ベート・ローガ? の眷族の物語   作:カラス

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オリジナル要素が出てきます。
苦手な方はお気を付けください。


遊宴の五

 降りしきる雨が、暗く濃い影となって街路を叩く。乱雑に地面を叩く雨の中で動く、幾つもの人影。人気の無い裏路地で、多数の人影に対峙するように一人立ち塞がる影。

 

『…………、………………ッ!』

『………………』

 

 打ち付ける雨と吹きすさぶ風によって消え去りそうになりながらも、確かに届く言葉。

 短いやり取り。

 分かっていた答え。

 必然の決別。

 

『…………』

 

 最後に一言だけ呟き、たった一人の影は突き進み、応戦の意を示す多数の人影と激突した。

 ばしゃばしゃと水溜まりをはね飛ばして、影は踊る。

 天上におわす神々からの視線を遮るように、天を覆う雨雲は、重く分厚く広がって。激しさを増す雨は人も地上の神々も、その場から遠ざける。

 誰にも見られず、誰にも顧みられることのない、空しくて、虚ろな戦い。得るものは無く、名誉も(ほま)れも有りはしない、ただ失っていくだけの争い。

 影が動き、近付く度に集団は一人、また一人と雨に濡れた街路へその身を沈めていった。

 雨音に混じる誰かの声と、肉を打ち据える打撃音。時折見える紅い雫は、直ぐに雨に紛れて黒く染まる。

 震える手で最後の一人を沈め、後に残されたのは立ち塞がっていた人影だった。紅い雫が全身を染め上げ、すぐにその鮮やかさを失い赤黒く変色する。雨で洗われることのないそれは、まるで赦されることのない罪の証のようで──。

 

 見上げる空は黒く。顔に当たる雨は冷たく、容赦なく熱を奪う。

 軋むように薄く開いた唇から漏れ出る声は意味を持たず。

 叫ぶことも、嘆くことも、(たけ)ることすらも出来ずに、ただ立ち尽くすばかり。

 

 

──雷鳴が、近づいてきていた

 

 

 

 ▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 

 遠征の後に盛大な酒宴を開くのが、【ロキ・ファミリア】の習慣だ。

 眷族の労をねぎらうという名目のもと、無類の酒好きであるロキが率先して準備を進め、団員達もこの日ばかりは大いに羽目を外す。遠征の後処理を終えるころにはすっかり日も暮れ、東の空は夜の蒼みがかかり始めていた。

 遠征に参加しなかった一部の団員達に留守を任せ、彼等の羨ましそうに見送られながら宴会の会場となる酒場を目指す。

 

「ミア母ちゃーん、来たでー!」

 

 魔石灯に照らし出される盛況な大通りを歩き、残照が消えて完全な夜を迎えた辺りで、ロキが予約を入れた酒場に到着した。威勢よくロキが酒場の女将の名を呼ぶとすぐにウェイトレス姿の店員がロキ達を出迎える。

 西のメインストリート中でも最も大きな酒場『豊穣の女主人』は、ロキのお気に入りの店だ。店員が全て女性であるのと、そのウェイトレスの制服が彼女の琴線に触れたのだと、団員達は悟っている。

 

「お席は店内と、こちらのテラスの方になります。ご了承下さい」

「ああ、わかった。ありがとう」

 

 酒場にはカフェテラスが存在した。

 恐らくはアイズ達一行が入り切らないための処置だろう。礼儀正しいエルフの店員にフィンが礼を言い、手早く団員達を二つに分け、テラスへ座らせる。

 

 酒場は満員だった。予約していた為にぽっかりと空いているアイズ達の席が不自然に見える程、酒場は様々な種族の者達が飲み騒いでいる。店内は木張りで、他の酒場と比べると落ち着きのある内装だった。店内に吊るされている魔石灯の光量も抑えめで、どこか洒落た雰囲気がある。

 

「ここの料理美味しいんだよね~。いつもつい食べ過ぎちゃってさ~」

「ここは料理の種類も豊富ですから、色々食べたくなっちゃいますからね。―ただどれも量が多めなので、油断してると大変な目に遭いますけど」

 

 入店してきた【ロキ・ファミリア】を見て、例のごとく客の冒険者達が顔色を変え声をひそめだすが、ティオナ達も気にした様子もなく席に着く。好奇の目に晒されるのは好きではないが、もう慣れているし、楽しい食事中にまで気を使いたくないのだ。

 ロキ、フィン、リヴェリア、ガレスは奥のテーブルに着き、フィンの隣には何時ものようにティオネが―仮にランダムで決まった席だとしても全力の威圧で席を譲らせる―座る。アイズとレフィーヤの手を引いてティオナが同じテーブルに納まる。

 

「よっしゃあ、ダンジョン遠征みんなごくろうさん! 今日は宴や! 飲めぇ!!」

 

 立ち上がったロキが音頭を取り、次には一斉にジョッキがぶつけられる。団員達は各々盛り上がり、酒を飲み料理に舌鼓を打ち、談笑を楽しむ。

 宴会が始まった。

 

 

 

 ▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 

(もう宴会は始まってるか)

 

 雑多に抱えた荷物の位置を調節しながら、ベートは街路を進んでいた。思ったより時間を食ったせいで遅くなってしまった。

 またぞろロキに何か言われるかと考え、リストの品が多かったので俺のせいじゃないなと結論付けた。それでもこれ以上遅くなるのは具合が悪いと、気持ち歩く速度を上げる。

 

 魔石灯が道を照らし、そこかしこで騒ぐ声が聞こえる。酒樽を抱えながら、ベートは器用に人込みを縫って進む。

 人込みを抜けた先、一時の切れ間のような空間。その先から歩いてくる紺色のローブを纏った人物。それを見てベートの表情がぴくりと動き、逸らすでも注視するでもなく視線を前に戻した。

 コツコツと靴底が石畳を叩く音が響く。ベートとローブの人物の距離が縮まり、すれ違って──。

 

「あら、挨拶の一つもしてくれないのかしら?」

 

 玲瓏な声が、ベートの足を止めた。正確には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ベートに対して向けられた、無数の敵意に反応してベートが止まったのだ。

 振り向いた先で、フードが外される。

 星が流れるようにフードから零れ落ちた銀の髪。()()()()()()()()()()()()()()()()蠱惑的に見える完ぺきな均整のとれた肢体に、輝く銀の双眸。指先一つ視線の動きに至るまで、美しい所作とはこうであると断言できる佇まい。下界の人々(子供達)どころか同格の神々ですら魅了する、美を司る神。ベートの所属する【ロキ・ファミリア】と同格、或いは凌駕すると言われているもう一つの都市最強。

【フレイヤ・ファミリア】の主神、美の神フレイヤがベートを見て微笑んでいた。

 

「……お会いできて光栄です、神フレイヤ」

「フフフ。ええ、私も貴方に会えて良かったわ。退屈なパーティーから帰ってきて、気分展開に馬車を使わず歩いて散策してみたら、望外の出会いというものね」

 

 上品に口元に手を添えて笑うフレイヤの姿に、未だにベートを捉えている敵意が強まった。ベートは数瞬そちらに意識をやり、頬に触れようとする手を反射的に弾こうとして無理やり止める。

 手袋越しに感じる嫋やかな指先。ベートの目を覗き込む双眸と視線が交わる。()()()()()()、瞳を通して奥底を覗き込もうとするような視線。

 

「……何か?」

「──いえ、ごめんなさい。無作法だったわね」

 

 どこか残念そうな声と共に手が離れ、フレイヤ自身もベートから一歩離れる。

 

「今から宴かしら?」

「ええ」

「そう。なら、余計な時間を取らせてしまったわね」

「お気になさらず」

「ありがとう。ところで──()()()は考えてくれたかしら?」

 

 ぴくりと肩を震わせ、ベートはゆっくりと首を横に振る。

 

「そう、残念ね。とても、残念だわ」

 

 目を伏せ、悲し気に眦を下げるフレイヤの姿は、男女の隔たり無く、誰でも思わず手を差し伸べてしまいそうになる儚さを湛えていたが、ベートは動くことなく少しだけ怪訝そうな表情を見せた。

 言葉に嘘はないだろう。真実フレイヤは残念に思っているが、その質、もしくは落胆の大きさに()ほどのものがないように感じたのだ。そういう(気を持たせる)駆け引きもこの神は容易くこなすが、それとはまた違う。強いて言うなら──。

 

「誰か、いい人(目当ての冒険者)でも見つかりましたか」

「あら、流石の慧眼と言うべきかしら。それとも嫉妬してくれていると思っても?」

 

 ぱちりとした瞬きの後に、楽しそうに問いかけて来る。答えは再度の首振り。「つれないわね」と零して、自身の髪に触れる。

 

(そりゃご自慢の眷族(けしか)けてまで、ちょっかいかけてきた相手が、和やかに話しかけて来たら理由ぐらい察するだろうよ)

 

 以前を思い出しているベートに、フレイヤは宝物を自慢する幼子のように語りかける。

 

「強くはないの。貴方や貴方のファミリアの家族()は勿論、私の子と比べても、今はまだとても頼りなくて、弱々しい。少しの事で傷ついて、簡単に泣いてしまう……そんな子。でも綺麗だった。透き通っていた。あの子は私が今まで見たことのない色をしていて……見惚れてしまった。目を奪われたの」

 

 子を慈しむような声音が、次第に熱を孕む。透き通るように白い頬が紅潮し、瞳が潤む。神に対して不適当かもしれないが魔性、とも言うべき魅力が周囲に蔓延する。魂を引きずり込まれるような気配が満ちる。

 

「ごめんなさい。こんな話を聞かされても、困ってしまうわよね。でも、誰かに聞いて欲しくて。私の眷族(子供)達に言うと嫉妬してしまうでしょう?」

 

「そこも可愛いのだけど」と今度は自分の眷族の自慢が始まるのかと、思わず体が反応し身構えた所で。

 

「でも、それ(その子)と貴方への関心は別のことよ」

 

 ──囲まれた。

 髪に触れていた手がこちらに伸ばされると同時、一瞬で包囲が完成していた。喉元に突き付けられる槍を、鬱陶しそうにベートは見やる。前後左右、家屋の上、路地の隙間など余さず全て防がれた。

 逃げ道はなく、更にフレイヤの後ろからは()()が、向かってきていた。

 

「アレン」

「………………………………」

 

 名を呼ばれた猫人(キャットピープル)の青年は、フレイヤの声にしぶしぶ、本当に嫌そうに突き付けていた槍を下げる。

 だが、向けられる殺意は全く衰えていない。ベートが下げられた槍から目を外すし、再びフレイヤに目を向ける

 視線を外したベートに、向けられている殺意が増す。

 それに気づいているだろうに、フレイヤは一切口に出さず、ただ己の意思を告げる。

 

「悪い条件ではないと思うわ。貴方が頷いてさえくれれば、私は貴方に全面的に協力する」

 

 だから、さぁ──。

 優しく問いかける声。伸ばされる手を掴めば、真実フレイヤは協力するだろう。

 それは酷く魅力的な提案で。

 

 言い訳などいくらでも用意出来る。力づくで従わされたという()()はあちらが用意してくれている。現状オラリオ唯一のLv.7にして個としての都市最強【猛者(おうじゃ)】オッタル。都市最速を冠する【女神の戦車(ヴァナ・フレイア)】アレン・フローメル。

 その他にも名をはせた一級冒険者達が、わざわざ総出で囲んでいる。同じ一級冒険者とはいえ、Lv.5のベートではLv.6のアレンを始めとした者達、まして位階(レベル)が二つ違うオッタルに勝てる道理はない。万に一つも残さぬ状況こそが、最大の理由となる。改宗(コンバージョン)は主神の同意がなければ出来ないが、それすらもこの美の神ならばどうにかするだろう。

 

 無論、こんなことをすればフレイヤの名は傷つく。だがそれでもフレイヤはこうして此処に居る。ベートにはそれだけの価値があると、知らしめるように。

 アレンたちが主神の寵を受けうる以外にベートに怒るのは、殺意が籠っているのはそのためだ。

 この場で唯一、一言も話さずこちらを見やるオッタル。悠然とたたずむフレイヤ。殺意を向けるアレンたち。

 ベートはゆっくりと口を開いて──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「振られてしまったわね」

 

「残念だわ」と呟き、ベートの歩き去った方を見ながら頬に片手を添えるフレイヤは、チラと自身の眷族を見やる。何でもないようにしているが、フレイヤには彼が何をしようとしているのかよく分かった。

 

「ダメよ、アレン」

「ですが」

「アレン」

「……申し訳ありません。出過ぎた真似を」

「いいのよ。私の為に動こうとしてくれたのでしょう?」

 

 このまま放っておけばベートを襲撃していたであろうアレンを、フレイヤは笑みを浮かべて優しく窘めた。「行きましょう」と告げ、歩み始める。

 オッタルとアレン、二人のみがフレイヤの傍を供し、他の眷族は周りに散っていった。

 

「よろしかったのですか」

「もう、今度はオッタルまで。いいのよ──今は、ね」 

 

 どこか楽し気な雰囲気のフレイヤ。眷族たちに一時的にしてもらっていた人払いが無くなったストリートは元の人通りが戻ってきていたが、フレイヤが歩く先は誰もかれもが黙り、魂が抜けたようにフレイヤを見つめる。それにイラついた様子をアレンは見せるが、フレイヤの手前、何も行動に移すことなく付き従っていた。

 

聖母(マリア)様が―……」

 

 フレイヤはどこかから洩れ聞こえた声に少しだけ視線を向けて、すぐに目を切った。

 

聖母(マリア)。あの子は今…」

 

 呟くようにして口中で転がした言葉。ベート()への条件として出していた相手。心根が強く、儚さを感じさせながらも決して折れることのない芯を持った子。美の神である自分からしても認める程の容姿。そして、誰よりも優しかった子。

 何よりもその()()()は、暖かで太陽のように輝いていた。今気に入っている子(ベル・クラネル)以前で最も欲して──けれど、どうしても首を縦に振ってくれなかった相手。

 

 今の彼女の足跡を追おうとしても、ほとんど情報が得られなかった。自分の眷族たちを使っても、他の人脈や神脈(じんみゃく)を使っても、だ。

 名前も姿も分からない相手というではないのに、その姿を捉えることが出来ない。数少ない手掛かりをかき集めてやっと手にした情報も、核心には至っていない。現れては消える蜃気楼のように、名前は広まっても実像は掴めない。だからこそ、その情報はベートへの対価なり得たのだが、結果はこの通り。

 振られてしまった。

 

「奴を欲するのは、聖母(マリア)が関係しているのですか?」

「私がただのついでで彼を欲しているとでも? それは私にも彼に対しても侮辱よ──と言いきれれば良かったのでしょうけど、()()もあるわ」

 

「そうね」と、一つ前置きをしてからフレイヤは口を開いた。

 

「レベルが高い冒険者達は皆、良し悪しはともかく私が見る魂の色に輝きを持っているわ。あなたたちは勿論、ロキの所の勇者(ブレイバー)や剣姫、闇派閥の冒険者であってもね。その輝きが強い子程、高みに昇って来る。勿論絶対という訳ではないし、ダンジョンで死んでしまう事も少なくないわ。それでも輝きが曇ってしまったり、淀んでしまったりしている子供達よりも確実に強くなる。闇派閥の冒険者の暗い輝きは好みではないけれどね」

 

 多種多様な魂の色。同じものは一つとしてないが、似通っている物はある。輝き方や色、強さなど千差万別だ。その輝きが好きで、ずっと見て来たフレイヤだからこそ言える経験則があった。

 だがらこそ、その例外が目についた。

 

 

「でも、彼の輝きは曇っている。いえ、曇っているというよりも、水底に沈んでしまった宝石のようにぼやけてしまっているの。水底の宝石を取ろうと手を伸ばせば水面が波打って、輝きがぼやけてしまう。水底に届いても、周りの砂を巻き上げてしまえば宝石自体が隠れてしまう。このまま埋もれてしまうと思った。けれど、彼はLv.5に(強く)なった。超えるべき壁を越え、高みに向かって進んでいる。なら、その宝石を水底から掬い上げることが出来ればどうなるか……」

 

 両手を伸ばし器を作るようにして上へと掲げる。好奇に輝く瞳。何も乗っていないその手は何を掴むのか。

 

「今よりも、強くなると」

「分からないわ。宝石だと思っていた物がただの石かもしれない。鍍金(メッキ)であるかも。今日会って、確かめてみたけれどやっぱり分からなかったわ

 

 ──でも、ああだからこそ。

 ──欲しくなる。

 ──見てみたい。

 ──なぜなら。

 

「未知を求めて下界に降り立ったのが、神々(私達)なのだから」

 

 

 (ベート)の輝きが曇ってしまう前の事は少しだけ知っている。有名になり始めて、もう少しすれば手を出すのも悪くないと思っていた。そのころから輝きは水の中にあるような感じだったけれど、せいぜいが手を伸ばせば届くようなものだった。

 しかし、今は深い海の底にあるように見通すことが難しい。

 

 それも全てはあの日から。

 【涙の日(ラクリモサ)】と人々に呼ばれ、聖母(マリア)が表舞台から姿を消し、(ベート)の二つ名が【凶狼(ヴァナルガンド)】へと変わった日。

 

 

 血と、雷と、炎。崩れ落ちる城。消えた聖母。溶けて消えた誰かの慟哭。

 全てを知っているのは、ただ二人だけ。

 【凶狼(ヴァナルガンド)】と【聖母(マリア)】。

 

 きっと聖母(マリア)に届く為には彼が必要だ。根拠はなくとも感じる確信。だからこそ、先の言葉(それもある)だ。

 二兎を追うのは無謀かもしれない

 だとしても、欲しいものは手に入れる。

 欲張りなのだ私は。

 

「さあ、気分転換も出来たから、そろそろ帰りましょうか。アレン、馬車をまわしてちょうだい」

「はい、フレイヤ様」

 

 スッと音もなく消えた猫人の青年。それを確認してからフレイヤはオッタルを呼び寄せた。

 

「ねぇ、アレンは随分と苛立っていたけれど、どうしたの?」

「…恐らくですが、凶狼は奴の槍を目で追って、囲まれる前に身構えていました。それが奴の矜持に触れたのだと」

「ああ、それで」

 

 全力ではなかっただろうが、それでもアレンの速度に反応した。自分よりレベルが下(格下)の相手に主神の前で無様を晒した。実際に戦えばどうなるかは考慮にせず、アレンはそう考えるだろう。最速の猫人である彼は、自身に追いすがる可能性のある存在を許さない。きっとアレンは更に奮起するだろう。

 全ては己が矜持の為に。

 これは良い誤算だった。

 

「ふふふ。本当に楽しいわね。オッタルも負けていられないんじゃないかしら」

「もとより私は、誰にも負けるつもりはありません。この身はフレイヤ様の剣であるが故に、振るわれれば絶対の勝利を捧げます」

「ええ、知っているわ。私の愛しい子」

 

 ゆっくりと近付いてきた馬車に乗り込み、腰かけた。滑らかに動き出した馬車の窓を開けて外を見る。流れる景色に変化はなく、それでも変わっていく日々に期待を寄せて。

 自身の本拠(ホーム)である【戦いの野(フォールクヴァング)】に到着するまで、フレイヤずっと楽し気に口元を緩ませていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 ベートは目的地に着く前に既に帰りたくなっていた。

 リストの物を集め終えたと思ったら他派閥の主神に遭遇し、そこまで親しくもない筈の相手に、いきなり全く知らぬ相手の惚気を聞かされた

 その上、武器を突き付けられ囲まれるという状況に陥った彼の心境は──推して知るべしだろう。

 だが流石に今回の慰労を兼ねた宴会は出席しない訳にはいかない。こういうものは立場が上の者が率先して出なければ下の者が出席しにくくなる。

 それに普段話せない者との交流を持つ場でもあるから、なるべく参加するようにと団長から皆に言伝られているのだ。

 やっと見えた目的地。テラスに居る団員の一部が、こちらに挨拶してくるのを適当に流し、リストの中から該当する物があれば投げ渡しながらドアを潜ろうとして、二歩下がる。

 

「ッ!!」

 

 勢いよくドアにぶつかるように飛び出してきた白い影。こちらに気付くことなく走り去る姿にどこか既視感を抱く。少しだけ記憶を掘り下げて、アイズに助けられた冒険者があんな姿(なり)をしていたなと思い出す。急用か、まさかこの店で食い逃げは無理だろうと思い気にせずドアを潜った。

 後悔した。

 

(空気悪ッ)

 

 入って早々に雰囲気のおかしさに気付く。静まり返っている訳ではないが苦々しい顔をしている団員が多い。またぞろロキが碌でもないことでもしたのかと勘繰るが、どうやら違うようだった。

 

「俺たちみたいな雑魚が、強くなんてなれるはずがねぇんだよッ。なぁアンタらもそう思うだろ!?」

「そんなことはない、と軽々しく断言は出来ない。だからこそ、決めつけることはないと僕は思うよ」

「慰めなんかいらねぇ!」

 

 赤ら顔でフィンに絡む見知らぬ冒険者風の男。今にも飛びかかりそうなティオネをガレスが上手く拘束している。

 ……状況がさっぱり分からない。が、まぁ古今東西、酔っ払いの対処方法など相場が決まっている。

 手ごろな空いているデカいジョッキに、抱えていた酒樽からなみなみと酒を注ぐ。

 近くにいた団員がジョッキから漂う酒気を嗅ぎ取り顔を引きつらせる。

 

「ん」

「あぁ? 悪いなちょうど酒が無くなってたんだ!!」

 

 こちらの姿が見えない位置に立ち、ベートは後ろから突き出すようにジョッキを差し出す。男はそれを誰に渡されたのか確認せず、高まった気分のままジョッキの酒を飲み干し。

 

「――――」

 

 飲み干して、男はそのまま掃除の行き届いた床にその身を沈めた。男ほど酔っていなかったのか、飲み過ぎ以外の原因(都市最強派閥に絡んだ)で顔を青くした仲間と思われる男たちが寄って来る。

 

「彼のために聞いておくけど、何を飲ませたんだい?」

「火酒」

「それはまた…」

 

 床に沈んだ男ほどではないが、こちらも顔の赤いフィンが苦笑していた。素面の時に飲んでもキツイ酒を飲めば、既に酔いの回っていた男が倒れるのも無理はない。

 死にはしないだろうが、よほど酒に強くない限り、明日は二日酔いで地獄の苦しみを味わうことになるだろう。

 

「あ、あの。…すみませんでした。こいつも悪気があったわけじゃなくて。普段はしっかりしてるんですけど」

「ああ、大丈夫だよ。非はこちらにもあったんだ。彼にもすまなかったと伝えてくれるかい?」

「はい。勿論です。ご迷惑をおかけしました」

 

 一人がフィンに謝罪をして、二人が倒れた男に肩を貸して担ぐように持ち上げる。残った一人が代金を支払っていた。

 もう一度頭を下げて、店から去ろうとした男たちに「それと」とフィンが声を掛ける。

 

「強くなれないと言っていても、それでもどこか諦めていない彼は、きっと先に進むことが出来ると思う。先は険しく、挫けそうになるかもしれない。けど、こうやって倒れた後も心配してくれる、悪いところばかりじゃないいんだと言ってくれる仲間がいるんだ。少なくとも団長として、皆を率いる素質はある。だから、月並みなことしか言えないけれど、同じ冒険者として君たちの躍進を願っているよ」

 

 最後に「酒に弱いのは直した方がいいけれどね」と笑ってフィンはジョッキを傾けた。

 絞り出したような声で「――はい」と返事をして、今度こそ男たちは去っていった。

 

「ガレス」

「おお待っておったぞ!」

 

 何かいい感じで話が終わったようなので、ベートはいい加減邪魔な酒樽をガレスに渡した。喜々としてジョッキに火酒を注ぎ、一息に飲み干す。

 

「~~~ッうまい!! やはり火酒は効くわい!!」

「うーん、あ、ベートやっと来たか~。遅いで~」

「もう飲んだくれてるのかよ…」

「ガレスと飲み比べしててなぁ。勝ったらリヴェリアのおっぱい自由に出来るんやー、ベートも参加する?」

「するか」

 

 半日かけて集めた品々をそれぞれ頼んでいた者達に投げ渡す。そこかしこで歓声が上がる様は餌やりでもしている気分になる。

 

「ご苦労だったな」

「どうも」

 

 全て渡し終えて、適当に隅の席にでも行こうとしたが、リヴェリアが横の席を引いたのでしぶしぶそこに座る。

 

()()は放っておいていいのか」

「どうせ全員潰れるだろう」

「ガレスに勝てる奴は居ないか」

 

 給仕(ウェイトレス)に酒を頼み、わざわざ残しておいたのかバランス良く取り分けられた料理に手を付ける。流石に少し冷めているが、それでもしっかりと下味の付けられた品は十分に美味い。

 保管状態が良いのか、シャキシャキとした歯ごたえのサラダを食む。市販品ではない味のドレッシングは、エルフを除けば大抵の者達に箸休めとして食べられるサラダに食べごたえを出している。

 たっぷりのキャベツとベーコンをクリームで煮たスープは、酒に合うように塩気がやや強いが、ほのかにキャベツの甘みが感じられる。

 卵黄と油、特製だというソースをふんだんに使われた鳥のあぶり肉。こちらはついさっき出された物なのか、切り分けるとナイフを差し込んだ隙間から透き通った肉汁があふれ出る。

 表面に刷り込まれた香辛料が口の中でぴりりと弾け、噛み締めればじっくりと焼かれた皮目はパリパリと香ばしく、身はふっくらと柔らかい。

 

「お待たせしましたニャ」

「ああ」

 

 猫人の給仕(ウェイトレス)から酒を受け取り、口をつけた。油っぽくなった口中を酒が流してくれる。

 

(歯ごたえが足らねぇ)

 

 一通り食べて、もう少し分厚いか噛み応えのある肉が欲しいとベートは思う。十分に料理は美味いが、これは単純に好みの問題だった。

 

「随分と遅かったが、何かあったのか」

「品を集めるのに時間がかかった」

「……ティオネの持っていた物か」

「あれが一番時間が掛かったが、他のもそこそこにな」

 

 因みにティオネが宴が始まって早々にフィンに使おう(盛ろう)としたため、【愛の秘薬】は没収されていた。

 水でも飲むように火酒を空けるガレスを努めて見ないようにしながら話を続ける。あれと飲み比べなど何の嫌がらせだ。また一人、無謀な飲み比べに参加していた団員が轟沈した。先ほどの男のように介抱されることもなく、放置されている。近くの女性団員が侮蔑の目で見ているため、後日肩身の狭い思いをするだろう。

 

「そういえばさっきの件だが」

「…も…う」

 

 リヴェリアがふと何事か言おうとした時、ゆらりと幽鬼のようにティオネが立ち上がる。

 周りが訝し気に見やるが、それは一部のみで多数の団員はやたらと盛り上がる飲み比べに意識が行っていて気付かない。

 

「ティオネ? どうし―」

「もう、我慢出来ないわ!! 絡んできた見ず知らずの冒険者にすら優しい団長の包容力ッ。わ、私の身も心も包んでくださいだんちょぉおおおお!?!?」

「え、ええちょぉおお落ち着いてティオネ!?」

「わぁああティオネさんご乱心!!」

 

 叫びだし、フィンの元に突っ込もうとするティオネを必死で止めるティオナと周りの者達。暴れ回るティオネに触発されてか、他の団員達も騒ぎ出す。

 酒と追加で頼んだ骨付き肉、その他の料理を抱えて隅の席に場所を移す。

 

「費用はロキ付けだな」

「主催だしな」

 

 後ろで行われる喧騒を聞きながら、しれっと付いてきていたリヴェリアが諦めたように呟いた言葉に軽く返す。

 階層主よりも余程迫力のある顔になった『豊穣の女主人』の店主が怒声を上げて。下手人たちを物理的に黙らせるまであと少し。

 長かった一日の終わりは、酒と乱痴気騒ぎで締められることになった。




ソード・オラトリア最新刊良かったです。
ベートさんがカッコいい!
そしてフレイヤファミリアどんだけ強いんだろう…

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