「それが、悪いと言っているわけでは無い」
4年前。ギルドの命令でセルを監視していたカルスは、彼が他の大陸に行くと言う事で、最後に顔を合わせていた。
「…………」
出港する船を港で待つセルは、全身装備で近くの木箱の上に無言で腰を下ろして船の出発を待っている。
「確かに、お前の言う通り……普通の常識も、上品な嗜みも、“モンスターを討つ”上では必要のないものだ」
「……だったらなんですか? ギルドナイトの伝説は、諭す事も給料に入っているんですか?」
セルにとって、他人の言葉は鬱陶しいと感じる程に“苛立ちを誘う雑音”であった。
普段は無視するのだが、カルスには少なからず学んだ事もあったため、仕方なく、と言った体で会話をしている。
「モンスターを見ると殺したくなる。竜を見ると、もっと殺したくなる」
ただ彼は当たり前の様に、その様な言葉を呟く。まるで、彼の思考――人生そのものを確固たる意志で決めているような言葉だった。
だが……傍から見れば間違いなく、まともな
「血が沸騰する様に熱くなるんです。今、この瞬間も……のうのうと捕獲されて、運ばれる
彼は自らの愛刀をすぐ手の届く位置に立てかけていた。
一年前……捕獲され、運ばれている“竜”を街中で斬り殺す事件をセルは起こしている。当然、護衛のギルドナイトに取り押さえられる事態となり、その光景は街に住む人々に生々しく刻まれた。
ハンターとしてのモラルとして、セルは数日間投獄となったが、“古龍”が出現したため釈放さらざる得ない事態となり、その時から、カルスによる監視がつけられていたのだ。
「“
憑つかれているのは、“力”への渇望ではない。15年以上経った今でも、消えるどころか勢いを増した“憤怒の劫火”が、彼の行動原理そのものだった。
「お前は、本当に“
「僕の命を……父と母と共に取らなかった事を奴らに悪夢として刻み付ける……ただ殺すだけ」
何を言っても、変える事の出来ない彼の意志に、もはや届く事は無いと誰もが悟っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「彼は愛した。だから、空も彼を愛した」
スカーレウスの躯の前に、フェニキアは居た。逆鱗を貫かれ、首を深く斬り裂かれたスカーレウスは天幕で隠されている。
レウスの襲撃が終わってから数時間後、既に日は落ち、夜に包まれつつも安全となったラインロードには自らの家へ帰る者達も多い。
中には、帰る家を壊された者もいるが、そちらはギルドの用意した仮設テントにて今晩は過ごす事になるだろう。
「けっ。所詮はトカゲだ。ギャア、ギャア、雑音をまき散らす、害獣だよ」
フェニキアに同行しているケイミは、市街地の作業をギルドナイトと猟団員に任せて、彼女と共にこの事件の主謀者の元へ訪れていた。
「カースト。貴女が背負うと決めた。彼も同じ」
「…………ちっ。解ったよ。コイツは強かった。殺されかけたのは間違いない」
ケイミは、素直ではないとフェニキアに指摘されて渋々、手に余る相手だったと認める。
「素直じゃないですね」
「うるさい」
フェニキアのもう一人の付き人――セルは頭一つ分背の低い彼女を見下ろしながら微笑むと、スカーレウスに視線を移す。
「……後頭部に傷。やっぱり、“狂種”ですね。力の線引きが解る程度の理性を得たタイプでしょうか?」
「……予測。これは人為的につけられた傷」
「え? あ、本当だ」
スカーレウスの後頭部につけられている傷は、モンスター同士で戦い合って出来た傷では無く、鋭利な武器によってつけられたモノだ。
「じゃあ、コイツは……人為的に作り出された“狂種”ってことか?」
ケイミは、訝しそうに眉を歪ませると、右腕を腰に当てる。
「確率はとても低い。偶然かもしれない」
セルとケイミは、故意に“狂種”を創り出す事は考えにくいと結論を出す。よって、コレは全くの偶然だろう。
どこかのハンターが、討伐の依頼を受けて、しくじって逃がした。
二人としてはソレが辿り着いた結論だ。しかし、フェニキアは違う事を思いついている。
「…………セル君。疲れた」
不意に、立っている事が面倒になったのか、フェニキアはよろける様に後ろへ倒れる。
「はいはい。それじゃ、もう帰って寝ましょう。ケイミさん、フェニキアさんの部屋に案内してくれます?」
倒れて来た彼女の肩を支えながら、慣れた動作で抱えると、ケイミに尋ねた。
「……まったく。お嬢の、めんどくさがる癖は何とかしてほしいものだな」
「ハハ。同感です」
「二人とも、意地が悪い」
既にかなり遅い時間だった。ハンターであるセルとケイミはこの程度で疲れる様な軟な体力ではないが、フェニキアは一般人。色々と災害に巻き込まれたストレスも考えると、無理に起き続けるのは得策ではない。
他の人たちも、最低限の確認だけ済ませて明日から本格的にラインロードの立て直しを行う事になるだろう。
「たぶん、家は無事だ」
「それは良かった」
彼女を抱えるセルは、ケイミに案内されて、『灰色の狼』が貸し切っている住居へ向う。
その彼の腕の中で、フェニキアは考えていた。
スカーレウス。ソレを創った者は、きっと人では想像もつかない“存在”を探している。この事件は、ソレの断片を調べる為の“蠱毒”だったのだと――
「…………」
夜空は、いつもの様に星が光っていた。そして、私を抱える彼も……暗闇を照らすような命を持っている。
その光を消したくなかった。だから……せめて、私に残された時間は彼と共に、この世界を見てみたいと思った。
「だから……」
セルの顔を見ながら、フェニキアはゆっくりと眼を閉じ、自分にだけ聞こえる様にそう呟く。
明日も、彼の笑顔を見れると願って――
緊急依頼『火竜の群より都市防衛』。
依頼主――ハンターズギルド。
内容――細かい説明をしている間は無い。これより飛来するリオレウスの群より、ラインロードを守れ!
推定火竜数53体。
結果……防衛成功。
詳細戦果――14体討伐(内5体は捕獲)。残り39体は逃走。
都市外討伐――2体討伐。
軽傷者……25人(内ハンター20人、市民5人)
重症者……6人(全てハンター)
死者……0
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「それで、今年の一位は?」
「結果のみを言いますと、団長です」
「クッカカ。わりーなお前ら。今年もオレの部下でよろしく!」
「て言うか、何体ぶっ殺したのよ?」
「おう。ファル!」
「はい」
「何体だっけ?」
「845体です」
「まぁ、武器が
「化け物め」
「また来年。クッカカ!」
「それじゃ、副団長は固定ですね」
「そう言えば、『
「ああ。自分が団長をやる上で、最も信頼のおける人材を傍に置く意味でな」
「正直言って、ファルが副団長だと思ってたけど、違うんでしょ?」
「おう。とは言っても、お前らは会った事が無いから面識はない」
「私はありますが」
「まぁ、ファルはな」
「なになに、誰なのよ? お姉さんに教えてちょうだい、ファルちん」
「私の兄です」
「それって、答えになってない!」
「クッカカ。その内、間違いなく戻ってくるぜ?」
「それは有りえません」
「クッカカ――え? ファルちん何で?」
「次に隊長がファルちんと言ったら、鼻と耳を殺ぎ落とします」
「おぉ、コワイコワイ。で、何で?」
「死体を確認したからです。とりあえずは」
「あらら。死んでるじゃん」
「クッカカ。特に気にしちゃいねぇよ。事実は詳説より奇なりって言うだろ?」
「言いません。事実は事実です」
「事実は事実だよねぇ」
「あらら。じゃあ、近い内に会わないといけねーな」
「誰にですか?」
「“ラウト”の意志に、だ」