ベート・ローガ? の眷族の物語   作:カラス

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いつものこと/日常風景
始まりの一


 山羊のようにねじれ曲がった二本の大角。首から上には膨れ上がった馬面とでも言うべき醜悪な顔面。真っ赤な眼球が蠢き獲物の姿を睥睨する。怪物というに相応しい巨躯を動かし、夥しい数の黒い塊が鈍器を持つ太い腕を頭上高く振りかぶった。

 

「盾ェ、構えぇッ――!!」

 

 大号令、戦場に声が響き渡る。その声に応えるように何十枚もの大盾が怪物達の進撃を食い止める。怪物の突撃の威力を物語るように、盾を構えた者達の踵が地に埋まった。

 

「前衛、密集陣形(たいけい)を崩すな! 後衛組は攻撃を続行!」

 

 凶悪獰猛な怪物――モンスターに対するは、複数の種族からなるヒューマンと亜人族(デミヒューマン)の一団だった。ドワーフ、エルフ、アマゾネス、小人族(パルゥム)、獣人、各々が役割を果たすべく動き回る。一本の草木もない荒れ果てた大地。岩や砂、全てが赤茶色に染まった茫漠たる大空間。何十もの階層を積重ねた地底深くで、人とモンスターが戦闘を繰り広げる。

 

「ティオナ、ティオネ! 左翼支援急げッ!」

 

 小人族の首領の指示が矢継ぎ早に飛ぶ。目まぐるしく移ろう戦況を、彼の指揮によって団員達は把握する。

 

「あーんっ、もう体がいくつあっても足りなーいっ!」

「ごちゃごちゃ言ってないで働きなさい」

 

 命を受けたアマゾネスの姉妹が疾走し、モンスターを斬り伏せる。

 屠れども屠れども途切れることなく現れるモンスターの大群は、事実悪夢のような光景だった。

 一匹一匹が大の大人を易々と越す巨体から繰り出される棍棒型の鈍器による攻撃に、盾を構える者達の顔を苦悶に変える。

 その攻勢に、防衛線はじりじりと後退させられ、半円を描く陣形がその規模を小さくしていく。

 亜人達の一団は押されつつあった。

 

「リヴェリア~ッ、まだぁー!?」

 

 アマゾネスの少女の声が向かう先で、絶えず紡がれる美しい声が響く。

 

「【──間もなく、焰は放たれる】」

 

 翡翠色の長髪に白を基調とした魔術装束。浅く水平に構えられるのは白銀の杖。細く尖った耳を生やした、絶世の美貌を持つエルフ。この戦場で誰よりも美しく在る彼女は、その玲瓏な声で呪文を紡ぐ。

 詠唱とともに足元に展開された魔法円(マジックサークル)が翡翠色に輝く。

 その柳眉を逆立て、彼女は呪文を紡ぐ唇をそのままに、前方の一点を力強く見据えていた。

 流れる詠唱を聞く者達はまだかまだかと奥歯を噛み締め攻撃に耐える。

 

『──オオオオオオオオオオオオウッ!!』

 

 群れの中で一際大きいモンスター、フォモールの二体(・・)が仲間すらも蹴散らしてそれぞれ突撃を仕掛けて来る。轟音と共に人が吹き飛び、その突撃によって陣形の一部がこじ開けられた。

 

 小人族の団長、詠唱を続けるエルフ、前線で指揮を執っていた筋骨隆々のドワーフがマズイと、同時に直感する。亜人達の一団の中で立場、実力共に頂点に立つ三者が対応を一瞬で考える。

 詠唱するエルフの女性は対応することは出来ない。

 詠唱を中断することは即ち決定打を放棄することに他ならないからだ。高火力の魔法による殲滅を主眼に置いた戦術を取っている現状、それだけはしてはならない。

 また前線で指揮を執っているドワーフも動けない。

 自らも陣形の中に組み込んでいる今、そこから離脱すれば一部どころか、前線そのものが崩壊する恐れがある。

 小人族の団長は一団が誇る最高戦力の一人である金髪の少女に指示を出し、カバーに走らせる。

 だが、前線の両端から崩された為に、少女一人では援護仕切れない。詠唱をする女性とは別のエルフの少女の救援は成功したが、まだ一手足りない。

 自分が動くか、そう決断し走りだそうと足に力を込めたその時、視界の端に落下してくる影を捉えた。目をやり、そして小人族の団長は足に溜めた力を抜き、笑みを浮かべる。

 

「まったく、相変わらず君は無茶をする」

 

 ポツリとこぼしたその言葉は、誰に聞こえるでもなく戦場に溶けていった。

 

「オオオオオオオオオオオオウゥッ!!」

 

 前衛を抜き、後衛にまでその手を伸ばしたフォモールは眼前の敵を殺戮せしめんと、その身に力を込めた。亜人達の悲鳴が上がる、アマゾネス姉妹が反転し討伐に向かうが間に合わない。けれど、振り上げられた棍棒型の鈍器が振り下ろされることはなかった。

 

 肉が潰れる生々しい音と、硬い地面を砕く轟音が鳴る。一瞬、亜人達とモンスターはその動きを止め、音の発生源を注視した。詠唱を続けるエルフの女性の声のみが空間に響いていた。

 

 砂塵が舞うクレーターの中心で、紅い滲みとなったフォモールの上にゆっくりと立ち上がる者がいる。サラサラと流れる灰髪に、ピクリと動く二つの獣耳、黒のインナーの上には白色のファーの付いたグレーのジャケットと足下で光る白銀のブーツ、力強い印象を感じさせる尻尾を一振りし、ゆっくりと周りを見渡す。

 普段あまり感情を表に出すことのないその顔が、周りの傷ついた団員達(仲間)を見て、眉をひそめる。自らが作り出したクレーターに巻き込まれ転けていた団員に手を貸し立たせた後、小人族の団長へと鋭い視線を向けた。

 

「──どういう状況だ」

 

 ダンジョンの階層を一つ突き抜けて仲間の窮地を救った後とは思えないその態度に、団長は苦笑浮かべた。高所からの落下によるダメージも大きいだろうに、この青年は何よりも先に仲間達の状況を聞いてきた。相変わらずだと思うと同時に、危ういとも感じる。けれどその行動によって助けられた身としては咎めることもしにくい。だからこそ、自分のやることは決まっている。

 

「敵の数が多くてね、前線を維持することが難しいんだ。リヴェリアの魔法がもうすぐ完成するから、盛大な遅刻をしてきた君には大いに働いて貰うよ?」

 

 いいかい? と笑みを浮かべながら問う。その言葉に対して青年はフッと軽く息を吐いた。言われるまでもないと言わんばかりの態度だ。

 一つ上の階層で団員に余計な消耗を強いることのないように、一人でモンスターの集団を引き付けたことを遅刻という言葉で嗜めつつ青年に遊撃の指示を出す。

 

 確かにその行動によって自分達はスムーズにこの場に来ることが出来た。この青年なら問題ないと信頼もしている。けれど万が一を考えるのが当然のダンジョンで単独で集団から離れるなど自殺行為であるし、咎めなければならない行動だが、この青年は何度言っても聞きやしない。普段なまじ聞き分けが良く素直なだけにたちが悪い。後の説教は確実だが、今はこの場を切り抜けるのが先だ。

 

「頼んだよ、ベート」

 

 頷きを一つ。本陣から一直線に走り出し、白い獣が直ぐさま前線にたどり着く。狼人(ウェアウルフ)だからというだけでは言い表せない俊足。単純な速度なら自分達(ロキ・ファミリア)の中でも随一のその速度をもって、仲間の危機に駆けつける。陣形が崩れる間際に走り寄り、味方を援護する。助けられた仲間が礼を言う前に次の場所へ。

 

 全体の士気が上がる。ベート・ローガの参戦。それだけで仲間の体に力が巡り、声を上げて疲労していた動きにキレが戻る。僕の立つ瀬がないなぁ、と冗談めかして呟きながら、団長は全体を見渡す。

 

 ロキ・ファミリアが誇るLv.5の第一級冒険者が一人。狼人のベート・ローガ。彼が来たことで動きが変わる。例え窮地に陥っても彼が援護に来てくれる。そんな信頼がファミリア全体にあるのだ。それほどまでに、彼に助けられたことのある団員は多い。けれど彼らはベート・ローガに、いやロキ・ファミリアの中心である第一級冒険者の者達にだけ、負担を押し付けることを良しとしない。迷宮都市オラリアでトップに立つファミリアの一員としての誇りが、縋るだけという軟弱な考えを否定する。

 

 皆を見守る団長、聡明なハイエルフ、豪快なドワーフ、天真爛漫なアマゾネスの妹、直向きなアマゾネスの姉、孤高の剣姫、誇り高き狼人。彼らは助けてくれる、引っ張ってくれる。彼らだけならもっと遠くに、もっと高くに行けるはずなのに。それを自分達が邪魔をする。仲間という鎖で縛りつける、そんな自分達が許せない。無力で未熟な自分に憎悪する。

 だからこそ──声を上げろ、歯を食いしばれ。自分達は大丈夫だと、言葉ではなく行動で示せ。何よりも雄弁な行動によって見せつけろ。

 共に進み共に笑い共に居る為に。

 吼えろ、俺達/私達は戦えると!!

 

『おぉぉおおおおおおおッ!!』

 

 亜人達の一団による砲声が、ビリビリと空気を震わせる。押されていた前線を押し戻す。敵は強大? だからなんだ。自分達は道化師の御旗の元に集まった精兵だ。負けるものか、この程度の修羅場、踏破してこそロキ・ファミリアだろう!

 

「ベート来るのおっそーいッ!! どこで道草を食ってたのー」

「……一個上の階層でモンスターと追いかけっこだ」

「団長の指示も聞かずに勝手に動くからそうなるのよ。今までサボってた分も働きなさいよ」

「ディムナ団長と同じ事言うんだな」

「ホントっ!? やっぱり私と団長は心が繋がってるのね!!」

 

 仲間がさらに勢いづく中、アマゾネスの姉妹がベートに近寄りそれぞれ声をかける。言葉は違うがそれぞれ心配していたのだ。それがあの登場の仕方だ、文句の一つも言いたくなる。ベートは言葉少なに返答し、愛しの団長と同じ事を考えていたということにテンションを上げた姉がモンスターを切り刻む。

 妹が振り上げた専用武装、大双刃(ウルガ)が頭からモンスターを両断する。

 狼人がモンスター達の死体を飛び越え、ナイフを飛ばす。無造作に投げられたように見えるナイフは、それぞれが意思を持つかのようにモンスターの防御をかいくぐり手や眼に突き刺さり仲間の攻勢の起点となる。

 彼は武器として双剣やナイフも使うが、本来の武器はその手であり強靱な脚である。そんなことを露とも感じさせないナイフの扱いに、自分も投げナイフを使うアマゾネスの姉は舌を巻く。

 

 飛び越えた先、落下するベートを狙いすましたかのように、フォモールが棍棒を横薙ぎに振るう。そのままなら棍棒型の鈍器に打ち据えられるだろう。が、彼はナイフを投げた勢いそのまま体を捻り、棍棒型の鈍器に着地(・・)して、振り切られる棍棒の威力と己の脚力をもって戦場を高速で横断(・・)した。飛んでいった先でモンスターの魔石を砕き灰にする。

 

「おぉー、ベートが凄いことした! 私もやってみよっ! かな?」

「やめときなさい。あんな曲芸染みたことを実戦でッ! 実用レベルでやるのは普通無理よ!」

 

 アマゾネス姉妹がそれぞれフォモールを倒しながら、目の前で起こったことを言及する。モンスターの攻撃の向き、タイミング、威力を見極め、体勢を崩さず狙った場所に行く。もはや曲芸と言うよりも絶技と言えるような行動だ。

 周りの団員は驚いている者も少なくないが、付き合いの長い二人からすれば今さらで、ベートだからという言葉で済ませられるようなことだった。

 

「そろそろ下がれ、団長にどやされる」

 

 飛んでいった先、前線で盾を構える者達の側に降りたベートの言葉に、一気呵成とばかりに攻めていた者達の頭に冷静さが戻る。自分達の役目は陣形の維持であって、戦線を押し上げることではない。分かっていても逸っていた気持ちが静まり、攻撃に向いていた力が今度は強固な守りとなる。

 

「ふむ、ようやっと戻ったか」

 

 前線指揮を執っていたドワーフが溜め息混じりに、けれどどこか満足そうに言う。油断なく自分が抜けた穴を埋める仲間を見やりながら、ベートに近寄る。

 

「そんな顔をするなベート。これも経験だ」

 

 隣に並んだベートが向けてくる、どこか非難するような視線に笑いながら背を叩いた。気付いていたなら止めろと言外に告げるベートに、自分達(幹部)に頼るだけでは成長しないのだと諭す。ベートがフイっと視線を逸らす、理解と納得は別なのだと無言の反論。

 クックックとそんな年相応とも言えるベートの態度に笑いを漏らす。バシバシと乱暴に背中を叩き、珍しい反応を見せた後輩に目をやる。

 左側の額から顎にかけて彫られた青い稲妻のような刺青、刺青によって荒々しい印象を与えながらも美形と言える顔立ちに今は疲労の色が見える。

 前の階層で離脱してからこれまで、モンスターと戦い今もこの戦場に来てから休みなく動いていたのだから、それも当然だ。ここを抜ければ大規模な休息(レスト)だ、その時にでも労ってやろう。

 

「合図だ」

 

 背にある手をどけながら、ベートが本陣を見て言う。

 

「む、やっとか。アイズ!! 戻れぇッ!」

 

 ドワーフが前線を超えてモンスター相手に暴れ回っていた、金髪の少女に大声で呼びかける。金の髪を靡かせながら、アイズと呼ばれた少女がモンスターの群れの中から跳びあがり、陣の中ほどに舞い降りる。その瞬間、地面に描かれた翡翠色の魔法円が強く強く輝いた。

 

「【レア・ラーヴァテイン】」

 

 大炎。

 炎柱がモンスター達を焼き尽くす。眼前全ての敵を包み込む炎は冒険者達の顔を緋色に照らす。炎が消えた後に、モンスターの集団は一匹残らず消え去っていた。

 一拍置き、大歓声が上がった。

 仲間と肩を叩き合い、武器を掲げて喜びを分かち合う。

 ここにダンジョン深層、49階層の戦闘が終結した。

 

 

 

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

 ダンジョンの50階層、ここはモンスターが生まれない数少ない安全階層(セーフティポイント)だ。

 49層の激戦を潜り抜け興奮冷めやらぬ中、ロキ・ファミリアの面々は大規模な休息(レスト)を取るための準備をしていた。その中を縫うように歩く少女が居た。

 金糸のように美しい長髪、神々にも引けを取らない整った相貌の少女。アイズ・ヴァレンシュタイン、第一級冒険者であり剣姫の二つ名を持つロキ・ファミリアの幹部。

 

 彼女は今、アマゾネス姉妹の姉、ティオネ・ヒリュテに言われロキ・ファミリアの首脳陣が待つ幕屋へと足を進めている。先ほどの戦闘で前線の指示を無視して敵陣に攻め込んだことだろうと、言われることの予想は付いていた。付いていたからこそ足取りは少し重い。

 指示を無視するということは全体の歯車を狂わし、ともすれば全滅の可能性が浮上する、組織の一員としてやってはいけないことだ。もちろん現場の判断で行動することは大切なことであり、これから向かう先にいる彼らはそれが有効な判断ならば怒りはしない。けれど、先ほどの戦闘での行動が本当に必要だったのか、と言われれば素直に首を縦に振ることは出来ない。前線が立て直した時点で自分は戻り、遊撃として待機すべきだった。その程度のことは彼女も理解している。

 そして、理解しているにもかかわらず追撃をしたことが問題なのだとも分かっている。ファミリアの皆は大切だ、組織の一員としての行動の重要さも分かっている。

 けど、それでも私は────。

 

 グルグルと思考が煮詰まりながらも歩くのを止めなかったため、気付けば目的地に辿り着いていた。考えるのは後にしよう。そう決めて、アイズは本営の中に入っていった。

 

「失礼し──ます?」

 

 挨拶が何だか疑問系になってしまった。なぜなら、入った先には既に怒られている人(先客)が居たからだ。スラリと長い足を折りたたみ、背筋を伸ばして床に座らされている──確か正座と呼ばれる姿勢──人物。灰色の髪の毛から出る獣耳と腰にある尻尾が元気なく垂れている。その様子に触ってみたいという願望が覗くが、奥に居る三人の視線に気付き、すぐに前を向いた。

 

「やぁ、来たかい、アイズ。色々と言いたいことはあるけど、取りあえず」

 

 正座、と笑顔で言われた言葉にアイズは素直に従った。

 

「うん、それで良し。それでアイズ、何を言われるか分かってるね?」

 

 満足そうに頷いた団長、フィン・ディムナは端的に呼び出した理由を告げる。

 フィンの言葉にアイズは頷いた。それを見てフィンは冷静な口調で問いただす。

 

「なら話は早い。どうして前線維持の命令に背いたんだい?」

 

 柔い黄金色の髪に湖面のような碧眼。誰よりも幼い外見でありながら深い理知を感じさせる彼こそが、ダンジョン攻略にお全ての指令と判断を下す、全団員の首領(トップ)だ。

 

「アイズ、君は強い。だからこそ組織の幹部でもある。内容の是非を問わず、君の行動は下の者に影響を与えるんだ。それを覚えて貰わないと困る」

「……」

「窮屈かい? 今の立場は」

「……ううん、ごめんなさい」

 

 一瞬過ぎった心の動きを見抜かれる。

 透明な瞳で笑いかけてくるフィンに、アイズは素直に自省して謝罪した。

 

「まぁそう言ってやるな、フィン。アイズも前衛(わしら)を諌めるつもりであえてファモールの群れに突っ込んだのだろう。危うく陣形を崩す所だったからのう」

「それを言うなら、詠唱に手間取った私の落ち度もあるか」

 

 ドワーフのガレス・ランドロックと王族(ハイエルフ)であるリヴェリア・リヨス・アールヴがそれぞれ助け船を出す。言いながら二人は意味ありげに視線をやった。フィンとアイズの他にもう一人いる人物。

 

「…………悪い、俺が勝手に動いたせいで迷惑かけた」

 

 アイズが来るよりも先に来ていた、ベート・ローガが口を開けた。

 それを見てガレスは笑いを漏らし、リヴェリアは片目を瞑り口唇をつり上げた。

 その一部始終にフィンは苦笑を浮かべ、ややあってアイズを見上げた。

 

「アイズ、ここはダンジョンだ(・・・・・・・・・)。何が起きるかわからない。そしてレフィーヤ達全員が君のように動けないし、戦えない。それだけは心に留めておいてほしい」

「わかり、ました」

 

 頷いて、立ち上がろうとし横に顔を向ける。

 

「あぁ、ベートにはもう少し話があるから残っててね?」

「……あの、ベートさん。ありがとうございます」

 

 助け船を出してくれたことに、アイズは礼を言う。彼は一つ上の階層でモンスター達を引きつける役目をしていた。気付けば消えていたその姿にアマゾネス姉妹の妹、ティオナ・ヒュリテが疑問の声を零し、リヴェリアが答えていたのを耳にしていた。遅れたのはモンスター達を相手にしていたからで、本来なら謝ることではない。

 

 いや、一人で残ったことについては怒られても仕方ないのだが、行動自体に問題は無い。けれど彼は自分のせいでアイズに負担が行ったと言う。それは事実でもあり、事実ではない。確かに第一級冒険者が一人居るのと居ないので戦力に大きな開きが出る。が、上の階層での負担はベートのおかげで大幅に減っていた。だから差し引きで言えばアイズ達の負担は少なかったのだ。

 

 

 それでも彼は自分が悪いと主張する。そんな彼だからこそファミリアでの信頼は高い。

 垂れていた尻尾をヒラリと一振りして、ベートはアイズへの返事とした。あれこれ言わずにいてくれる彼の対応に、アイズは心地良さを感じる。

 リヴェリアのように叱りながら心配してくれることも、ガレスのようにおおらかに受け止めてくれることも、フィンのように諭してくれることもないが、彼は否定をしない。 間違っていることを間違っていると言いはするが、基本的にその者の考えを黙って肯定する。それが彼のスタンスだ。アイズは自分が組織の一員として間違っていると分かっている、それでも強くなりたい。例えどんな無茶をしたとしても、だ。目指すべきものがある、叶えたい悲願(ねがい)がある。その為の無茶を彼は否定しない。それは彼女にとって、とてもありがたかった。

 

 アイズはそのまま天幕から出た。

 

「さて、ベート。呼び出しておいて待たせて悪かったね」

 

 ふるりと首を横に振ることでベートは返答する。

 

「それでだ、ベート。48階層で何故あんな行動を取ったのか、理由を教えてくれるかな?」

 

 フィンは未だに正座を続けているベートに、一応行動の理由を聞く。どういう意図があったのかは分かっているが、これは聞いておかなければならない。きっと彼は何度言っても仲間のために体を張るだろう。けれどそれが言い聞かせない理由にはならない。何度でも何度でも、彼が一人で無茶をしなくなるように、言い続けるのだ。

 心優しいこの眷族(かぞく)のために。

 

「……必要だったからです」

「ベート、今は休息中だ。畏まった言葉は必要ないぞ」

 

 公私の区別をキッチリしているベートが敬語を使うと、ガレスが口を挟む。ベートは反論しようと一度口を開きかけるが三人からの目線に促され、観念したように応えた。

 

「必要だったからだ」

 

 公私の区別がついてるのは良い、だが何時までも緊張状態を続けるのは良くない。休めるとき、息を抜くときを作るのもまた大事だ。その顔に刻まれた刺青と鋭い目つきのせいで、凶暴そうな雰囲気のベートだが、彼はその見た目と正反対なほど礼儀や口調はしっかりしている。

 

 

 ベートの口調が丁寧なのは、オラリオでトップクラスのファミリアである彼らの上の立場となると、殆どが神になるからだ。神でなければLV.が上の相手、もしくは武具防具、遠征に必要な物資などを委託している所謂商談相手だ。そんな者達にわざわざ反感を抱かれる言動をするほど彼は馬鹿ではない、とそれだけの理由だ。

 が、これが中々難しい。格下相手にあまり下手に出るとロキ・ファミリアが舐められる。けれど、ぞんざいな対応を取ると今度は反感を抱かれて鬱陶しいのである。

 

「必要か、それは僕たちに言えないほど大切だったのかい?」

「俺の我がままで迷惑を掛けるのが嫌だった。結局、迷惑を掛けたから、意味もなかったけどな」

 

 我がままか、仲間のために体を張ることは。アイズもそうだが、ベートも何が悪いか分かっている。それでも辞める気はない、第一級冒険者まで登り詰める者達は自分を含め何処か我が強い。うーんと唸りながらフィンはポリポリと頬を掻く。

 

 我の強さ、それは譲れない願いであったり、焦がれるような欲であったり、命を賭して叶えたい野望であったりする。その我欲こそが皆を高みに導くのだ。貫き通した誇りがあるからこそ、第一級冒険者は第一級冒険者としてある。それを変えるのはそれまで歩んできた自分を殺すようなもので、強制して変えるものではない。だから彼にこれ以上何かを言うのは戻ってからにしよう。頭の中で結論を出したフィンは取りあえずどんな罰を与えるか意見を聞くことにした。

 

「ベートに罰を与えようと思うんだけど、どんなのがいいかな? リヴェリアとガレスは何か良い案があるかい?」

「そうだな、戻ったときの宴会で儂と飲み比べでどうじゃ?」

「それはお前が楽しみたいだけだろう。いや、ある意味罰かもしれないが」

 

 髭を撫でながらガレスが提案すると、リヴェリアが呆れたように言葉を挟む。顔を青くしながらも律儀に飲み比べをしているベートを想像し、笑いながらフィンはリヴェリアに聞く。

 

「なら、リヴェリアはどんな罰が良いんだい?」

 

 

 恐ろしい(飲み比べ)が候補に上がってベートの顔が引き攣る。味よりも何よりも酒精の強さを求める所のあるドワーフ、常人が飲めば一杯どころか一口でダウンするような酒、それを水でも呷るように飲み干すドワーフと飲み比べなんて死にに行くようなものだ。

 

「そうだな、本拠の書庫の掃除と整理でもして貰おうか。中々時間が取れなくて、手入れが行き届いてないからな」

 

 顔を引き攣らせるベートをチラリと見ながらリヴェリアは書庫の掃除が出来ていないことを思い出し、頷きながらフィンの方を向く。

 

「あの量の本を手入れさせるつもりか?」

 

 ガレスが本拠の本の量を想像して苦言を呈する。古今東西、様々な種類の本が集まっている書庫はもはや図書館と言っても問題ない状態だ。それを全て手入れするとなると、何時までかかるか分からない。

 

「うーん、どっちも厳しいなぁ。ベートはどっちがいいと思う?」

「もちろん儂と飲み比べじゃろう。のう、ベート」

「書庫の掃除に決まっているだろう。なぁ、ベート」

 

 笑いを堪えながら此方を見てくる三人にベートは冷や汗を流す。

 飲み比べは途中で誤魔化すことも出来ず、比喩抜きでどちらかが、いや自分が倒れるまで終わらない。二、三日は体調不良に悩まされることになる。

 書庫の掃除は膨大な量もさることながら、本自体の扱いにも気を付けなければならない。確認をするのがリヴェリアだとするとなると手も抜けない。

 どちらを選んでも地獄な罰、確かに効果的だ。

 

「そうだね、戻ってからの罰はまた帰ってから考える事にしようか。この場では決められないみたいだから」

 

 ぐぅ、と唸りを上げそうなほど悩んでいるベートの姿を一頻り楽しんだ後、フィンが二人に目配せをする。ガレスは頷き、リヴェリアは片目を瞑ることで返答する。

 

「それじゃベートも行っていいよ。野営の準備を進めてくれ」

 

 立ち上がり本営から出て行くベートを見送った後、フィン達は先ほどの戦闘を振り返っていた。

 

「やっぱり中衛を熟せる人員が欲しいね」

「前衛をカバーしつつ後衛にも気を配る、戦場全体を俯瞰しなければならないからな。フィンの指示である程度サポート出来るとしても、それでは一手遅れる、か」

「現状、それが出来るのはフィン、アイズ、ティオネ、ティオナ、フィンの指示込みでラウル。それと……」

 

 ベートか、と三人は同時に言った。

 

「中衛は専門家(スペシャリスト)というよりも万能家(ジェネラリスト)だから、適性がある人材が少ないのもあるけど、前後衛の知識を覚えないと咄嗟に判断が出来ない」

「アイズ、ティオネ、ティオナはその辺り感覚で動けるからのぅ」

「考えるよりも先に体が動くというのも貴重だが、同じ感覚型以外の者への教導は難しいからな。ただでさえ人材が少ない上に教えられる者が居なければ人数も増えないのも道理だ」

「だからこそ、ラウルにはしっかりと教えないとね。まあそれはベートにも協力して貰うから問題はないよ」

 

 フィンがそう話を締めるとガレスが髭を撫でながら話題を変える。

 

「ベートはお主(フィン)のようなタイプだったか」

「知識からの判断も感覚による決断も出来るからな。フィンもうかうかしていられないんじゃないか?」

「手厳しいなぁ、うちの副団長は。けど残念ながら、まだ負ける気はないよ」

 

 揶揄うような口調のリヴェリアに軽口で返すフィン。気心の知れた古参の仲間達ならではの会話だった。

 

「それにしても、アイズとベートには困ったものだ」

「リヴェリアは心配しすぎじゃ。あやつらも第一級冒険者、自らの限界は分かっておる」

「だからこそだ。自分の限界を知っているから、それを超えようとする。アイズは直向きに、愚直に、ただただ強さを求めている。このままだと、いつか誰にもついて行かれない所に行ってしまいかねん。ベートは自分を顧みない、仲間のためなら命を懸ける。それ自体は美徳だろう。だが、度が過ぎればただの自殺志願者だ」

 

 眉間に皺を寄せるリヴェリア。顔が整っているだけに、その表情には怖さがある。

 

「今回にしてもそうだ、上層から落ちてくるだと? 落下している間は無防備だ、攻撃されたらどうする。下がモンスターだらけで囲まれる可能性もある。問題点を上げればキリがない。だというのに、アイツはいつもいつも――」

 

 リヴェリアはぶつぶつと日頃の不満も出てきたのか、文句を重ねる。そんなリヴェリアを見て、フィンとガレスはお互いに顔を見合わせククッと笑みを零す。自分たちの主神(ロキ)が言っていることを思い出したからだ。なるほど、これは確かに過保護な母親(ママ)だ。

 

「……おい。何を笑っている」

 

 ジトッとした目で二人を見るリヴェリアに、フィン達は堪えきれず声を上げて笑い出した。ロキ・ファミリア古参の者達の穏やかな雑談は、その後食事の準備が出来たとベートが呼びに来るまで続いた。また呼びに来たベートが顔を出した時に思わず三人が笑い出したのも、あるいは仕方のないことだったのだろう。胡乱な目を向けるベートを促しながら、三人は食事の場へと歩いて行ったのだった。

 

 

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

(顔見ただけで笑われるって、酷すぎないか? いや、うちのファミリアの仲間が俺に厳しいのは今に始まったことじゃないか。あー早くホームに帰って眠りたい)

 

 引き締めた表情をしながら、内心で愚痴をこぼすベート・ローガ。

 ベート・ローガはあまり感情を表に出さない。不愛想で言葉が足りないとよく言われる。

 同じファミリアの剣姫アイズ・ヴァレンシュタインのように人形と呼ばれることこそなかったが、やはり身内の者以外に積極的に話しかけられることはあまりない。

 こことは別の、本来の正史と言える世界において、彼は弱者を見下し好戦的な性格だった。その態度も彼なりの発破(・・)であり、見下すことで優越感に浸るのではなく、上位の者が下位の者を見下さなければ、下位の者は奮起しがむしゃらにならない。下位の者が矜持と目的をもって上を目指す上位の者の足を引くことを良しとしない、そんな彼なりの考え方から態度だった。現に彼は常に上を目指して命を懸けていた。

 彼が嘲るのは立場と過程に満足し胡坐をかいている者達で、弱くとも上を目指すものには一定の理解を示していた、まぁ言葉が悪いのは変わらないが。

 

 そんなベート・ローガだが、彼は正史で『誤解されずにはおれない男』という評価をされている。これは彼の言動態度がそのまま弱者を見下し、力をひけらかしているようにしか見えないからだ。

 が、正史から外れたこの世界でも『誤解されずにはおれない男』という評価を頂いている彼だが、周りの認識と彼の認識を比べると違う表現ができる。

 『勘違いされずにはいられない男』と。

 これは正史とはずれた世界において、性格と言動、考え方が少し変わった一人の狼人の織り成す【喰い違う物語/ウルフ・ヒストリア】である。




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