」

「あはは。気をつけます」

「その言葉が信用できればいいのですがね」

「あはは……ごめんなさい」

 クイッと、眼鏡を持ち上げるコウトは、ため息を吐きながら、薬を取ってきます、と部屋を出て行った。

「ふむ。だいぶ丸くなったゼヨ? お主――」

 船長は過去にセルを乗せた事があった。もう、4年も前になるが、その時に比べて雰囲気が穏やかになっている事を杞憂だと告げた。

「まぁ……色々とありまして――」

「結構、結構。中には、ソレに気づかずに死にゆくハンターも多い。旅の噂では、お主は死んだと言われていたが……それに気づけて良かったゼヨ」

「……船長、ボクは好きな子が出来たんですよ。彼女のおかげです」

 4年前に船長は恐ろしいほどの憤怒を纏った青年を船に乗せた。彼はただ、狩り尽くした。次を殺しに行く、とだけ言って新天地を求めての乗船だったのだ。

 素顔を見せず、常に鎧と殺意を身に纏っていた彼は、今は歳相当の笑みを浮かべられるようになったらしい。

「そうか。それは良い事ゼヨ」

 すると扉が開き、コウトとケイミが入って来た。

「ケッ、ボケが! わざわざ身体を痛めつけるとか、お前はMか!」

 いきなり毒を吐くケイミだが、彼女はコレが平常運転である。

「ケイミさんに言われたくないですよ」

「あ? トドメ刺してやろうか? コラ」

 常に怒っている様な彼女だが、コレでも一応セルの事を心配しての行動である。つまるところ、

「素直じゃないわね。アナタは」

「あ? コウト、なに寝ぼけた事言ってんだ?」

「寝ぼけてるのは貴女でしょ? 無事でよかった、って言えばいいじゃない。まったく……ウチの主戦力は何でこうも、面倒な人間ばかりなのかしら――」

「ああ!? コウト、テメェ! 今、アタシの事バカだと思っただろ!!」

「今じゃなくて、常に思ってるわよ」

 ぶっ殺す!! と殴り掛かるケイミを船長が止めた。その騒ぎに、ドタドタと他の面子も現れ、皆で何とかケイミを取り押さえると胴上げしながら連行する。

 放せ! テメェら! 団長命令だぞ!! と、そんな声が聞こえたが、いつもの事であるため、彼女が落ち着くまでソレが聞き入れられることは無かった。

 


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