「こんなもんやろな」
ガレンは仕上げを終えた工台の上に乗せられた一本の蒼い太刀を持ち上げた。両手で持つ長い柄。蒼い刀身は周囲を映すほど研磨されている。
そのまま肩に担ぐように工房の外に持っていくと、ポケットから一つの『火竜の紅玉』を取り出した。
貴重な素材であるが、今回の報酬としてその辺りの素材を調達してもらうつもりなので、これから使う分には無問題である。
「親方ァ。何やってんですか?」
そこへ、資材のチェックをしていた弟子が顔を見せた。数週間前から彼が一人で調節し続けていた太刀は、見た目は通常の武器と変わらない。
「確認や。見てみぃ」
紅玉を上に投げ上げると、同時に片手に持つ蒼い太刀を振り上げた。腕と太刀が消え、上段に振り上げた所で再び現れる。
一瞬、消えたと錯覚するほどに洗練された一閃は、ガレンがただの鍛冶屋では無く、その手の武器の扱いを熟している者である事の裏付けである。
「……え?」
ガレンの一閃は紅玉を通り抜けた。だが、肝心の紅玉は両断されずに地面へ落ちる。
驚いて目を見開く弟子を尻目にガレンは肩に担ぐように太刀を乗せ落ちた紅玉を持ち上げた。
「ほれ」
そして、紅玉を投げると弟子は慌てて受け取った。その瞬間、キンッと音を立てて紅玉は二つに分かれる。
切断面があまりにも滑らかであったため、斬れた後も物質の剥離が間に合っていなかったのである。
「本当に無茶苦茶な武器やろ? これで、本来の使い手に比べて半分も使いこなせて無いんやで」
「マジですか……刀身の構成密度は他の武器に比べて異常なほど厚かったですけど」
切れ味が良いと言うレベルでは無い。斬られた物体がしばらく結合する程の切れ味を、
もしこれを本来の持ち主が使ったのなら、恐らくは両断できないモノは存在しない。
「ヒヒ。本当に、セルぅちゃんとお嬢に関わると退屈せんのぅ~」
ガレンは蒼い太刀を鞘に納めると、整備が終わったと言う証明として柄と鞘を閉じる様に『完』と書いたテープを張った。
ケイミ、ディクサ、ファル、ラガルトは人の寝静まった深夜にポッケ村を出発した。
その事を知るのは、村長とギルドの受付嬢だけ。出発時間は明確にしていなかったが大概は明日に行われると思っている為、他は眠ったまま、彼らの出発を知ることは無かった。
「おー、読み通りっすね」
雪山のベースキャンプにて、荷車から降りたディクサは一度雪山の頂上を見上げて、吹雪いていない事を確認した。
「四六時中荒れてるわけじゃねェからな。半分は賭けだったが……初手はアタシらの勝ちだ」
この時間帯は、狩猟に赴くにはあまりにも不都合な闇に包まれている。日中では死角にならない場所も影がかかり死角となり、更に気温も昼間より数十℃下がる為、ホットドリンクの効果も半減する。
本来なら狩人にとって不利としかならない環境であるが、今回は
村長から今の時間帯に数時間吹雪が止む事を聞いたケイミとファルは、絶好の機会であると判断し、依頼を遂行するべく赴いたのである。
「正確な時間は不明です。また吹雪く前に登頂しましょう」
深い紫と黒色の外装で造られた防具――ゴア装備を身にまとったファルは、背に通常の半分ほどの長さの太刀を装備していた。
「いや、先に地形の把握に行く」
ケイミはどんな飛竜と交戦する際にも出来るだけ“準備”はしていくつもりだった。
彼女の小柄な体を覆うラギアG装備は、見えない左眼の位置は塞がれ、存在しない左腕は肩から伸びる短いマントにより隠れている。背には特殊な機器により、片手で抜刀と納刀が出来る様に大剣――エピタフプレートを斜めに装備していた。
「まぁ、鉄板ですね。通い慣れた地形ならまだしも、俺達は最近の雪山に慣れてないですし」
そのケイミの考えにディクサも同意する。
ハンターS装備という、村一つを脅かす飛竜と対峙するにはあまりにも頼りない装備だが、これは彼が交戦をしない事を徹底する為だった。そして、必要最低限の行動が出来る様に最高ランクのライトボウガン――蒼火竜砲【烈日】を装備していた。ちなみに借り物である。
「燃えて来たぜぇぇぇ!! 待ってやがれ!! シャァァァァァ!!」
ただ一人、雪山に向かって叫ぶラガルト。
装備している頭部が覆うタイプのジンオウSで、声が篭っているにも関わらず、雪崩が起きそうな雄叫びを上げており、その背にはガンランス――試作型砲撃槍『震山』が中折れで装備されていた。
「うるせぇ!」
その背をケイミが蹴る。ラガルトは顔面から坂道を滑って行った。
「では、こうしましょうか。私達は登頂します。貴方達は、地形の把握に努めればいい」
ファルは二手に分かれる事を提案する。そもそも、ファルとしては地形の把握は必要ないのだ。対峙すれば、どんな存在でも“止まった的”だ。そこに周囲の要素など必要ない。
「……クソガキ。お前の、その眼は見たことあるぜ。あの
ケイミは、兄弟子とリオソウルの二人と同じ眼をしているファルを見てその危険性を問う。ファルは目を逸らすと、ケイミも舌打ちをする。
「好きにしろ。行くぞディクサ」
「うっす」
別にファル達とはパーティと言うわけではない。ただ目的が一致しただけの他人だ。連携も捕れなければ、お互いに何が出来るかも解らない。下手に同じ場で立ち回るよりも、各個でぶつかった時に戦う方が勝率は高いと見ていた。
「ラガルト。私達も行きましょう」
「おう。そうだな」
連携など必要ない。ファルは今まで、ただ一人で対峙した飛竜を屠って来た。そして、その度に言われるのだ。
“ファル。お前は確かに強いが……それでも捨てきれてねぇな。だから、いくら“歌”が聞こえてても、
「本当に……貴方の事は嫌いです。団長――」
「団長。本当にファルさん達と別れて良かったんすか?」
ディクサはエリア3にて、登れる蔦の位置などを確かめながらポポを仕留めたケイミに尋ねた。彼女は必要なだけ仕留め、残りの逃げるポポは無視していた。
「良いんだよ。別にあっちがどうなろうが知った事じゃねぇ。アタシらはいつも通りでいいんだ」
「やけにドライっすね。なんか、彼女につっかかてるみたいですけど」
「…………あの眼は、好きになれねぇ」
半年前に、新しい
“ケイミさん。止めてくれてありがとうございます”
それでも人のように笑う。それが当たり前だと受け入れている奴を見ていて反吐が出る。そして……そんな存在は、方向性は違えど二人だけだと思っていた。
「鏡を見ると、嫌でも実感しちまうな」
「大丈夫っすか?」
「100年早ぇよ。お前がアタシの心配をするのはな」
誤魔化す様にケイミは、倒したポポの解体を始めた。内臓を取出し、慣れた様に血の匂いを辺りに充満させる。
風は吹いていないが、それで良い。自分のテリトリーに別の奴が侵入してきたという事実を伝える事が出来れば――
「道具は“狂種”には効かねェからな。ディクサ、お前は隠れて――」
その時、戦慄がエリア2に現れた。ソレは全くもって“偶然”だったのである。
“また、この地を踏むか。愚かなるサシャール共。この地から去ることが出来ぬのなら、元の輪廻に還るがいい!!”
ソレと邂逅した瞬間、突撃してくる様を見て、最初にケイミが取った行動は迎え撃つ事では無く、
奴にとってすれば、ケイミもディクサも大差ない敵。ソレを彼女は瞬時に見抜き、
片手で柄を握り、ロックを解除して大剣を盾のように構えた。
激突。ソレとケイミは数倍もの体格差が存在しているが、吹き飛ばされる事も無くその場で二対はぶつかり合う。
赤い巨躯に内包する筋力と、火竜の重量さえも抑え込むケイミの膂力は驚く事に拮抗していた。
「団――」
「コイツ――」
ディクサは下手に動けば危険であると判断して、武器に弾を装填する。
ケイミは少しずつ後ろに押されていた。小柄な体にも関わらず、その突進を止めた彼女にソレは
「ディクサァ!! お前は今すぐこのエリアから――」
その時、正面からかかる重量が消えた。不意に感じた消失感に、しまった、とケイミは正面を見る。
その咆哮はまるで大地が割れんばかりの衝撃波だった。常人なら、その声だけで失神する程の威力であるが、それ以上に物理的な破壊がケイミとディクサを襲う。
態勢を崩していたケイミはまともに“咆哮”を喰らい、衝撃波で崖に叩きつけられた。
一瞬の判断が命取りになる。それは“狂種”に関わらずどの狩猟でも言える事だ。だが、“狂種”との戦いはその“一瞬”が数多く襲い掛かるのである。
「くそっが――」
身体と全身が痺れていた。防具での軽減はスズメの涙程度のモノ。本来は大剣で受けなくてはならない。
そして、ソレはケイミに狙いを定め、突進を開始しようとしたところで、目の前に一つの球が投げられたのを見る。
閃光玉。ディクサが念のため持ってきていた道具である。
ソレはケイミを優先し、
だが、目の前に放られた閃光玉に対して、ソレは前足で踏みつける様に雪の中に押し込んだのだ。
「――――は?」
雪の中に埋もれた閃光玉は、その前足の下で僅かに光を発しただけで完璧に無力化された。
予想外のソレの行動に、ディクサは呆気にとられ、標的がケイミから彼に移った認識が間に合っていなかった。
視界を覆う巨躯が飛び上がり、その前足を振り下ろしてくる。ディクサは逆に踏み込むとその巨躯の隙である股下を潜る様に抜ける。だが――
「マジ!?」
爆発。背後から襲う、背を焼く熱を感じながら吹き飛ばされた。焦げる臭いを鼻孔で感じながら、何をされたのか理解できなかった。
ソレは着地し、向き直る。そして、爆発で態勢を崩したディクサへ巨大な雪玉を飛ばす。
空になった瓶が雪の上に捨てられた――
「オラッ!!」
咆哮の衝撃から立ち直ったケイミは、ディクサとソレの間に再び立ち、その大雪玉を大剣で二つに両断する。
「――――」
そして、同じ膂力を持つ小柄な狩人へは迂闊に近づかなかった。先ほどと彼女は
「どうした、トカゲ――来いよ」
地の底から響く様な声色は、いつも怒声を響かせているケイミとはかけ離れたモノだった。何かが憑りついたような雰囲気を醸し出し、それによって敵は接近する事を躊躇っているようだった。
近づけば間違いなく……どちらかが死ぬ。いや……この場合は――
「――――」
次の瞬間、ソレは身体を撓めると高々と跳躍する。巨躯の重量を感じさせない程の高度を得て、雪山の頂上へ滑空して行った。
「団長……
ディクサは背を見せて立ちつくすケイミに問う。それはニノが倒れていた時に見せた――
「――――クソ……嫌な事思い出しちまった」
ケイミは頭を抱えながら、大剣を雪原に突き立て、もたれ掛る様に無い左眼を押さえながら荒く息を吐く。
「ディクサ。大丈夫か?」
「ちょっと焦げましたけど。回復薬を飲んだので大丈夫です。それよりも団長――」
敵の逃げた方角――雪山の頂上を見上げる。
「……気にすんな。ちょっと、昔を思い出しただけだ。追うぞ」
ケイミも追う様に頂上を見上げた。その右眼から流れる涙は彼女の持つ“嘆き”を体現しているのである。
雪山――エリア6を歩いていたファルは遮られた月の光でソレの存在を認識した。
咆哮の聞こえた方角から現れた事で交戦したと判断し、間違いなく“狂種”であると目を細める。
ラガルトとルートを分けて山中を目指していたが、こちらに現れたのだ。本当に――
「――――運が無かった。と、己の運命を呪ってください」
ソレが着地すると同時に、太刀――試作型両断刀『秋月』を抜きながら、ファルは世界へ意識を溶かす――