モンスターハンター~天の鎖~   作:真将

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18.ラウトの女

 雪林の中に一人の少女が居た。

 彼女は袖の広い特殊な白いワンピースに身を包み、ただ茫然と目の前にそびえ立つソレを見上げている。

 「このよは、わたしの、おもちゃばこ?」

 呪文のようにそんな言葉を呟く。腰まで届くほどの長い白髪と赤い瞳は、何を考えているのか分からない。ただ、その瞳には目の前のモノはさほど興味がなさそうだった。

 その時、く~、と空腹を伝える音が小さく聞こえる。ソレで少女は自分が空腹であると知った。

 「ソ、おなかすいた」

 そして彼女は眼前のモノに背を向けて歩き出す。そんなモノよりも、自らの空腹を満たす事が最優先だったのだ。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 「身体に異常は無いわね。着ていいわよ」

 セルは、『灰色の狼』が所有している宿舎の医務室で、検査を受けていた。上半身に黒いインナーを着直し、その上からリオソウルU装備をつけ直す。

 「起きた時、周囲が破壊されてた?」

 「いえ」

 「なら、睡眠時間は思ったほど長くないわね。せいぜい3時間前後ってところよ。それと、心から安心できる場所だったって事もあるわ」

 「…………」

 「夢は見た?」

 コウトは、詳しい事を診察書に残すために夢を見たかどうかを確認する。

 「なんか、洞窟みたいな所で、蝋燭がいっぱい立ってました」

 「洞窟に蝋燭ね。他には?」

 「ボクがいました」

 その情報でコウトは走らせていたペンを止めた。

 「顔は見たの?」

 「いえ……全身鎧を着ていたので、顔までは……」

 「……いい? セル。よく聞きなさい」

 真剣な面持ちで、コウトはセルに告げる。

 「今、貴方の中では二つの意思が主導権を握ろうとしている」

 「主導権?」

 精神疾患で、何の前触れもなく狂暴になったりする患者をコウトは見たことがあるが、セルの症状はそれに準じているのだという。

 「そう。かつて『蒼の龍殺し』と言われた“セル・ラウト”と。フェニキア・シャムールと共に在る“セル・ラウト”。このどちらが、背負う武器を使うのか……深層心理で葛藤が行われているの」

 今、セル・ラウトという人物は、とても不安定な存在だ。故に今彼に必要なのは、自分を見失わない“多くの繋がり”であり、特に決して揺るがない信頼関係である。

 「深層心理では、まだ“憤怒”がくすぶってる。小さくなっていても、きっかけ一つで爆発的に燃え上がると考えてていいわ」

 「正直言って寝りたくないですね」

 「特に気を付けなさい。下手をすれば二度と戻って来れなくなるかもしれないわ」

 

 

 

 

 

 「ったくよ。正直やってられねぇ」

 草食獣(アプトノス)に引かれた荷車に乗った、ケイミは悪態を突きながら荷台に座っていた。

 「団長が行かなくても良かったんじゃないんスか? 団員(オレら)に任せても全然問題ないでしょう?」

 馬車の前に座って手綱を握っているディクサは、雪道を進むアプトノスから目を離さずに荷台に居るケイミに聞こえる様に声を出す。

 「お嬢の依頼だからな」

 「あ、フェニ嬢からですか。て言うか、専属狩人(オーダーハンター)なんてどういう経緯でなってたんスか?」

 ディクサは、一年ほど前から『灰色の狼』に姿を見せ始めた謎の麗人――フェニキアが、団長(ケイミ)専属狩人(オーダーハンター)の契約を交わしていると最近知ったのだ。

 専属狩人(オーダーハンター)とは、依頼を自分で受けて日々の賃金や資材を確保するフリーハンターとは違い、依頼人と専用で契約を結ぶハンターの事である。

 基本的には、契約者からの依頼が最優であり更に、必ず達成する必要があるので、自ずと腕の立つハンターが声をかけられる。

 期間内の間、契約資金として定期的に決めた契約料を払い、更に依頼を受ける際にも伴った報酬と資材を受け取る事が出来るのだ。殆どが半永久的な契約であったり、世代を跨いで契約を続けている者たちもいる。

 しかし、この制度には一定の法律や、規則は無いため、完全に口約束の様な形でもあるのだ。その為、どちらかが契約を踏み倒す事もあり、よほどの事が無ければ他人同士で契約を結ぶことは無いのだ。

 「2年前にドンドルマで飯食ってた時だ。5年契約で専属狩人(オーダーハンター)にならないか? って誘われてな」

 「受けたんですね」

 その時は引き継いだ猟団も、ようやく軌道に乗ってきた頃で正直な話、余計な事に神経を割くのは避けていたのだ。

 「最初は乗り気じゃなかったけどな。ニノの件もあってな。契約する事にしたんだよ」

 「ちょ、ソレなら俺にも声かけてくださいよ!」

 「その手の依頼を優先させてもらってたからな。直ぐに察すると思ってたが、説明(カミングアウト)するまで、お前が気づかないとは思わなかったよ。阿呆」

 別に一人でも問題なかったしな、と荷台に寝そべり、冷える空気を心地よく感じながら雪林の間から覗く青空を見上げる。

 片目の世界を片腕で駆け抜けている。最初はどこかで行き止まるかと思っていたが不安定ながらもここまで来る事が出来ていた。これも、支えてくれている団員たちとの繋がりあってこそだ。

 「…………ったく」

 少しだけ腹が減った。近くの木箱に入った瓶を一つ取ると、キャップを開けて中の飲料を飲み干す。

 「そんなペースで大丈夫なんすか?」

 「アタシが知るかよ。とりあえず、気が抜けない場所だから飲んどくだけだ」

 今、荷者はポッケ村に向かっていた。

 ジジィからの依頼とお嬢の依頼が変な形でブッキングしたため、二種類の依頼を同時に受けられないので、二人でポッケ村を目指しているのだ。

 その際に道中でモンスターが頻繁に出没するという情報も仕入れており、文明圏から離れて半日の道のりでも警戒している。

 「お前も油断すんなよ? 横の林から轟竜(トカゲ)が飛び出して来たって話だ。ビビッて手綱を話すんじゃねぇぞ」

 「はぁ、俺もラインロードに残りたかったなぁ」

 実の所、この件はセルとケイミが赴くハズだった。しかし、セルは武器の調整が近日中に終わるとの事で二日ほど遅れての参入。依頼内容は、二人で来るようにと言われていたので、ディクサが先行して駆けつける事になったのである。

 「うじうじ、すんな。別にセルが来るまで待ってりゃいいんだよ。村を護れれば依頼内容的には半分はクリアーだしな」

 「ていうか、ティガ程の飛竜が追いやられるって、ポッケ村近辺は食物連鎖の入れ替わりが激しそうすっね。それ以上の固体だと……“古龍”が出たとか?」

 討伐するモンスターの情報は“不明”だった。調査中と書かれていた事もあり、専用の対策が取れない為、かなりの危険度となっている。

 「それだったら好都合だ。キリンなら、尚更な」

 ケイミは“古龍”でも気落ちする事は無い。寧ろ、この身体を傷つけた相手と再会できると考え、進んで戦う事を望んでいた。

 「――――ディクサ。止めろ」

 「うっす」

 その時、ケイミは武器だけを手に取り、右側の森に警戒の意識を向ける。静寂を極める雪林であるが、何かが迫っていると“勘”で判断していた。

 「……ディクサ。低速で進ませろ」

 ケイミは荷台の上に立ち上がり、ディクサに指示を出す。すると、次に地鳴りが響いてきた。

 「――――毎回思うんすけど、今度こそ俺死ぬかも……」

 指示通り、アプトノス達を低速で進ませ始める。彼もその視界の端に雪林を走る存在を捉えた。

 雪崩から逃れる様に横に走る二人のハンターを――

 

 

 

 

 

 雪をかき分けるように雪林を走っている二人のハンター。

 「やれやれ。これを機に、少しは自重してくださいよ?」

 「おう! まかせとけぇぇぇぇぇ!!!」

 先頭を走る女ハンターは、後方から続く男ハンターの大声に、諦めたようにため息を吐いた。

 「ファル」

 背に抱えている少女が聞こえる様に呟く。

 「ソ、お腹すいた」

 「先に命を確保します。ポッケ村で好きなだけ食べていいですよ」

 「行くぜ、行くぜぇぇぇぇ! 待ってろよ! ポッケ村ァァァァ!!!」

 そんな雪崩に呑み込まれる直前だというのに我の揺るがない二人とは違い、ファルだけは冷静に状況を把握する。

 背後から迫る雪崩。深い積雪。進行が制限されている雪林。

 荷物は全て雪崩に巻き込まれてしまった。幸い、手持ちの路銀と武器は肌身に持っていた為、文無しと言うわけでは無いが、持ってきた資材は後で雪崩の中から回収しなければならない。だが、今は雪崩から逃れる事が先決だ。

 このまま走り続ければ巻き込まれる範囲から外れるかは微妙な感じだ。予想以上に深い雪に足を取られて本来の速度が出せないのも要因の一つだった。

 「――ファル!!」

 男の言葉に斜め前方に走る荷車に気がつく。こちらの意図を読んでいるのか、出せる速度よりもかなり低速で進んでいた。

 「便乗させてもらいましょう。ラガルト、道を作ってください」

 「よっしゃァァァァァァァァァ!!」

 ファルの背後を走る、ジンオウS装備に身を包んだハンター、ラガルトは背に折り畳んで装備しているガンランスを片手で掴み、ロックを外してガコッと使えるように展開させる。

 試作型砲撃槍『震山』。彼の組織で造られた、ラガルトだけが使いこなせる試作武器。砲撃の性能は『通常型』。内蔵されている弾丸数は15発という、規格を無視した性能を持ち合わせていた。

 「行くぜぇぇぇぇ!!」

 雪林を抜ける最短距離は、林を直線に移動する事だ。ラガルトは速度を上げて先行し『震山』を砲撃。目の前の木を吹き飛ばし、強引に道を作り始めた。

 

 

 

 

 

 「団長! 俺の耳がイカれてなければ、この音って砲撃音ですよね!?」

 「ああ。五発、六発、七発……八発? 九発――」

 砲撃はまだ続く。そしで段々と音は近づいて来るのだ。ケイミは立ち上がると、愛剣(エピタフプレート)を持ち上げ、肩に担ぐ。

 「ディクサ、そのまま進んでろよ」

 「え? ちょっ! 団長――」

 次の砲撃音と同時に、進行方向の側面から木が倒れて来た。その倒れてくる木に乗っている二人のハンターと、女の方の背に乗る少女の姿を見た。そして、

 「――――」

 ケイミは倒れてくる木に対して大剣を振った。半分に分かれて砕け散り、荷車の進行ルートを確保すると同時に、

 「乱暴ですね」

 「ドンピシャだぜぇぇぇ!!」

 荷台に砕けた木から跳び移った二人のハンターが着地。それを確認したケイミは、

 「ディクサ! とばせ!!」

 「了解!」

 荷が増えたにもかかわらず、荷車は速度を上げ雪崩に巻き込まれる範囲から余裕を持って脱した。荷車を引いている草食獣(アプトノス)は『灰色の狼』が育てた力強いモノを選んでいる。本来は10人乗りを想定している為、この程度では軽い方だ。

 「生意気なガキと、うるせぇ奴だな。便乗するなら名前くらい言え」

 ケイミは一段落危機が去ったと判断しつつも、油断せずに乗り込んできた三人に視線を向ける。

 「俺は、ラガルト・オーヴァンだぜぇぇぇぇ!!」

 ジンオウS装備の男は、『震山』の薬莢を捨てながら高らかに叫ぶ。ケイミは、コイツの声で雪崩が起きたんじゃないかと、怪訝な顔をした。

 「ソ」

 次に言葉を発したのはファルから降ろされた少女だった。この寒い環境下で、ワンピースという軽装姿で裸足である。

 「は?」

 そんな疑問を吹き飛ばす名前にケイミはそんな声を出す。

 「ソ、おなかすいた」

 「……コレでも飲んでろ」

 ケイミは、木箱に入ったドリンクを少女に渡す。すると無表情が崩れ、満面の笑みを浮かべながら瓶を両手で持ち、嬉しそうに飲み始める。

 「それで、お前は?」

 最後にこの辺りでは見ない、ゴア装備に身を包んだ女に尋ねる。

 「ファル・ラウトです。お嬢さん」

 「アタシは36だ! クソガキ!」

 「え? 団長、そこっすか!?」

 得体の知れないハンターであるセルと同じミドルネーム“ラウト”を持つ女に、ケイミは疑問よりも本能の怒りが優った。


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