「……眠っちゃいましたか」
暗い、洞窟のような空間。だが、ほんのりと淡く光る弱々しい光の群があった。
視界には、おびただしい量の蝋燭。ソレに灯る、蒼い炎。
いつも……意識が途絶えるとここに辿り着く。嫌いなのだ。この空間が“自分のモノ”であると自覚していても、強い嫌悪を感じる。
“アァ……目を逸らス? 忘れられるハズは無い……ダロウ?”
目の前に鏡合わせの様に、リオソウルの鎧を着た“モノ”が現れた。鎧の奥は暗い闇に覆われているが、ソレが何なのか知っている。
「同じじゃない。君は死んだ」
“本当に?”
「と、思う」
“ボクタチは……同じ眼をしていた。だから、殺す事に抵抗は無かったヨネ?”
「うん。今でも、変わらないよ」
ソレが消えたとは思っていない。ただ限りなく小さくなったとは自覚している。
“弱くなった。まるで弱者だ……そんな事では、死んじゃうヨ?”
洞窟に、所狭しと立てられた蝋燭。その大半は蒼い炎が灯っているが、一部、消えている一角が存在する。
“『枷』は必要ない。ボクタチは、未来永劫……殺すだけ。それ以外は、必要なかったじゃないカ”
「今はまだ、答えは出ないよ。ボク達は無駄な口論をしている」
“なら、殺せ。竜を殺せ。奴らを殺せ。母さんを、父さんを殺した、この世界を殺し尽くセ!!”
リオソウルの鎧の目元から、紅い液体が涙の様に流れ出ていた。
ソレが体現するのは悲しみではない。ソレを
「!!!?」
セルは弾ける様に眼を覚ました。ラインロードの東門から、城壁に沿って少し離れた森の拓けた場所である。彼は、ここにテントを張って居を構えていた。
「……ッ。最悪だ――」
額を抑えながら酷い頭痛に耐える。
眠ってしまっていた。あれほど気を付けていたのに……少しだけ、あの感覚が蘇ったような違和感を覚えた。目の前には、火が消えた焚火の跡。赤く、温かい光を放っていたソレは、今は細い煙が、炭の間から早朝の空に立ち上がっている。
「……3時間くらいですか。コウト先生の所に行かないと」
極力気をつけていたのだが、一人である事と住み慣れた環境に帰ってきた事で気が抜けてしまったのだ。本来は良くても1時間だけ。3時間はあの時を思い出すだろう。ままならないものである。
と、くー、と小さく腹の虫が鳴った。
「……手み上げにアプトノスでも狩りに行きますか」
ラインロードは復興の最中で、まだまだ物資は足りない。食料もその内の一つだった。
ラインロード内部に設けられた仮設テントで運営されている食堂には、多くのハンターや復興の作業員で溢れかえっていた。
その中で、ケイミ・カーストは、憤慨している。
「いらっしゃいませー」
確かに、自分たちが悪い。上手く着地出来なかったとはいえ、結果としては建物を倒壊させてしまったのだから――
「六番テーブル、料理仕上がったぞ!」
無論、『灰色の狼』の長である以上、団の責任は一貫して引き受ける事に問題は無い。無いのだが――
「ケイミちゃん! 八番テーブルのお皿片付けて!」
「…………」
「返事は?」
「はい」
「はい?」
「はいです…………にゃん」
メイド服と猫耳をつけさせられて、ギルドの食堂で走り回るのは、彼女にとって地獄以外の何事でもなかった。
『灰色の狼』が不時着し、崩壊させたのはラインロードでも大規模な食堂だった。公共の施設で、ハンターや一般客が幅広く利用していた事から、都市内での重要性も自ずと高い物として扱われている。
二週間前の『レウス襲撃事件』で、建物は完全に吹き飛んでしまい、現在は立て直しが行われていた。だが、食堂の役割を放棄するわけにはいかず、崩壊の原因を作った『灰色の狼』は手伝う事になったのだ。
その条件が、女性団員はホールでの注文や片付けをこなし、男性団員は建物の修繕を行うと言うもので、各自役割をこなしている。ただ一人を除いて。
「だぁぁぁ!! なんでアタシが、こんな事を!!」
と、広場で大きなテントを張って営業している食堂で、本日二度目の癇癪の炸裂に、客たちが何事かと、メイド服に猫耳をつけた16歳の片腕片目の少女に視線を向ける。
「ケイミちゃん。落ち着いて」
ギルドマネージャーが、窘めに声をかける。と、その様子を見ていた事情を知らないドンドルマからの応援ハンターは――
「おい、ここはお嬢ちゃんが来るところじゃないぜ?」
「言ってやるなよ。家が壊れて、少しでもお金を稼ぎたいんだろ?」
「そうそう。チップをはずんでやろうぜ」
その声に、反応したケイミは事情を知る者なら背筋が凍る程の素敵な笑みを浮かべて、歩み寄った。
「お客様、当店は武器の持ち込みは厳禁です、にゃん☆」
ちなみに、この語尾に、にゃん、をつけるのも要望であった。ちなみに、彼女が自分から進んで使った事は
「武器厳禁って、ここは外だぜ? お嬢ちゃん」
「あぁ……何てことだ。君、その片腕と片目は一週間前のレウスにやられたのかい?」
「マジかよ。ほら、このお金でお父さんとお母さんに何か買ってあげな」
そんな、ハンター三人組みの対応に、にこにこ、とケイミは素敵な笑顔を崩さずにいた。女性団員は、仕事もそっちのけに、ハラハラして成り行きを見ている。そして、
「今の、おすすめは、アプトノスの生肉の丸かじり、ですにゃん☆」
「おいおい、子供には持って来れないだろ?」
「そんなメニューあったっけ?」
「裏メニューなんだろ。それよりも、このお金は取っておきなさい。お父さんとお母さんにちゃんと親孝行するんだぞ」
事情を知る他の作業員や、ハンター達は、その四人と距離を取っていた。事情を知らないとは言え、明らかに子供扱いされていても笑顔を崩さないケイミが怖すぎるのである。
「店長ー、アプトノスの生肉、三つお願いしまーす、にゃん☆」
「お、おう……」
キラッとした声と素敵な笑顔で放たれる注文は、まるで死刑宣告のような殺気を含んでいる。当然、三人のハンター達はソレに気がつかない。
「おい、勝手に注文するなよ! ていうか、メニューにねぇぞ、ガキ!」
「ああ。限度があるぞ、お嬢ちゃん!」
「まぁ、そう言うなよ。この子の売り上げに貢献してやろうぜ? それが大人ってもんだ」
「はーい。では特別に、あたし、ケイミ・カーストが、あーん、してあげますにゃん☆」
と、それでようやく気がついた。ハンター三人は、ケイミ・カースト、という言葉を聞いた瞬間硬直する。
「は? え? ケイミ? ケイミ・カースト? あの、『灰色の狼』の?」
「はい☆」
「え? 『灰色の狼』の団長って、ギルバートっていう老ハンターじゃ――」
「二代目です、にゃん☆」
「噂じゃ、大剣を片手で棒切れみたいに振り回して、レウスを押し返したって――」
「噂は、噂です。にゃん☆」
そして、ケイミは、そっとテーブルに手を置き、座っているハンター三人を見下ろす様に視線を向ける。
「ちゃんと、全部喰えよ? 見張ってるからな……クソガキども」
小柄な身体に内包された殺気は、モンスターでさえ怯むほどのモノであった。
ハンター三人組みの内、一人は全身から汗が吹き出し、一人は本気で殺されると思ったのか失禁し、一人は泡を吹いて気を失っていた。
「ケッ、ザコ共が」
と、ケイミは、そんなハンター三人を見て多少すっきりしたのか、それ以上は他に当たる事はなかった。
「失礼。注文をいいか?」
「いらっしゃいませー☆ ご注文は、なんでしょうかにゃん☆」
己の中で何か納得できたのか、ケイミは次の来訪者に営業スマイルを向けた。そして、硬直した。
そこに訪れたのは、カルス・ハルバートだった。
ケイミ「にゃん☆」
各自の反応↓
ギルバート……微笑ましく眺める。
ガイ……幽霊を見たように恐怖の形相で硬直する。
ディクサ……必死に物陰で笑いを堪える。←ケイミが殺意を持って大剣を振り上げて追う。ディクサは全力で逃亡。
フェニキア……可愛い。と言いながら絵に残そうとする。