モンスターハンター~天の鎖~   作:真将

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25.超人少女

 ケイ。今日は何を食べたい? ニノと一緒に君の好きな物を作っておくよ――

 

 枯れない……涙が枯れない……あの日に全てを失った。だから、あたしは怒ると決めた。何かの感情を強く持ち続けると決めたのだ。それは怒りだったり、恥ずかしさだったり、とにかく、無意識になると湧き上がってくる“悲しみ”から逃げる様に意図的に激情を維持する。

 

 あたしの“悲しみ”は決壊したダムのように、止まる事無く溢れてしまう。その嘆きに取り込まれたあたしは、溺れる程に涙を流し続ける。

 夫と娘を手にかけた『凶光の皇』を殺す時までは――

 

 

 

 

 

 大雪玉を相殺する様に破壊した大剣は、回転しながら落下し大地に突き立った。まるで聖剣のように主の手に帰る時を待っている。

 大剣に向かってケイミは疾駆。そのスピードは途轍もなく早い。彼女が走ると同時にディクサも駆けていた。

 その動きを見てスカーレックスは動けなかった。思考を持っていたから、ケイミが武器に向かって走った時、迎撃に向かっても間に合わないと判断したのである。だが、簡単に武器を取らせるつもりもない。

 空間が破けたと錯覚するほどの轟咆がケイミを襲った。ビリビリと空気が震動し、積もった雪が道を譲る様に吹き飛ばされる。

 その咆哮にディクサは少しだけ足を止めたが、ケイミは変わらずに大剣の元へ走り、柄を強く握る。

 刹那、スカーレックスは後方が爆発したと錯覚するほどの勢いでケイミに飛びかかっていた。

 怒り状態の更に先へ昇華した今の状態は、最初にケイミと対峙した時よりも大きく差がついている。あの時は互角だった。だが、今のスカーレックスは当時の三倍以上の膂力を発揮しソレはケイミを武器毎吹き飛ばす。

 全てを破壊し尽くすまでその暴力は理不尽にまき散らされるのだ。

「――――」

 だが、彼女(ケイミ)もまた、常人とは違う()()()()を持っていた。

 その二つは、スカーレックスの“爆轟状態”と同義であり、人の身でありながら人の枠を超えた戦いを体現する――

 スカーレックスの全体重を乗せた飛びかかりをケイミは大剣を盾にして受け止め、僅かに後ろに押されただけで完全に止めていた。

「さっさと終わらせて帰らせてもらう。呑まれ過ぎると……流石に帰れる自信がない」

 ケイミの眼は怒りも闘志も無い。ただひたすら、悲しみに呑まれた、嘆きの涙を流している。

 彼女は“嘆き”の効果で解放された身体制限を駆使し、スカーレックスを受け止めていた。

 

 

 

 

 

 ケイミ・カースト。

 36歳。身長135センチメートル。体重1()0()3()()()

 それが、最近に測ったケイミの身体能力である。これは誤認でもなければ計測ミスでもなかった。

 彼女は産まれつき、身体の筋繊維の密度が常人の64倍という特殊な体質を持っており、それが体格に比べて異常な重量を保持している理由だった。

 

 通称『超人体質』。

 

 見た目16歳の少女に視える程に小柄な彼女が常識外の膂力を持ち合わせている理由は異常に密度の高い筋繊維による。

 加えて彼女の身体には、様々な要素が揃い現在の状態を体現している。

 中でも特殊なのが筋肉の成長抑制因子の突然変異である。筋肉の成長を抑制する遺伝子が16の頃に変異を起こし、彼女の筋力は爆発的に加速する。

 彼女の筋繊維は、内臓に至るまで全ての身体機能は成長する筋肉を蓄えても外見上は殆ど肥大化することないと言った特性も兼ね備えており、今も限界を迎えていない。

 その結果、20年間片時も休まずに鍛えつづけられた筋力は外見に目立った変化を見せずにその下で膂力を増やし続けていた。そして、その反動なのか彼女の肉体的変化が16の頃より停止している。

 意図せず持っていた、その超常的な力は飛竜と片腕でも張り合う事が現在は可能であり、本気になった時には凌駕する事さえもある。

 常人の範疇を大きく超えた膂力を要いるケイミだが、この体質に存在する大きな欠点(リスク)も承知している。

 行動によるエネルギーの消費量が常人の数十倍という異常数値なのである。特に肉体を構成するタンパク質やカロリーを、一日の代謝だけで常人では餓死する程の量をケイミは普通に消費する。

 少し動けば空腹になる程の身体能力は極端に燃費が悪く、下手に食事を怠ると餓死する手前にも頻繁に遭遇していた。

 その為、彼女は常に特殊な濃縮エキスを常に持ち歩いている。狩猟に出る時は、三本は携帯しているが、敵による力の加減も分かってきたため、全力を出さずに一撃で敵を屠る、短期決戦で対策を取ってきた。

 しかし、問題は今回のように長期戦となってしまう場合。それはケイミにとって命の危機がある程に致命傷なのである。スカーレックスよりも遥かに早いエネルギー消費は戦いが長引くほど不利になって行くのだ。

 しかし、ソレは彼女の精神を蝕んでいる“嘆き”に呑まれなかった場合の話である――

 

 

 

 

 

 なるほど……これでは少し押される。なら、足の力を7割に体幹の補佐を得て肩と腕に8割。これなら――

「!」

 現在、スカーレックスによって少しずつ押されていたケイミの身体は、ぴたりと動かなくなった。

 止めるだと!? この我が“起源の膂力”を……サシャール風情が!!

 ズンッ、と重々しくスカーレックスが更に力を加える。侮るというレベルでは無い。理不尽はどっちか分からない。

 一般の飛竜を遥かに凌駕する強大な膂力を保持するスカーレックスに対し、高くても飛竜に匹敵する程度の膂力しか持たないケイミは、その身体機能を全て完璧に制御する事で対抗していた。

 それは本能と技術の戦い。

 常識の枠から外れた竜と人がそれぞれの能力を駆使した拮抗。それは、人類とモンスターの戦いの縮図のように映っていた。

「――――」

 ケイミは一度後ろ目でディクサがファルを抱えて退避した様を確認する。

 よそ見だと!? おのれ……なめるなァ!!

 その時、拮抗していた力が消えた。スカーレックスが力を入れ直す数瞬。一瞬だけ力が消えた刹那に、ケイミは同じように力を抜き、スカーレックスの懐へ転がる様に入り込んだのだ。

 ここで勝敗を分けたのは、体格差。通常のティガレックスよりも二回りは大きいスカーレックスにとってケイミの小柄な体は死角に回られやすい。

 それを瞬時に見切ったケイミの判断は、()()()()()()()動きだった。一撃に賭ける戦術ではなく次の手を想定した動き。内側に入った際に転がる様に抱えた大剣では僅かに傷をつける程度しかダメージを与えられなかった。

「――――浅い? ――――」

 なぜ……? ああ、そうか……腕に7割じゃないとコイツは斬れなかったな。

 少しの間、思考に身体が停止した。その隙にスカーレックスは懐に居るケイミから離れる様に後方へ跳び退く。

 なんだ? 読めん……このサシャール――

 スカーレックスは何故殺されなかったのかが分からなかった。無様に命を拾ったとは考えていない。今ので我の命を取らなかったのは、貴様のミスだ!

 大剣を握る自分の腕を見ながらケイミは棒立ちしている。そこへ、スカーレックスは大雪玉を見舞った。

「無駄だ」

 劣らない大剣の一閃で大雪玉は両断される。だがスカーレックスの遠隔攻撃は止まらない。次々に大雪玉をケイミに飛ばす。対する彼女は、飛んで来る大雪玉を破壊する度に一歩ずつスカーレックスに近づいていた。

 得体の知れぬ……だが、貴様は終わりよ!

 雪玉に付着していたのはスカーレックスの作り出す“粉塵”であった。それは彼女が気付かない間にその身体に蓄積され――

「――――」

 ケイミはスカーレックスに辿り着く前に、“爆破やられ”によって爆発した。

 

 

 

 

 

 “爆破やられ”は普通に爆撃を貰うのと訳が違う。

 その作用となる粉塵は、他一定数値蓄積されると内部から炸裂する。それは防具と肉体の間にも入り込み、まるで防具の内側から爆発する様に防ぐことは出来ないのだ。

 例え、強靭な肉体を持つケイミと言えど、生身の身体に直接爆発を受ければ致命的なダメージとなる。

「カハ……」

 痛みを通り越し、意識は一気に覚醒。だが、次に襲ったのは意識の消失であり、その数瞬の間に様々な走馬灯が駆け巡る。

 

 閃光が映る度に、村が焼かれていく。

 左腕と左眼を失い、その凶光の前に屈服していた。

 残された右眼と闘志だけを抱き立ち上がる。しかし、身体は全く動かない。

 そして、雷が――――夫と娘が避難している所へ落ちた。

 

義母(おふくろ)ォ!!」

 それは、義息子(ディクサ)の声。見ていた夢が一瞬で醒めて、彼女は現実(フィールド)()()()()()

 ディクサはファルを背負って安全な場所へ移動している。彼はスカーレックスがケイミへ跳びかかった様を見て声を張り上げたのである。

「ディク――――」

 爆発。一度では無く、二度、三度、四度。連鎖するのではなく、スカーレックスの連打が連続した爆発をケイミへ叩き込んでいた。

 二度と止めん! このまま、魂を手放すがいい!! サシャール!!

「クソっ!」

 今出来る選択をディクサは選ばなくてはならない。ファルを見捨ててケイミを助けるか、ケイミを見捨てて下山するか。

 ケイミなら後者を選ぶように言うだろう。だが、ディクサとしてはスカーレックスの攻撃力は決して見逃せるモノでは無い。

 いくら、強靭な肉体を持つケイミでも命を取られかねないと判断していたのだ。だから迷っていた。

 

 勝ち目は無い。もはや、この戦局になった時点で覆す術は存在しないのだ。

 スカーレックスは今まで対峙してきたどのモンスターを凌駕する性能を持っている。スカーレックスの命には届かない。

 だが、“牙”を持っていた。

 

 爆発。それはスカーレックスの起こしたモノでは無い。

 その爆発(こうげき)を受けたスカーレックスは、まるで何かに殴られた様にその巨体が浮き上がって、大きく仰け反った。

 なんだ……と!!?

「……ありがとよ、トカゲ。眼が覚めたぜ。」

 大剣(エピタフプレート)を突き立てて、中腰から立ち上がるケイミは、いつもの調子を取り戻していた。

 燃費の悪い身体。苛立つ感情。右眼から流れていた涙は、凍りつくと風に攫われ、完全に消え去って行く。

「“爆撃”。対『凶光の皇(デスボルト)』用の奥の手を……お前に使う事になるとは思わなかったぜ」

 

 大きく、スカーレックスの脇腹が凹んでいる。

 彼女は持っていた。格上の敵を倒す“牙”を――




 大タル爆弾Gは使っていません。サイボーグでもありません。

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