スカーレウスは、数か月前に一人のハンターと対峙した。
それまでは、
その後は意識を失い、死んだように横たわる。更に傷を治す為の代謝で発生した熱によって、死の淵を彷徨った。
そして、次に意識を取り戻すと、傷は癒え、世界が違って見えていた。
今までの視界に入るモノの線引きは、獲物か、そうでないか、だけを視界は捉えていたのだ。しかし今の世界は、いつも身を預けていた空さえも、何とも言えない感情を宿す様に映っていた。
世界。と言うものの中で、自分がどの位置に居るのかを知った。
狩りを行う。年老いたレウスや、怪我で狩りの出来ない同胞を助けて回っていた。
そして、気が付いた。
私は本能では無く、理性で行動している。理由は解らない。だが、ソレは世界の“色”を知る、この上ない幸運であると同時に、知らなければ自然と共に果てる事が出来たであろう、地獄を見る事ともなった。
いつの間にか、私は狩人という……我々にとっての“対”の存在を見ていた。
多くの知識を入れて行く過程で、かつて……この世界を創った我々の『祖』が居ると知った。そして、世界を知った私は、目指すべきなのかもしれない。
同胞たちをまとめて、届く事が無かった……『祖』へ。翼を――貴方の血は立派に空を舞う事が出来ていると……見せよう――
我々の“空”なのだから。我々が翼なのだから――
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
レウスの群が旋回を始めた。後、数秒もしない内に、再び死の炎が、東門近辺に落されるだろう。
敵は空。こちらの攻撃はほとんど効果が無く、質量でぶつかる事も不可能。加えて、その攻撃を何度も防ぐことは出来ない。
東門のハンター達は、勝ち目はないと、意識も途絶え途絶えに死を悟っていた。だが、そんな中、彼らを護るように盾や大剣を構えて攻撃に備える“狩人”達が前に立つ。
猟団『灰色の狼』。その面々である。彼らの顔には不安の様子は何も無かった。
そして……その団長――ケイミ・カーストは、他数名を連れて、他の者達よりも前に出ている。何をするつもりなのか、まともに身を護る事もせず指示を出していた。
「ディクサ! そこだ! 動くなよ!!」
ケイミは、こちらを向いて中腰で手を身体の前で組む様にディクサに指示を出していた。
「本気でいけると思ってます!?」
「あ? そんなの知るかよ。死んだらアタシを恨め」
「大丈夫だ、ディクサ君。君への火球は私が防ぐ」
そのディクサの傍には、ギルフォードが庇うように盾を構えて、レウスからの攻撃に備えている。
「団長。タイミングはどうします?」
大剣――エピタフプレートを引きずる様に持ったガイがタイミングを尋ねた。
「アタシが跳んだら投げろ」
「来ますよ。目測で、接触は約10秒」
ギルフォードが告げ、ガイは自分の大剣を即座にガードに移れるように傍に突き立てる。
「いいか? 失敗する事はありえねぇ。絶対にアタシが奴を叩き切る」
自信満々で言い切るケイミに、ディクサもようやく腹をくくった。
レウスはこちらに向きを合わせると滑空してくる。後5秒と経たずに先ほどと同じ攻撃が、東門に見舞われるのだ。
「行くぞ!!」
ケイミが叫び、ディクサに向かって走る。その場の各々は、己の役割を全うする為に全身全霊の力を込めた。
再び、東門に爆撃が行われた。
最初の一発をスカーレウスが放ち、それに連動するように次々に後方のレウス達が火球を吐き出した。
爆発の炎と煙が発生し、スカーレウスが上昇しようと東門に対して斜め上に向きを変えた時だった。
「よう。トカゲ野郎――」
眼前に、小柄なケイミの姿があった。
なぜ? どうやって? 低空とは言え、人の跳躍では到底届かない高さだ。しかし、スカーレウスは、その理由を考えるよりも、ケイミが武器を何も持っていない事を冷静に見る。
このまま激突するだけで吹き飛ばせる。この速度は、翼をもたないお前達には止められない――
「――――」
すると、ケイミが空中で何かを掴んだ。火球の爆撃で発生した、下の煙の中から、まるで彼女に差し出されるように浮き上がってきたのは、
ニッと、ケイミは笑う。それは、スカーレウスを見下すような下品な表情ではない。ただ、自分の部下が、完璧と言わんばかりに己の役割を全うしたことに嬉しさが込み上げたのだ。
「自慢のガキ共だ。じゃあな――」
空中で踏ん張りが利かなくとも、速度の出ているレウスには腕の力だけで全力で振り下ろせば問題ない。
回避も迎撃も出来ない、接触しそうなほどの距離でケイミの一撃が振り下ろされた。
「!! ちっ! 連戦の消耗か!!」
刃をスカーレウスに通した。奴はバランスを崩し、東門に一度激突していたが、一度跳ねても、不安定ながらも翼を羽ばたかせ滞空していた。
後続のレウス達が火球を、東門へ落す。最初と同じ量の砲撃によって二度目の爆音と灼熱が襲う。
ディクサはギルフォードの盾の陰に、ガイは大剣を盾にして防いでいた。他の面々もなるべく被害を抑えるように火球の雨が止むまで耐え忍ぶ。
ただ、ケイミだけは宙でまともに受ける形となり、大剣でガードしつつも空中で何度も火球に押され、東門に激突した。
「がはっ!」
思わず苦悶を吐き出す。そこへ追撃するように残りレウス達の火球が降り注いだ。
「団長!!」
ディクサは東門に叩きつけられ、火球に呑まれるケイミを見て叫ぶ。
彼は、走ってくるケイミを組んだ掌の上に乗せ、大きく跳ね上げたのだ。ケイミの脚力も手伝い、かなり高い位置まで飛び上がったところまで確認している。
その高さを目測で計ったガイは
「く……団長はやったのか?」
空中で上手く受け取ったのか解らない。ガイは大剣を盾に、降り注ぐ衝撃に耐えながら、ケイミが濃縮エキスを飲んでいたことを思い出す。
二本の内の一本を飲んでいた。長期の狩りには必要不可欠とは言え、短期間で一本開けるなど、今まで以上に“消耗”が大きくなっている証拠だ。
一撃貰った。
スカーレウスは、左翼の付け根をケイミに狙われ、大剣の刃は僅かに入り込んだところで浅く斬り裂いた程度で弾け飛んでいた。
刃が通らなかった原因は武器の消耗。連戦による
まさか……油断していた。我々の目線に追いつく狩人が居るとは――
ただ、スカーレウスは己の失敗を嘆くのではなく、
その瞬間、左翼の翼幕を撃ち抜かれた。
「!?」
片翼だけ風を受ける幕を著しく損傷し、上手くバランスを保てない。
「飛行中ならともかく、その高さで滞空するのは、ただの的ですよぉ~。ぶち殺しちゃいますぅ☆」
東門の端。ずっと標準を合わせていたロイはヘビィボウガンのトリガーを一度、引いて薬莢を排出する。
匂い、気配。全てにおいて、この戦場で隠遁していたロイの姿をスカーレウスは初めて視認した。
「ハァ……なんて素晴らしいんでしょうかぁ。どんどん、殺せちゃうなんて……アッハハハ」
上手く、バランスが取れない状態からでも、スカーレウスは、視認したロイへ火球を放つ。彼女は武器を城壁に固定している。武器を捨てねば逃げられない――
ドドンッ。と短い発射音が鳴ると同時に、ヘビィボウガンから発射された、氷結弾が火球を正面から消失させた。そして――
「!?」
その際に発生した銀幕の向こう側から、スカーレウスを狙って、貫通弾が飛来していた。
狙いは頭部。ギリギリのところで翼の向きを変えて躱す。しかし、代わりに軌道上に入った左翼の第二関節を撃ち抜かれ、大きくバランスを崩した。
羽ばたきながら何とか高度を維持するも、落下は避けられなかった。墜落を避ける為に何とか滑空して街の方へ落ちて行く。
「あらあら、残念でしたねぇ。ぶち殺しませんでしたよぉ~☆」
それら全ては、スカーレウスの後続のレウス達の爆撃によって、大きく揺れる東門で行われた攻防だった。
スカーレウスは、翼を引きずりながらもなんとか着地していた。
もう、二度と空は飛べそうにない。関節部を的確に撃ち抜かれたのだ。あの東門の衝撃による揺れの中で、正確に私の頭部を狙ってきたハンター。途轍もない射撃センスだった。ここまで追い込まれるとは……
いや、それだけではない。たかが、小さき体躯のモノと思っていた、その驕りが現状の結果なのだろう。
侮れない……態勢を立て直し、今度こそ――
「おいおい。本命が空から降って来たぞ?」
そこへ、なんとか立ち上がったスカーレウスを捉え者達が居た。
ベリウス達は、ラインロードを離脱する為にロイと合流するつもりで移動していた。そこへ、スカーレウスが建物に激突しながら落ちてきたのである。
「隊長。私が
ふわりと、ファルのローブが舞う。彼女は通常の太刀の半分ほどの長さしかない太刀を腰に携えていた。
「ファル。意欲精神は良い事だけどよぉ。
「では?」
「オレがやる。団長命令だ」
その言葉に、武器を構え始めたジーンは元の鞘に収めて腕を組んだ。
ベリウスは、双剣――轟爪【虎血】を抜刀すると、地面を踏み砕くほどに加速してスカーレウスへ接近する。
咆哮が天高く響き渡った。必死の抵抗と言った様子だが、その方向はベリウスでは無く、空高くに向けられていた。
対するベリウスは動作無しに『鬼神化』に移行している。
「祈れよ。お前らに『神』は居るだろう?」
スカーレウスは咆哮で開いた顎で、ベリウスを噛み砕くべく、射程に入ると同時にバクッと音を立てて閉じる。しかし、身を沈めて躱された為、空を切った。
次の瞬間、顎の下から鱗の無い逆鱗を貫かれた。ベリウスは流れるように、そのまま半回転し、もう片腕に持っている剣で鱗と鱗の隙間に入り込み、首を深く斬り裂く。
ドバッ、と致死量の血が流れ、スカーレウスは横たわると、流れ出る血液に比例し、ゆっくりと眼を閉じて絶命した。
「お前の事は、最初から“好き”だったぜ。狂種――リオレウス」
出来る限り刃の損傷を抑えたにもかかわらず、破棄寸前となっている双剣とスカーレウスを見ながら、ベリウスは“歓喜”の笑みを浮かべた。