ルシがダンジョンに潜るのは間違っているだろうか 作:クヴェル
―――迷宮都市オラリオ
都市中央には、天を衝く白亜の巨塔がそびえ立ち、都市の中央から放射状に、北、北東、東、南東、南、南西、西、北西の八方位に巨大な大通りが伸びている。
その中でもダンジョンの『蓋』として機能している天を衝く白亜の摩天楼『バベル』の中に、
そこには鎧、盾、剣、槍、斧など、様々な武具が所狭しと並び、少しでも安くより良い武具を揃えようと値切っている冒険者、それに抗い決して値段を下げようとしない販売人、自らが鍛えた武具が如何に良いかを力説して手に取ってもらおうとする鍛冶屋がいた。
そう、そこは多くの新人冒険者と新人鍛冶屋が集う、『バベル』8階に位置する【ヘファイストス・ファミリア】バベル支店の武具屋である。
ミアハ様より頼まれた仕事を終えた自分は、折れてしまったショートソードの代わりとなる新たな武器を買いに来ていた。ミアハ・ファミリアの金を一括管理しているナァーザさんより支給してもらった金額は10000ヴァリスである。
ギルドから借金をして支給してもらったライトアーマーとショートソードは合計で10000ヴァリスであり、最近になってようやく支払い終えたばかりだった。手入れは毎日欠かしておらず、本当ならもっと使えるものだと思っていたが、折れてしまったものは仕方がない。
新しい武器は何にするかということだが、これが意外と難しかった。自分としては【ステイタス】も上がったことから、刀も実践で扱えるのではないかと考えている。しかし、刀はショートソードなどと違って刃が薄く、モンスターからの攻撃は受け止めるのではなく、全て受け流さねばならない。もし受け止めでもしたらすぐに刃こぼれをおこしてしまう。
結局、どの武器にするか全く決まらないまま武具屋に着いてしまっていた。
「……結局どれにするんだよ…」
「お困りかい、兄ちゃん?」
「うん?ええ、まあ…。どの武器にすべきか悩んでまして」
どうやら、自分の武器を宣伝して買わせようとする者に捕まったようだ。その者の容姿はどうやら日本人のようであり、年は自分よりかは2、3歳ほど下の少年のように思えた。
「へえ?ちなみに兄ちゃんが使ってんのはその腰にぶら下げてるショートソードかい?どうやらギルドからの支給品に見えるけど」
「ウォーシャドウに攻撃を防がれた時に折れてしまってな。まあ、こんな感じに」
そう言いながら自分は、腰から鞘ごと外し、少年の前で折れたショートソードを抜いてみせた。
「兄ちゃん、ちょっと貸してもらっていいかい?」
「別にいいが…」
「何、そんな警戒するなよ。その剣がどんな感じに折れたのか確かめるだけだ」
訝しがる自分に対して少年はそう答えながら、ショートソードを手に持ち検分していく。その剣を見る目は真剣そのものであり、話しかけることを躊躇われた。
「……よし。見たところ手入れはしっかりしてあるようだし、ウォーシャドウの防ぎ方がよっぽど上手かったか、純粋に限界が来ただけだろうね。ほら、返すよ」
「ああ。…しかし、さっきのだけで分かるものなのか?」
「わかるもんだよ、意外と。ここにいるのが幾ら新人だからって、そんぐらいのことは分かるさ」
確かに、と言わざるおえなかった。武具生産系でも有名どころであるヘファイストス・ファミリアなのだから、当然入団希望者が多く、それらの者達をふるいにかけるために何らかの難しき試験が用意してあるに違いない。そんな試験を合格して入団した者達だ。きっと、才能も情熱もあるのだろう、……ならざるを得なかった自分と違って…。
「それで、兄ちゃんは何が欲しいんだい?今まで使ってたのと同じ類いのショートソードかい?それとも更に大きな大剣かい?はたまた気分を変えて槍か何かかい?」
「…できれば刀、もしくはそのままショートソードにしたい」
「う~ん、た~し~か、刀はここには置いてなかったはずだし…、取り敢えずショートソードを先に見に行かないかい?」
「それじゃあ、よろしく頼む」
「了解了解っと!それじゃ、こっちだぜ兄ちゃん!」
「って、おい!いきなり走るな」
こちらの要件を伝えるや否や少年はこちらを振り向くことなく颯爽と走っていく。自分は見失っては不味いと思い、少年の後を追いかけた。
少年が走り出してから少し経ち、突如としてある店の前で立ち止まりこちらに向いた。
「うっし!着いたぞ~、兄ちゃん…って、どうしたんだ?」
「どうしたも何も、お前が突然走るからだろうが」
こちらのことを全く考えていなかったのに気づいたのか、少年は顔をしかめた。
「ああ~…、それは悪かったな。…そういやまだ名前を教えてなかったな。俺の名前はムネモリ・正也。兄ちゃんの名前は?」
「…ユウ・シミズだ」
「ああ、やっぱり兄ちゃんも極東から来た人か。いや~、何ていうか安心するね、同郷の人間が近くにいるっていうことは」
「そうかい。まあ、そんなことよりも早く武器を見たいんだが?この調子だと日が暮れてしまうぞ」
来る前にしていた配達のこともあり予定より来るのが遅くなってしまったためか、このままだと日が暮れてしまうのは確実だった。
「…何か、突然言葉遣いが荒くなったな」
「これ以上お前とあの口調で話すのは疲れると思っただけだ。それに、そっちもそんなこと望んでないだろ?」
「まあ、そうなんだけどね。それじゃ、付いて来てくれ」
自己紹介もそこそこに自分は少年――ムネモリ・正也――の案内に従い店へと入る。入口近くには彼が鍛えた武器は無いらしく、店の奥へと入っていく。店の中には様々な武具が置かれているが、奥へと進むほど、置き方が武具を魅せるためのものではなく、ただ置いただけといった、雑な雰囲気になってきた。
「おい、本当に大丈夫なのか?それとなく質が悪くなってきているように思えるんだが」
「それは半分正解で半分不正解だよ。ここら辺にある武具は作った奴のことが気に入らない店主の嫌がらせか、本当に質の悪いものだけだよ」
「……本当に大丈夫なのか?それは…」
そんな話をしながら、進んでいくと遂に店の突き当たりにまで来てしまった。そして、棚にあるそれを見て目を疑った。
「さあ、兄ちゃん。俺があんたに見せたかったものはこれだよ…、って、兄ちゃんどこ見てんの?」
それは今までこの世界で過ごして、ダンジョンに潜る際に観察した冒険者達の装備にもなかったものだった。
「…なあ、それは?」
「ん?それ?…って、あのクソ店主、またこれをこんな隅っこに!!」
『誰がクソ店主だ!!今度いちゃもんつけやがったら、そんなガラクタ捨ててやるぞ!!』
「うっせ~クソ店主!やれるもんならやってみろってんだ!!」
何の気なしに自分は棚に置いてあるそれを手に取り、呟いた。
「……銃、なのか?」
それはまるで中世の海賊が使っていた様な銃の形をしていた。そんなまさかな、とも思いながら自分は徐にグリップを握り、引き金に指を掛け構えてみた。
「…バァーン…、何てな」
使えるはずもないか。そう思いながら、銃らしきものを元の場所へと戻した瞬間、後ろから両肩を掴まれた。掴んできた手を振り払いながら後ろを向くと、ムネモリが自分の両肩を掴んできたらしかった。自分は僅かに警戒しながら疑問の声を上げる。
「何のつもりだ?」
「あ、あ、あん、た……」
ムネモリは顔を俯けており、どの様な表情をしているのか読み取れない。彼がどんな行動に移っても即座に迎撃できるように構えておく。しかし,彼は自分が反応する間もなく両肩を掴んでいた。
「なっ!?」
「あんた、銃が分かるのか!?」
「…はあ?まあ、知ってはいるが」
「いや、銃が分かるってことは!?」
―――あんたも転生者なのか!?―――
その言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。転生者?こいつも?誤魔化せばいいのか?素直に白状するのか?考えたくもなかったことを突如として突きつけられるという事態に何も考えがまとまらない。とにかく何か言わなければと言葉を絞り出した。
「…転生者?いきなり何を言っているんだお前は」
「へ?もしかして警戒してる。いや、自分も転生者なんだって」
「ならその転生者とやらを証明するものでもあるのか?」
「証拠?証拠……、あっ、これとかどうだ?」
言うが早いかムネモリは右腕に巻いてある布を外し、自分にも刻まれているそれを見せてきた。
「ルシの、烙印」
「なあ、これは証拠になるだろ?」
「ああ…、そうだな」
それに対し、先ほどよりも幾分か考えがまとまりだした自分も服を捲り、右脇腹にあるルシの烙印を見せた。
「あんたも同じものを…、ということは本当に」
「自分も、転生者だ」
「やっぱり」
「それで、どうする気だ?」
「?どうするって?同じ境遇の奴がいたってことが嬉しいだけ何だが?」
「…はあ…」
「え?何で溜め息つくの?」
何か色々と損をした気分だった。取り敢えずは何か質問をしてみようか。
「ムネモリ、お前も神、いやファルシか?ともかくそういう類のものに、こんな世界に飛ばされたのか?」
「まあ、そういうことになんのかな?まあ、神かファルシかっていうと、神はこの地上にもいるし混同しかねないから、ファルシでいいんじゃね?ていうかこっちも質問なんだが、あんたも何か特典をもらってんの?」
「特典?この忌まわしい烙印のことか?」
「違う違う。ほら訊かれただろ?何か欲しいものはあるかって」
…こいつは何を言っているんだ?いや、確か自分は転生するかと問われた際に断ったからか?
つまりこいつは死んだのにもう一度生きたかったということか。…恐らくは転生したいと言っていたら、特典だか能力だかが貰えたんだろう。
「特典なんてものはない。そもそも自分は転生を断ったから、そんな質問すら訊かれていない」
「えっ!あんた断ったの?それじゃ何でここにいんの?」
「知らん、こっちが訊きたいぐらいだ。断ったというのに勝手にこんな世界に飛ばされたんだ」
そんな、転生を断るやつがいるなんてと呟いているムネモリを無視し、思考にふける。
自分以外にも転生者がいた、ということは他にも転生者がいると考えたほうがいいのか?
しかし、冒険者の中に特典だかをもらって好き放題しているような非常識な者の噂など聞いたこともない。
……こんなことを考えても仕方がないだろう。
それよりも、まずやるべきことをやらなければ…。
「…ええ?もしかして転生したいとか思ったのは俺だけ?うわ~、やっべ超恥ずかしいわ~、調子に乗ってポンポン頼んじまったのに…」
何故かorzの姿勢でぶつぶつ言っているムネモリに話しかける。
「おい、ムネモリ」
「ん?何だよ?今話しかけないでくれよ。今までのことが完全に黒歴史になりそうなのによ~」
「そんなことはどうでもいい。それより話を戻すぞ」
「ど、どうでもいいって…。そりゃ、あんたには関係ないかもしれないけどよ~」
そう言いながら、立ち上がったムネモリに対してここに来たそもそもの用件を伝える。
「自分はここに武器を買いに来たんだ。まずはこの用事を済ませてからだ」
「……あ、そうだった。完全に忘れてたな」
「とにかく、それがお前の鍛えたショートソードなのか?」
「あ、ああ。つってもこれだけじゃどの武器にするか決まらないだろうし、一度俺の工房に案内するよ。それなら色々と話もできるだろうし」
「それもそうか。それじゃあ案内を頼む」
棚に置いてあった銃とショートソードを手に取り、店を出るムネモリの後を付いて行き、自分は彼の工房へと向かった。
オリキャラの基本的な設定は次話でする予定です。