「どうも、セルさん」
ケイミとディクサがポッケ村に発ち、一日経った頃。アリアナは荷車を引くアプトノスに餌を与えているセルを見つけて彼に近づいた。
「見送りですか? アリアナさん」
セルもラインロードでポッケ村への準備を終えて待機していたのだ。
「丁度、貴方が視界に映ったからですわ。それにしても、殆ど荷物は無いのね」
荷車に乗せられているのは必要最低限の物資だけ。それも、ポッケ村に向かうまでの片道分の食料しか積んでいない。
「必要ありませんよ。フェニキアさんも行くなら、何が何でも問題は解決しますから」
確信している様な口ぶりは、彼が必ず達成すると、断言していた。
「その自信を分けてほしいですわ」
「君には必要ないでしょう?」
ニコニコと柔らかい笑みを浮かべるセルの言葉は、アリアナを評価しているのだ。実質、彼女のハンターとしての腕前は大したものであると認識できる。
先の『ラインロード防衛戦』でのG級レウス二体との立ち回り。これが
「それで、貴方はシャムール様を待っている?」
「本当は三十分前には出ていたハズなんですが、コウト先生にフェニキアさんが呼ばれまして」
いつもなら、情報だけを渡されて彼女はソレを道中で把握する。しかし、今回はわざわざ呼ばれてソレに応じていた。無視できない事柄なのだろう。
なので、こうして大人しく待っているわけなのだが、いかんせん退屈なのは耐えがたい。思わず、ふわー、と欠伸が出た。
「マナーがわるいですわ」
「少し寝不足でして。それで、アリアナさんはこれからどこに?」
旅支度に荷物を持っているアリアナへ、セルは尋ね返した。
「ロックラックですわ。カルス小父様に言われて“二人のハンター”に接触する様に言われていますの」
「遠出ですね。もしかして、噂になってる“例の件”ですか?」
セルは『灰色の狼』と共にしている間で、その手の話を耳に入れていた。ある“島”を取り戻す為の作戦。その為に腕の立つハンターには声をかけている。
しかし、声をかけるハンターの条件は『表でそれほど名を上げていない腕の立つハンター』という矛盾した内容であった。
その理由として、その作戦は一切の命の保証がない事が上げられる。同時に熟達したハンターでなければ目的も達成できないのである。
「ええ。カルス小父様がリストに上げた二人のハンター。確か……名前は“ガザン”と“ラファン”。二人とも名が上がっていないにしては、相当な腕の持ち主であるらしいですわ」
「ああ。そうですね」
少し驚いたセルは懐かしむ様に笑みを浮かべる。その表情にアリアナは引っかかるモノを感じ取った。
「もしかして、知り合いだったりします?」
「昔、色々と
実際に会わないと分からないが、
「そんな人が……それで、もう一人の方は?」
「ラファンさんは、僕の弟子です。とは言っても基本的なノウハウを教えただけなので、師と名乗るには浅い関係かもしれないですが」
それでも、慕ってくれた事は覚えている。
「意外ですわね」
「最初は多少強引に着いてきた感じでしたけど、感謝してるんです」
唯一の心残りは、あの二人には最後の言葉も無しに去った事だった。会う事があれば改めてちゃんと話をしたいとも思っている。だが……
「時間が無いのはお互い様です」
「?」
セルのその言葉にアリアナは疑問詞を頭に浮かべるが、その意図を理解する事は出来なかった。
その時、コウトと共にフェニキアが歩いてきた。話は終わったようだ。
「アリアナ」
「なんですの? シャムール様」
「…………ガザンによろしく言っておいて」
「え? それってどういう――」
アリアナはフェニキアもガザンの事を知っている様子に驚いて聞き返した。だが彼女は荷車に登ると手ごろな木箱に座って本を開く。その後にセルも乗り込む。
「ガザンさんに聞けば良いですよ。それじゃ」
セルは運転席に乗ると
この世界は単純な弱肉強食だ。
存在する食物連鎖。その流れの中に“
それは誰にも分からない。否――
解ろうとしないだけなのかもしれない。人は都合の悪い事から目を背ける。だから、誰も正面から目を合わせようとしないのだ。
だが、人にはソレを理解した者達が“四人”だけ存在した。彼らは世界の理不尽に当てられて、この世に巣食う人を拒絶する意志を感じ取ることが出来るようになってしまったのだ。
ある者は嬉々として戦い、ある者は怒りで自身を覆って戦う。
そして“世界の意志”は人の目の届く場所に稀に姿を現す。常識を超えた力を持つ彼らに“四人”は対等に対峙する事が出来る。人を強く拒絶する、“世界の意志”と――
そして、それ以外の者達は相対した時点であっさりと呑み込まれてしまうのだ。
“世界の意志”に――
ファルの身体は爆発した。それは人の常識の外から見舞われた
“爆破やられ”
ティガレックス希少種の情報は極端に少ない。いや、そもそも公式にギルドには伝わっておらず、更に『死竜』でもその全容は把握していなかった。
会い見えた記録はいくつかある。そして、戦いの中で爆発に伴う攻撃能力も持っていると言う情報もあった。だから、警戒していたのだ。
知り得る情報を全て頭に入れ、あらゆる事態も想定していた。だから、
自らの身体に少しずつ蓄積された粉塵に。そして、スカーレックスが怒り状態に入った事で更に、とりまく粉塵の量は増した。
相手に集中する能力を得たが故に、ファルは自らに忍び寄る死を察知する事を怠ってしまったのである。
狩りとは、決して相対するモノだけを倒すだけでは無い。自分自身も相手の狩りの対象だと言う事を――
「カハ――」
歌が消えた。それと同時に肉体へ“入界”反動が襲い掛かる。眼前に
わ……たしは……どこで……ミスをした……?
スカーレックスの脚がぶつかる寸前に何とか後ろへ跳んで少しでも威力を軽減したファルは壁を背に明滅する意識の中、自分がどこで間違えたのかを考えていた。
身体は動かない。深く“入界”しすぎた。精神と肉体の同調が安定しないため、指一本動かす事が出来ない。
“入界”を得た事……それによって本来持つべき異様な冴えを……狩場で生き残ると言う意志を失ってしまったから?
狩場において、狩る側と狩られる側。そんなモノは存在しない。ソレを理解していなかったから?
わたしは……死ねない。こんなところで……倒れるわけにはいかない―――
スカーレックスは雪をなぞる様に掌で雪地を滑らせると、巨大な雪玉を飛ばした。未だ油断せずに確実にファルを仕留める為に選択したのは遠隔攻撃であった。
「わた……しは――」
振り向いてもらえなかった。気づいてもらえなかった。そして兄は死んだ。遺体を見た。それは覆らない真実なのだ。戦う理由が消えた――
そう……思っていた。兄の遺体を見た後で、セル・ラウトの姿を見た時は――――
「兄さん……って呼びたかったなァ……」
巨大な岩のような雪玉。ファルはゆっくり目を閉じる。そして、後悔を抱いたまま己の死を、失う意識と共に受け入れた。
彼女の意識はそこで途切れた。
その後の戦いを知るのは全てが終わった後になる。少なくとも、ファルはそこで死ぬ運命では無かったからだ。
横から割り込む様に飛んできた一本の大剣によって雪玉は粉々に砕け散ったからである。
「ディクサァ。あのガキを安全な場所に避難させろ」
「了解です」
その場に
「奴はあたしが殺す」
その言葉に殺意はない。むしろ、別の何かと状況が重なって見えているのだ。
次回 ケイミVSスカーレックス 二戦目
ガザンとラファンについては、『モンスターハンター~大風の声~』と『モンスターハンター~炎天の色~』にて出現しています。