モンスターハンター~天の鎖~   作:真将

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10.意志を持つ灼熱

 咆哮が、ラインロード全体に響いた。

 東門――ケイミ達が対峙していた5体のG級リオレウスは、1体は仕留められ、残りは一斉に翼を広げ、巨躯を浮かび上がらせる。

 南門――2体のG級リオレウスはセルによって捕獲と絶命され、ラインロードへの移動中のライラルの率いるギルドナイトの部隊と交戦していたレウス達は、不意に飛行する方向を変えて、街へ戻る。

 市街地――8体のレウス達は 、ベリウスに1体、ジーンに2体が討伐され、『灰色の狼』によって4体が捕獲。そして、セルを追っていた最後のレウスは咆哮を聞いて追走を止めて飛び上がっていた。

 その声は彼らの頭からの聲。同族だけに伝わる、次なる指示であった。

 “敵を殲滅する”

 と――

 

 

 

 

 「ライラル隊長! リオレウスが――」

 南門へ続く街道で、数体のリオレウス達と対峙していたライラルの率いるギルドナイトは、ラインロードへ戻っていく様子を見て、武器の使用を止めていた。

 「……我々もラインロードへ行くぞ! 現地の部隊(ギルドナイト)と合流する!」

 

 

 

 

 「あらら。これは、間に合わないかもね」

 市民に混ざって坑道に避難していた赤髪の女――ラシーラは、この事態を読んでいた。その為、援軍として二人を呼んだのだが……結局間に合わなかったようだ。

 「クロードさん、ごめんねぇ。手は尽くしたからさ。私は♪」

 だが、彼らは知らない。ここに居たのが、“私”だけではなく、“私達”だと言う事を――

 「後はまっかせるわ。フェニー」

 後は行く末を見守るだけだ。ラインロードが滅ぶかどうかは、彼女(フェニキア)にかかっているだろう。

 その為の、専属狩人(オーダーハンター)なのだから。

 

 

 

 

 「やった! 俺達は助かった!!」

 東門では、全てのハンターが生き残った事に歓喜していた。

 上空からのリオレウスの咆哮。それが合図にでもなったのか、次々にレウス達は飛翔していくと、空に還ったのである。

 「これで、一件落着ですかね?」

 その場に駆けつけた『灰色の狼』も武器を仕舞い、周囲の状況を確認している。流石に直ぐに浮かれ気分にならない所は、日ごろのケイミの指導があっての立ち回りだった。

 「…………」

 その中で、唯一ケイミは武器を抜いたまま、空へ飛翔していくレウスを見ている。そして、南門からも羽ばたいて現れたレウスたちも上空へ合流していた。すると一体のレウスが迂回するように大きく翼を広げて飛行し、他のレウス達も、その後に続く様に同じ軌道を飛行し始める。

 「団長、なにか気になる事でもありますか?」

 既に、団員達も場の保全にかかっている。立ち上がったとはいえ、動けないほどの怪我をしていた者も多い。出来るだけ早い治療が必要だ。

 「――――!!? お前らァ!! “サインD”だ!!」

 その声に、ギルドナイト達も遅れて反応する。空を見た。そして、レウス達が退いたのは、自分たちが勝利したわけでは無いと認識する――

 「――全員!! 武器を構えろ!! レウス達が戻って来るぞ!!」

 上空で大きく弧を描きながら、レウスの編隊はスカーレウスを先頭に、東門の自分たちへ低空で向かって来る。そして――

 「何が―――」

 ケイミの怒声さえも呑み込む爆音が――火の雨が東門へ降り注いだ。

 

 

 

 

 「よっとと」

 セルは、追ってきたレウスが消えた為、弊害なく南門へ向かっていた。抱えているフェニキアは相変わらず本を読んでいる。

 「お客さん、もうすぐ終点ですよー」

 「ん」

 と、声をかけても返事くらいしか返さないのだ。しかし、ふとある事に気が付く。

 「あれ? フェニキアさん、本の頁進んでます?」

 先ほど、ちらりと見た時と同じ頁のような気が――

 「セル」

 その時、正面から声を掛けられた。目の前に居たのはカイザーSに身を包んだ老練の狩人――カルスと、彼が引き連れているハンター達である。皆腕の立つ様を、立ち回りや上位以上の防具と武器で表していた。

 「カルスさん……久しぶりです」

 つば悪そうに、セルはカルスに対して苦笑いを浮かべる。まるで、出来の悪いテストを親に見つかった子共のような雰囲気だった。

 「…………」

 そんな彼の様子を見て、フェニキアは本から視線をカルスへ向ける。

 「民間人を保護したのか?」

 「……まぁ、そんなところです」

 「なる程。お前だな? 南門の近くにレウスを放置したのは」

 カルスは、かつて過剰にモンスターを狩るセルを検挙したことがあった。

 セル・ラウトと言う狩人(ハンター)は、次代に続くハンターたちが目指す、冒険譚として見る事の出来るハンターの一人だった。

 「緊急事態だったので。片方は捕獲しましたけど、もう片方は斬り捨てました」

 セルは、かつて“捕獲”などと言う思考は持ち合わせていなかった。狩場に赴いた彼が行う狩猟はただの殺戮。どちらがモンスターか解らない程の戦いぶりと、討伐されたモンスターの遺体が深刻なモノと判断したギルドは、彼に対して年間討伐制限状を発行した。

 彼の制限は年間300体まで。狩人の歴史上、二人目の制限状発令者である。

 「細かく数えてませんが、まだ300はいってないと思いますよ。あ、彼女を避難所に連れて行くので失礼しますね!」

 そそくさと、この場から離れようとカルスの隣を通り過ぎる。

 「待て、セル」

 明らかに逃げようとしているセルをカルスは静止した。その声は、聞こえなかったでは済ませられない。

 「お前の追っていた古龍はどうなった?」

 カルスが最後にセルの所在を認識していたのは、ある“古龍”を追っていると言う情報だった。その後、4年の間、消息が掴めなかったのだ。

 だが、こうして無事な姿を見る事が出来た。その件はとりあえず置いておくとして、本来の業務である、古龍の追走はどうなったのか確認しておく必要がある。

 「フラれちゃいました」

 「…………」

 セルは、困ったような、悲しいような笑みを浮かべ、彼の腕の中に居るフェニキアは無関心に本を読んでいた。

 「失礼します」

 そして、去っていく。カルスは、その背中を止めなかった。今は、セルよりも優先する事がある。ほんの少しだけ、孫のような彼が今も昔と同じか、気に掛けただけなのだ。

 「もう、人から踏み外すなよ。セル」

 聞こえたかどうかは分からないが……“人”に成った彼に対する、せめてもの手向けとして、その言葉を贈った。

 “ジジイ。流石、リーフのガキだよ。自分の気持ちが解らなくて、ドキドキするのは……これで二度目だ!!”

 「これも、貴様の目論見通りか?」

 誰にも聞こえない声で、ある男の歓喜に笑う顔と、その言葉を思い出しながらカルスはそう呟く。そして――

 東門の方で、耳を塞ぎたくなるような爆発音が響いた。

 

 

 

 

 天災の様に空から降り注ぐ、自然の災害ではなかった。

 ソレは意志をもって降り注いだ、“死の雨”。

 ソレは火が球状に凝縮されたモノ。

 ソレは火竜の体内から吐き出される灼熱。

 火球の雨。

 東門に居た、『灰色の狼』を含むハンター達へ落された、意志を持つ空からの砲撃だった。

 「――ペッ!」

 カラン。と音を立てて空になった小瓶が捨てられた。

 捨てたのはケイミである。彼女は、このままでは“持たない”と感じて、所持している専用の濃縮エキスを飲み干したのである。

 「団長、無事ですか?」

 副団長のギルフォードが高温を宿した槍の盾を構えながら、爆煙が立ち込める中で晴れた彼女の元へ寄る。

 「ああ。アタシは無事だ。やつら、微妙に外したな」

 ガコッと、大剣を地面に突き立て、上空を見上げる。レウス達は旋回し、スカーレウスを先頭に再び滞空していた。

 「団長! 無事っすか!?」

 「怪我は無さそうですね。安心しました」

 そこへ、ディクサと、その相方であるガイが二人の元へ駆け寄る。すると、ガイは足元に転がる瓶を見つけた。

 「他の奴らは無事か?」

 「あ、はい。猟団員は皆軽傷です。咄嗟に団長が“サインD”を叫んでくれたおかげですよ」

 団員の面々は、面の広い防御手段を持つ者の影に移動。盾を持たないガンナーや他の武器を所持している団員を庇うように爆撃を防いでいた。しかし、

 「後一回しか、耐えられねぇな。特に、後ろは殆ど死にかけだ」

 後方のフリーハンター達を見て、ケイミは呟く。煙が晴れると、その光景はかなり悲惨な状況だ。

 立ち上がるまで回復で来たハンター達は、再び呻き声を上げて地に伏している。つい先ほど駆けつけた自分たちはともかく、彼らは精神的にも肉体的にも限界だったのだ。

 ディクサの狩猟笛で奮起状態になって、一時的に誤魔化したが、今の状況では二度目は効果が薄いだろう。

 「ハァ……ハァ……」

 ギルドナイトの隊長は、大剣を盾に片膝で何とか意識を保っていた。それでも、今にも気を失いそうな様子だ。

 「瀕死が殆ど。まともに動けるのは『灰色の狼(アタシら)』だけか」

 ケイミは何が起こったのかを理解していた。

 降り注いだのは、高速滑空するリオレウス30体以上から放たれた火球だ。それも、東門をギリギリで反り上がるような飛行を行い、すれ違い様に放ってきたのである。

 ガンナーでは捉えられない速度で、通過と同時に東門に一体、一発ずつの火球が絨毯爆撃のように降り注いだのである。

 30以上のレウスが編隊を組んで通過するだけで建物の窓は吹き飛ぶほどの風力。それだけでも脅威だと言うのに、速度の乗った固体から放たれる火球は、威力が跳ね上がり、ただ吐き出す際の威力とは大きく変わっていた。

 これが、単体の攻撃なら避けるなりして対策を取れる。だが、30以上の爆撃は、避けようがない。更に、ガードも次の攻撃は持たないだろう。

 「どうします?」

 「どうするって……決まってんだろ、ガイ! 負傷者を担いで逃げるんだよ! ね、団長。そうですよね!?」

 「しかし、ここで迎え撃たなければ、ラインロードのみならず、あの攻撃がドンドルマにも降り注ぐ事になります」

 現在の射撃技術では、あの高速飛行を撃ち落とす兵器は存在しない。空からの広範囲爆撃。これは、天候さえ整っていれば、安全な場所は存在なくなる。

 「て、言っても、どうしようも無いじゃないっすか! ギルじい!!」

 状況優位性(フィールドアドバンテージ)はレウス達にある。空という、何の弊害も無い空間の支配者は、自分たちの届かない領域から、こちらを肉薄しているのだ。

 「……いや、奴を潰す」

 ケイミの言葉に三人はそれぞれ反応する。

 やっぱり、とガイ。

 団員への指示は? とギルフォード。

 マジですか!? マジで言ってます!? とディクサ。

 「マ・ジ・だ・! クソガキ。ギルフォード、団員全員に“サインD”を維持しつつ、あの死にぞこない共を護らせろ」

 「はい。団長」

 ギルフォードは団員に指示を出しに向かい、後方で立ち上がる事さえも困難なハンター達を護るように告げる。

 「ガイ、お前は“重量投げ”と、“重量上げ”のどっちが良い?」

 「重量投げで」

 「ディクサ、お前は“重量上げ”だ」

 「なんすか!? “重量上げ”って! 俺に選択肢は!?」

 「ああ? ねぇよ、んなもん。ギルフォード!! 指示を出したら戻ってこい!! お前らも! 指示を聞いたらすぐに動け!! こっちが行動(リアクション)を起こすと奴らは向かって来るぞ!!」

 一筋の可能性に賭けるしかない。世界広しと言えど、今、この状況をひっくり返せるのは、『灰色の狼』だけだ。

 

 

 

 

 人には真似できない行為だ。

 我がもので、我々の世界を荒らす……愚弄者たちよ。

 恐れろ。怯えろ。我々は、我々の為に貴様たちを脅かす。

 貴様らと同じだ……狩る者達よ。

 小賢しく、まだ動き回る。

 目障りだ。これで、消えよ――

 

 

 

 

 翼を大きく羽ばたきながら滞空するスカーレウスは、同士全員が足並みをそろえた様子を確認し、今一度、咆哮をラインロード上空に響かせた。

 そして、滑空が始まる。人に(もたら)される……灼熱の死が東門で響く事が確定した――




次回、スカーレウス戦決着!
タイトル『嘆きの牙』

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