ベート・ローガ? の眷族の物語 作:カラス
とても励みになります!
よろしければどうぞご一読ください。
――以前、こんなことがあった。
ファミリアの一人の男が、
別段、その武器が特別に性能が高かった訳ではない。だが、その武器は男の技量に見合わぬ代物であり、武器の性能を自身の実力と勘違いした結果、死ぬことになるかもしれないという危惧から来たものだった。
その辺りの教育は自身のファミリアの先達が見守るものであるが、新しい武器を手に入れ性能を試すために、その足でダンジョンに潜り、死んでしまうという話はオラリオでは枚挙に暇がない。
鍛冶師のファミリアと懇意のファミリアの眷属相手だからこその配慮であり、鍛冶師の男の善意でもあった。
自身の力量に見合わぬ武器であると男にも分かっていた。けれどどうしてもその武器が欲しかった。握った時の手に馴染む感覚。自身の為に誂えたかのように心地よい重さと取り回し易い長さ。過度の装飾はなく、シンプルでいて美しい造形。武器の全てが男の琴線に触れるものだった。
だからこそ、男は鍛冶師に何度も頭を下げて売ってくれるように懇願したのだ。
鍛冶師としても自分の作品が求められるのは嬉しい。一振り一振り、魂を削りながら作り出したものだ。評価されて、熱望されて嬉しくない筈がない。
何度も頼みに来る男を見て、これだけ熱心に頭を下げに来るのだから武器に振り回されることもないだろうと、自分を納得させた鍛冶師は男に武器を譲ることにした。
そのために鍛冶師はちょっとした依頼を男にしたのだ。
武器をただで譲る代わりに、ある
男は大喜びで承諾した。まだ武器を手に入れた訳ではないのに鍛冶師に礼を言い。準備を万全にしてダンジョンへと潜っていった。
依頼された素材は特定のモンスターを十体も倒せば一回は手に入るようなものだ。それを数個持って行けばよく、そのモンスターも別にレアモンスターという訳でもない。意気揚々とダンジョンに潜った男は順調にダンジョンを進んで行った――
――鍛冶師が依頼してから幾日か経ち、未だに現れない男に鍛冶師は首を傾げていた。早ければ二日、遅くとも四日ほどで戻ってくると思っていた男が今になっても現れないからだ。依頼した素材をドロップするモンスターはそこまで強力な個体ではなく、現れる階層も男のレベルなら余裕を持って挑める場所だ。もしや何かトラブルに巻き込まれたか、浮かれたままダンジョンに潜って足元を掬われて死んでしまったのか。
ダンジョンで死ぬのは自己責任とはいえ、自分の出した条件のせいで人死にが出たら目覚めが悪い。鍛冶師は、男のファミリアにコンタクトを取ることにした。最悪の状況も覚悟していたが、男のファミリアに聞くと、男は毎日ダンジョンに潜っていると言うではないか。これは途中で熱意が冷めたか、とも思ったが男は依頼された素材の名前を呟きながらダンジョンに向かうのだと男の仲間は話す。諦めたのではなかったのか。ならば何故と首を傾げていると、ちょうど男がダンジョンから帰ってきていた。
男は鍛冶師に気が付くと、ふらふらとおぼつかない足取りで近寄ってきた。そして鍛冶師の元まで辿り着くと、いきなり膝から崩れ落ちた。どこか怪我でもしたのかと鍛冶師と男の仲間が心配する中で、男はぼそぼそと何事かを呟いていた。一体どうしたのかと男の呟きを拾ってみると、素材が出ないと言っていた。
毎日毎日毎日毎日、何体も何体もモンスターを倒しても全く素材が出ない。そればかりか、通りがかった冒険者がそのモンスターを倒せばあっさりとドロップする。倒し方の問題かと手を変え品を変え倒してもドロップしない。幸運のお守りなる怪しいものを買ってみてもダメ。挙句の果てに
話を聞き嘘だと笑い飛ばしたくなったが、男の表情からは悲壮感が滲み出ており、武器を求めたときの熱意からもとても嘘をつくようには思えなかった。だとすれば理由は何なのかと考えていた時に神が現れた。これ幸いと事情を話し、何か解決の糸口でもと期待すると、その神は神妙な顔つきで語った。
曰く、『求めるほど遠く、諦めるには惜しく、焦がれるほどにその手から滑り落ちる――汝、欲さば我欲を捨てよ。物欲センサーマジ半端ないわー』だそうだ。
深い言葉だった。
物欲せんさーなるものは時に、神ですら逃れられない絶対の法則であり、それに憑りつかれた者は男のような状態になるらしい。
神すらも縛る法則と聞き、鍛冶師達は息を飲んだ。それでも諦められない男は、ならば無心で倒せばドロップするのかと神に問うた。それに対して神はピタリと男に指を突き付け言った。
ハッとなった男は顔を伏せてしまった。鍛冶師も男の仲間も男に掛けられる言葉がなかった。
その後、金で武器を売ろうと言う鍛冶師に、男は条件を満たせなかったのだからと首を振り、礼を言って別れた。
数日後。
求めていた物とは違うが武器を新調し、連日のダンジョン通いのおかげで上がったステイタスと共に、男は憑き物が落ちたような顔で冒険に出かけた。体の調子も良く、探索は順調に進んで行った。
そして、依頼の時に親の仇のように狩りまくっていたモンスターに偶然出会った。あぁ以前は躍起になって狩っていたなと思いながら、モンスターを倒す。ドロップした。男はびしりと固まった。二匹目がどこからか現れ、それを倒す。ドロップした。三、四と倒す。倒す。ドロップした。ドロップした。ドロップした……
男は大量に散らばるドロップアイテムの中心で慟哭する。
物欲せんさーのバカヤローと。
この話は強欲は身を滅ぼす教訓として、冒険者たちの間で広まっていった――
▼△▼△▼△
(カドモスから何か素材がドロップしないかと見てたら、ドロップどころかカドモスが立ち上がりやがった。これが物欲せんさーか? ……いやいや流石に違うだろ。確かに魔剣を買いたいからドロップしないか、しろよと思ってたが偶然だ偶然)
状況は違うが、これは以前自身のファミリアであった物欲せんさー事件のように、自分のせいなのかとベートは思った。流石にそんなことはないだろうと頭の中で否定するが、フィンが一度、戦闘態勢を解いていたことが余計に不安を煽る。用心深く慎重なフィンは仕留めた感覚があったからこそ、戦闘態勢を解いたはずなのに、立ち上がり戦闘を再開するカドモス。原因は怪物の本能か肉体のポテンシャルか、それ以上の何かか……
答えの出ない考えを誤魔化すように、ベートはカドモスへと斬撃を叩き込む。踏み込みと共に放たれた剣閃はカドモスの肉を引き裂いたが、それに構うことなくカドモスは暴れ回る。チッと短い舌打ちと共に、ベートはカドモスの攻撃を避けた。
フィンの鋭い一撃も、ガレスの重い一撃も、ラウルの堅実な一撃も、ベートの素早い一撃も一顧だにせず執拗に攻撃を繰り返す。痛みや傷に
(あーあ、最悪だ)
ベートは面倒だなと素直に思った。
痛みとは本来、命の危機を感じ取る為に必要な機能である。痛みが大きければ大きいほど、体は死の危機に瀕している。だからこそ生物は痛みを忌避し、それを避けようとする。が、カドモスは傷を受けようが痛みを受けようが、回避も防御もせずに攻撃のみを続けている。戦闘初期に攻撃を受けて怒りを募らせていた時とは大違いだ。
死に瀕したモンスターはなりふり構わず殺しに来る。折れた腕で殴りかかる。砕けた額をぶつけてくる。死んだ仲間の死体を振り回すなど、常軌を逸した行動を取ることがあるのだ。それが本能なのか存在意義からなのかは分からないが、厄介であることに変わりない。暴れ回るということは隙が増えると同時に、こちらも
モンスターと戦うときは嬲ることはせず、速やかに殺すのが正しい。中堅処の冒険者が遊び半分でモンスターを嬲り、予想だにしない反撃を受け瀕死のモンスターに殺されることなど、ダンジョンでは珍しい話ではない。
ダンジョン深層へと潜るロキ・ファミリアの面々はそのことを良く理解している。だからこそ、カドモスが立ち上がった時に警戒を強めたのだ。出来ればフィンの一撃で仕留めていたかったというのが本音であるが、たらればを言っても仕方ないと割り切り、より一層慎重に戦闘しているのが現状だ。
カドモスの状態から見て、一度退避し放っておいても恐らく衰弱し、死ぬだろう。確実性を求めるなら当然、そうした方がいい。しかし、この場でカドモスと戦っているのは
時間的制約、攻撃に曝される危険性、瀕死の癖に激しく暴れるカドモス、足元を見られ受けた依頼など全部が全部、面倒だった。
暴れ回るカドモスが無防備な横腹を見せた隙にガレスが接近し、大斧を振り下ろした。ゾブリと肉を断ち切りながら大斧が埋まる。確かな手応え。全員がこのまま押し切ろうとし――
「これはッ!」
荒れ回るカドモスがガレスの大斧を身に受けた瞬間、カドモスは筋肉を締め上げて大斧を
驚愕により生じた一瞬の隙。武器を手放し離脱する間もなく、全力で突進したカドモスと壁の間にガレスは押し潰された。一度二度三度と轟音と共に、突き刺さったままの大斧が押し込まれ傷を広げても。自身の皮が抉れ肉が拉げても。カドモスは突進を繰り返した。
やがて動きを止めたカドモスが体を引くと、半ば瓦礫に埋まるようになっているガレスが見えた。カドモスの血と肉、ガレス自身の血が混ざり合う光景は、なりふり構わぬカドモスの行動も相まって最悪の事態を想像させる。
「おおおおおおおおおお!!」
青ざめたラウルが震える唇から声を出す前に、目を見開いたガレスが自身に乗っている瓦礫を弾き飛ばしながら壁から抜け出し、カドモスにお返しとばかりに拳を蹴りを突進を叩き込む。拳が肉を突き破り、蹴りがカドモスの巨躯を少しとはいえ浮かし、続く体当たりで吹き飛ばした。
カドモスが素手で吹き飛ばされるという目を疑う光景に、ラウルは先ほどとは違う理由で顔を青くする。ついでに、カドモスの突進を食らってもぴんぴんしていて、尚且つ吹き飛ばすガレスと、鍛錬とはいえ殴り合うこともあるベートもげんなりとしていた。改めて思うが、何でこんなバカげた耐久性を持つ男と殴り合わなければならないんだ。
「がはは、カドモスもやってくれるわい。今のはちと堪えたぞ」
「ほら
「……身近な人の方がダンジョンよりよっぽど摩訶不思議なんすけど。何食べたらそんなに頑丈になるんすか」
「……(そこは生き物としてこう、ぐったりしておけよ。何で寧ろ元気いっぱいなんだよ)」
一旦距離が離れたために、追撃をせずガレスの状態の確認のためにフィン達は集まった。浅くない傷を負っているが、致命傷には程遠いガレスの頑丈さにフィンはため息を吐き、ラウルは戦慄し、無事なのはいいがいまいち納得がいかず、ベートは心の中で文句を言っていた。
地面を削り傷痕を残しながらもカドモスはまだ立ち上がる。濁り切り溶け落ちそうな瞳は敵を見据え、到る所から血を流しつつも戦おうとするその姿には言い知れぬ迫力があった。
――傷モ痛ミモ関係ナク
モハヤ幾バクモ無ク、朽チ果テルコノ身ガ求メルモノハ、死デアル
激情ガ、憎悪ガ、怨嗟ガ、屈辱ガ、倒レ伏スバカリノ
死ネバイイ殺シタイ殺シタイ何故生キテイル死ネ、死ネッ! シネ!!
――我ガ命ハ只管ニ敵手ヲ殺スタメニ
「ガぁ■■■■!!!! ■■■■ッ!!?!?」
咆哮、咆哮。尾を岩に叩き付け吹き飛ばし、足が地面を砕く。瀕死とはいえ未だ健在だと知らしめる行動。
フィンはそれを見つめ、一度目を瞑り――開いた。
「これ以上、時間を掛けるわけにはいかないな。ガレス」
「おお」
カドモスを吹き飛ばした時に回収した大斧を持ち、ガレスはニヤリと笑う。
「ベート」
「ああ」
首をコキリと鳴らし、ベートは応える。
「ラウル」
「はい」
呼吸を整え、ラウルは構える。
「――終わらせるよ」
瞬間、カドモスとフィン達は何度目かの、そして最後の衝突を果たした。
――カドモスの牙が迫る。
噛みつかれれば全身をズタズタにされ原型すら残らないだろう。それを涼しげな顔でフィンはクルリと回るように避け、ついでとばかりに手に持つ槍でカドモスの口内を切り裂いた。外殻がいくら硬くとも、内部は外ほどの強度はない。鋭い一閃は血が付着する間もなく振りぬかれる。
口内に走る痛みに構わず、カドモスは自身の右側に抜けたフィンを意識を向けようとすれば、その死角に滑り込むようにベートが現れる。腰だめにした双剣の片方を勢いよく繰り出す。硬質な感触を残しながら左前脚に剣が減り込む。すぐさま減り込んだ左手の剣を引き抜き、その勢いを殺さず出された右手の剣が傷口を更に抉り鮮血が噴き出す。表皮を超えて神経まで剣が突き刺さった。
(相変わらず硬ってぇ、な!)
ただ繰り出すだけなら効果が薄く、硬質な外殻や鱗に阻まれて有効打にはならない。ならば
地面が爆ぜ、礫が飛び散る。
目標をフィンからベートに移したカドモスが地面に亀裂を作りながら猛進する。雄たけびと共に驚異的な速度でベートに迫るカドモスはしかし、ベートに追いつけない。力だけなら階層主であるウダイオスよりも上と言われているカドモスを、速さという点でベートは圧倒していた。
「行けッ!!」
自身の出来る最良を考えてラウルが放った矢が、ベートの付けた傷痕を更に抉る。
痛みを無視していても体にはダメージが蓄積する。確実にカドモスの動きは鈍っていた。
追われているベートはある程度進むと反転し急停止、地面を削り反動を殺さず膝に溜める。停止に伴う脚への負荷を、鍛え上げた柔軟な筋肉と高いステイタスで強引に抑え込む。ギチギチと凝縮された筋肉が唸りを上げ、解放の瞬間を待つ。
そしてベートが声を漏らし、一歩を踏み出す。
「――ッォオ!」
――――爆砕。
踏み出した脚が地を抉り、轟音と共に小規模なクレーターが生み出された。
ベートの姿が掻き消える。
伝わる力が余すことなく速度に変わり、一瞬にして加速する。
【
ベートの保持するスキルの一つで、加速時における力と敏捷のアビリティ強化の恩恵を齎す。これにより一気に加速し、ベートは一時的に本来のステイタスすら超越した速度に至るのだ。
ラウルはベートの踏み込みの度に起こる破裂音と、噛み砕かれたような地面の傷痕によってのみベートの行方を知る。とてもじゃないがサポートなんて出来ない。悔しさに身を焦がされながらも、戦局から目を逸らさない。
追われていた時以上の速度でベートはカドモスに向かう。高速で動く両者によって、彼我の距離は瞬く間にゼロになる。今度こそ獲物を逃がさぬよう、カドモスは全身を使い直接ぶつかりに行く。巨駆と重量、速度と硬度によって技も何もない筈のその体当たりは城砦を破壊する砲弾の如く、冒険者の体を粉々にするだろう。
大きくて速い、だから強い。
子供の理屈を突き詰めたような、ある意味真理とも言える光景。
「ゼェァアアアアアア!!」
「――――■ッ!?!?」
突進してくるカドモスとぶつかる直前に、ベートは左足を軸にして放った回し蹴り。全速力に加え回転により生まれる遠心力が加算された蹴撃がカドモスの鼻先からやや横にずらした位置に叩き込まれた。叩き込んだ蹴撃が肉を潰す感触と同時に、軸にした足が地面に減り込み悲鳴を上げる。それでも吹き飛ばされることなく、ベートは脚を振り切った。
(ぁぁぁ脚痛ったい!?)
……ある程度は予想していたが、その予想を超えた負荷にベートは悶絶していた。軽く埋まった足を引き抜きカドモスの行方を見る。
直進していたカドモスは側面を叩かれた為に向きをずらされ大きく斜めに滑っていく。動いている物体は側面からの力に弱い。けれど、本来ならばカドモスは耐えられただろう。しかし、事前にベートに刻まれ、ラウルに抉られた左足の傷によって、速度の乗った自らの重さを支え、踏みとどまる事が出来なかった。
大きくて速い? そんなことは俺たちの方が知っている。地力で負けているなら技と知恵で打ち勝つのが冒険者だ。モンスター貴様らの道理だけが全てじゃない。モンスターをこそ殺すために磨いてきた技術、蓄積した知識だ。今更そんな分かり易い理屈に負けてたまるか。
「ガレスっ!!」
フィンの指示が飛ぶ。
太く短い脚が大地を踏みしめ、丸太のように太い腕の筋肉が隆起する。肩に担いだ大斧を両手で構え、ドワーフの戦士は笑みを浮かべる。
カドモスの誘導と隙を作り出すという目立たずとも重要な仕事をこなしたフィン。知恵と技で万全の状態で自らに繋げたベート。自身の出来ることを考え、実行したラウル。
フィンが起点となりベートが作り出し、ラウルが期待し見つめる自分の為に整えられたこの
ここで奮い立たなくていつ猛るのだッ!
眼前に迫るのは自らの意志ではなく慣性に従って滑るだけの
少々自分には物足りない相手だが、まあ良い。
「おおおおおおおおおお!!!!」
――大斬撃。
裂帛の気合いと共に振るわれた一撃が、カドモスの首を切り落とした。
クルクルと空を飛ぶカドモスの頭が、ぐしゃりと地面に落ちた。頭部を失った胴体は地面を滑り、やがて力なく止まる。
『………………』
フィン達は警戒を解かず、少しの間カドモスを注視していたが、動く気配はない。ラウル視線がそわそわとフィン達の顔とカドモスの亡骸を往復する。フッと笑いを漏らしたフィンが頷いた。
「ッしゃぁぁあああああ!! 勝ったぁあ!!」
拳を突き上げ、ラウルが叫んだ。
全身を使って喜びを顕わにするラウルの姿に、フィンとガレスは楽し気に笑う。
乾いた音が響き、ラウルがフィンの方に向き直る。
「喜ぶのはいいけど、目的は忘れてないだろうね? ラウル」
「もちろんっす! カドモスの泉の泉水を回収ですよね」
ラウルはよっ、ほっ、と声を出しながら背負ったサポーターバックを降ろさず体を捻り、容器を取り出そうとするが、中々取れない。その姿に、やや呆れた視線をフィン達が送っていると、カドモスの亡骸から魔石を引き抜いてきたベートが近づき、ラウルごとバックを強引に引き下げるように引っ張った。
粗野な、ややもすれば乱雑とも言えるベートの
びちゃりと粘着質な音を立て、ベートの背と腕、サポーターバッグとラウルの腕に
急な感触にポカンとしていたラウルの表情が一瞬で激変する。
「―ぁ」
「――あああああああああああああああああっっ!?」
臓腑の底から引きずり出されたかのような悲鳴。ラウルは普段の言動からは想像しにくいが、Lv.4のオラリオでも上から数えた方が早い実力者だ。当然、そのレベルに至るだけの修羅場を潜ってきている。痛みにはある程度の耐性が在るはずだった。
それが攻撃してきた何かに警戒することも出来ず、絶叫し痛みにのたうち回っている。
カドモスが占領していた場所に繋がる通路の影からゾロゾロと現れたモンスターは、芋虫のような姿だった。
全身を占める色は黄緑。ぶくぶくと膨れ上がった柔らかそうな緑の表皮には、ところどころ濃密な極彩色が刻まれており異様に毒々しい。無数の短い多脚からなる下半身は芋虫の形状に似ている。長い下半身に乗る格好の上半身は小山のように盛り上がっており、厚みのない扁平状の器官――恐らくは腕――が左右から伸びていた。先端には四本の切れ目が入っており指に見えなくもない。
初めて見るモンスターに警戒しつつも、ガレスに素早く迎撃の指示を出す。素早く走り寄り、ラウルの怪我を見ると傷口が溶けていた。いや、溶け続けていた。呻くラウルから一旦視線を離し、ベートを見る。
想像以上に酷い怪我を負っていた。強力な溶解性の液体、腐食液とでも言うべきか。それの直撃を受けたベートの背は溶け焼け爛れている。元の肌の色が判らぬ程に変色し未だにジュウジュウと音を立てる背。着ていたジャケットは脱ぎ捨てたのか、近くで元の形が分からない位にグズグズに溶けている。咄嗟の判断としては最上の部類であるだろう。そのまま着ていれば、服を伝い腕にまで腐食液に晒されていたかもしれない。
ベートは痛みから暴れるラウルからサポーターバックを取り上げ放り投げる。バックは使い物にならなず、中に収められていたアイテムや武器すらも溶けていた。モンスターと戦っていたガレスが焦燥を滲ませながら戻ってきた。
「フィン!! まずいぞ、こやつらの体液は武器を溶かすッ! 予備の武器をくれ!」
「駄目だ、アイテムも含めて全損した! ラウルを背負ってくれッ退却する!!」
迎撃が難しいと判断するや否や、フィンは躊躇なく退避を選択した。ラウルを担ぎ、ガレスが走り出すと先導するためにフィンが先頭を駆ける。
もはやクエストどころではない。ダンジョンでは何が起こるか分からないが。これはと、口をついて出そうになる言葉を、奥歯を噛み締め抑えこむ。今はそれどころではない。ラウルも心配だが、それ以上にベートが気がかりだ。傷の度合いで言えばはるかに大きな怪我を負っていながら、いくらか噛み殺したような呻り声を出すだけで反応が薄い。だがその顔色が酷く悪い。二人とも一刻も早く治療の必要がある。
入り込んだ通路を削りながらも追って来る芋虫のようなモンスターを確認し、フィン達はキャンプを目指しひた走る。
「………」
薄い表情に汗を滲ませながら走る狼人は思う。
(――痛がるタイミングを逃した!)
戦闘ばかりですみません。ダンジョンから出るまでは暫く戦闘が続きます。
読了ありがとうございました!