14.瞳の中の世界
わたしは、何も知らなかった。
このハンターという存在が……いかに薄氷の上に立つ危うき者達であるかと言う事を――
目の前で、“彼”が戦っている。この戦いに、わたしは来るべきじゃなかった。
わたしの所為で彼は死んでしまう。
でも、身体が動かないのだ。
今まで出会った事の無い、モンスターと狩人の両方に恐れを抱いたから……
とても怖くて……武器を持ったまま縮こまってしまった――
こんなの……わたしの知っている……お父さんの後を追った……世界じゃない――
「お父さん……アカ姉……わたし……どうすればいいの?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
雪山で不思議な光を見た。
吹雪の酷い夜に、チカチカと不規則に点滅するような“光”が山頂付近で確認され、上記のような発言をする者が村でも多く確認された。
「アカネ、ノハナ。先日、この件の調査を依頼した調査員とハンターが、丸一日帰って来ん。そこで、お主たちに遭難者の救助と余力があれば、“光”の正体を調べてきてほしい」
ポッケ村の村長である、竜人族の老婆は杖をついた小柄な老人である。温厚で、村の者は“オババ様”と呼んで母ないし、祖母の様に慕っていた。
その村長の前に立つのは、二人の若い女ハンターである。
一人は、何度も修羅場をくぐった熟練ハンターの風格を纏っている。状況から、猶予は殆ど無いと判断し、一度雪山に視線を向ける。レウスX装備を身に纏い、後ろ腰には片手剣――ゴールドマロウが収まっている。
「はい、オババ様」
と、凛とした雰囲気を持つ返事をするのは、アカネ・クジョウ。現、ポッケ村の専属ハンターである。ドンドルマでG級ライセンスを獲得したばかりであるが、その実力は確かだと村長も判断していた。
「はい~」
もう一人は事態の重要性をいまいち把握していない少女だった。一度眠ったら中々起きない彼女は、常に眠たそうに意識が混濁している。今も、崩れる事の無いマイペースぶりを発揮し、これから雪山に救助活動に向かうと言うのに、殆ど緊張感を持っていなかった。
「ノハナ! 少しは緊張感を持て!」
ビクッと、幼馴染の声色に精神を刺激され一気に眠気が吹き飛ぶ。
「は、はい!!」
ごめんなさい~。と、頭を抱えて謝る彼女は最近、上位ライセンスを村で認定されていた。ウルクS装備にライトボウガン――ヴァルキリーブレイズを背負っている。
「ほっほっほ。ノハナは相変わらずじゃのぅ。事態は一刻を争うかもしれん。二人とも、頼んだよ」
「まったく、お前は緊張感が無さすぎる」
アカネは、夜の雪山のエリア1を歩きながら後ろに続く、ノハナに告げた。
「上位認定試験の時もそうだったが、エンジンがかかるのが遅すぎる。いつも、何かある時は前もって準備しておけと言っているだろ」
「…………」
「聞いているのか? ノハナ!!」
「は、はい! 聞いてますよ~。アカ姉は、怒りっぽいですねぇ~」
何を言っても、自分のペースを崩そうとしないノハナは、幼馴染のアカネでも諦める程に神経が図太いのである。ちなみに彼女は今、湖を眺めていた。
だが、ハンターである事には間違い無く、一度モンスターと相対した時は今とは考えられない立ち回りを発揮するのだ。
「今回の件はちゃんと理解してるか?」
「は~い。確か、雪山の不自然な“光”を調査するんですよね~。わたし、ワクワクしま――」
「ちがーう!! 調査に先行したハンターの安否の確認が最重要事項だ!! そっちの調査は、つ・い・で! だ! 本当にわかってるのか!?」
ノハナの両こめかみをアカネは拳で万力の様に締め付ける。
「割れる!? 頭割れちゃう!」
「まったく……しっかりしろ。もう、アンタは上位ハンターなんだぞ? 昔みたいに、気軽に助けてもらうような、ライセンスじゃない」
上位ハンターとは、星の数ほどいるハンターの中でも、一段階、線を引いた者達である。下位ハンターは15歳以上で、ある程度の依頼をこなせば、どの地域でも簡単に発行してもらえるが、上位ハンターは違う。
ドンドルマではもちろん、各村でも揺るがない実績(主に村の長の推薦)と、ギルドナイトの立ち会いの狩猟において認定される、そのライセンスは一朝一夕で手に入れられる代物では無い。
ただ、淡々と狩猟を熟すだけでは得られない“才覚”があると見せつけることで、更なる高みを目指す事を許されるのだ。
「いいか? 力を持つと言う事は、“自分”にも“他”にも責任が付きまとう。特に、世界で最も多いとされるハンターなら尚更よ。アンタは一番解ってるだろ?」
「…………うん。解ってる」
ようやく、
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
不届き!
光の半分は、想像もつかぬ灯より奪われた。
控えよ。我らが主の居城であるぞ!
この時だからこそ!
我、不退転と成りて、大いなる祭壇を守る為、“白銀を喰らうモノ”なり!
そして、そこへ踏み入れる……お前達も同罪よ!
小さき灯を宿す――『シャサール』共よ――
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
雪山内部であるエリア3、4、5の氷窟内を捜索したアカネとノハナは、次に吹雪の強い山頂を目指して氷窟から出る所だった。
「アカ姉。ちょっと、不味くないですか?」
流石に、ノハナも事の重要性に気づいていた。
居るハズの調査員とハンターの二人と、未だに出会わない。それどころか、その痕跡さえも見当たらないのだ。もしも生きて退却したのなら、何らかの痕跡があってしかるのだが、二人で気をつけながら登っても、何かを発見する事は皆無だった。
「……ああ。危険だな」
アカネは敢えて言わなかった。ここから先は頂上付近……例の謎の発光現象の元凶が居るかもしれない。人命救助、もしくは安否の確認を最優先し、なるべく敵との交戦は避けなくては。
「――よし、行くぞ」
アカネは念のため、ホットドリンクを飲み足すと氷窟から出た。
まるで、今までの道中が嘘の様に、視界は荒れ狂っている。視界は大粒の雪によって十メートル先も見えない。そして、二の腕で視界を覆わなくては進めそうにもなかった。
「ノハナ、居るな!?」
「はい! 後ろに着いてます!」
「先に頂上を目指す。前もって確認した場所を重点的に捜すぞ!」
「は~い」
と、アカネの背を見失わない様に前に進み出した時だった。
「――――」
何か、巨大な“
「ノハナ、何をしている! 行くぞ!!」
足が止まっているノハナをアカネは叱咤すると、慌てて彼女は歩を進ませた。どちらにせよ、姿を捉えた訳ではない。
この吹雪だ。風に何かが煽られて、動いたように見えたのだとノハナは判断した。だが、ソレとの接触の回避は奇跡に近い事柄であると後に知る事になる。
ノハナは、マロマロン大帝さんの提供キャラです。
序章の登場人物紹介に、アヴァロンの戦士さんの提供キャラ、アリアナを追加しました。