比企谷小町のわだかまり。   作:★ドリーム

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やはり彼らの心情は。

結局、小町に申し訳ないと思いながらも何も言えずに一日が過ぎた。と言っても、まだ十二時十分ほどなので感覚的には同じ日だが。

部屋に戻って勉強という気分でもないのでリビングのソファで寝ながらゲームをしていると廊下の方から足音が聞こえてきた。長年の経験から察するに恐らく小町である。

寝たフリでもしようか、前の様に声でもかけるか迷っていると既にドアに手がかかっているようだったので、とりあえずゲームを続ける。

 

ドアのきしむ音と共に入って来たのはやはり小町だった。今回はこちらを見向きもせずに冷蔵庫に直行するが、相変わらずお気に召さない様で、パタンと直ぐに閉じた。

 

……声、かけるか。

 

「おい、小町」

 

怒る様な声でもなく、甘い声でもなく、なるべくいつも通りに呼ぶ。

小町はそれに気付くと、眠たそうにあくびをしながらこちらを向いて反応した。

 

「ん?」

 

その声には攻撃的な感情は含まれていないように思われたが、企業での『肩たたき』が思い起こされたので、あまり甘えずに無難に前回と大体同じルートをたどる。

そしてやはり俺に会社員は無理だと思う。何故なら、肩たたきとかされたらあまりの恐怖で上司とか叩いてしまいそうで何ならそれを原因に退社させられるまである。

ちなみに専業主夫志望なので、ちゃぶだい返しはプロ級である。頑張ればロッキーに勝てるかもしれない。ちなみにゲームセンターでちゃぶだい返しのゲームをプレイしたら小町に負けたのは内緒。

初代ヘビー級ちゃぶだい返しのチャンピオン、比企谷八幡さんですとか紹介されてもおかしくないレベル。オリンピックで金メダルとれるかもしれない、種目登録を目指して活動せねば。

 

だいぶ関係のないことを考えていたものの、丁度ドアの前にいる時に声がかけられた。

 

「MAXコーヒー、飲むか?」

 

その瞬間、小町の目が一気に汚い物を見る目に変わった。……え、俺なにか悪いことしたの? 

 

小町は俺を見たまま、はぁ~っとわざとらしくため息をつくと、『飽きれきって何も言えません』という顔で言う。

いや、やめて! お兄ちゃんの体力はもうゼロよ! むしろ傷つくから言わないであげて。うっかりソファから飛び降りてしまうかもしれない。

 

「ごみいちゃん……」

 

怒ってるんだか、怒ってないんだかよく分からん回答が返ってきた。小町はそのまま続ける。

 

「お兄ちゃん、小町が冷蔵庫みてたの知ってるでしょ?」

 

「ああ、何も取らなかったから声かけたんだがな……」

 

「うん、それはありがとうね。でもさぁ、何で冷蔵庫に入ってるMAXコーヒーを勧めるの?」

 

ああ、そういうことか。確かにごみいちゃんだった。いや、でもそんなの認めたくないですし。

 

「いや、缶を開けるのがめんどくさいのかな、と」

 

俺がそう言うと、俺の座っているソファに向かってゆっくりと歩きながら小町が返した。

 

「いや、絶対それ今考えたでしょ」

 

「いーや、全然」

 

やたらと、いや、とか言う会話が続いたから一瞬クトゥルフかなとか思っちゃっただろ。いあ、いあ、小町。怒りを鎮めるために一応、小町様にお祈りをしておいた。それが功を奏したのか、小町は俺の隣にちょこんと座って言った。

 

「まあ、別にいいけどね、じゃあMAXコーヒーちょうだい」

 

「セルフサービスでどうぞ」

 

「お兄ちゃんの方が近いじゃん。小町が何のためにソファに座ったと思ってんの?」

 

うわぁ、ないわぁ。ひどい奴だ。俺が何のために専業主夫志望してると思ってんだよ。働きたくないからだよ。……別に小町のために取りに行くんじゃないんだからねっ!

 

のそのそと歩いて面倒ながら取って来てやったので少しばかり意地悪したくなっちゃったゾ!

 

まずは普通に小町の手の届く範囲でマッ缶を手渡すフリをする。

 

「ありがとうね~」

 

何も知らない小町はお礼をしながら手を伸ばすが、あと少しのところで俺がマッ缶を持った手を引っ込める。

 

「あれっ?」

 

小町はからぶった衝撃からか『小町にこんなことをするなんて……わけがわからないよ』といった顔をするが、まだ序の口である。

 

「ああ、ごめんな。多分こっちの方が冷えてるわ」

 

そう言って、俺はもう一方のマッ缶を渡す。

 

「そっか。ありがと~」

 

小町は、また手を伸ばすが今度は俺が手を上げたので同じようにからぶる。やべぇこれ超楽しい。

 

小町はそれを自分に対する挑戦と受けとったらしく、俺の手にあるマッ缶を取ろうと素早く手を伸ばすが、俺の方が三倍動きが早いぜふはははははというのを合計五回ほど繰り返すと、小町がソファから立ったのでマッ缶を背中の後ろに隠す。

そして俺は言った。

 

「ほーれ小町。『待て』だぞ。出来るかな~」

 

「うぅぅ……」

 

小町は何事か唸ると、俺の腕につかみかかるが、主夫たる者一家を守らなければならないので、小町を振り払うくらいの力はある。

 

「主人の言うことが聞けないとかサブレ以下じゃねぇかよ。おしおきしちゃうぞ?」

 

小町は諦めたのか、ムッとした表情のまま立っている。

このままいくと妹を奴隷的なものにしてしまいそうだったので、そこまでにしておいて今度こそマッ缶を手渡した。

 

「ごめんね、お兄ちゃん」

 

手渡すと同時に小町がそう言った。何故だろうか。全くもって見当がつかない言葉に、少し動きを止められた。

 

「今日とか迷惑かけちゃって」

 

……何だ、そんなことか。それなら謝るのは俺だろうに。

 

「俺も、ごめんな」

 

その言葉が具体的に何に対して向けられていたのかは分からなかったが、どこかで、今までのことが清算されたような気がした。

 

 




お読み頂きありがとうございます。
今回が今年最後の更新になると思われます。これからもどうぞよろしくお願いします。
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ありがとうございました。

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