ベート・ローガ? の眷族の物語   作:カラス

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年号、変わってしまいました。覚えていてくれる方いるのかな?
居てくだされば幸いです。


帰還の四?

「夜は打ち上げやるからなー! 遅れんようにー!」

 

 朝食を終えた後、主神であるロキに見送られながら、街路を経て目抜き通り──北西のメインストリートに出た。目的は遠征の後処理──ダンジョンから持ち帰った戦利品、武具防具の整備ないし再購入、道具(アイテム)の補充など──が目的だ。遠征帰還後はやることは山積みになっていて扱う量も量なため、ほぼ団員総出だ。それぞれが役割を振り分けられ、目的地も違うが、ギルド本部までは全員で向かっていた。

 

 時刻は朝の九時を回った頃。多くの者がダンジョンに向かう直前の時間帯なので、迷宮探索の前準備のため、街路には多くの冒険者が溢れていた。その中でもロキ・ファミリアは周囲からの注目を集めていた。オラリオでも指折りの実力を持つ彼等の存在は誰もが知るところであり、様々な羨望とやっかみ、何より畏怖を向けられている。

 

 ベートがギルドのロビーで向けられていたモノと同種の、しかし多さの違う感情の波だ。集団で進む彼等の道を阻むものは居ない。やっかみの視線を向ける者も、イラついたように何事か悪態を吐く者も、皆一様に道を開けていた。

 

「なんかやだなー、こういうの。いい加減慣れたっていえば慣れたけどさー」

「なら文句言わない。一々言っても仕方ないでしょう」

「でも、ティオナさんの言うことも分かります。自分が偉いわけでもないのにって思ってしまって」

「だよねー! ほらレフィーヤもこう言ってるじゃん」

「ばかティオナ。そういうのも含めて言うなって言ってるの。辟易してるのはこっちも同じよ」

「文句言うくらいいーじゃん。ティオネのケチ」

「あ゛ぁ゛ん? 誰がケチだって? あんまりくだらないこと言うようならひっ叩くわよ」

「ま、まぁまぁまぁ! 二人とも落ち着いて!! そ、そうだベートさんは今回来られないんですか!?」

 

 何気ない会話から流れるように喧嘩になりそうだった姉妹を仲裁せんと、レフィーヤは集団に同行していない狼人(ウェアウルフ)の青年名前を出した。

 

「あやつならホームで書類の処理をしておるわ」

「そうなんですか?」

「あぁ、罰の一環でな」

 

 たっぷりとした髭を撫でながら、ガレスが慌てているレフィーヤに助け船を出す。アマゾネス姉妹もファミリアとして視線を集めている中でこれ以上醜態を晒すつもりはないのか、お互いに矛を納めてガレスに顔を向ける。

 

「罰って、深層でのことですか?」

「って言ってもあれは団長公認だったじゃない」

「たわけ。公認ではなく事後承諾だったじゃろうが」

「許可出てるなら一緒じゃん」

「……罰を受けているベートの方が弁えとるのはどういう了見なんじゃ」

 

 呆れたような声で呟いたガレスの声は、空しくメインストリートの喧騒に呑まれていった。

 

 

 

 

 

 ▲▽▲▽▲▽

 

 

 ロキ・ファミリアホーム、黄昏の館の一室。柔らかな日差しが窓から注がれている。カリカリと淀むことなく、一定のペースで羽ペンが羊皮紙に文字を綴り、机の上に重ねられた羊皮紙が次々に処理されて振り分けられる。

 

「あの、ベートさん。この書類は―」

「……フィンに渡す分に纏めとけ。そっちのはリヴェリア、それ以外はラウルだ」

「は、はい! ありがとうございます!」

 

 チラと兎人(ヒュームバニー)の少女から差し出された書類を一瞥して指示を出す。コキリと首を鳴らしながら次の書類に取り掛かる。休憩を取ってもいいくらいの時間は経っているが、朝に食事を取ってから休まずに続けていたので残りも少なくなっていた。ここまで来れば後は半端に休憩をするよりもやり切った方が楽だ。

 

 この後にも遠征から持ち帰ったアイテムや魔石の売却、武器防具の整備費等々出ている団員達が戻ってくればまた書類が増えるが、それは団長であるフィン達が戻ってきた後の話。今ある分は遠征中に溜まった書類だけなので、多いことは多いが捌けないこともなかった。

 

 そして、最後の一枚を捌き終える。淡々と後片付けを終えて、ベートは席を立つ。遠征の間は暫くなかった、椅子に長時間座り続けての事務作業。モンスターを相手にするのとはまた別種の疲労感があった。

 

「あ、ベート仕事終わった~?」

「ロキ」

 

 立ち上がってさて昼食でもと思った矢先、主神(ロキ)が話しかけてきた。

 

「何か用か」

「用がないと話しかけたらアカンの~? もうベートのい・け・ず」

 

 語尾にハートでも付きそうな甘ったるい喋り方に、両手を頬に添えてくねくねと上体を揺らす様はどうしようもなく苛立ちを煽った。傍から見ていた団員でさえイラッとしたのだから、直接言われたベートなどは言わずもがなだろうと、視線を向けるが。「無いならいい」といつもの無表情のままで横を通り過ぎようとしていた。

 

『ベートさんすげぇ』と、本当にどうでもいいことで団員達の評価が若干上がった。

 

「冗談やんかじょーだん。ベートは相変わらずやなぁ」

「要件は?」

「せっかちなんはモテな──ああっ待って、言うから行かんといてぇ!」

 

 ズルズルと歩き去ろうとするベートの足に抱き着いて縋る様は、神の威厳などあったものではない。しかし周りの団員は呆れながらも慣れてるのか、その姿を見てもため息を吐くだけだった。

 

「……で?」

「ぉおう、流石に調子乗りすぎたわ。ベートの対応がめっちゃ厳しい」

 

「んー」とロキはごそごそとポケットを探り、目当ての物が見つかったのか握りこぶしが突き出される。受け取る為に手を差し出すと、くしゃくしゃになったメモが落とされた。皺を伸ばしながら広げると──

 

触れ合い喫茶おんにゃの娘パラダイスという店の請求書だった

 

「……幾ら欲しい?」

「リヴェリアに渡しておく」

「うちに死ねとッ!?」

 

 真顔でバカなことを言って来る主神を無視して今度こそ本来渡されるべきだったメモを受け取る。

 中身は雑多で一貫性がないものばかりだった。傾向としては趣向品が多いようだが、と頭を抱えるロキに目を向ける。

 

「アカン、このままやと今月のうちの小遣いが……ん? あーそのメモの中身はあれや。今回の遠征前に皆が頼んでた諸々の品や。あんま早く受け取りに行っても邪魔になるし、小物類除いて取り置きしててもらったんよ。で、せっかくやから打ち上げん時にでも渡そう思てな?」

 

 ロキの説明を聞き、ふぅんと緩く頷く。遠征の前に個人の趣向品を頼む、というのは、ままあることだ。縁起が悪いと忌避する者もいるが、それと同じ位にはこの冒険が終われば○○を食べる、飲む、買うんだと嗜好品を取り置きする者は多い。

 何があるかは分からない迷宮に挑むからこそ、モチベーションを高める為に明日()への希望、活力として分かりやすい()()を自分で用意するのだ。先が見えないというのは不安が積もる。いつ終わるのかと精神が削られる。そんな時にこれが終わればと気力を高める為のものとしての嗜好品。

 これが意外とバカに出来ないのだ。

 

 単純で、だからこそ分かりやすく効果がある。ただし、これが終われば結婚するんだ、告白するんだとかいうことを口にするのは神々から猛烈に止められる。曰くシボウフラグだとかいう物が働いて、窮地に陥りやすくなるらしい。主にシボウフラグは恋愛関連の言葉に多いとはどこぞの暇な冒険者が調べたことだったか……。逆にその手の行動や言動を乱立させることで生き残るセイゾンフラグなるものもあるとかないとか。

 ──つまりは相も変わらず、神々の考えは下界の者には理解が及ばないということだ。

 

「ジャガ丸くん」

「アイズたんのやな!」

「ドワーフの火酒、樽」

「ガレスのやつやなー」

「……愛の秘薬」

「……ティオネの、やったかなぁ」

 

(待て、俺が買いに行くのか、これを?)

 

 ジャガ丸くんは良い、火酒も樽とか頭おかしいがまぁ良い。その他のものも良いが、愛の秘薬だけは嫌だ。愛の秘薬等と銘打っているがようはこれは禁制品ではない()()()()用途に使われる品である。生物の本能に働きかける、簡単に言えば媚薬の類なのだ。

 自分が頼んだものではないとはいえ、()()()の店に入った事実がマズイ。誰かに見られれば何を言われるか分かったものじゃない。面白おかしく脚色されて騒ぎ立てる神々(暇人ども)の姿が目に浮かぶ。

 

「罰やから諦めえ、ベート」

 

 ぽんぽんと腕を伸ばして肩を叩くロキ―反対の腕で先ほどの請求書をくすねようとしている―に「わかってる」と返して自室に向かう。

 恐らくこれで終わりになるであろう今回の罰だが、最後の最後に面倒なものがやってきた。

 

(……早く終わらせるか)

 

 色々と考えてみたが受ける以外の選択肢もなく。今更ぐずぐずしていても仕方ないし、面倒は早く終わらせる方がいいものだ。リストを見る限りそこまで時間の余裕もない。

 

 資金を受け取り、支度を終えたベートは門番に見送られて、足早に雑踏の中に紛れていった。

 

 

 ▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 

「いらっしゃいませ、【ロキ・ファミリア】の皆様」

「アミッド、久しぶり!」

 

 ティオナが気さくに手を上げて声を上げる。折り目正しく、アイズ達を出迎えた【ディアンケヒト・ファミリア】の団員であるアミッドは下げた頭を上げて、薄く笑みを浮かべた。アイズ達と顔見知りのアミッドは彼女らの無事を喜んでいた。先日来ていたベートの様子から、無事だろうと思ってはいても、実際に目にするまでは完全には安心できないのは治療師(ヒーラー)としての性だろう。「どうぞこちらに」とさらりとこぼれる細い長髪を揺らしながらアイズ達を先導する。

 

【ディアンケヒト・ファミリア】の施設内は薬の販売場、治療の為の診療室、待合室など何処も多くの人で溢れていた。商売繁盛とはいえ、薬の販売はともかく治療関連の施設の需要が高いのはあまり歓迎すべきではない。怪我も病気も何事もなく、日々健やかに暮らしてくれることが一番なのだから。

 アイズ達をカウンターの一角に案内したアミッドが声をかける。

 

「それでは改めて、本日のご用件を伺っても? 必要であれば商談室にご案内しますが、生憎と今は空いていませんので、少しお待ちいただくことになりますが―」

「ああ大丈夫よ。そんな大それた用事でもないし、ここで十分」

「アミッドこそあたし達の相手してて大丈夫ー?」

「はい。今は緊急の患者もいらっしゃいませんから、問題ありません」

「そ、なら良かった」

 

 ティオネはちょいちょいとアイズを手招きする。こくりと頷いて、アイズはカウンターの前に歩み出る。持っていた長筒の容器を開け、巻いて収納してあったドロップアイテムをアミッドに差し出した。

 

「……これは」

「『カドモスの皮膜』よ。冒険者依頼(クエスト)のついでに、運良く手に入ったわ」

 

 アミッドが静かに驚嘆する。

 市場に滅多に出回らないドロップアイテムを前にして、彼女は手袋をはめ慎重に目を通し始めた。

『カドモスの皮膜』は優秀な防具の素材になる一方で、回復系の道具の原料としても重宝されている。商業系のファミリアからすれば、その希少性もあって、喉から手が出るほど欲しいドロップアイテムの一つだ。

 何せ、前提条件として、ダンジョンの深層まで行くことの出来るファミリアでなければならない。次に、強力なモンスターであるカドモスを討伐出来る戦闘力。最後にカドモスの皮膜がドロップする運が必要なのだ。前提条件の段階でかなり対象が絞られるのだから、アミッドが驚嘆するのも当然だ。

 

「……本物のようです。品質も申し分ありません」

「そう。それで、買値は?」

「七〇〇万ヴァリスでお引き取りしましょう」

「一五〇〇」

 

 ──ここぞとばかりにティオネが吹っ掛けた。

 ぎょっとティオナとレフィーヤが目を剥き、アイズさえ小さく驚く中、彼女は不敵な笑みを浮かべている。人形のような表情を崩さないアミッドも、ぴくりと肩を揺らす。

 

「お戯れを。八〇〇までは出しましょう」

「アミッド? 貴女の言った通り、この皮膜の品質は申し分ないものだと私も思うわ。今まで市場に出回ったものよりも遥かに上等だと自負できるほど……一四〇〇」

 

 熱く静かな商談の幕が切って落とされる。突然始まった水面下の激しいやり取りに、アイズ達は一瞬圧倒された。

 

「ちょ、ちょっと、ティオネっ?」

「私達は団長から『金を奪って来い』と、そう一任されているのよ? 半端な額で取引するつもりは毛頭ないわ」

「それはどこの団長の話ですか! 流石にそこまで言われてませんっ!?」

 

 使命感──ではなく思い人に褒めて貰おうという打算──に燃えているティオネ。この欲に忠実な様こそがアマゾネスとばかりに暴走気味な少女には、実妹の声もエルフの少女の叫びも聞こえない。アイズはただただその光景を注視するばかりだ。止まりそうにない、というのが理由の大半を占めるが、実際に遠征での消費を考えると売価が上がるのは喜ばしいことではあるので、強制的に止めに入っていない。後、残った三人には交渉の為のスキルが足りていないのも理由だ。ティオナは相場等が理解できていないし、レフィーヤは押しが弱い、アイズに至ってはそもそも対人能力(コミュ力)が足りていない。

 

 手に入れたのが彼女らだから、というだけではなく、知り合い且つ見た目が良く、世話になる機会の多い【ディアンケヒト・ファミリア】のアミッド相手に強気な交渉が出来る手すきの団員──と考えた場合、合致する人員が意外に少なく、団長判断で適役とされたのがティオネだったのだ。因みにこれらの事情は本人達には知らされていない。知らせていたら、気合いを入れすぎたバーサーカー(ティオネ)の手によって、この交渉はもっと醜いものになっていたこと請け合いだろう。

 その辺りを見極めは流石フィン・ディムナといったところだろうか。

 

 カウンターに肘を置き、身を乗り出して来るティオネからアミッドも目を逸らさない。容姿端麗な少女達が顔を寄せ合う姿に、何人かがごくりと生唾を飲んで見入っていた。

 

「八五〇。これ以上は出せません」

「今回戦った強竜(カドモス)は活きが良くてね、危うく死にかけたわ。私達の削った寿命の分も加味してくれるとありがたいんだけど? 一三五〇」

 

『カドモスの皮膜』を入手した経緯を知るティオナ達は、ティオネにそれぞれ思うところのある視線を送る。

 今回の『カドモスの皮膜』はそもそも新種のモンスター、気色の悪い芋虫型のモンスターと強竜(カドモス)が争った跡と思わしき場所から手に入れた物だ。つまりただの拾い物で、別にカドモスと戦って得た訳ではない。

 態々不利になる事を言うほどお人よしではないが、それでもその表情が微妙なものになるのは、まだまだ年若い彼女たちからすれば仕方ないことであろう。

 

「……少々お待ちを。私の一存では決めかねますので、ディアンケヒト様とご相談して参ります」

「あら、じゃあここでの換金は諦めましょうか。時間もないし、もったいないけど、他のファミリアに引き取ってもらうことにするわ。『カドモスの皮膜』、しかもこんな上物、どこのファミリアでもきっと欲しがるでしょうね……『カドモスの皮膜』自体、次はいつ持ち込まれるか分からない物だし」

 

「それに……直近で遠征予定のファミリアも無かったから、ね」と囁くようにアミッドに言い、『カドモスの皮膜』の入った長筒を、ゆらりと手先で揺らしながら流し目を送るティオネ。

 ぴたりと動きを止めるアミッドに、ティオネはにっこりと満面の笑みを向ける。流石にやり過ぎではないかと思ったティオナが声を上げる前に、視界に酒樽が入ってきた……。声を上げるのも忘れて思わずそちらを注視する。

 治療院に似つかわしくない、明らかに酒屋か酒場で置かれているべき品がすぐ横に来たため、無言になったティオナの様子に気が付いたアイズとレフィーヤもそれ(酒樽)を見て目を白黒させる。

 酒樽がアイズに向けて袋を突き出した。

 

「……ぇ、あ、はい」

 

 思わず、といった様子で反射的に袋を受け取る。アイズはその袋の暖かさと鼻孔をくすぐるその香りに、中身をすぐさま察して、無意識に頬を緩めた。袋の口を開けて中身を覗くと、中には想像通り出来立ての『じゃが丸くん』が入っていた。

 

「いただきます」

「渡した俺が言うのも何だがここでは食うな」

「って、ベート? どうしたの色々と、というか何、この酒樽」

「ガレスに言え」

 

「どーゆーこと?」と首を傾げるティオナを適当にあしらい、酒樽……を持ったベートは空いた片手を使い、腰に下げた袋から怪しげな小瓶を取り出した。

 

「おい」

「ああ? 今いいところなんだから邪魔する―」

 

 あと一押し、というところで水を差されたティオナが据わった眼で振り返る──前にカウンターへと小瓶が置かれる。それを見たティオネは、手に持っていた『カドモスの皮膜』放り出して小瓶を掴み取った。

 

『ちょッ!?』

 

 空を舞う『カドモスの皮膜』。レフィーヤとティオナが声を上げ、アミッドが目を見開き、アイズはじゃが丸くんに夢中だ。

 

「……何やってんだ」

「これッ!! 愛の秘薬の中でも最上級、市場に回ることがほぼない事で有名な一品じゃない! どうやって手に入れたのよ」

「どう」

「いえ経緯なんてどうでもいいわ! 重要なのはこれが私の手の内にあることよティオナここはアンタに任せるわしっかり稼ぎなさいいいわね私は準備があるからいい? 任せたわよ!!」

 

 空中を泳いでいた『カドモスの皮膜』をベートがキャッチし視線をティオネに向けるが、彼女はそちらを見向きもせずに一方的に捲し立てて、施設のドアを砕かんばかりの勢いで爆走していった。

 

「……で、()()の鑑定は終わってんのか?」

「鑑定自体は終わっています。今は価格の交渉中でした」

 

「え、ティオネさんの事は触れないんですか!?」と固まっていたレフィーヤが慌てるが、ベートもアミッドも気にした様子はない。ベートは普段からティオネの奇行には慣れていて、アミッドもアイズ達ほどではないがティオネのフィンへのいささか……()()()()、行き過ぎた愛情表現を知っている。……アミッドはアイズ達と友人であるが、友人だからといって行動全てを肯定出来るわけではないのだ。

 

「そうか。あいつは幾らで交渉してた?」

「……一五〇〇です」

「……随分と」

 

 アミッドが告げた価格にベートは表情を変えず、しかし声色には多分に呆れの感情が込められていた。ベートから見ても今回の品は上物だったが、せいぜい一〇〇〇が妥当な線だと思う。そこから更に五〇〇乗せるとなるとかなり厳しい。

 

「今回は」

「あ?」

「今回は一二〇〇……いえ、一三〇〇でお引き取りさせて頂きます」

「ええ! いいのアミッド!?」

「はい。足元を見て冒険者依頼(クエスト)を発注したのはこちらが先ですので」

 

 思わず聞き返してしまったティオナだが、アミッドは苦笑しながらも肯定し「それに」と、言葉を続けてベートを見る。

 

「約束、しましたから」

「約束? 何のことー」

 

 首を傾げるティオナに、アミッドは小さな唇に細い人差し指を触れさせて、ふわりと微笑みながら「内緒です」と返した。周りで見ていた面々が思わず赤面してしまうほど、可憐な笑みだった。

 

「す、すみません……」

「いえ、足元を見て冒険者依頼(クエスト)を発注したのは、こちらが先ですので」

 

 商談で謝るのも場違いだが、ティオネの一連の暴走を考えれば思わず謝ってしまうのも仕方がない。

 恐縮するレフィーヤの手に、用意された大きな麻袋が渡される。ずしりとした重さと、じゃらじゃらと大量のヴァリス金貨が擦れる音が、金額の大きさを物語っている。

 

「あ、ベートもう行くの?」

「まだやることがあるからな」

 

 ティオナの問いに端的に答えて、ベートは施設を出て行った。アイズ達も商談金額から考えれば気休めにしかならないが、遠征で消費した高等回復薬(ハイ・ポーション)それぞれ個人用に購入した。

 

「それじゃ、アミッド。またね」

「また」

「ありがとうございました!」

「はい。またのご利用、お待ちしております」

 

 お辞儀するアミッドに軽く挨拶を交わし、アイズ達も施設を後にした。

 

「あー、今度アミッドと顔合わせづらいなー。ティオネやり過ぎだって」

「ファミリアとしては良かったんでしょうけど、さすがに……」

「じゃが丸くん、おいしい」

 

 北西のメインストリートを歩く。正午を過ぎたところだが、朝見かけた冒険者達の姿は、今は疎らになっていた。目に映るのは無装備の、本日は休業と思しき冒険者ばかりだ。頬を緩めてじゃが丸くんをほおばるアイズから、「一個ちょうだい」と言ってもらった物を同じように食べるティオナ。

 

「でも、ベートさんが来てくださって良かったですね」

「確かに助かったね。約束とか言ってたけど、ベートが何かしたのかなー。昨日治療院に行ってたみたいだし」

「何の用だったんでしょうか。遠征直後に行くなんて」

冒険者依頼(クエスト)の、カドモスの泉水を持って行ったって聞いたけど」

「そうなの? わざわざ昨日行かなくても今日まとめて行った方が良い気もするけど」

 

 からりと晴れた空が続く中、話ながら歩くアイズ達は、途中で二手に分かれた。大量のヴァリス金貨を持ったままなのは気が重いとホームに戻ったレフィーヤと、武器の整備に行くアイズとティオナだ。

 

「あ、そうだ。アイズに聞きたいことがあったんだ」

「どうしたの?」

 

 幾つか話題を変えて雑談する中で、ティオナがぽんと両手を合わせて顔をアイズに向けた。

 

 

 

 

「ねぇ──アイズは聖母(マリア)って知ってる?」

 

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽

 

(あ、まさか約束って色付ける云々の話か?)

 

 リストの品があと少し、というところで今更【ディアンケヒト・ファミリア】での事に思い至る。そして、思い切り顔を顰めた。貸しか借りかは個人同士ならそこまで問題ではない。特にアミッドなど誠実な人物であれば、よっぽどのことがない限りリスクは少ない。

 

 しかし、今回は金額が大きい上に、個人間の貸し借りをファミリア単位まで上げてしまっている。

 正直暴走したティオネの責任だろうと思うが、貸していたのはベートなのだ。というかそんな細かい所など関係なく、ディアンケヒト・ファミリアの主神たる老神は喜々として厄介ごとを押し付けて来るだろう。

 

 こう立て続けに厄介ごとが降りかかると流石に気が滅入る。慣れている、といえば更に虚しさが込み上げて来るが、事実慣れているのだから他に言いようがない。厄介ごと面倒ごとに巻き込まれるのが多すぎて嫌になる。自分から首を突っ込んだ覚えもないのに、いつの間にか渦中に居るなんてことは多々あった。

 

 欝々としてきた思考を打ち切り気持ち歩く速度を早める。まだリストは残っているし、宴会までには間に合わせなければまたロキがうるさいだろう――

 

「……気のせい、か」

 

 急に振り向き、構えたベートに不審な目を向ける周りを無視して、感じた違和感の正体を探すが、見つけることはできなかった。

 誰かが好奇心で一級冒険者(自分)を見ていたのか、それとも別の何かだったのか。判然としないが今出来ることはないとして、ベートは買い出しに戻った。

 感じた違和感は、恐らく視線だった。

 敵意でも殺意でも観察でもない。

 もっと柔らかで、いっそ見守るような、慈愛を感じさせるような――

 

 

 

 ▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 

 ベートが去った後のストリート。

 人数こそまばらでも、滅多に人通りが無くならない街路から違和感なく、ちょうど太陽の光が一時小さな雲で隠されて途切れるように、自然と喧騒が無くなった中。

 ぽつんと白いローブを着た人物が現れ、ベートが歩き去った方向を少しだけ見つめていた。

 しかし、その姿も陽炎のように揺らめいて直ぐに消え去った。

 喧騒が戻る前、呟かれた言葉は誰にも届くことなく、風に包まれて持ち去られた。

 

 

 

 

──また、会いましょう。優しい貴方




 ダンメモのアルゴノゥトの出来が凄かった。書籍か漫画にしてほしい。
 ダンまち好きな人は是非やってみてください。

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