モンスターハンター~天の鎖~   作:真将

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8.彼と彼女

 「相変わらず。人とは思えませんわ」

 背に太刀を直したセルと、二つに両断されたレウスと、捕獲状態のレウスを見ながら、アリアナも片手剣を腰に直した。

 「人ですよ。でも、自信になりませんか?」

 「何が? と、聞いておきましょう」

 「人には、これだけの事が出来る。って事です」

 先ほどの、レウスを喰らい殺すような光景は、ただの狩猟では得られない異質な気配だ。

 ハンターとして、モンスターと対峙しているからこそ、人とモンスターの線引きが出来る。先ほどのセルとレウスとの戦い……まるで、レウス同士の殺し合いに見えていた。

 「……正直に聞きますわ。貴方を越えるにはどうすれば良いのでしょうか?」

 高みを目指す事を、高みに立つ事こそが、自分の使命だとアリアナは感じている。

 社交、生活性、経歴、そして……ハンター。

 前者三つは既に、“高み”を手に入れた。後は、この世界で花形とも言える職業――ハンターの“高み”である。

 生半可でない事は重々承知。身内にも多くのハンターが存在し、彼らが未だに名を馳せる事しか出来ない現状を見ると、“高み”へ至るには多くの実績が必要だろうと自然に理解した。

 そして、5年前からハンターとなり、その後、二人の異質なハンターと出会う。

 一人は、ケイミ・カースト。小柄な少女のような井手立ちで、まるで団扇(うちわ)の様に大剣を片手で振り回すハンターである。彼女は、ラインロードが創設された当初から活動拠点にしている『灰色の狼』の二代目団長だ。

 二人目は、セル・ラウト。彼についての経歴は一切不明だった。曰く、単独で古龍を討伐したと言われ、曰く、全種類の飛竜種を討伐したと言われ、曰く、片時も休まず狩りに出ており、その討伐数は年間で500以上と言われ、曰く、上位クラスのハンターであると言われている。どれも信じられない様な噂ばかりだった。(特に最後は、低すぎる意味として)

 だが実際に、目の前で彼の狩猟を目の当たりにして確信した。

 世界は、本当に広い。特に、ハンターという世界は……まるで底の見えない深海の様に、奥が深い。

 自分の腕が立つと思っていても、必ずその上がいる。ソレを越えても、更に上が。永遠に終わらない強者の連鎖は、アリアナにとっては望むところの世界だった。

 知れば知る程、深い知識と新たな世界が広がっていく。アリアナはハンターでも天武の才を持っていた。その腕前は、若くしてG級確実と言われる実力までに到達したが、彼女は上記の二人に出会う事で、自分の力がまだまだであったと再認識させられたのだ。

 「アリアナさん。貴女は、この世界に入り過ぎない方が良いですよ?」

 「何故? と、聞かせていただきますわ」

 「裏と表。君は“表”の方が良い。こっちは、人を止めたハンターの集まりです。ボクのように暗闇からの“鎖”に繋がれれば、戻れなくなりますよ」

 君には光の方が似合います。そう言ってセルはアリアナに一度微笑むと、レウスが徘徊する街へ走って行った。

 

 

 

 

 「…………まったく、答えになってませんわ」

 アリアナは呆れるようにブロンドの金髪を掻き上げる。初めて出会った時からそうだ。まるで、子供の様に扱い、フラフラと要点をかわす。それがセル・ラウトという狩人なのだ。

 まだ、ケイミさんの様にハッキリと、着いて来るな、と言ってもらった方が納得できると言うのに……

 「アリアナか? これをやったのは――」

 背後から重厚な声が聞こえた。それは、自分が知る身内ではただ一人しかいない。

 「カルス小父様――」

 祖父と狩猟仲間であった、カルスの事は小さい頃から知っていた。武骨な武人のような人間で、義を重んじる人柄は多くの人間を引き付けるカリスマ性も持ち合わせている。そして、ハンターの世界に入ってから、伝説と称されるハンターであると知った時は、彼から必要な技量を多く学んだ。

 「いいえ。ですが、質問させてください」

 「なんだ?」

 アリアナは、絶命しているレウスと、捕獲されているレウスを見て告げる。

 「この練度に至るには、いくつの研鑚を積めばいいでしょうか?」

 

 

 

 

 私達は繋がれた。

 それは、運命でもなければ、決まっていた因果でもない。

 それは、この世界の綻び。貴方がハンターだから……そして、私が――だから。

 暗闇に支配されたカフェテラスに、月の光だけが刺し込んでいた。

 「前の席を良いですか?」

 彼は、彼女との待ち合わせ場所に辿り着く。頭部の防具を外して、神経を張り巡らせるフィールドに近いラインロードで、まるで、いつもの日常の様に、そう語りかけた。

 「ねぇ、生まれ変わりって信じる?」

 最初に、彼女と出会った時に言われた言葉。その答えも、その時と変わらない。

 「ええ。信じてますよ」

 「そう」

 天に……私達は繋がれた。きっと、誰もが信じない、誰もが御伽噺(おとぎばなし)だと言うだろう。けど、それで良いのだ。そんな関係で良い……それが――

 「おかえりなさい。セル君――」

 フェニキア・シャムールは、本を閉じると、前の席に座るセル・ラウトへ綴るようにそう告げた。

 

 

 

 

 案の定、彼女は待っていた。律儀と言うか、何と言うか……基本的に必要な事以外は、何もするにしても面倒だと言うのが彼女だ。

 趣味は読書と考える事。たった半年の付き合いだが、それだけは言える。

 「逃げましょうよ。こんな事になってたら」

 「……ん」

 と、再び本を開き始めた。月の光で十分な光源を確保している事もあり、問題なく文字は見えるようだ。

 「動く気が無いなら、勝手に連れて行きますよ?」

 「…………」

 「無言は肯定と判断しますよー?」

 「…………」

 「はい、保護決定です。一名様、安全地帯にご案内」

 セルは、椅子を座っているフェニキアを抱える。膝を持ち、もう片手で背中を支える。俗にいう“お姫様だっこ”であった。

 「南門に行きますよ。あっちは既に坑道に避難していますから」

 「ん」

 あちらにはギルドナイトも居るだろうし、ドンドルマからの応援が来るとしても南からだ。東門よりは安全だと思うし、何より――

 「あれは、コワイ。想像もしたくない……」

 見上げると、夜空には30以上のリオレウス。アレが全てラインロードに降りて来るだけで全て終わる。だと言うのに、何故滞空し続けている?

 「行かないの?」

 フェニキアの言葉に、この場では出せない考察をしていた事にハッとする。今は、彼女を安全な所に連れていく事が先決だ。特に今の状態だと、他のリオレウスに遭遇するとキツイ――

 と、まるで図ったかのように、のそっと建物の角からG級リオレウスが現れた。

 「あ」

 「…………」

 セルはレウスと眼が合う。フェニキアは、セルの腕の中で本を開いており現状に無関心だった。

 レウスの咆哮が響くのと同時に、セルはフェニキアを元の位置に置いて、太刀に手をかけた。瞬間、咆哮で持ち上げた首を戻すと同時に、火球がセルに吐き出される。

 軌道上には、フェニキアが居るため避けられない。無拍子から発生できる渾身の『錬気』でセルは火球を斬り裂いた。

 「…………なるほど」

 火球は、セルの左右に分かれて、後ろの建物を吹き飛ばした。暗闇にほんのりと火がついた木片が当りに落ちる。

 「武器を持つハンターは、貴方達にとってすれば、この世で最も手を出してはならない“天敵”と言う事ですか」

 初対面のレウスは、警戒するように距離を取ったまま、唸っている。武器を抜いたセルを明らかに警戒していた。

 「長い月日で、モンスターという種の本能に、“狩人(ハンター)”という天敵が根強く継がれている。特に、狩人(ボク)達が剣を持ち始めた初期の頃から存在する、リオレウスならではの“進化”……と言う訳ですか。興味深い――」

 ジリッ……と、レウスは足を撓める。突進の構えであり、その初動として爪を地面に引っかけていた。

 「ですが、この場は退かせてもらいますよ!!」

 慣れた手つきで太刀を納めると、再びフェニキアを抱える。それと同時にレウスは威圧のある巨体で突進を開始した。

 「フェニキアさん! 逃げますよ!!」

 間一髪で、吹き飛ぶカフェテラスからセルとフェニキアは脱した。レウスは、崩れた瓦礫を跳ね飛ばす様に逃げたセルの背中を捉え、大きく咆哮する。

 「セル君――」

 腕の中のフェニキアがぽつりと彼の名前を呟いた。

 「え? あのレウスですか? 無理ですよ? 無理無理。100%やられます。“龍殺し”が言ってるんだから間違いない!」

 セルは、飛行船からの落下の際に道具のほとんどを落していたのだ。手元に残っていたのは、防具に直に装備していた『シビレ罠』と『眠り投げナイフ』のみ。ポーチを丸々落したため、砥石も無い状況だ。

 本来、セルの持つ太刀――疾風刀【裏月影】は切れ味に特化した武器である。切れ味が最高値の時は、彼の持つ『錬気』と合わさる事で、レウス程度の鱗なら容易く斬り裂く事が出来る。しかし、代償として、猛烈に切れ味を消耗してしまう事にあった。

 ソロの狩猟であれば、一気にピンチに陥る事もあり、諸刃の技である。普段はなるべく『錬気』を抑えて、使っているのだが、今回は緊急事態だった事もあり迷いなく、その一閃を使用したのだ。

 「太刀も、さっきの火球を切った事で切れ味は黄色以下に落ちてますし、今のボクに火竜と戦う術はありません!!」

 現状は、武器は鈍ら。道具も無い。つまり、今は逃げる以外に生き残る術はない。

 壊れた屋台と建物の一部を駆けあがって、建物の屋根の上へ。とりあえず、レウスの視界から外れなければ――

 「セル君。あれ――」

 と、フェニキアは夜空に滞空するレウスを指差す。彼女の向けている指先は月の近くに飛行する一匹のレウスだった。

 「傷ある? 頭に」

 「傷?」

 セルも彼女につられて夜空を見上げた。その時、その視界を遮るように先ほどのレウスが翼を広げて目の前に現れる。

 「うお!?」

 距離があまりにも近すぎる。セルは踵を返すと、全力で駆け出した。しかし、レウスは彼と彼女を逃がすつもりは無く、その背中へ火球を放つ。

 「フェニキアさん、すみません!! うばぁ――」

 セルはフェニキアを放る。抱えられた態勢で彼女は空中に放られた。対してセルは避けきれなかった火球が直撃して爆発に呑み込まれる。

 「…………」

 空中に放置されたフェニキアは、重力に従って落下を始めた。背中まで伸びた黒髪が夜風に揺れる。と、地面に激突する瞬間に爆煙を剥す様に現れたセルにキャッチされた。

 彼の防具表面は少しだけ焦げているが、火属性の耐性が高い事が幸いした。見た目以上に自身の傷は殆どない。直撃の衝撃程度しかダメージが無かった。

 「死ぬかと思いました」

 一種の綱渡りだったが、何とか落ちずに済んだ。しかし、レウスはそんなセルとフェニキアへ更なる追撃を行う為に翼を大きく羽ばたかせる。

 「二度は無理ですよ! 二度は!!」

 追撃を行おうとするレウスの様子を察しながら、崩れた建物から下の街道に降りる。追って来るのなら、屋根の上よりも市街地の方が逃げやすい。

 「セル君」

 「なんですか?」

 セルは走りながらでも、レウスの様子を気にしつつ最低限のフェニキアの問いに応じる。

 「今の、もう一回やって」

 「勘弁してください」

 その時、夜空から大きな咆哮がラインロードへ響いた。

 

 

 

 

 その聲の意味に気が付いたのは、ラインロードに居る人間でも僅か5人だった。

 セル、ケイミ、カルス、ベリウス。そして――

 「…………」

 フェニキアの5人だけが、スカーレウスの咆哮(こえ)であると気が付いていた。




次は、ケイミ視点です。

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