「…………どういう事だ?」
フィルブラットはラインロード再建の工事資料を見ながら、一つの特記事項に憤慨していた。それは、ハンターズギルドが認識している、年間で死亡したハンターのリストである。
ラインロードを拠点として登録しているハンターの一覧。それは、住民リストのようなもので、外部で死亡した場合も一ヶ月ごとにまとめて報告が送られてくる。
「……全てを把握している訳ではないが。情報に洩れがあったか?」
立ち上がると、半年でラインロードに在籍記録のある登録者の一覧を取り出す。
「失礼します、管理長」
そこへ、ノックと共に一日の都市状況の報告をまとめた調査員が現れた。彼女は片手のボードに持った報告書を見ながら告げる。
「本日の損害および、修繕情報です。現在は瓦礫の撤去作業はすべて完了し、建物の修復に入っています」
「ドンドルマとの連携はとれているな?」
「はい。そちらの協力関係も問題ありません。『灰色の狼』が中心に、復興作業は他の猟団と団結しています。詳しくは報告書にてまとめてあります」
丁寧に置かれる資料を手に取りつつ、フィルブラットは一つだけ調査員に問う。
「君は、セル・ラウトを知っているか?」
「はい。確か、フェニキア様の
「彼は死亡扱いになっている」
資料の名簿と写真を見えるように手渡した。
セル・ラウト……『年間討伐制限』の保持につき、厳重監視。半年前に……死亡を確認。確認者は当人の妹と名乗る女性、名前はファル・ラウト。
「セル・ラウトの話は私も知っています。ハンターの中でも、極めて稀な異名である『龍殺し』の名を知れずと伝えられた実力者。討伐数を見るだけでも、冗談にしか思えませんでした」
『龍殺し』と言う異名は、本人が望んで名乗れない称号である。
発端は星の数ほどいるハンターの中でも、『龍殺し』と言われた一人のハンター。その者に匹敵する実力を持つ証明なのだ。
「最初の『龍殺し』は世捨て人。故に、どの常識も聞き入れる事はせず、常に退屈していた」
モンスターを狩る事に特化した故に、この世界の全てに退屈した『龍殺し』は表舞台から姿を消した。その後、彼に匹敵する実力者が現れた際に、その者達には『龍殺し』の称号が与えられる。
「詳しいのですね」
「……ああ。ラインロードに居れば、嫌でも
それが良い事だったモノは何一つない。奴は……“ストライダー”にとって疫病神も良い所なのだ。
「それはそうと、もう一度“セル・ラウト”と話しておきたい。カルス殿はまだ居るか?」
「いえ、半日前にライトロードを発ち、ユクモ村に向かいました」
「例の作戦の準備か。仕方ない……ギルドナイトのライラルに話を通して、フェニキア・シャムールと共にセル・ラウトに出頭する旨を伝えろ。今日中にだ」
フィルブラットが投げ捨てるようにデスクに置いた資料の
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「殺し、殺される。それがこの世の理だ。お前もそう思うだろ?」
「団長。無駄口を叩くほど現状は余裕がないよ?」
狂うような嵐の中、船の乗組員は、慌ただしく風の中を進む為に怒号を飛びかわしている。
「六番アンカーが吹っ飛んだ! おいっ、こっちを手伝え! 釘で固定するぞ!!」
「そっちのロープを引け!!」
「船長! これ以上は無理だ! 機体がバラバラになる!!」
「命のおしい奴だけ飛び降りろ! 俺ァ、死んでも先に進むぞ!!」
「船長」
船長は雨で全身ずぶ濡れになりながらも、隣で話しかけてくるハンターに視線を向ける。
「もう、だいぶ目的地は近い。正面の雲を抜ければすぐだぜ」
周囲は灰色の雲で覆われ、時折稲光が走っていた。雲の向こう側なんて知り様も無い。まるで豪雨と荒れ狂う狂風の
「あんた……一体――」
その時、ボォォォ!! と大音量の角笛の様な音が周囲に鳴り響いた。船に乗っている者達全てが耳を塞ぐ中、二人のハンターだけがその音の主を見つめる。
「――――船長!! 側面に!!」
船の側面を通る影は老山龍級の巨影。雲の中を泳いでいる大型生物だった。
「おいおい、ここは化け物の巣か!?」
「いーや、船長。ただの“遊び場”だ。なぁ、ロスト!」
「ただの死に場所じゃん。恐えー」
ハンターの一人は歓喜して側面を泳ぐ影よりも、そんなモノよりも興味のある正面を見据えている。まるで、隣の脅威など眼中にない様子だった。
「正直言ってよぉ、これ程頼もしいハンターは初めてだぜ」
「船長あんた、『死竜』の専属にならないか? 優遇するぜ?」
「わりーな、ベリウスの旦那。俺達は、自由気ままな空の男でね」
「クッカカ。そりぁ残念だ」
船は雲を抜ける。そこは嘘のような晴天であり、二人のハンター以外の
「シュウエン。お前の情報は本当にオレを楽しませてくれるぜ!! ここにあるんだろ? オレの武器が!!」
『死竜』団長――ベリウス・ストライダーは目の前に存在するモノを見て狂ったように笑みを浮かべた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「こんにちわー」
セルはガルバレンの工房へ足を運んでいた。理由はただ一つ、自分の武器の修繕具合と、ラインロード防衛時に自己研磨が不可能なまでに疲弊した『疾風刀【裏月影】』の修繕の為である。後、代わりの武器も貸してもらうつもりで思い足を運んだのだった。
「あ? なんや。セルぅちゃんやないか~」
「ん」
「どうも、バレンさん。フェニキアさん、こんなところに居たんですか。あーあ、ほらそんなところに座ると服が汚れちゃいますよ」
鉄を打つ音と熱気をものともせず、涼しい顔で隅っこの適当な木箱に座って本を読んでいるフェニキアは、セルに促されて仕方なしに立ち上がる。
「セルぅちゃん。やっぱり、セルぅちゃんはごっついのぅ~」
と、ガルバレンはいつの間にかセルの背にあった太刀――『疾風刀【裏月影】』を手に取り、その刀身を抜き放っていた。
「すみません。借り物だったのに直りますかね?」
「そりぁ、無問題や。この程度の損傷なら、問題なく直せる。ま、他の鍛冶じゃ無理やけどな」
素人が見ても、廃棄するしかないと思えるほどの刃の損傷。だが、ガルバレンは粉々か、折れた刀身が紛失していない限り、元に戻す事の出来る腕前を持ち合わせていた。
だからこそ、ガルバレンは鍛冶屋の連合から追放されたのである。古代武器を、個人で元の造形に
「そう言えば、僕の武器ってどうなってます? ちょっと野暮用で、出来れば使える別の武器でもあればいいんですけど……」
「セル君」
「はい? うわ!?」
と、何かの仮装で作られたであろう、リオレウスの頭を模したマスクを着けたフェニキアにセルは驚く。
「…………疲れた」
フェニキアは頭のレウスマスクが重いのか、ふらふらと近くの木箱に座る。
「あーあ。汚れますって」
座ったフェニキアから、すぽっと、マスクを強奪すると、良く出来てるなぁ~、と実物との相違点の無さに感嘆する。ちなみに、子供でも持ち上げられる程度の軽さであった。
「セル君」
「はい?」
「ポッケ村……行こ」
「また、唐突ですね。でも、今はポッケ村に警戒態勢が布かれてるみたいですよ」
カルスからの情報。そして、ケイミがポッケ村へ向かった事も聞いていた。そして、最優先で記憶から抹消しなければならない“ニャン☆”な出来事も……
「ケイミが先に行ったから」
「あれ? ケイミさんってフェニキアさんの依頼ですか?」
「……そうだよ。セル君も……行くって言ってある」
「
いつの間にか、知らず内に予定が決められている。いつもの事なのだが……せめて、打ち合わせの場には呼んでほしい。
「ん……武器が無い」
「そうなんですよ! 武器が無い! と言うわけで、バレンさん! 僕の武器ってどうなってます!?」
「ヒヒ。相変わらず面白い奴らやのぅ。安心せいや。もう刀身の修復は終わってな。後は鞘に固定するだけや。ちなみに、毎度のことながら相当な値が張るで」
「言い値」
と、ガルバレンは法外な値段を口にする。フェニキアは特に詳しい明細内容を聞かずに、払う、と告げた。
「…………フェニキアさん。結構適当な癖は何とかした方がいいですよ?」
「めんどくさい」
「後、男として女の人に武器の代金全額払ってもらうってどうだと思います?」
「……………………いいんじゃない?」
「情けないのぅ。セルぅちゃんは」
と、工房の隅で、四つん這いで落ち込むセル。その背に座って本を開くフェニキア。変な構図が出来ているそこへ、ガルバレンの弟子が駆けこんできた。
「親方ァ! 外に――うぉ!? セル! 相変わらず、情けねぇな!」
「自己嫌悪中です。出来ればほっといてください……」
「どうした? 珍しく客か?」
ガルバレンだけがまともに対応する中、弟子は思い出した様にハッとする。
「大変だ、親方ァ! 外にラインロードの役員が来てる!」
「いちいち、ビビんなや! そんで、一体なんの用じゃ!」
パタ、とフェニキアは本を閉じると立ち上がる。その様を見て、セルも立ち上がった。
「私だと思う」
「僕もですかね?」
「ん」
お邪魔しました。とセルはフェニキアの分まで挨拶をすると、後で武器を取りに来ると告げて工房を後にした。
そして、外で待っているラインロードの役員と、ギルドナイトのライラルも姿を見せている。
「フェニキア・シャムール殿。その