1.裏側を歩く者達
煉獄の土地。
日の当たらない洞窟にも関わらず、ほんのりと明るい。その代わりに急速に体力を奪うほどの熱がこもるのは、溶岩が剥き出しに流れているからだ。
オレンジ色の川の避ける足場。今、彼が足を乗せている岩盤も、数メートル砕ければ簡単に溶岩が吹き出る危険地帯。この地に踏み入る事が許されるのは、特別な証を持った人間だけである。
フィールド『火山』。
『ハンター』という、証を持った人間だけが、この地に生息するモンスターと対峙する事を許されているのだ。
「それにしても暑いなぁ……」
彼は頭部の鎧を外し、腰に引っかけながら歩いていた。クーラードリンクの栓を開けてストローを通し、少しずつ飲みながら目的のモンスターを捜している。
若く、整った顔立ちに芯の強さを感じる表情には、どこか優しさも内包した柔らかさがあった。頭部に生える白髪は、そんな彼の雰囲気からではいささか早すぎる彩として、人が目を止める特徴として機能している。
リオレウス亜種から造られる防具――リオソウルUで全身に包み、背には身の丈ほどの漆黒の太刀――疾風刀【裏月影】を装備していた。
暑い洞窟内から退却する様に早足で出ると涼しげな水辺のあるフィールドに出る。
「うーむ。病み上がりで、感覚が鈍ったかなぁ……」
アイテムポーチから地図を取り出し、手頃な岩に広げて現在位置を確認した。
今は水辺が目印のエリア4に居る。対象は移動パターンから、エリア7で鉢合わせできると踏んでいたが、クーラードリンクを無駄に消費しただけらしい。
「そろそろ支給品が届いたよね。ドリンクを補充しておこう――」
少し前に、支給品を運んだことを告げる角笛を聞き取っていた。
地図を畳み、ポーチへ戻しながら火山の麓に値するエリア2を経由してベースキャンプへ向かう。
こんな事は慣れっこだ。昔以上に、この世界を楽しむことは出来るのだが、いかんせん、感覚は昔よりも劣ってしまっている。
それに、本来の武器が前の狩猟で、折れてしまった事もある。ソレが一番違和感あるのだ。背に使い慣れた武器が収まっていないと落ち着かない。
「長居するのも皆に心配かけますし、ここはクエストのリタイアも考えますか」
もともと、前の狩猟での怪我の具合を見る為に『火山』のクエストを受けたのだ。
現状は全快時の6割ほど。鎧の下には痛々しく包帯が巻かれている。二週間前は一歩もベッドから動けず、生きている事が奇跡です、と言われた怪我にすれば、動き回れている現状では、耐久力も人間離れしている気がする。
「誰も受けない依頼だったので来てみれば、まさか遭遇率が低くて、皆諦めていた訳じゃないですよね?」
エリア2へ向かう街道を降りようとした時だった。
重く、重量感を感じさせる足音と巨大な気配を背後から感じる。ソレが通ってきたのはエリア4からエリア3に向かう為の砂利道からだ。
見上げるほどの巨大な体躯。特徴的な顎。ザラザラとした体皮には鱗の類は無く、無数の傷痕が痛々しく残されていた。前かがみになるような全形は、大きな尻尾で全身のバランスを取っている説もある。
恐暴竜――イビルジョー。その獣竜種はそう呼ばれている。
火山に生息する竜種の中でも、体躯、攻撃性、貪欲性はトップクラスを誇り、時には生態系が乱れるほどの捕食を行う事で知られ、その懸念から討伐対象として上げられるばかりか、他の狩猟にも躊躇無く飛び込んでくる程の好戦家でもある。
目標を達成したら、イビルジョーが現れる事も事例も多く確認され、消耗したハンターでは手に余る相手だった。
それらの懸念から、イビルジョーの出現は、発見されてから討伐まで当たり前の様に用意されている。確認されたら、即時狩猟が基本的な竜である。
多く確認される反面、その依頼を受ける者は本当に限られている。何故なら、イビルジョーの見かけは、まさに強さそのものと言っていい。
まともなハンターなら、誰もが避けて通る程の上位種であり、討伐に行き、その恐暴を見せつけられれば、例え討伐できたとしても二度と戦いたくないと言わしめるだろう。
「あ、どうも」
後ろの道から、ヌッと現れたイビルジョーは、彼に気づいていなかったが、スイッチが入った彼の気配に気づき長い首を動かして視界に捉えた。
咆哮。まるで火山が噴火したような叫び声は、イビルジョーが放ったものだ。敵を見つけ歓喜するように、巨大な体躯にしては小さな脚を動かして迫ってくる。
彼は頭部の鎧をつけていた。それによって耳を塞ぎたくなるほどの咆哮によって動きを阻害される事は無い。
「……うん。やっぱり、フェニキアさんの感覚は解らないなぁ」
彼女はこの恐暴竜を、可愛い、と言うのだ。対峙する側から見れば、全くもってそうは思わない。寧ろ、出来るだけ避けて通りたい存在だ。
「よいしょっと」
ごろん、と横に転がって無造作に突進を躱す。通り過ぎる先に、相当な風圧が防具を撫でる。距離が離れ、彼は態勢を立て直すと同時に背の太刀の柄に手をかけた。
イビルジョーは外した獲物に再度向かう為に、小さな脚で地面を削りながらブレーキを掛けると、多少減速したところで弾けるように切り返し、彼へ牙を向ける。
彼は振り向きながら太刀を抜く。両手で持ち、刃は斜め下から――人の身からすれば絶望的な体躯差をものともしない、一閃を――
「ただいま」
その言葉と共に 大顎を開けながら迫りくる恐暴竜へセル・ラウトは放った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おかえり」
昼を少し過ぎた時間帯。雲一つない青空の下、一人の女性がそのような言葉を発した。
ポッケ村からドンドルマへ繋がる交易の街ラインロード。
近年、交易ルートを散策していた旅商人によって発見された古城を起点に開拓された街である。石畳の道路や、建物の一部は十分に活用できる事がわかり、10年も経たずに街としての機能を持つまでになっていた。
ドンドルマがハンターを主軸に置く街ならば、ラインロードは物流が盛んで、多くの商人たちが一度は立ち寄る街である。
東と南の大門は修繕されているが、古い鎖を巻き取るタイプである為、近々最新の機構に変えられる予定だった。都市内には、既にハンターギルドも存在し、周囲の村や国へ向かう商人たちの護送任務はもちろん、街への飛竜撃退として、設置された多くの兵器を使う事も視野に入れて運営されている。
中でも周囲の飛竜たちは御馴染みの種類である事もあり、狩りの基本を学びやすい環境から初心者ハンターから中級者の拠点としても例に挙げられる。
最近では、各地の訓練場では、ラインロードで腕を磨きドンドルマへいけ! と進めるほど、新米ハンターや、伸び悩む中級のハンターには次へ進むきっかけとなる“掴み”を得られる機会も多い街だった。
「おかえりって……フェニー? 私の話を聞いてた?」
市街地エリアの上品なカフェ。そのカフェテラスで、談話をしている二人の女性が居た。
一人は、赤い髪が癖毛の様に跳ねている女性だ。どこか軽薄そうなイメージが付きまとう、不真面目な印象を受ける。
そして、対面に座るのは黒く艶のある髪をした女性である。表情は若すぎず、大人びた雰囲気を持っているが、しっかりとした様子とは僅かにずれている様を彼女の周りに漂っている。容姿はそれなりに綺麗に見えるのだが、美人というよりは、麗人というような印象を周りに与えている。
何にせよ、傍から見れば一度は眼を向ける二人である事に間違いなかった。
「…………? 聞いてたよ、ラシーラ」
「絶対に嘘ね。アンタがやるって言い出した手前、しっかりしてよね。いくつ“狂種”を倒したのか確認しておかないと、こっちで数が合わないじゃない」
呆れながら赤髪の彼女はコーヒーを啜ると、自分よりも不真面目な同僚に注意を促す。
「ケイミが1、セル君が1」
「これで20体か。うーむ。やっぱし前より増えてるわねぇ。これじゃ、クロードさんの判断は変わらないわ」
「必要ない」
と、黒髪の女性は本を開いて読み始める。まるで、そんな事にも興味が無いと言った風体だ。
「結局、種を巻いたのは人だからねぇ。私達はそれを先輩として処理させてあげてるってだけの話だし……でもさ、あんた……必要以上に干渉しすぎじゃない? あのセルって子には特に」
「…………」
「急に、やる気出しちゃって。いつもなら面倒な事は嫌いな、めんどくさい星人でしょ? それがどんな風の吹き回しよ」
「…………」
「結局は使い捨てなんだから。気楽でいいのよ。気楽で――」
パキンッ。と音を立てて赤色の髪を持つ女性のカップが縦に割れた。まるで鋭利な刃物で断ち切ったように下の受け皿毎、綺麗に割れている。
「不吉。今日は良いこと無いかも」
「あんたが、ソレを言うかっ」
と、赤色の髪の女性はコーヒー代と、カップ一式の弁償代を置いて立ち上がった。
「やる気に満ちてるフェニキア嬢に一言アドバイス。後悔するよ。このままってわけにはいかない、って解ってるでしょ?」
「…………」
「できれば見たくないのよね。友達が苦しむ様は。それじゃ」
去っていく背中を見ると、赤色の髪の女性は、ひらひらと手を振りながら賑やかな下町へ人混みと共に降りて行った。
「…………後悔、してないよ」
心の片隅にも、そんな気持ちは無い。だから、こうして言い切れるのだ。
「……荒れる。空……誰か呼んだ?」
ふと、髪を撫でるささやかな風を確認すると、黒髪の女性――フェニキアは代金を置いて立ち上がるとカフェテラスを後にした。
本部に連絡。緊急事態です!
フィールド調査に出向いていた、6号気球が東よりソレを確認。
その群は少なくとも50は居ると推測。これまでの特性から考えられない大移動だと思われますが、これは明らかに異質です。
まるで軍隊の様に……列を成して飛行している理由は一切不明。
縄張りを持つ事か知られている『火竜』がこの行動を取る理由も一切不明。ただ解っている事は――
半日も経たない内……夜になると同時に、50は超える、リオレウスの群がラインロード上空を通り過ぎると言う事です!!
無論、襲撃の可能性も有り! 急ぎ市街地に避難勧告とハンターによる討伐依頼を――