思えばもうすぐ三年生。本当に早いものである。
……そして、この頃起こっていることの全ての起因は昨年四月のあの事故だろう。由比ヶ浜がかつて言った様に、それが起こらなかったとしても出会っていたかもしれないが。
もし、仮にそうだったとしたら。今の俺達はどの様なものだったのだろうか。
奉仕部で本を読みながらそんなことをずっと考えていたが、答えなど出るはずもなく、気がつけば下校時刻になっていた
。いつもであれば雪ノ下が文庫本を閉じ、それが終わりの合図なのだが、何故か今日は五分ほど経っても本を閉める様子はない。
俺が時計をちらちらと見ていると由比ヶ浜がそれに気付いたらしく俺の方を向いたが、何を言うでもなく、また携帯をいじりはじめる。
明日は総武高校の受験日であり、今朝、小町からの『HELUP! 勉強教えて!』とのメモがあった。小町に勉強を教えるために早く帰らなければならないので、仕方なく雪ノ下に時間を伝える。それにしてもHELPのスペルを間違えるとか相当妹の頭がヤバイ。もう落ちるんじゃないのこれ? その時は生暖かく見守ろう。
「なぁ、雪ノ下。時間じゃないか?」
雪ノ下は黙ったまま文庫本を閉じると、腕時計に目を向けてから言う。
「そうね。……遅れてしまってごめんなさい」
「いや、別にいいんだけどな」
「そう、明日は小町さんの受験日だったと思うのだけれど……」
「大丈夫だろ、少しくらい」
そう言い終えるとカバンを持ってドアへと向かうが、今度は由比ヶ浜が話しかけてくる。いつもよりも落ち着いた声だった。
「ヒッキー、小町ちゃんによろしくね」
けっきょく母親を説得出来ずに、小町の遊びに行く計画は流れてしまっていた。
「ああ、分かった。じゃあ、また今度な」
「……うん、またね」
返ってきたその声は落ち着いたというよりは、元気のない、何か思い残すことがあるような印象を与えられた。
そのまま学校を出て家に向かう。今日はバレンタインという日であるだけに以前との違いをより強く意識させられる。
少し急ぎながら自転車をこいでいると、後ろから聞いたことのある声がした。聞こえて嬉しい声ではなかったが。
「比企谷くーん?」
自転車から降りて振り向くと、陽乃さんが立っている。……俺の人生で最もめんどくさい人かもしれない。いっそ無視すればよかったか。
「はい?」
俺がそう答えると相変わらずの強化外骨格をつけたままこちらに歩いてくる。
「いやだなぁ~。そんなに固まらないでよ~、元気にしてる?」
「まぁ、一応は」
「そっか~、いいことだねぇ。じゃあ、ひとつ質問してもいいかな?」
「それ、俺に拒否権ないと思うんで」
「お、理解が速いね。そういうとこ好きだよ?」
「……」
黙った俺を見ると急に顔色を変える。その瞳からは光というものが既に消えているように思えた。
「……ま、いっか」
嘲るような声に変わり、さっきまでの笑みもない。
「部活の方はどう? 雪乃ちゃんはどうしてる?」
その問いに最低限の言葉で答える。もっとも、いくら答えたところで俺にも答えがでるか分からないが。
「特に何もありませんよ」
「ふぅん、それじゃ本題だね」
まだ続くのかと思い、理由を述べて遮ろうかと思うが、既に遅い。
「君の妹さんはどうしてるのかな?」
驚きで一瞬、言葉が詰まる。
「……何で知ってるんですか」
「ん、何のことかな? 受験で忙しいんじゃないかなと思っただけだよ?」
そんなはずはないだろうが、入手経路を聞いても仕方がない。無難に理由をつけて帰るのが一番だろう。
「大丈夫ですよ。妹の勉強があるんで、帰ってもいいですか?」
「う~ん、帰したくないなぁ。ちょっとそこら辺でお茶でもしない?」
「……俺に拒否権は?」
「訊かなくても分かるでしょうに」
「……分かりました」
頭の中で小町に謝りつつ、そう答える。その答えを聞いて再び笑みが陽乃さんに戻っていたが、それはとても不気味に見える。
「うん、君らしいね。それでこそだよ」
そう答える陽乃さんは笑っていたものの、楽しそうには見えなかった。
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全三十数話で終わる予定です。
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