『死竜』。
この猟団は世間的には、都市伝説のような存在であり、その全容を知る者は団長だけだと言われている。
理由として、『死竜』事態が個人による発足では無く、一人の“狩人”を監視する目的で創られたからだ。
ハンターズギルドとしては、その狩人に有事の際の事態収拾を任せる際に確実な連絡手段を用意する意味もあった。そして、彼が失踪せぬように“新しい発想の武器の開発”という技術の進化を任せ、現状に興味を失わせないように考慮していた。
総団員数は不明。だが、四人一組を一部隊として、現在は6部隊存在し活動していると団長は公言している。
そして、ギルドは『死竜』からもたらされる武器の開発結果を純粋に評価していた。新たな武器の開発や、既存武器の標準概念を大きく変貌させるきっかけともなったのだ。
今となっては、大きな
その為、多少強引なアプローチや、ギルドの指定外での討伐行動を生態系に差引が無い場合は黙認される程の地位を築き、ギルドナイトの頭を悩ませる一因ともなっていた。
実力、権力共に高い位置に居る『死竜』へ、ギルドは新たな依頼を行う。
それは、防具の試作と開発の一任であり、問題なく『死竜』は引き受けるだろうとその話を持ちかけた。
だが、『死竜』の団長はソレを拒否した。その際に彼はこんな言葉を残している。
“武器はあくまで、奴らに
大自然の山中。どこの山とも知れないその場所は、現在月明かりも無い濃闇に支配されていた。
風も無く、虫の音も、獣の存在も、モンスターの気配もない。
まるで世界から切り離されたと錯覚するその場所に、佇む少女が一人。
「フゥ……フゥ……」
少女の名はファル・ラウト。一定のリズムで呼吸を行う彼女は試練を迎えていた。
彼女はその場から一歩も動かず、二日の間休むことなく立ち尽くしている。それは、不眠不休、不食不飲を五日間続けた
現在の彼女は約七日間の間、15歳という身には耐えがたい経験を熟し続け、今となっては自分が何の為にこんな事をしているのかも思考から抜け落ちている。
水分を失った唇には血の気は無く、鉛のような重さと鈍い痛みが全身を走り続けていた。
極限の体力低下に加えて、酸素の薄い山中。この場所の酸素濃度は地上の6割程度である。
疲労と、呼吸機能の減少。それによって引き起こされる低酸素状態は彼女の視界に、その場に見えるハズの無い“幻覚”と聞こえるハズの無い“幻聴”を引き起こしていた。
「フー……フー……」
だが……死を目前に控えた肉体とは裏腹に、ファルの精神は極限まで研ぎ澄まされている。
その感覚は、幻覚、幻聴の先の“何か”を少しずつだが集中して選別する事が可能になって行く。
それは古代アニミムズにも似た、極限の境地。
技術を捨て――
肉体を捨て――
思考さえも捨て――
水に溶ける氷のように、徐々に徐々に私という存在は世界へ溶けて行く――
“個”に収まった“我”が解き放たれ――
世界と繋がり、全てが“
歌が……聴こえる――
渾然一体。それが“歌”を聴く条件だった。
そして、ファルは足を
「――――」
視ていなくても、聴こえていなくても、背後から振り下ろされる大剣にファルは反応し、僅かに身体を動かした。そして、降ろされてくる大剣の側面を掌で僅かに押して軌道を反らす。
大剣は土埃と周囲の木の枝が揺れる程の衝撃を起こし大地に剣線を生み出していた。
「クカカ。
「ハッ……ハッ……」
ファルは、振り下ろされた大剣は本気で自分を縦に割る
「おめでとさん。お前で四人目だ。流石は“ラウト”なだけはある。その歳で“入界”を得るとは将来有望だな」
その男は暗闇に慣れたファルなら見えていた。再び見えるようになった幻覚の中で唯一まともに見える存在――自らの師である。
「だが、ここからがスタート地点だ」
「…………――さんに」
「あん?」
ファルは確かな意志で今聞いておきたい事を師に問う。
「――さんに……追いつける?」
「言ったろ? ここがスタート地点だ。“龍殺し”が欲しければ殺し舞えばいい。その為の“手段”はもう手に入れただろう?」
「……うん」
それじゃ下山するか、と師は歩き出す。その際、師は“彼”にも告げた事を彼女にも告げた。
「覚えとけよ、ファル。世界に溶けるだけじゃ
問題ない。いつも通り、止まった的だ。
雪山の峠――エリア6。そこでファルは、目の前に振ってきたソレをいつもと同じ“的”として見ていた。
何も変わらない。相対するのが、どんな敵でも全て止まって見える。
四脚の脚に全てを破壊する巨躯。そして、その高い体温は雪山との温度差で絶えず湯気が漂い出ている。それは奴にとって雪山が適応する環境でないが故に、発生しているエネルギーの消費なのだ。
その巨躯の運動能力を維持する為に絶えずカロリーを消費し続けている。その為、時間がたてば自ずと弱って行くのは奴の方。だが、そんな決着は望んでいない。
奴も、私も――
「殺す――」
開かれた咢が眼前に存在していた。想像以上の瞬発力は人の思考を遥かに凌駕する死そのものだ。まるでバッタのように、僅かな撓めから巨体の重量を感じさせない程の飛びかかりはその質量に轢かれるだけでも相当な衝撃だろう。
「それで――終わり?」
積もった雪がソレの着地によって水しぶきのように吹き上がる。だが、閉じた咢にも質量に物を言わせた体当たりもファルには当っていなかった。
振り向き再び攻撃を行おうとした瞬間、その巨躯に無数の剣線が入った。時間差で傷口が開き、切り裂かれて鮮血が噴き出す。
「!!?」
いつ攻撃されたのか解らなかった。思いもよらないダメージに思わずたじろぎ、間が生まれ――
「終わりです」
音も無く眼前にファルは立っていた。先ほどとは逆。自らの体躯よりも遥かに小さき存在から向けられる感情は――暗く凍えるような制限なき殺意だった。
振り下ろされる太刀とそれを扱う者。
侮っていた訳ではない。敵となる者は全力で相対してきた。
だが……我々の領域に踏み込んでくるのなら
愚かなるサシャールよ! 貴様らは聖域に足を踏み入れようとしている! 万死に値する!!
ピキッ。その音をファルが聞いた時は既に太刀――試作型両断刀『秋月』を振り下ろしていた。
爆発する様に轟音が炸裂する。ソレはブレスでは無く咆哮だった。雪山が鳴動し、遠くの斜面では雪崩が起こる程の威力は物理的な衝撃波も生み出していた。
至近距離で突き抜ける衝撃波を受けたファルは、一瞬だけ意識が途切れてしまった。
「……くっ――」
意識が明滅する。“入界”し、奴の呼吸の全てを把握していた。だからこそ、今のタイミングは絶対に決まった一閃だったのだ。
それを覆せるのは同じ条件にならなければ対応できないハズ――
目の前のソレがまるで別物の存在と化し、その身は表層に充血する様に血管が浮き上がり、その身に凝縮された膂力を見せつける。ソレの隻眼が強力に光った。
「――――ふー」
ファルは一度呼吸を整える。既に目の前の敵は先ほどと同じ生物ではない。ならば、その様に対応するまでだ。
彼女の呼吸を整える間にソレは既に距離を詰めている。その巨体から尾引く様な湯気は吹き出る様に、先ほどの比では無い量となっていた。
右前脚を突きだす。その攻撃先はファルでは無く、雪の降り積もった雪原である。
雪山が揺れた。間欠泉が噴き出す様に、爆発によって積雪が高々と舞い上がり地形が大きく変化する。
その中には衝撃から逃げる様に飛び上がったファルも含まれていた。宙に浮いたエリア6全ての雪が上昇を止め重力に従って落下を開始する。
同じように落ちて行くファルの視界は浮き上がった雪に塞がれていた。敵の姿を見失う。それでも、彼女が優先するのは――
まだ落下中のファルをソレは捉えていた。落下する雪などなんら障害では無い。壁に爪で一度引っかかると、そのまま三角跳びで硬度を合わせ、ファルに向かって爪を振り下ろす。
「これで互角です――」
墜ちる雪の隙間。そこから見えたファルの眼は
振り下ろされて来る攻撃はコマ送りでファルの瞳に映る。手を添え、その振り下ろしを身体を捻り躱すと、一回転した勢いでその脚部を斬りつけた。
だが、発起した筋肉には刃筋を合わせなければ通らない。浅く切りつけるだけに留まる。
時間が動き出した様に、一人と一体は雪原に着地し遅れて雪が落ちてくる。
一瞬の中で行われた攻防。“入界”した存在同士がぶつかり合うと、その身に存在する潜在能力が大きく勝敗に影響する。
だが、ファルはソレを技術と駆け引きで補う。目の前の敵との身体能力差は歴然。一撃でも貰えば立て直す間もなく“死”を迎えるだろう。
だからこそだ。隊長がここに行けと言った意味が解った。コレは超えて行くべき壁だ。
兄さんは超えて行った。ならば、私も超えてその先へ行く――
「超えさせてもらいます。スカーレックス」
目の前で右脚部から浅い傷からの血を流す、隻眼の狂種――ティガレックス希少種にファルは太刀を向けた。
その瞬間にこの勝負は決着した。ソレはスカーレックスにとっては必然な事だったが、彼女にとっては回避しようのない結末だった。
「――――」
ファルは何の前触れもなく爆発した。
序章の登場人物紹介にイラストをいただきました。セルとフェニキアとケイミの三人です。