攻殻機動隊 -ヘリオスの棺-   作:変わり種

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第8話

「全損1機、半損4機。それに、一部損傷が4機か」

 

マホガニーの机の上で腕を組みながら、眉間にしわを寄せていた荒巻課長は、目の前に立っている少佐を見つめていた。彼女らしからぬ大失態だった。保有する9機のタチコマ全てが損傷を受け、うちの1機は損傷が激しくラボでなければ修理ができなかった。また、他のタチコマも修理部品の関係で、すぐに前線に復帰できるのは3、4機ほどに留まってしまう。

 

それに、今回の爆発では民間人にも負傷者が出てしまった。犠牲者が出なかったのは不幸中の幸いだったが、首都高速が寸断されたため、未だに流通には大きな影響が出続けていた。一部の報道によると、完全復旧には少なくとも三か月はかかるそうである。首相からも、あまりに大きな経済的損失を被ったことで、直々に呼び出しを受けて叱責されたばかりだった。

 

「タチコマの件については、致し方あるまい。現場に仕掛けられていたC4だが、あれについては何か分かったのか」

 

「ええ。ボーマの報告では、C4についていたのはおそらく軍用の起爆装置だったらしいわ。それも、陸上自衛軍が制式採用しているものと同じもの。あと、タチコマの狙撃に使われたHEIAP弾も、軍のものである可能性が高いそうよ」

 

少佐の報告に、課長は表情を曇らせた。自衛軍が入ってくるとなると、これはかなり荒れるヤマになるだろう。仮に自衛官がテログループに武器を横流ししていたとするならば、自衛軍の警務隊が捜査に介入してくることも予想される。

 

「あと、気になるのがあのC4、テロリストたちが仕掛けた訳ではないという点ね。逮捕したテロリストの1人に訊いてみたけれど、そんなものは仕掛けた覚えはないと言ってるわ。相変わらず、どこに向かおうとしていたのかには黙秘を続けているけど」

 

「わざわざテロに使われた含水爆薬とは入手経路の全く異なるC4が使われている点から言って、単純な仲間割れという可能性は少ないだろう。まあ、まずは入手経路を洗うことが先決だ」

 

「そうね。だけど、課長も薄々感付いているとは思うけど、この手の作戦って同業者の常套手段じゃない?」

 

「確かにな。だが、その場合犯罪を未然防ぐどころか、首都高を破壊し、完全にテロと変わらない有様になっている。あえてそれを狙った何らかの作戦であることも否定は出来んが、他の公安機関が絡んでいると考えるのは時期尚早だろう」

 

そう答えた課長は軽く咳払いをしたのち、いよいよ懸案事項に話を移した。

 

「一番の問題は、なぜこちらの位置が外部に漏れたかだ」

 

強い口調で話す課長に、少佐は冷静に答えた。

 

「それは現在調査中としか答えられないわ。今のところ、ウイルスチェックの結果では9課のネットにウイルスが侵入している可能性は否定できたし、一介のテロリストがCIAでも手こずるような暗号化された電脳通信を解読できるとも考えられない」

 

「他に考えられる可能性としては、何がある?」

 

そう訊かれた少佐は、答える前に少しだけ間を開けた。念のため、課長室のドアが完全に閉じられていることを確認する。扉さえ閉まれば、ここは完全防音のために盗聴される心配はないはずだった。そして、少佐は険しい表情を浮かべながら、感情を押し殺したような声で静かに言った。

 

「関係者の中に、スパイがいるかもしれないってことかしら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

課長室から出てきた少佐は、まだ険しい表情を浮かべたままだった。仲間を疑わなければならないことは、彼女でも心苦しかったのだ。これまでも、笑い男事件の一件でこの9課は壊滅の危機を迎えたが、彼らは何とか生き残り、それを乗り越えてくれた。そんな仲間を疑わなければならない今の状況を、彼女は心から恨んだ。

 

だが、犯罪捜査というものは常に疑うところから始まるもの。彼女もそれは十分に熟知していた。それに、彼女は安易な感情に流されて、行動できなくなるような人間ではない。今までも必要とあらば、老若男女を問わずこの手に掛けてきた。戦場において、最も信用できるのは自分だけなのだ。

 

そんな少佐が最初に向かったのは、タチコマのハンガーだった。そこに行けば、バトーがいると考えたからだ。だが、彼がいつも使っている専用機は先の戦闘で全損し、ラボに送られて修理中だった。彼が他のタチコマたちと話さない訳でもないのだが、専用機以外のタチコマと仲良くしている姿はあまり想像できなかった。

 

「よお、少佐」

 

ハンガーに入ると、案の定その場にいたバトーに声を掛けられた。彼が寄りかかっている壁のすぐそばには、外装を交換中のタチコマが恥ずかしそうな仕草をしている。整備係も兼ねている赤服の鑑識たちは、タチコマの交換部品を運んできていた。

 

「見ないでくださいよ少佐ぁ、恥ずかしいじゃないですか~!」

 

いつどこで、裸の姿が見られるのが恥ずかしい事なのだと学習したのだろう。少佐にはまったく分からなかった。まあ、どっちにしてもタチコマの内部を見て喜ぶ者なんて、そうそういないと思うのだが。

 

「課長との会議はどうだった?」

 

「残念だけど、特に進展はなかったわ」

 

バトーは少佐のその答えに「そうか」とだけ答えると、軽く俯いてため息をついた。あのバトーがため息をつくなんて、何かあったのだろうかと疑問に思ったが、すぐにその答えは本人の口から語られた。

 

「タチコマが守ろうとしていた男の子、まだ意識不明だとさ」

 

彼女はバトーの溜め息の原因に納得したものの、同時に心が少し痛む。病院からの連絡によると、あの後すぐに彼は義体化されたそうだが、出血が酷くかなり衰弱しており、助かる見込みは半分ほどだと言われていた。バトーは握っていた赤いパイプレンチを見つめながら、話を続けた。

 

「あいつが、あそこまで怒りを抑えきれなくなるなんて、今までになかったのにな」

 

いま彼が言った事も、懸案事項の1つだった。報告では、あの男の子を目の前で狙撃されたタチコマは、怒りに身を任せて自分を攻撃してきた銃座に向けてグレネードを数発も発射したとあった。AI搭載の自律型の兵器として、自らをコントロールできないというのは致命的な欠陥に他ならない。今まではそんな兆候はなかったが、今後の状況次第では再び彼らをラボに送るという事も選択肢の1つだった。

 

「“怒り”ですか?変ですね…。確かにボクたちの感情表現は強いこともありますが、理論上作戦行動に現れるほど大きな影響は与えられないと思うのですが…」

 

そんな中、修理中のタチコマの1機がそう言った。それに続いて、周りのタチコマたちも一斉に話し始める。

 

「確かにそうだよね。ボク達だって、伊達に思考戦車やってるわけじゃないですから、その辺も十分考えた上で行動はしていますよ!」

 

「そうだそうだ!高度な知性を獲得したボク達が、そんな理性的でない怒りなんて感情を爆発させて、暴走するなんてことは断じてありません!」

 

「少佐も心配し過ぎじゃないですか?少しはボクたちのことを信用してくださいよ~!」

 

「少し黙ってなさい。別にあなたたちのことを信用していない訳じゃないけど、同じタチコマから意見を聞いたところで、受け入れる訳にはいかないのよ。分かるわね」

 

口々に自分たちの身の潔白を主張するタチコマたちを、少佐は冷静に制した。タチコマたちも、少佐の言っていることは確かに正しいと思ってはいたので、不服を唱えずにしぶしぶ「は~い…」と了解したのだった。

 

「それにしても、『亡国の使者』の野郎どもはいったい何を企んでやがるんだ。まだ、奴らの手にはビル数棟を軽く薙ぎ倒せるだけの爆薬があるんだぜ」

 

「さあ。それを確かめるのが、私たちの仕事じゃない?」

 

「確かにな」

 

バトーはふんと笑うと、壁に寄りかかっていた体を起こして、近距離電脳通信で1つのファイルを転送してくる。復号化とウイルスチェックを済ませた彼女は、すぐにそのファイルを開いた。中身は十数枚程度の報告書で、文字や写真が所狭しと並んでいる。

 

「県警からだ。あの冷蔵倉庫内の鑑識の結果も出ている。まったく、これだけ大量の武器を、よくもまあ集められたもんだよな。税関も何をやっているんだか」

 

すでに何枚かページを進めて中身に目を通していた少佐は、そんなバトーの声を聞き流しつつ、さらに報告書を読み進めていった。報告書の半分まで目を通し終えた頃、気になる記述を見つけた少佐は、思わずバトーに訊き返した。

 

「これは、もしかして誰かが包囲網から抜け出していたという事かしら」

 

彼女の指していたのは、冷蔵倉庫内にて発見された地下通路に関する記述だった。

 

「ああ、そうだ。あの倉庫から包囲外の倉庫に通じる地下通路が見つかったんだと。だが、途中で爆破されてたんで、確認するのに時間が掛かったって話だ。まあ、幹部の1人や2人が逃げていてもおかしくはないな」

 

少佐は唇を噛んだ。あの場で全員仕留めたとばかり思っていたが、肝心の幹部には逃亡を許してしまったのだ。あのような市街地では逃げ場はないはずと過信しすぎたのが原因だろうが、やはり事前に予想できたであろうことを見落としたのは、大きな失態だった。

 

「そういや、そろそろボーマたちが戻ってくる頃じゃねえか?」

 

「そうね。私ももう行くわ」

 

バトーのその言葉に、彼女は報告書をテーブルの上に戻すと、出口へと向かう。今回の事件では、彼女なりにも思うところが多々あった。タチコマの件もそうであるし、情報漏れの問題も解決できたわけではない。だが、彼女は薄々と、自分の頭の中で個人的推論に則ったパズルを組み上げつつあった。空いたピースがいつはまるのかは、誰にも分からない。だが、はまらないピースなどないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボーマとトグサとは、廊下の途中で会った。2人ともあまり休めていない様子で、疲れが溜まっているのは一目瞭然だった。それでも、得られた成果もそれなりに大きかったようで、ボーマが抱えていた段ボール箱の中には多数の資料や記録メディアが入っていた。少佐は一旦、その段ボールごと記録メディア類をダイブルームまで運ばせることにし、2人とともに歩き始める。

 

「C4とHEIAP弾の出所を洗ったんですが、それがどうも妙な所なんですよね」

 

最初に口を開いたのはトグサだった。ほとんど生身であるが故に、彼の目の下には深い隈ができていて、少し可哀想な有様だ。それでも疲れている素振りを一切見せずに、彼はバインダーファイルに留めてあった資料を読みながら、報告を続ける。

 

「場所は播磨研究学園都市内の剣菱重工の演習施設です。普段、新型兵器の射撃試験に使われる都合上、ある程度の弾薬が保管施設内に保管されているらしいんですが、最近、その弾薬庫の帳簿が改ざんされたらしく、使った覚えのない弾薬がなくなっていたそうです。こちらで調べられるだけ調べたんですが、どうもその弾薬庫の管理責任者の工藤という男が何らかの事情を知っている可能性があります」

 

「分かったわ。あとでバトーとサイトーを向かわせましょう。ボーマの方は何か掴めた?」

 

「ええ。関係機関から情報を集めたのですが、『亡国の使者』については公安1課がマークしていたようで、課長の根回しのおかげでかなり詳しい情報が集められました。リーダーは岸田茂という男で、年齢は30代後半。構成員の大半は興国の旅団から離脱した者たちで、岸田自身もかつては旅団にいた経歴があります」

 

「なるほど。私たちが以前旅団に大きな損害を与えてから規模が縮小していたとは聞いていたけど、まさか離脱した団員たちで別の一派をつくっていたとはね」

 

ようやくダイブルームへと到着した彼らは、ボーマの段ボール箱から記録メディアを取り出し、ダイブ装置に挿入しようした。そこへ、奥の方から現れたイシカワが、吹かせていた煙草を携帯灰皿に押し当てると、深刻な面持ちのまま話し始める。

 

「ついさっきラボから連絡があったんだが、送られてきたタチコマにこんなものが取りついていたらしい」

 

そう言ってイシカワがモニターに表示させたのは、6本の細い脚を持つ昆虫のようなセボットだった。体長が10ミリほどのそれは頭、胸、腹に分かれ、それぞれの間はくびれていて大きく動かせるようになっている。頭に生えた一対の触覚はアリを思わせたが、全体的に体型は蟻よりも太く大きかった。

 

「こいつが見つかったのはタチコマの通信用基板の中だ。ラボでの構造解析によると、こいつは剣菱が開発中だった特殊任務用セボットで、通信回路の電気信号を直接傍受してそれを外部に送信するという代物だ。こいつを使えば、データリンクからタチコマ全機の位置情報が漏れていても不思議ではない」

 

イシカワのその報告に、ようやく少佐の頭の中では、今まではめることができなかったパズルの一つが、ぴたりとはまった。C4と特殊弾薬の流出と、タチコマに仕掛けられたセボット。どちらも、剣菱重工が何かしら関わっている。これを単なる偶然とみるべきか、それとも何かの因果があるとみるべきか。それはまだ分からないが、とにかく捜査の焦点を剣菱に合わせるべきだということは分かった。

 

あともう一つ、分からない点があった。いつからタチコマのポッドの中に、そのセボットが紛れ込んでいたかということだ。任務中のタチコマにそのような物を仕掛けることは不可能に近いし、任務後も9課のハンガー内で駐機されているため、部外者はタチコマはおろか、この本部内にすら入れないはずなのだ。

 

「イシカワ、セボットの侵入経路は掴めたか?」

 

「ラボの調査結果では、確定ではないがポッド内部からの侵入が最も可能性が高い。通信基板のある胴体に向けて、ポッドから腐食性物質で開けられたとみられる3ミリほどの穴が開いていたらしい。一方のポッドには外部から侵入された形跡はなし。何者かがポッドに忍ばせたと考えるのが自然だろう」

 

だとすれば、疑いがあるのは必然的に最近ポッドに搭乗した民間人に絞られる。まず1人目は、今も意識不明の重体となっているあの男の子。2人目はあの爆薬強奪事件現場のリニア工事現場で救出された若い男性警備員だ。だが、前者は搭乗以前に待ち伏せ攻撃を受けている点から既に情報が流出していることは明らかで、犯人とは考えにくい。残るは若い男性警備員に絞られる。

 

「トグサと私は例の爆薬強盗事件の現場に向かう。その間にイシカワはセボットの出所を洗え。ボーマはイシカワのバックアップ。バトーとサイトーはツーマンセルで剣菱の演習施設へ。課長には後で連絡するわ」

 

「何か掴めたんですか?」

 

「タチコマにセボットを仕掛けることのできるのは、現状では9課内部の人間もしくは、播磨のリニア新幹線工事現場で救出した男性警備員だけだ。一番可能性の大きい物から潰していくわ」

 

トグサの問いに淡々と答えた少佐は、足早にダイブルームを後にした。ダイブ装置に入れようと思っていた記録メディアを掴んだままだったトグサは、大慌てでそれをボーマへ投げ渡すと、彼女の後に続く。部屋に残された2人は、少しの間、気が抜けたように座り続けていたが、すぐにダイブ装置に向かうと仕事に取り掛かった。

 

 




2018/9/3 一部加筆修正

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