ベート・ローガ? の眷族の物語   作:カラス

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ちょっとした過去の捏造が入ります。


始まりの一?

 ロキ・ファミリアの団員に襲い掛かろうとしていたフォモールが、上空から落ちてきた物体によって轟音と共に砕け散った。その衝撃はフォモールを打倒しただけでなく大荒野(モイトラ)の大地にもクレーターを生み出す。

 砂塵が舞うクレーターの中心、紅い滲みとなったフォモールの上でゆっくりとベート・ローガが立ち上がった。

 視線を素早くめぐらし周りの状況を確認する。ベートが作り出したクレーターに巻き込まれ、尻もちをついていた猫人(キャットピープル)のアキに手を貸し立たせる。傷付いた仲間達を見て、顔を顰めながらベートは思う。

 

 ……これはいったいどういう状況なんだ、と。

 

 ベートからすれば、上の階層でモンスターとの生死を賭けた熾烈なデッドヒートを繰り広げ、モンスターの足の間を潜り抜ける為にスライディングを敢行し、そのまま流れるように穴に滑り落ち、穴から抜けたと思えば衝撃と共に気が付けば地面が血に染まっていた。

 という様に状況がさっぱり分からないのだ。

 穴を抜けた先で戦闘が起こっているのは見えた。戦闘をしている集団がロキ・ファミリアだというのも予想が付く。自分の落下地点でモンスターを押し潰したのも何となく分かった。

 けれど戦闘を中断してまで此方を注視して、更に何か妙な熱のこもった視線を受ける理由は全く想像出来ない。突き刺すような視線。周りを見渡すと仲間たちがこちらを見ている。タラリとベートの背を冷たい汗が伝う。

 

 ……潰したのはモンスター、フォモールだけの筈。仲間を巻きこんではいないから問題はないよ、な? 身内殺しとか冗談でも笑えねぇ。

 それに足が痺れて痛い、今もゆっくりとしか立てない。

 足の防具兼武器、フロスヴィルトの性能とステータスの恩恵でだいぶマシだがダメージがデカイ。

 痛む足と周囲の視線によって心身共にダメージを受けながら、ベートは誰よりも頼れる団長に問いかける。

 

「──どういう状況だ」

 

 端的にそれだけを聞くベート。説明が下手という訳ではないが、色々といっぱいいっぱいのベートが言葉に出来たのがこれだけだったのだ。それに団長であり聡明な彼、フィン・ディムナなら察してくれると思ってのことだった。

 いや本当に、どういう状況なんだ団長。色んな意味でドキドキしながら聞いた返答は――苦笑。

 

「敵の物量が多くてね、前線を維持することが難しいんだ。リヴェリアの魔法がもうすぐ完成するから、盛大な遅刻をしてきた君には大いに働いて貰うよ?」

 

 身内殺し(最悪の事態)は逃れたようだ。

 助かったのはいいんだが、団長、働くって今からか? まだ足が痛い……そんな笑顔でいいかいって言われたら断れねぇ。

 第一級冒険者になっても変わらぬ、いや寧ろ無理が効くようになった分厳しくなった団長の指示に、ベートはやるせなさからフッと息を吐いた。否とは言わない、団長が厳しいのはベートの中では確かなことだが、それ以上にこの小さくも頼もしいリーダーを信用し信頼しているのだ。

 

 無茶は言っても無理は言わず、限界まで力を振り絞らされても限度は超えさせない。人を使うことが抜群に上手いのだ。それに後ろでのうのうと指示を出すだけでなく、困難があれば誰よりも先に立ち向かう団長はベートの憧れでもある。失敗もあった、仲間が死んだこともあった、それらを乗り越え糧にしてロキ・ファミリア団長、フィン・ディムナはここにいる。仲間の死を弔い、毅然とした態度で最後までいた彼が一人、誰もいない通路で壁に拳を叩きつけ、その後直ぐに顔を上げ歩き去っていった姿を見たことがある。

 その背に、ベート・ローガは魅せられた。狼人(ウェアウルフ)は強さを尊ぶ。それはほとんどの場合肉体的、戦闘的な強さのことだ。だが、ベートはフィンの在り方にこそ敬意を表す。自分には出来ない考え方、振る舞いに憧れた。

 格好良かった(・・・・・・)のだ。

 

 無いものねだりの無様な憧憬だと、自分を嘲ったこともある。それでも捨てられなかった。体ばかりが大きくなっても、一級冒険者になっても、周りから強くなったと言われても、あの背には届かないという考えは変わらない。焦がれるように我武者羅になって目指すこともできないくせに憧れを捨てられない、本当に救いようもないほど滑稽で無様。

 

 意識を切り替えてベートはフィンからの合図を待つ。

 信頼する団長の指示に基本的には否とは唱えない。彼が指示をするということは必要なのだろう。そう思えるほど彼には実績がある。ならば自分のすることは決まっている。痛みの引いてきた足を曲げ力を貯める。引き絞られた弓のように、放たれる瞬間を待ち――

 

「頼んだよ、ベート」

 

 

 ――怒られない内に、ここを離れるッ!

 

 

 憧れであることなど関係なく、見た目子供で中身がオッサンという年齢詐欺にも程がある団長様は怖いのだ――とても。生きてきた年月に裏打ちされた知識と勘、なんかもう心を読んでるのではないかと思うような会話の展開の仕方。これだけでも怖いのに魔法を使った時なんか修羅もかくやってくらいだ。普段温厚な人がキレると怖いというのを体現してるような人だ、この団長様は。だから俺のする行動は決まっている。頷いて余計なことを言われる前に全力で離れる! 後ろから聞こえた頼んだよという言葉は聞こえない。

 

 どうせこの後に説教をされるのは決まっているが、働き次第では情状酌量の余地があるのでは、と砂上の楼閣のように淡い希望を抱きながらベートは駆ける。一歩目から最高速に達し、二歩三歩と進む度に前線へと近付く。瞬く間に盾役の者たちの元まで走り寄り、するりと間を抜けフォモールの足へと蹴撃を見舞う。速度が乗った蹴りは、ベートのスキルの効果も相まって一撃でフォモールの足を吹き飛ばす。硬く強靭なフォモールの肉体が冗談のように吹き飛ぶさまは、分かっていても団員たちに驚愕を与えた。支えが無くなり崩れ落ちるフォモールの体を二撃目の蹴りが襲う。倍どころでは済まない体格差の相手をものともせずに弾き飛ばした。

 

 飛ばされたフォモールは仲間を巻き込み倒れ、隙を晒す。それを見逃さず次々と攻撃を叩きこみフォモールを灰へと変えるロキ・ファミリアの面々。苦戦し一度は突破されてしまった相手。それを連続撃破することで士気が上がる。その場で仕留めず、飛び道具替わりとしてモンスターを利用し次の行動に繋げる。鮮やかな手並みを見せられ、闘争心が掻き立てられた。自分たちが苦戦する相手だとしても、一級冒険者たるベートには周りを見て、倒すだけでなく利用する余裕があるのだ。その差が悔しくもあり、誇らしくもある。仲間たちを一瞥し後は任せると言うように他の場所へと向かうベートに応える為に奮い立つ。

 盾を掲げ、槍を構えて剣を振るう。漫然と行動をするな、状況を見ろ、隣にいる仲間を信じろ。助けられた、また(・・)助けられた。何度も何度も繰り返された光景に、慣れることだけは絶対にするなッ。それを許容してしまったら二度と一級冒険者(彼ら)の仲間だと誇れなくなる。

 だからこそ──声を上げろ、歯を食いしばれ。自分達は大丈夫だと、言葉ではなく行動で示せ。何よりも雄弁な行動によって見せつけろ。

 共に進み共に笑い共に居る為に。

 吼えろ、俺達/私達は戦えると!!

 

『おぉぉおおおおおおおッ!!』

 

 

 地下深くから天まで届けと言わんばかりに、咆声が戦場に轟いた。

 

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

 (……しくじった)

 

 

 

 ベートは殺すつもりで放った攻撃だったが、フォモールが思いのほか硬く、また足の痺れが完全に取れていなかったため半殺しで弾いてしまい、バツが悪くなり他の場所へと向かった。もちろんその場が立て直していることを確認してから行動している。手が少し足りないというところをベートは動き周り、ナイフを投げ双剣で斬り拳足を打ち込んだ。

 

 すると、突然仲間たちが吼えた。一斉に上げられた咆哮に、ベートはたじろいで動きを止める。

 

 何だ何だと周りを見渡すと狂乱一歩手前の覇気を見せる仲間たちがいた。

 ……主神(ロキ)の趣味で集められた仲間は見目麗しい者が多い。綺麗可愛い精悍凛々しいなど形容の仕方は分かれるが、皆一様に容姿が整っている。そんな集団が血みどろになっても声を上げ覇気を纏いながら戦っている。慣れているといえばそれまでだが、さすがにここまで荒ぶるのは珍しく、ぶっちゃけ怖かった。

 

 ロキ主催の宴会で開かれた~地獄の耐久飲み比べ、勝利の栄冠は誰の手に~で酔っ払いと化したロキが本人の許可なく決めた景品、リヴェリアに抱き着くを実行しようとした男たち(ロキ含め泥酔状態)を怒り狂ったエルフを筆頭とした女性たち(こちらも大概に酔っていた)がボコボコにした時並みの気合いだ。仲間内の戯れと侮るなかれ、その時の戦闘が原因で実に三週間もロキ・ファミリアは機能停止一歩手前に追い込まれていたのだ。ホームでの出事だったからよかったもののこれが外の酒場で起こっていたらぞっとする。

 

 何が一番辛かったかと言うと、三週間の間女性団員が男性団員と一切会話しなかったことだった。必要最低限の事務報告はしていたが私事での会話は一切ない。男女比がロキの趣味で女性に偏っているためにただでさえ肩身の狭い男たちは自分たちのせいとはいえ、針の筵どころか鋼鉄の処女(アイアンメイデン)に入れられた罪人のような日々を送っていた。例外は早々にティオネから大量に飲まされぶっ倒れたフィンと単純にひたすら飲むことに集中していたガレス、そしてたまたまリヴェリアの横に座っていたためその催しに参加するという選択肢がなかったベートだけだ。本人が横にいるのにわざわざ死地に向かう愚は流石に犯さなかった。

 

 ギスギスした雰囲気の中、どちらにも角が立たないように立ち回らなければならなかったベートは大変苦労した。友好関係にあるファミリアとの連絡や交渉にも、殺気立った面々に行かせたらどのような事態に陥るか分からないと、ティオネ、リヴェリア、ガレス、フィン、ベートで回さなければならなかったため、仕事に忙殺されかけた。冒険者が冒険以外、それも事務仕事などに殺されるなど絶対に嫌だった。最後にはリヴェリアが悪乗りした男性団員も悪いが、過剰に反応した女性団員も悪いと両成敗で手打ちとした。エルフの者達には同じようにとは言わないが、自分もファミリアの一員なのだから必要以上に崇めて輪を乱す行動は控えるようにと釘を刺した。

 因みに、元凶のロキは丸一日木に吊るされていた。食事はアイズが食べさせていたので罰かどうかは意見が分かれたが。その時の事を思い出し憂鬱な気分になっていると、ヒュリテ姉妹が寄ってきた。

 

「ベート来るのおっそーいッ!! どこで道草を食ってたのー」

 

 ブンブンと大双刃(ウルガ)を振るい、フォモールを細切れにしながらヒリュテ姉妹の妹の方、ティオナが話し掛けてくる。数が多いことに辟易していても、障害にはなり得ないとばかりに屠っていく。

 

「……一個上の階層でモンスターと追いかけっこだ」

 

 双剣を扱いながらベートは先程までの状況を思い出しげんなりする。倒せども逃げども湧き、追いかけ、増え続けるモンスターの集団。気分が落ちても仕方ないことだった。

 

「団長の指示も聞かずに勝手に動くからそうなるのよ。今までサボってた分も働きなさいよ」

 

 自業自得だと告げるヒリュテ姉妹の姉の方、ティオネがナイフを飛ばしモンスターの眼を抉る。怒りのボルテージが一定のラインが超えない限り、彼女は非常に優秀な遊撃だった。 

 

「ディムナ団長と同じ事言うんだな」

 

 これ以上この話をされてはたまらないとベートはティオネの愛する団長の話題を出して話を逸らす。

 

「ホントっ!? やっぱり私と団長は心が繋がってるのね!!」

 

 きゃー、と褐色の頬を薄く染め喜色満面の笑みを浮かべながらククリ刀を薙ぎ、ファモールを斬殺する。

 

 上機嫌に得物を振り回す姉妹に、ベートは無いとは思うがこのままだと嵐のような剣撃に巻き込まれるのでは? と不安を覚えた。先ほどから掠りそうになっているウルガから離れるため、ベートは跳躍した。

 モンスターの灰になる前の躯を飛び越え、取りあえず牽制にとナイフを味方に当たらない程度に狙いを付け飛ばす。ホルスターに仕舞われたナイフを飛ばすうちに気が付く。

 ――魔剣がない。

 ベートの顔から血の気が引いた。おい嘘だろ、あれ一本でいくらするとッ!? 空中であちこち手で触り、体を捻って魔剣を探してようやく見つけた。足ではなく腰のホルスターへと仕舞っていたようだ。

 

 一先ず安心したベートは着地するために地面を見ようとするがその途中、今まさに棍棒を振りぬかんとするフォモールの姿が視界に入る。

 

(は?)

 

 間の抜けた声が胸中で漏れる。

 ――空中、逃げられない、反撃不可、援護間に合わない、ガードも厳しい、魔剣の使用――却下、ファモールを倒しても棍棒の勢いは消えない。次々と浮かんでは消える選択肢、ベートは躊躇しつつも決断した。

 

 迫ってくる棍棒に足を向け、膝と足首を柔らかく維持。上体をぶれないよう固定。その瞬間を待つ。

 細く細く尖らせた精神が体感時間を限界まで遅くする。ゆっくりと流れる世界の中で足の裏に棍棒が触れた。焦るなと自らに言い聞かせ、膝をクッションにしながら足を曲げ始める。チリチリと脳がひりつくような緊張に晒されながら限界まで足を曲げきり、衝撃をある程度殺すと次は膝を伸ばしていく。棍棒を蹴るのではなく乗るように着地(・・)し、次いで振り切られる棍棒の威力と己の脚力をもって砲弾のように飛び出した。引き伸ばされていた体感時間が元に戻る。

 

 ベートは戦場を高速で横断し向かう先にいたフォモールの魔石を打ち抜き灰にする。飛んで行った先でベートはくるりと一回転して勢いを受け流し、体勢を整えながら今度こそ地面に着地した。

 

(な、何とか成功した。……足が地に着いてるってのはこんなに安心できるもんなのか)

 

 成功した安堵と気疲れから、ベートは少々顔色を悪くしながらも付近を見渡す。

 降り立った場所では仲間たちが盾を押し込み、矢で牽制しながら戦線を広げていた。怒号や雄たけびが飛び交う中、ベートの耳は朗々と呪文を詠唱するリヴェリアの声を聴き取った。もうすぐ完成しそうな呪文の進行具合から、これ以上戦線を押し広げても意味はないと判断し仲間たちに声をかける。

 

「そろそろ下がれ、団長にどやされる」

 

 それに、これ以上戦線を広げられると援護に行くのもしんどい。先ほど向かって来る棍棒に乗るという良くて負傷、悪ければ重症という賭けをしたベートは精神的に疲弊していた。

 

(もう二度とやりたくねぇ)

 

 自らの注意不足が原因だが、それでも不満が漏れる。

 

「ふむ、ようやっと戻ったか」

 

 不必要に広げていた戦線を固定し、維持することに移行する前線から一人のドワーフが他の団員と入れ替わりに壁役から抜け、ベートに歩み寄る。

 ガレス・ランドロックはロキ・ファミリア古参の一人にして前線の要だ。それは精神的にもそうだし、何よりも実力が抜きん出ている。

 いや、抜けて大丈夫なのかよ。このタイミングで説教とかはやめて欲しいんだが。

 チラリと前線を見やりながらそんなことをベートが考えていると、ガレスは笑いながら言う。

 

「そんな顔をするなベート。これも経験だ」

 

 この状況で抜けるとか相変わらずスパルタだな、おい。

 噛み合ってるようで噛み合ってない会話をしながら、ベートは話しかけてくるガレスから思わず視線を逸らす。 そのスパルタ具合にベートが過去に受けた愛の鞭(地獄の鍛錬)を思い出しそうになったためだ。訓練の内容が耐えろってなんだよ、せめて受け方とか逸らし方にしてくれよ。ノーガードでLv.6の拳貰うとか加減したとしても岩ぶつけられてるようなもんじゃねぇか。バシバシと背を叩くガレスの手の感触によって、視線を逸らすことで思い出さないようにした過去がまざまざと蘇っていた。

 本陣を見ると団長が撤退の合図を出していた。これ幸いとベートはLv.5の耐久を抜いてくる背後の手をのけながら呟いた。

 

「合図だ」

「む、やっとか。アイズ!! 戻れぇッ!」

 

 ガレスのよく通る声は、雑多な音がそこかしこで響く戦場の中にあっても端々まで伝わる。基本的に空を飛べない者が大半を占める地上の者たちの常識を「そうなの?」と言わんばかりに戦場を自在に跳ね回っていた金色の髪の少女、アイズ・ヴァレンシュタインが大きく飛んで陣へと戻る。

 その瞬間、地面に描かれた翡翠色の魔法円が強く強く輝いた。

 

「【レア・ラーヴァテイン】」

 

 たった一人の魔法が、冗談のようにファミリアの面々が苦戦していたモンスターを焼き尽くす。

 ロキ・ファミリア古参の三人。フィン・ディムナ、ガレス・ランドロック、そして副団長にしてLv.6――ハイエルフ(エルフの王族)のリヴェリア・リヨス・アールヴが使う魔法を見る度にベートは思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……絶対にリヴェリアだけは怒らせないようにしよう、と。

 わりと高い頻度で説教はされても、怒られたことは少ないベートは決意を新たにし、歓声の上がる戦場の中で、さてこの後の説教からどうやって逃げようかと顔を強張らせながら考えていた。

 それが無駄な努力だったと思い知るまであと少し。

 




読了ありがとうございました!

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