攻殻機動隊 -ヘリオスの棺-   作:変わり種

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第6話

現場に入ったタチコマたちは、それぞれが自分の持ち場へと付いていく。突入と同時に周囲は所轄の機動隊によって完全封鎖される手筈が整っており、既に問題の冷蔵倉庫も出入り口全てに課員が配置されていた。50ミリグレネード砲の安全装置が解除され、バトー専用機はセブロC-30を構えるバトーと共に突入の瞬間を待っていた。流石に突入の前とだけあって、普段お喋りなタチコマたちも終始沈黙を続けている。

 

到着から突入準備を整えるまでは、わずか3分しか経っていなかった。それも、光学迷彩を使って一切物音を立てずに接近したのだから、テロリストたちはこちらの存在には全く気付いていないはずだった。

 

《10分前にこの地区から大型トラックと黒いバンが2台抜け出している。現在、監視網で追跡しているが、ここを制圧したらそっちも押さえなければならないわ》

 

電通を通じて、少佐からの声が響いた。

 

《なあに、すぐに終わるさ。心配するこたぁねえ》

 

バトーがセブロの安全装置を解除しながらそう答える。辺りは奇妙なほどの静けさが包み込み、カラスの鳴き声一つさえ聞こえなかった。周辺の路地では所轄の私服警官に目立たないよう誘導を行わせているため、民間人が誤って入り込むこともないはずだった。その上、そもそもがさびれた商工業施設が立ち並ぶ一角なので、人の気配はほとんどない。派手な銃撃戦にはうってつけの環境だった。

 

《少佐!屋根の方も準備が完了しました~。いつでも突入できます》

 

ワイヤーを使って壁を登っていた3機のタチコマからの報告に、バトーはC-30の引き金に指を掛ける。ここまでは極めて順調だが、これからは何が起こるかわからない。バトーは自分にそう言い聞かせて、気を引き締めた。

 

あらかじめ決められていた突入時刻まで、10秒を切った。数多くの突入を経験しているバトーでも、緊張しないわけではない。息を深く吸って、気を落ち着かせる。だが、残り5秒を切ったところで、突如として彼は背後に何者かの気配を感じた。

 

その瞬間、襲い掛かる無数の銃弾の雨。察知するや否や、タチコマはすぐに身を翻してバトーの盾になった。使用弾薬は7.62ミリで、サイボーグの外部皮膜を撃ち抜く高速徹甲弾ではあったものの彼の装甲を貫通することはできない。

 

「畜生っ、どうなってやがる!待ち伏せかっ!!」

 

ほぼ同時に他の突入地点でも襲撃を受けているようで、絶えず周りからは銃声が聞こえてきていた。すぐさまタチコマは弾が放たれた隣の建物の窓に向かって右腕のチェーンガンを掃射したが、敵は寸前のところで回避する。

 

《少佐、待ち伏せだ!おいッ!》

 

《分かってるわっ!作戦は中止、各自応戦しつつ一時撤退しろ!》

 

狭い路地を駆け抜けたバトーは、少佐などに合流するために別の突入地点を目指した。だが、そこへ周りの建物の屋根から銃撃を受ける。横っ飛びをして辛うじて弾を躱したバトーは、C-30を屋根に向かって掃射したものの、敵の離脱は早く既に影はなかった。

 

「こんなところでゲリラ戦を受けたら勝ち目がねえ!」

 

そう叫んだバトーに別の屋根から放たれたのは、携帯型対戦車ロケットことRPG7だった。義体の持つ最大限のパワーを発揮して大きく跳躍したバトーだったが、先ほど自分がいた地点に正確に着弾したRPGの爆風に吹き飛ばされ、地面に叩き付けられる。そこへ嘲笑うかのように目の前の屋根に姿を現したテロリストは、AK-47の銃口を彼に向けた。

 

もはや、万事休すかと思われた。バトーとはいえこれほどの至近距離で撃たれたら、さすがに避ける暇もない。

 

絶体絶命のバトーを救ったのは、突入に備えて倉庫の屋根で待機していた3機のタチコマたちだった。彼らの右腕から放たれた7.62ミリJHP弾は、寸分の狂いもなく男の体へと叩き込まれる。ケブラー製のボディアーマーを着用していたとはいえ、大量の銃弾を浴びた男は無惨な姿を晒すとそのまま地面に落ちてしまった。

 

「例によってHV弾か。危ないオモチャを使ってきやがる」

 

倒れた男の握っていたAK-47を見たバトーはそうつぶやいた。狭い通路に屋根を迂回してきていたタチコマもようやく到着し、アイボールを盛んに動かして周囲を警戒する。

 

「バトーさん、敵はボクたちの場所を知っているかのようにピンポイントで攻撃してきますね。まさか情報が漏れているなんてことはないでしょうか?」

 

「9課に侵入するハッカーなんて、そうそういないぞ。いるとするならば、笑い男くらいだ」

 

その瞬間に響き渡る耳をつんざかんばかりの爆発音。振り向くと、先ほどの冷蔵倉庫の屋根が吹き飛んで散開したタチコマが宙を舞っていた。すぐに発射された液体ワイヤーはそれぞれ電柱や他の建物の屋根などに撃ち込まれ、姿勢を安定させたタチコマたちは綺麗に着地を決める。

 

「RPG使ってくるなんて酷いテロリストだ!」

 

口々に文句を言うタチコマたち。バトーは電通でそんな彼らを呼び寄せると、近くの建物の屋根に上がって少佐たちを探した。しばしば聞こえる銃声。100メートルほど先の建物にテロリストが1人、路地に向かって派手にライフルを掃射していた。バトーはそれを狙ってセブロを構えるも、その前に敵は何者かに頭を撃たれて倒れる。

 

《私がやられるとでも思った?》

 

突然電通に聞こえてきた少佐の声に、バトーは少し驚いた。

 

《無事なら、ちゃんと応答してほしいもんだぜ》

 

少佐にそう言ったバトーだったが、再び敵の攻撃が襲い掛かった。タチコマが盾になって銃弾を逸らすと、50ミリグレネード弾を発射して銃撃のあった建物の窓を周囲の外壁ごと破壊する。それでもなお敵の攻撃はやまず、今度は別方向からRPGが飛んできた。12.7ミリガトリング砲を搭載したタチコマが火を噴かせて迎撃し、強烈なロケット噴射のもと一直線に向かってきていたロケット弾は空中で爆散した。

 

「えっへん!」

 

「いいから、早く逃げるぞ!」

 

そう言った矢先、次のRPGがすぐ近くをかすめた。悲鳴を上げたタチコマたちは、屋根を飛び越えて移動を始めるバトーの後を追い、撤退していく。その間にも敵の銃撃はやむことを知らず、高速徹甲弾数発を同一箇所に被弾したタチコマ1機の装甲がへこんでいた。

 

「痛たたぁ…!痛ったいなぁ、もうッ!」

 

そう言いながらタチコマがチェーンガンを連射して、小銃を撃ってきたテロリストを蹴散らした。もちろんタチコマが痛みを感じることはなく、これはちょっとしたおふざけである。バトーは移動しながらC-30の弾倉を交換し、同時に振り返りざまに敵の銃撃があった建物の中に破砕型手榴弾を投げ込んだ。少しの間を開けて、炸裂音とともに建物の窓ガラスがすべて吹き飛び、灰色の煙が立ち込める。

 

目の前にはようやく警察の封鎖線が見えていた。重装備に身を包んだ機動隊員たちが、封鎖車両の前でケブラー製防弾盾を持ち、整列している。そこへ急ぐバトー達。少佐もその後に続いて、襲ってくる敵を片っ端から撃ち倒していた。バトー専用機も彼を守りつつ、屋根を飛び越えて包囲網へ向かっていたが、その途中であるものを目撃する。

 

「あ、あれは!ヒトシ君!?」

 

そんな中、撤退するタチコマのアイボールに入ってきたのは紛れもない彼の姿だった。なぜ、こんなところにいるのだろう。そう思ったものの、呑気な事は考えていられない状況だった。懸命に走る彼の背後から、あろうことか銃を持った3人の男が追いかけてきていたのだ。顔を照合したところ、3人の顔は事前に送られてきていた画像データの中にあったテロリストのものと一致する。

 

(このままじゃ、ヒトシ君が危ない!)

 

彼は急停止すると、右腕のチェーンガンの照準を男達に合わせた。各種センサーから得られる気温や湿度、風向などの他、目標との距離など各種射撃諸元から導き出されるデータをもとに、サーボが瞬時に銃身を微調整する。

 

間もなく放たれた7.62ミリJHP弾はヒトシ君を一切傷つけることなく、テロリストたちを薙ぎ払って一網打尽にした。1人当たり3、4発をそれぞれの胸部に撃ち込んだので、ほとんど即死に近い状況だった。そして、大きく跳躍して屋根から飛び降りると、急いで彼のもとへ向かっていく。

 

「おいタチコマ!どこに行くんだ!?」

 

「ちょっと守らなきゃならない人がいるんです!」

 

そう言うと、タチコマは瞬時に脚先の形状をタイヤ型に変えて、路地を駆け抜けていった。バトーは戸惑いつつも、軽い溜め息をつくとすぐに後を追いかける。少佐と他のタチコマには封鎖線に行くように伝えたが、彼らも元の屋根から動かず、周囲の様子を警戒しバックアップに徹する。

 

「ヒトシ君、大丈夫!?」

 

その場で泣きながらうずくまっているヒトシ君を、駆け付けたタチコマは心配した。まあ、無理もないことではある。何せ、幼い子供に3人もの人間が殺されるところを見せてしまったのだから。地面には射殺されたテロリストたちの死体が無造作に転がり、赤い血の海が広がっている。

 

泣きながら震えている彼を、タチコマその腕で撫でてあげた。そして、ポットの扉を開く。

 

「ここは危ないから、ボクの中に入って!」

 

溢れ出る恐怖に負けそうになりながらも、彼は勇気を出して立ち上がった。タチコマは後ろを向くと開かれたポッドを下にさげ、彼が乗りやすくなるようにする。やがて、乗り込んだことを確認したタチコマはゆっくりとポッドを閉じ、移動を開始した。

 

今のところ、周囲に敵は見られない。それでも、先ほどのようにいつゲリラ戦を仕掛けられるか分からないので、絶えず警戒する必要があった。タチコマの胴体に埋め込まれた3つのアイボールは常に辺りを見回し、怪しいものがないか調べている。

 

「タチコマくんの中って狭いんだね」

 

「うん、でもそのおかげでこんなに早く走れるんだ」

 

ポッドの中の彼にそう答えたタチコマは、スピードをさらに上げて追いかけてきていたバトーのところへと向かう。しかし、敵がどこに潜んでいるのか分からないので、バトーも物陰に身を隠しながらの移動を余儀なくされていた。両者の距離は徐々に狭まっていくが、お互いに油断することなく、周りに目を光らせている。

 

その時、タチコマは自分がレティクルの中に捉えられているとは知る由もなかった。距離にして200メートルほど離れた事務所の窓から、狙撃用光学照準器を取り付けたブローニングM2重機関銃が牙をむこうとしていたのだ。1世紀も前に開発されたこの銃は、しばらくの間コストパフォーマンスを考慮した総合的な面で、すべての銃を凌駕し続けた。そして今日でも、その評判は色褪せずに不朽の名銃と言われ続けている。

 

「バトーさん!」

 

タチコマがバトーまで50メートルほどまで迫ったとき、凶暴な鉄の塊はついに火を噴いた。無慈悲にも放たれた12.7ミリ弾が彼の右前脚先に命中すると、その強力な運動エネルギーでタイヤを跡形もなく吹き飛ばす。バランスを大きく崩したタチコマは、近くの建物に激突しそうになった。

 

「えいっ!」

 

他の脚を倒すことでバランスを変え、エネルギーを減少させたタチコマは、何とか建物と激突することは避けられた。激しく火花を散らしながら地面を横滑りし、ようやく止まったころには彼の装甲はアスファルトに削られ、強力な摩擦で少し焦げていた。一方のバトーも重機関銃の攻撃に気付き、すんでのところで地面に伏せ、これを躱していた。

 

「敵っ!?しつこいな!」

 

タチコマは起き上がると、すぐさま右腕のチェーンガンを構える。だが、そこへ間髪入れずに12.7ミリ弾が撃ち込まれてきた。もはや躱す暇もなかった。タチコマの装甲でも、12.7ミリ弾の圧倒的な破壊力には耐え切れない。

 

「あわわわぁぁっ!!」

 

掃射をもろに受けたタチコマは、次々に装甲を貫通させられてその場に倒れた。被弾箇所からは煙が上がり、周りのFRP装甲を熱で溶かしている。タチコマはその効果から、相手が徹甲焼夷榴弾ことHEIAP弾を使用したと推測した。

 

しかし、その銃弾は決して民間に流通するはずはない、軍用のものなのだ。装甲目標の破壊のために使われるHEIAP弾は、高速徹甲弾より貫通性に劣るものの、着弾した際の炸裂効果と30秒ほど高温で燃え続ける焼夷剤で甚大な被害をもたらす。そのため、対人用としての使用は禁止されていた。

 

「うぅ、立てない…」

 

脚の駆動系は完全に破壊されたようだった。タチコマの高機動性を支える高出力人工筋肉だが、被弾時に漏電を起こして機能不全に陥るのが弱点の1つだった。相手が機関銃であることから、再び銃撃を受けることは避けられない。後部ポッドの装甲でも、同一箇所に何発も受ければ貫通されることは目に見えていた。しかも、この徹甲焼夷榴弾の熱によって、被弾箇所周辺の装甲は著しく強度を失っているから、なおさらのことだ。

 

「ヒトシ君、キミは逃げて!」

 

そんな絶体絶命の中、タチコマが出した結論はこれだった。人間のゴーストは復元することができない絶対のもの。失われてしまえば、それはもう2度と帰ってこないのだ。

 

「ポッドから出たら、全速力であそこにいるバトーさんに向かって走るんだ。ぜったいに途中で止まったりしたらダメだよ」

 

「タチコマくんはどうするの?」

 

「ボクはAIだから、撃たれてもへっちゃらさ。安心して!」

 

心配する彼にそう答えたタチコマは、ポットをゆっくりと開けた。

 

「さ、早く逃げて」

 

そこへ再び銃撃が襲い掛かる。激しく火花が散って、丸みを帯びた青いボディに無惨な弾痕が穿たれていく。左のアイボールが被弾して吹き飛び、視覚の一部が失われてしまった。バトーが物陰から突き出したC-30で敵を牽制し、どうにか攻撃は止んだものの、損傷はますます悪化して会話するのもやっとだった。白煙が上るボディが、徐々に熱で溶かされていく。もはや限界が近づいていた。

 

「はやく、にげてっ!」

 

タチコマがそう叫び、開かれたポッドから彼が飛び出す。建物の陰に隠れていたバトーがそれを確認すると、C-30だけを陰から出して敵にフルオート射撃をお見舞いした。これで、少しは射撃の妨害になるはずである。

 

全力でバトーのもとへと駆けるヒトシ君の目には涙が浮んでいた。バトーはそんな彼にC-30を握るのとは反対側の手を差し伸べる。あと少しで、その手が届こうとしていた。タチコマはその光景を固唾を呑んで見守っていたが、辛うじて生き残っていたセンサーの1つが不穏な兆候をキャッチする。

 

突然、手を伸ばして走っていた彼の体がまるで人形のように弾き飛ばされ、壁に打ち付けられた。遅れて聞こえる1発の銃声。ブローニングのものとは違う音だった。同時にバトーの顔に、ヌルっとした生温かいもの掛かる。拭ってみると、それは真っ赤な鮮血だった。仰向けに倒れた彼の右胸は真っ赤に染まり、口からは赤黒い血が流れる。

 

バトーに向けて伸ばされていた腕は、間もなくその場に崩れた。

 

「ヒ、ヒトシ君っ!!」

 

その光景を見ていたタチコマに、衝撃が走った。一番巻き込みたくなかった彼を、自分のせいで傷つけてしまった。悲しみが心を覆い尽くす中、同時に生まれてきた感情にタチコマは気づく。それは怒りだった。ニューロチップに著しい負荷がかかるほど湧き出てくる強烈な怒りに、タチコマはそれを抑えることができなかった。

 

「なんでっ!なんで撃つんだぁっ!!」

 

だが、脚の駆動系は破壊されていて立ち上がることは出来ない。ただ、腕だけは何とか動くようで、両腕を支えにして体を起こしたタチコマは、グレネード砲を重機関銃の据え付けられていると思われる建物に向けて続けざまに発射した。

 

最大射程ギリギリだったが、放たれたグレネードは次々と炸裂し、建物の外壁を跡形もなく消し去った。途中で最後の抵抗とばかりに12.7ミリ弾の掃射を受け、ポッドの上部が破壊されてしまったものの、タチコマは攻撃を止めない。そうして、気づいたときには建物は崩壊していた。

 

「お前…」

 

撃たれたヒトシ君の手当てをしていたバトーは、その光景に唖然とする。そして、腕を使って動かない体を引き摺るようにして近づいてきたタチコマに、言葉が出なかった。白いTシャツを血で真っ赤に染めたヒトシ君の変わり果てた姿に、タチコマのアイボールからはオイルの涙がこぼれた。

 

「ば、バトーさん…。ヒトシ君は助かるんですか?」

 

「分からん。助かるとするならば、全身を義体化するしかないだろう。だが、この状況じゃそれでも危ういな」

 

「そうですか…」

 

俯きがちに答えるバトー。その厳しい表情だけでも、彼の生命が危ないことは容易に想像がついた。タチコマはアイボールでヒトシ君を見つめたまま、動こうとはしなかった。

 




2018/9/2 一部加筆修正

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