マザーベースのあるスタッフが遺した一つの記録

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息抜きに一日で書いたもの。
重大なネタバレあり。
本編未クリアな人は見ないでください。


それではどうぞ。


あるスタッフの記録

『俺は元々ソ連兵として従軍し、ある小さな基地間分屯地で警備の仕事をしていた。

同志と共に毎日毎日同じ場所を見回り、たまに音楽を聴きながら、または上官がいない事をいい事に雑談に花を咲かせたりもした。

 

自慢ではないと言えば嘘になるが隊では熟練兵としてそこそこ名が通っていた、だが最近は不穏な噂が絶えないと慢心せず小さな分屯地でもしっかりと警備をしていた。

夜間、火を焚いたドラム缶の横でほんの少し気を抜いて同志と話をしていた、最近の噂についてだ。

 

例えば、知らずのうち基地の設備が消えている。

例えば、十秒に満たない間目を離した隙に資源を収めていたコンテナが消えた。

例えば、同志が風船に括りつけられ空の彼方へ消えていった。

例えば、ダンボール箱が不自然に動いていたらしい。

 

そんな嘘か本当か疑わしくなる馬鹿げた噂に始まり、西側の生ける伝説と言われた兵士BIG BOSSがこちら側で活動を再開した。

ある地点を通り抜けようとした同志が次々狙撃される。

戦場で人とは思えない動きをする化け物の兵士を見た。

 

そんなゾッとしない噂話など様々だ。

 

思えば、俺達が隙間なく警備をしていたと考えていた小さな分屯地はあの人から見れば笑えるほどに隙間だらけだったのだろう。

同志との会話に花を咲かせていると突然茶色の壁が迫ってきた。

アフガニスタンのこの地域じゃよくある砂嵐だ、またか、なんて思いながら手をかざして眼に砂が入るのを防ぐ、視界は悪くなるし音は通りにくいし、おまけに肌を打つ砂は地味に痛い。

 

まただな、と同志に声を掛けようとした瞬間どこかでカランと何か堅くて空洞状の物が落ちる音がした、二人でそちらに向き、顔を合わせて確認に行くぞ、と首を縦に振った。

はて何かそんな音の鳴る物はあっただろうかと考え一歩踏み出した瞬間、足音が一つ消え、何かが、具体的には人が叩きつけられるような音がする。

砂嵐の所為で躓きでもしたか、なんてそちらに顔を向けようと思った直後、小さく、しかしはっきりと声が聞こえた。

 

hold up(手を上げろ)

 

やられた、恐らく先ほどの何かの音も人が勢いよく倒れるような音も、背後の奴がやったのだろう。

ロシア語は勿論英語も多少分かる俺は奴の言うとおりにライフルを地面に置き、両手を上げた、だが大人しく震えてやるつもりはない。

数秒、好機を待ち、ここだというタイミングでナイフを瞬時に手に取り、反撃した。

 

だが、今考えれば当然だがそんな些細な抵抗は無意味だった、ナイフを持つ手を見事に取られ、数度殴られる。

あと一撃でも食らえば俺の意識など容易く吹き飛ばされるだろう俺は「しくじったなぁ」なんて他人事に思ったが、目の前の男はただ俺にハンドガンを突きつけていた。

撃ち殺されるのだろうと思っていた俺は唖然としていたが男は変わらず「ん」と言いながらクイとハンドガンを動かすだけ、俺はそうか、と再度手を上げた。

もう、反撃だなんだなんて頭の片隅にも考えていなかった。

 

この男には敵わない、いや、むしろその時点で俺は目の前の男に心底惚れ込んだ。

男は武器を下し、俺の方へ近づく、あまりにも隙だらけだが俺には確信が持てた、どうやってもねじ伏せられるのだろうと。

突然、男は俺のベルトに何かを取り付ける、カラビナ(取り付け容易なD型金具)の先には少し大きめの鞄の様な物が繋がっている。

男に何をするんだ、と返事を期待せず問うと、律儀にも男は何でも無さそうに答えてくれた。

 

「少し空の旅にご招待するだけだ」

 

ふと、頭に噂話の一つがよぎる「同志が風船に括りつけられ空の彼方へ消えていった」と。

 

おいおいおい、冗談じゃ……!

 

「また向こうで逢おう」

 

鞄から大きな風船が現れ俺の体を浮かせる、こんな物の何処にそれだけの浮力があるのか、そもそも何処につながっているのか、一体何の冗談だ、砂嵐が引いてからじゃ駄目なのか、向こうとはВалгаллаの事じゃないだろうなと言いたい事は腐るほどあったが、口に出来たのは一つだけ。

 

П…Помоги(た、助け)…Ааааааааааааа!!!!!

 

せめて、もう一人の同志のように気絶させてくれれば一体どれだけ俺は救われただろう。

半ば走馬灯を追いかけるのに夢中になっていた時、俺は気付くとヘリの中で銃を突きつけられていた。

 

 

これが俺の嬉しくも恥ずかしい、だがまるで笑い話のようなあの人、BIG BOSSに拾われた思い出話だ。

 

 

銃を突きつけられる恐怖なんかよりもヘリの床に足が着くと言う素晴らしい現実に感動しながら俺は今の家に連れて来られた。

扱いは雑なものだろうと覚悟していたがどうも、他の兵士たちはそういった扱いはしてこず、どちらかと言えば気軽に俺に接してきた、営倉こそ確かに貧相極まりない物だが他の兵士達がしょっちゅう話をしに来たりとまるで家族に接しているかのようだ。

なぜなのかと聞くと彼らは笑いながらこう答えた。

 

「どうせ家族になるんだ」

 

意味が分からない、と考えつつ尋問部屋に連れ込まれ、粗末なパイプ椅子に座らされた、どんな非道な尋問にだって耐えてみせる、と今思えば意味の分からない意気込みで挑み。

 

「俺が、尋問を担当する、シャラシャーシカだ」

 

一瞬で心を折られかけた。

シャラシャーシカ、シャラシュカ、シャシュカと色々な名で呼ばれる目の前の男は俺なんぞとは比べ物にならない程名の通った拷問官だ、生皮を剥がれるのはまだマシ、どんな屈強な兵士も一週間でたちまち情報をすべて吐き出して殺してくれと懇願してしまうと言われている。

 

「さて、お前に頼みたい事は一つだけだ」

 

捕虜に頼みごととは、実に面白い、どんな無理難題を吹っかけられるのか逆に楽しみだ。

 

「ここで働いてみないか」

 

冗談だろう、いきなり人を拉致したかと思えばここで働け? 昨今のゲリラだってそんな事は言わないぞ。

 

「お前の言いたい事も考えている事も、まぁ分かる。何も俺は俺の下で馬車馬のように働けと言ってる訳じゃない」

 

パイプ椅子をもう一つ俺の前に置いて座ったシャラシャーシカはそれからしばらく俺と話をするだけだった。

どんな趣味をしているのか、好きな食べ物は何か、そんな他愛もない話だ。

 

「お前さんшашлык(シャシュリーク)(ケバブの様な串焼き)が好きだと言ったな、当ててやろう、カザフ地方出身だな?」

 

凄いな、よくわかったものだ、何処にだってあるような料理だ、確かによく食べられているがそれだってбешпармак(ベシュパルマク)(麺の上に煮込んだ馬肉を乗せた料理)の方が有名だろうに。

 

「まぁ、なんだ。俺も一時期ツェリノヤルスクの方にいたからな、場所はそう遠くないだろう?」

 

なるほど、同郷の人間だったか、もしかしたら昔は同志の一人だったのかもしれない。

 

「…わかった。よし、今からある人物と顔合わせをして貰う」

 

突然だ、もしや本当の拷問官でも現れるのだろうか、シャラシャーシカが拷問を行わないならまず耐えきれる自信があるぞ、俺は。

そう覚悟をした俺の前に姿を現したのは、俺を見事にさらった、俺を物の数秒で心底惚れ込ませたあの男だった。

 

「ほう、ボス、どうやらこいつは既にアンタの虜らしいな、何をした?」

「いつも通りだ、それよりも、どうだ」

 

どうだ、とは俺の事だろう、冗談じゃない。

 

この男がボスなら、最初から言ってくれればよかったんだ、そしたら変な意地を張らずに済んだと言うのに。

 

「見ればわかるだろう? ぞっこんだ」

 

ふん、と笑った男は俺の前に立ち右手を差し出した。

 

「今日からお前は俺達の家族だ」

 

その貫禄、容姿、カリスマ、そして包容力、今わかった、この人は、この人こそ『BIG BOSS』なんだ。

 

はい、私は、ボスの手であり、足です、心行くまでお使い下さい、ボス!!

 

そうして俺はこのセーシェルのマザーベースで新しい名をボスにいただき、生きる事となった。

 

 

Gray Moose(灰色のヘラジカ)、変わった名だな」

 

そんな事百も承知だがどうせここにいる奴ら全員似たり寄ったりな名前だ、それに俺はこの名をすこぶる気に入っている。

何と言ってもボスに直々に付けて頂いた名前だ、文句なんて無い、それに目の前のこいつだって自分の名前を気に入ってるに決まっている、事あるごとに名乗っているからな。

 

 

ある日、ボスがある女を連れてきた、これだけ聞くとプレイボーイのようだが実体はもっと困ったものだ、兵士と言うなら俺達とそう変わらない、だがその女はソ連軍にいたころの仲間を何人も殺した狙撃兵だった。

オセロット隊長は割と好意的だが、このマザーベースに居る兵士達の大半、そして何よりもミラー副司令はあの女には否定的だ、勿論、俺も。

 

何処に居てもあの女への愚痴が聞こえてくる、俺もその一人だ、人間とは思えない程の動きを行い、姿を消し、極めつけは何一つとして喋らない、たまに鼻歌が聞こえるが、それだけだ。

気味が悪い、誰も彼も苛立っている。

 

それに加えてそのすぐ後、一人の科学者がマザーベースに連れて来られた、ヒューイと言うらしい、科学者をボスが連れて来るなんてさして珍しくは無い、だがその科学者に限ってはミラー指令は憎悪を向けていた。

他にも昔のマザーベースにいた最近保護された男もそのヒューイに怒りを向けている、聞けば昔のマザーベースと仲間が失われたのはその男の所為かも知れない、とのことだ。

 

人の口に戸は立てられない、とミラー指令が言っていたのを思い出す、いまやこのマザーベース中にその噂が蔓延している、まるで伝染病のように。

 

その頃は立て続けによくない事が起こった、サヘラントロプスと言う二足歩行の機械の巨人が現れたり、何かと物要りだったんだろう、GMPがマイナス値、所謂赤字になったりもした。

他にも小さな事なら数えきれない。

 

だから言うなれば限界だったのだろう、溜めこんだストレスの向き先は仲間に、家族に向かってしまった。

 

「やれ!!」

「どうした、ブッ飛ばせ!!」

 

きっかけは些細なことだった、ろくでもない理由で喧嘩が始まってしまった、当事者は俺だ。

 

来いよ!

 

言葉で徴発された俺はプツリと線が切れてしまいある程度の力を込めて相手を押し弾いた。

 

「ッの野郎!」

 

それで両手で押し弾き返された俺は相手をぶん殴った。

それからは殴り合いの応酬だ、もう正気なんて保っていない、眼の前の奴を殴り殺して邪魔する奴も殴り飛ばしてやる、なんて考えで頭の中はいっぱいだった。

俺達を止めようとした奴も振り払って相手に掴みかかり、何度も蹴って殴り飛ばす。

 

どうした来いよ!!

 

俺は自分の胸を叩いて徴発する、両手を大きく広げた所で油断してたのか俺はぶん殴られ、顎を蹴りあげられた。

相手は態勢を崩した俺に背を向け、周りの観客に見せつけるようにナイフを抜く。

 

「ヒュゥッ!」

「ハハァ!」

「殺しちまえ!!」

 

相手が振りかぶって俺を刺し殺そうとした時誰かが俺も巻き込んで相手を投げ飛ばした。

 

野郎……!!

 

相手は地面を転がっているが俺は跪いているだけだ、この好機を逃すわけにはいかない、どうせ先にナイフを抜いたのは相手だ、殺されたって文句は無いだろうとナイフを抜き放ち、振りかぶって立ち上がろうとした。

そこで相手を投げ飛ばした奴が俺の振りかぶる手を掴む。

喧嘩を邪魔する無粋なクソ野郎は誰だと目を向けるとそれは、俺の、いや、このマザーベースの全員が敬愛するボスだった。

 

ボス!

 

「仲間にナイフを向けるな」

 

俺は驚いて手を引こうとするがボスはとんでもない力で俺の手を掴む、大きく動かせずただ手を震わせる事しかできなかった。

何が起こっているのか、俺は何をしてしまったのかと正気に戻って周囲を見回すが皆唖然として俺達を見ているだけだ。

 

「よく見てろ」

 

ボスは俺の手を掴んだままナイフの切っ先を自分へと向け、力を込める。

 

「俺達は家族だ」

 

自分の手を空いてる手で持ち、その刃をボスに突き刺さないように全力で引っ張るが、全く敵わない。

必死で首を振ってやめて下さいと言葉なく懇願するが、ボスは何一つ迷うことなく自らにその刃を深く突き刺した。

 

「あぁ…!」

 

周囲が一瞬ざわめき、俺は解放され、手に持っていたナイフを離し、後ろに尻もちをついた。

 

「何してる 下がれ!」

 

俺が呆けているとオセロット隊長の怒号が聞こえる。

ボスがゆっくりと立ち上がるのと同時、全員がこちらに何度も振り向きながらも離れて行った。

オセロット隊長と向きあったボスはその体に突き刺さったナイフを自ら引き抜こうとするが、隊長は無言でそれを制した。

 

「そっと頼むぞ」

「もちろん」

 

気安げにそう言ったオセロット隊長は一息にナイフを引き抜き、血に染まったナイフをちらと見る。

 

「あまり無理をするな」

「士気が落ちてるようだ」

 

何事も無いようにこちらを見るボスに俺は慌てて先ほどまで喧嘩していた相手の横に並ぶ。

 

「いや、役に立ちたいんだ」

 

オセロット隊長がボスと会話を続けている。

 

「すぐにでもな、待機室のスタッフには、配置を決めてやってくれ」

 

血に濡れたナイフを俺たちに見せつけるように軽く掲げたオセロット隊長は怒りを込めて言う。

 

「お前ら! 罰として一週間の営倉入りと日中の甲板掃除だ」

 

オセロット隊長が言い放った罰は今回の失態に対してあまりにも小さな罰、ボスの役に立てていないと突き付けられているようであまりにも不甲斐無くて泣いてしまいそうになる俺たちにボスは隊長の言葉を中断させ、ナイフを取り上げた。

 

「いや、待て。同じだけ血を流して貰おう」

 

ボスはナイフを見ながらそう言った。

 

「後で俺のところに来い」

 

ボスは口元に小さな笑みを浮かべる。

 

「みっちりCQCを仕込んでやる」

 

そう言ってナイフについた血を拭き取り、俺へとその柄を向ける、俺はまた別の意味で泣きそうになりながらもそのナイフを受け取った。

まるでその言葉はボスに認められた、そんな気さえしたんだ。

俺達は同時に敬礼をしてその場を去った。

 

それからは何度も状況が一転二転と変わった、ボスが保護した少年達、ある工場跡でのおぞましい実験、少年兵リーダーの白人、確か、この頃にボスに大人しく着いて戦場でボスを手伝っていた女、クワイエットが一人のスタッフを襲った。

ナイフを使ってスタッフの喉をかき切ろうと、いや、あれは抉ろうとしていたのか、当時は兎に角スタッフを殺そうとしていたように思えた。

 

まぁ、ボスの迷惑にならないなら認めてやらない事も無い、というミラー副司令以外のスタッフはそんな考えだったがこの事件でまたクワイエットに対し排他的になった。

 

それからしばらくした頃だ、クワイエットに殺されかけていたスタッフが、死んだ。

いや、そいつだけじゃない、国籍も人種もバラバラ、何処に配属されていたか、そして性別さえも違う数人のスタッフがあの工場跡の病人のように死んだ。

急いで帰ってきたボスはこの原因不明の伝染病に対抗するため発症する可能性のある者たちを隔離施設へと入れた。

 

俺も、俺と喧嘩したあいつも、この隔離施設へと入る事になってしまった。

俺達は泣き事を言わずに、ボスが必ず何とかしてくれると互いを励まし合ったが、昨日話した奴が発症し、死んで行くのを見て次は俺じゃないのかと震え、ガチガチと歯を鳴らし必死で耐えた。

 

そして遂に、あいつが発症した、あいつは「俺の分まで生きて、ボスを支えてくれ」と笑ったが、きっと絶望したに違いない。

 

あいつが発症した日、ボスは血まみれになりながらもある老人を連れて帰った、コードトーカーと呼ばれる老人はあっという間にこの謎の病気の原因を特定し、治療を行った。

俺達は子どもを持つ未来と引き換えに命を救われたんだ。

 

あいつのせめてもの救いは、最後をボスに身取って貰って、火葬もボスに見届けられた事だ、それでもあいつの無念は決して消えない、俺はあいつの分も、死んでいった他の奴らの分も必ず真犯人に報復すると心に誓い、その日に泣いた。

ボスも、ミラー副司令も、オセロット隊長も、誰一人としてガキのように泣き叫ぶ俺を咎めはしなかった。

 

もしかしたら、クワイエットはこの声帯虫の存在を知っていて、未然に防ごうとしたのかもしれない。

スタッフの中にはクワイエットがこの声帯虫を広めたんだと言っている奴もいたが、俺は防ごうとしたんだと信じたい、なぜなら、クワイエットも一応は俺たちの仲間なのだから。

 

 

しばらくしてその好機(ホウフク)は訪れた、ボスが単身OKB0へと向かったのだ。

俺達もバックアップを行う、俺は支援班だ、もし大規模な戦闘が発生した時は俺達が要となる、あいつの想い、ボスを支えるために俺は常にボスの残弾数などを確認し続ける。

可能なら俺たちの仕事は回収支援など大規模な戦闘が起こらない支援が望ましかった。

俺達の想いは何よりも一つ、ボスが死なないように、その為に諜報班は敵の場所をマークし、俺達支援班は即座な通訳などを行っている。

どんな小さなこと、それこそ兵士の愚痴でさえ潜入や突破の糸口となる、可能な範囲全ての言葉を通訳し、ボスに伝えた。

 

しかし、俺達支援班が大々的に活躍せざるを得ない状況が発生してしまった。

サヘラントロプスが起動してしまった、こうなればこいつを倒すしかない、俺達はヘリに弾薬を満載し、各限界までひとまとめにし、ボスの残弾が少なくなれば即座に投下する。

また、ピークォドと共にヘリでの戦闘支援も行う。

 

『支援補給だ、急げ!!』

「了解!」

 

即座に物資を投下、もしもサヘラントロプスに目をつけられれば一貫のお終い、容易くたたき落とされて死体となるだろう、だが、俺たちはそんな事で臆したりはしない。

 

幾度も支援投下を繰り返し、ボスはついにサヘラントロプスを破壊した。

 

「やった……」

 

誰かがそんな言葉を零した、それが現場に出ている俺達にも、そしてマザーベースで支援を行っていた仲間にも、そして食い入るようにモニターを見つめていた家族達にも、伝播した。

 

「やったぞぉぉ!!」

 

全員の雄叫びが上がる、それはあのイーライにも伝播したらしい、あの小憎(こにく)たらしい小僧も口元ににやりと笑みを浮かべていた。

 

ピークォドがボスをピックアップし、例の発電所へと向かう、そこには倒れた鉄骨の下敷きにされたスカルフェイス、仇がいた、全てはボスが決める事、俺達の意志は、ボスの意志であり、ボスの想いは、俺達の想いだ。

 

ボスはスカルフェイスを殺さなかった、ミラー副司令の報復のように、足を捥ぎ取り、腕を千切り、それで終わらせた。

コードトーカーの話では、スカルフェイスは虫に生かされて、そう簡単には死ねないらしい、助かる事は無いが、精々苦しみ続けるといいだろう。

それが俺達の報復だ、ボスとミラー副司令はゆっくりとピークォドに向かって歩きだした。

その時、意識外から銃声が一つ鳴った。

 

「仇を討ったぞ!!」

 

あの、ヒューイという男だった、まるで、俺たちに僕は仲間だとアピールしているように見えて、俺は、いや…俺達は醒めた、あの男は、仲間じゃない。

もしかしたら、本当に誰かの、もしくは自分の仇を取ったのかもしれない、だが。

このマザーベースであの男は、自分は仲間だと事あるごとに主張するあの男だけが、ボスの為にここにいる訳じゃない。

あの男は、きっと他に行く所が無いのだ、だから俺たちの仲間だと、居場所を作ろうとしている、哀れな男だ。

俺達は、ボスと共に家へ帰る。

だが、あの男にとってマザーベースは、ただのマザーベースだ。

 

俺達は、一足先に家へ帰り、ボスを待つ事にした。

オセロット隊長、コードトーカー、そして数多くの仲間達、そこで俺は、ボスを待つ、英雄の帰還を。

 

「帰ってきた!」

「ボスが帰ってきたぞ!!」

 

誰の言葉だったか、皆嬉しそうにボスの帰還を喜んだ。

 

「お前達、静かにしろ」

 

オセロット隊長の言葉で俺を含む全員が静かになった、ヘリポートへ降り立ったボスを俺達は迎え入れ、道を作る。

皆が敬礼し、ボスを、そしてボスと共に帰ってきたミラー副司令の帰還を、噛みしめた。

ただ頷きあうボスとオセロット隊長を余所に歓喜の声が上がる。

 

「あぁっ!」

 

そこには大きく両腕を広げ明後日の方向を見ているヒューイがいた。

 

「あぁ、来た……!」

「はは、来たぞ!」

 

その声に応えるように、歩いてきたDDが敵意を持って吠える。

その視線の先には何機ものヘリが飛び、その全てがピンと張るワイヤーを下げていた。

 

下降しそうになるヘリが出力を上げ、上昇したそのワイヤーの先にあったのはボスとの激戦を繰り広げ、あらゆる場所が破損し、大破した巨人。

 

サヘラントロプスが吊り下げられていた。

 

ぶら下がったサヘラントロプスの脚が格納庫の装甲車や戦車を無理矢理押しやって、自らのスペースを作る。

ヒューイがコンソールで操作したサヘラントロプスが格納庫に足を付け、その甲板をへこませた。

ゆっくりと、初めて立った赤ちゃんのように足を地に付け、震えながら立ち上がる。

 

その様は、まるで俺達のようだ。

今まさに立ち上がったばかりの、ダイヤモンド・ドッグスという、強大な組織。

これは、俺達なのかもしれない。

 

報復は、この時、一時的に終わりを告げた。

 

ミラー副司令がある演説を行うまでは。

 

ミラー副司令は「仲間を疑え」「疑わしきは告発しろ」そう言った。

さらにはマザーベースの各所に張り紙を張ったのだ。

BIG BOSS IS WATCHING YOU!(ビッグボスはお前を見ているぞ)」と。

 

俺達は、ミラー副司令に信頼されていなかったのか、と虚無感さえ覚えた。

ボスは今までと変わらずにいてくれるが、ミラー副司令の言葉で仲間達がみな余所余所しくなり始めた。

ボスのおかげで何とか士気は下がらずにいる。

 

 

 

それからしばらく、突然の事だ、再度、声帯虫が発生し、死者が出た。

隔離プラットフォームだ、俺は救出隊として志願した。

たった今だ。

 

少しでも、あいつの様な人間を増やしたくない、だから俺は志願した、周りの奴もおんなじだ。

誰も彼も、仲のいい奴をあの事件で失った奴らだ。

 

ボルバキアを持たされ、行く事となった。

だが、マザーベースのスタッフは、全員ボルバキアを投与された筈だ、もしかすると、中に居たのはキコンゴ株を持ってなくて、偶々投与を免れた奴らなのか?

 

今回は、何かがおかしい。

だからせめて俺は、この作戦が完了するか、俺が死ぬまで、記録を続ける。

 

「救出隊、準備はいいか」

 

勿論だ、いつでも行ける。

 

(空気圧式ドアの閉まった音)

 

「なんだ、これは」

『どうした』

 

ミラー副司令、匂いが…甘い……熟れた果実のような匂いがします。

 

『他には』

 

いえ、今のところは。

 

『わかった、用心しろ』

「了解です」

 

(硬質な床を歩く音)

 

なんだ……酷い……!

 

『何があった、連絡しろ』

「廊下が、血塗れです」

 

おい! ……駄目だ、もう、死んでる。

 

『生存者を捜し、未発症の場合は直ぐにボルバキアを投与するんだ』

 

了解しました。

 

「な、なんだ?! 生存者か! おい、大丈夫がぁぁぁっ?! な、何をす……!」

「止めろ!! 止めろ!! ぎゃあああぁぁぁ!!!」

 

おい! 止まれ! くるな!! 撃たれたくはないだろう?! 畜生、畜生!!

 

(銃声が数度響く)

 

お前、何して……。

 

「し、仕方ないだろう……俺だって、俺だって撃ちたくなかった!! でも、でも目の前で!!」

 

わかった…! 分かってる……仕方なかった…。

 

「通信機が、やられた……俺は、生存者を捜してくる……」

 

あぁ、わかった……。

畜生、畜生…!

 

 

 

 

おい、大丈夫か…!

 

「何とか、生きてはいるが……きっともう、感染してる」

 

馬鹿野郎! 大丈夫に決まってるだろ、助けに来たんだ、大丈夫だ、大丈夫。

 

「俺達は、なんとかこの地下に立て篭もってる、でも……」

「あんな死に方…嫌だ…!!」

「死にたくない、死にたくないんだ!」

 

分かってる、分かってる! 大丈夫だ…!

 

(遠くで銃声が響いた)

 

「な、なんだ?!」

 

あれは、その……。

 

「お、お前、もしかして、俺達を殺しに来たのか!?」

 

違う! 俺達は助けに…。

 

「信じられるか!!」

 

(銃声)

 

ぐあぁっ!!

 

「あ、ちが、違うんだ…俺は、あぁ、なんてこと……俺は、俺は!!」

 

待てっ、止めろ!!

 

(銃声)

 

あぁ、あぁ……! なんで、自殺なんて!

 

「と、兎に角…治療を……ここには薬が大量に…」

 

また、助けれなかった、あいつと同じだ…!

 

 

(音楽が聞こえる)

 

「少し、休め、ここならきっと、しばらくは大丈夫だ」

 

いや、いまは兎に角これを…。

 

「これは、ボルバキア?」

 

そうだ、これで助かる筈だ、頼む、死なないでくれ。

 

「あぁ、あぁ、ありがとう」

「ありがとう…!」

 

 

 

(何かの爆発音と振動)

 

「…なんだ?」

「あっ、がぁっ!!」

 

どう…した……?

 

「これは、発症している…!!」

 

そ、んな、馬鹿な…! だって、ボルバキアを!

 

「もしや、変異…していたのか…」

 

(銃声が少しずつ近づいてくる)

 

「あ、あぁ…!!」

「死にたくない、こんな所で、外に外に行くんだ…!!」

「おい、待て!」

 

「放せ! 俺は外へ出る!!」

「ダメだ!」

「どうせ死ぬんだ!」

 

(鍵を開ける音とドアが開く音)

 

「ボス?!」

「ボス!」

「そうだ、ボスに委ねよう」

「俺達の運命はボスと共に……」

「ボス!」

 

(何度も銃声と断末魔の呻きが聞こえる)

 

『待ってくれ、ボス、そいつ、マスクをつけていないか? 感染してないかもしれん』

 

(近づいてくる足音)

 

『救出隊員を出口に運んでくれ、唯一の非感染者だ』

 

ボス……ありがとうございます。

 

(足音と荒い息)

 

(ドアの開ける音)

 

「生存者だ、ロックを解除してくれ」

 

待って下さい

私も……だめなようです。

 

『馬鹿な! さっき判定した時は……』

『もしや、そこまで進行が速いのか……?』

『ボス、そいつをもう一度さっきのゴーグルで判定してくれ』

 

(重い物を床に置く音)

 

『感染している……』

『なんてことだ……』

 

傷口から入ったのかもしれません。

仲間が待ってます。

さあ。

 

 

頼みます、ボス。

 

 

 

(銃声と小さな声)』

 

「ボス……これが、彼の残した、記録…いや、遺言と言うのだろうか」

「……いい奴だった」

「あぁ、いい奴だ、班内でもムードメーカーとして、皆を支えていた」

 

「勿論、彼の遺灰もダイヤモンドにした、どうする」

 

 

 

「決まってる、俺が抱え続ける。俺が死ぬ、その瞬間まで」

 

Gray Moose

 

戦闘A++

研究A++

拠点A++

支援S

諜報A++

医療S

 

ムードメーカー

ロシア語 英語 キコンゴ アフリカーンス キルギス語

 

【名誉の戦死】



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