攻殻機動隊 -ヘリオスの棺-   作:変わり種

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第43話

激しい金属音が聞こえてきたのは、ちょうどタチコマが意識を取り戻した時だった。記憶の整理に時間が掛かる。そうだ、自分はバトーを守るために彼を突き飛ばし、アームスーツの攻撃の盾になったのだ。

 

ボディの状態を調べると、なかなか酷い有様だということが分かった。どうやらあのアームが自分を突き抜けたようで、ライトやセンサーの一部が完全に破壊されている。ボディの装甲も歪んでいて、グレネードの発射装置も損傷していた。

 

目の前の電源盤に目をやると、黒い煙を上げて焼けただれていた。しばしば、配線がショートして青白い閃光がほとばしり、火花が散っている。状況から考えると、バトーが破壊してくれたようだ。何はともあれ、これで何とかメルトダウンの危機は過ぎ去ったといえるだろう。

 

だが、どうも様子がおかしかった。システム側から測定値を見ても、確かに制御棒こそ全挿入されているが、原子炉の制御自体は完全に回復していないのだ。通常の手順であれば、すぐにでも高圧補助給水系(HPAFS)自動減圧系(ADS)、それに低圧注水系(LPCI)を順に起動させて原子炉を冷却しなければならない。にもかかわらず、状況に変化はなかった。原子炉への注水は、すでに起動している一系統のみだった。

 

そこへちょうど、電通が入る。

 

《タチコマか!バトーはいまどこにいる!?》

 

切迫した声でそう訊いてきたトグサ。タチコマは周囲をアイボールで見回すものの、バトーの姿は見えない。

 

《分からないです。ボクもいま気が付いたばかりなので》

 

《バトーに伝えろ、赤蠍はまだ生きている!制御棒は刺さったが、炉の制御自体はまだ奴が握ったままだ!もう燃料棒が露出する!奴を倒すか、急いでそこから退避しろ!》

 

それを聞いたタチコマは、すぐに起き上がるとバトーを探し始めた。燃料棒が露出する寸前だという事は、必然的に放射線量が高くなってくる。いくらサイボーグとはいえ、放射線の影響からは逃れられない。一刻も早く、バトーを見つける必要があったのだ。

 

そんな中ふと、近くに彼のセブロが落ちているのが目についた。これが落ちているという事は、彼は丸腰である可能性がある。FNハイパワーは彼が赤蠍とやり合っているときに落としているから、今の彼は近接武器以外に何も武器は持っていないかもしれない。

 

嫌な予感をタチコマは覚えた。もちろん、人間が感ずる予感というよりは、推論により導き出された論理的なものである。もしかすると、バトーの身に何かが起こったのかもしれない。不安と焦りが徐々に膨らんでくる。

 

その時、下の方から再び大きな衝撃音が聞こえた。タチコマはゆっくりと歩き出すと、慎重に下層部の様子を窺う。

 

小型のアームスーツが1機、動いているのが見えた。3メートルほどの高さのそれはオレンジに塗装され、手足に白いラインが入っている。アームは至って普通の形で、特徴的なのは後ろの部分についたワイヤーフックだろうか。高所作業時にクレーンから吊り下げて使用するためのものだろう。それらの特徴から考えると、これも所内作業用のアームスーツの一つだと考えられる。

 

アームスーツは床に転がった何かを掴み上げると、力一杯にそれを壁に叩きつけた。再び衝撃音が響き、コンクリートの壁に反響してこだまとなる。タチコマのアイボールがその正体を確認したとき、思わず固まった。

 

ぐったりした様子のバトーの姿が、そこにあったのだ。容赦せずにアームスーツは彼を壁に再び叩きつけると、片方のアームで首を絞める。彼はまったく抵抗できないまま、なされるがままに押し潰されていた。そんな中、タチコマのニューロチップの中にある感情が芽生えた。

 

“怒り”だった。

 

すぐさま足場の上から飛び降りたタチコマは、着地と同時に脚部を車輪に変え、凄まじいスピードに加速してアームスーツに突っ込んだ。突然の攻撃に、完全に不意を突かれたアームスーツは弾き飛ばされて床を何度も横転する。アームが離れたバトーは力なくその場に倒れ、全く動かない。

 

起き上がろうとするアームスーツに、タチコマが叫び声を上げながら再び突っ込んだ。火花が散ってアームスーツに装備されていた照明用のライトが潰れ、ミラーが粉々に砕ける。だが、このままやられるわけにはいかないとばかりに、アームスーツも抵抗してタチコマの体を掴んだ。

 

そのまま力任せに壁に叩きつけ、鈍い音が響き渡る。起き上がったタチコマに間髪を入れずにアームが襲い掛かるものの、素早く体を傾けて狙いを逸らし、丸みによってアームの先端を弾いた。そこへ、右腕のチェーンガンを容赦なく撃ち込む。

 

操縦席は鉛合金製の装甲板で覆われていたが、窓枠を狙ったことにより支えを失った装甲板がぶら下がるようにして外れ、操縦席が露出した。

 

「え…、何で…っ!」

 

だが、そこで見えたあり得ない光景に、タチコマは驚愕した。操縦席には誰も乗っていなかったのだ。

 

そこへ、反撃に転じたアームスーツが彼の脚を払うと、両側から伸ばした2本のアームで挟みにかかる。悲鳴のような軋む音を上げて、傷ついていたボディがさらに歪んだ。脚のタイヤを高速回転させて逃れようとするも、気づいた相手が彼をそのまま掴み上げて脚が地面を離れる。同時にますます力を強め、一気に圧し潰そうとする。

 

「くぅぅっ!」

 

窮地の中、咄嗟にタチコマはワイヤーを正面の壁に向けて撃ち込み、全力でそれを巻き取った。彼を挟み付けたままのアームスーツも、そのまま壁に突っ込む。

 

脚部を接地モードに転換したタチコマは辛うじて4本の脚でその衝撃を受け止めるが、受け身の取れなかったアームスーツは後部から勢いよく壁に激突し、タチコマから手を離した。床に落下したアームスーツは尻餅をつき、胴体から白煙を上らせる。

 

しかし、まだ止まらなかった。煙を噴き出しながら立ち上がると、タチコマに向けて近くにあった鉄骨の残骸を投げつける。ワイヤーをカットするのと同時に飛び上がったタチコマは、投げられた鉄骨を躱すと再びチェーンガンから火を噴かせた。

 

操縦席に誰も乗っていないということは、誰かが別の場所で操っているのだろうか。それとも、あのアームスーツに搭載された補助AIがウイルスに冒されて襲ってきているのか。判断はできないものの、倒すためにはAIが搭載された操縦盤自体を破壊しなければならない。

 

銃撃で座席に無数の弾痕が穿たれ、詰まっていたスポンジがこぼれる。レバーや操作盤にも何発か命中したが、相手が倒れる様子はまだなかった。タチコマは1フロア上の足場に着地すると、車輪モードに転換してそのまま足場上を移動する。

 

追いかけるように跳躍したアームスーツは、手近にあった手摺をもぎ取るとタチコマに向けて再び投げつける。すぐに進路を変えたタチコマだったが、手摺の狙いはタチコマではなかった。奥を通る太い配管に手摺が突き刺さったかと思った瞬間、爆発したかのような猛烈な勢いで蒸気が噴き出したのだ。

 

たまらずタチコマは急停止して蒸気を避け、引き返そうとするもののその行く手をアームスーツが阻む。同時に原子炉区画内には耳をつんざかんばかりの非常ベルが鳴り響き、高音と低音を組み合わせた喧しいアラームも鳴った。放射能漏れの警報だ。

 

「警告。原子炉区画B-2放射能レベル高。当該地区の人員は直ちに退避してください」

 

間もなく天井のノズルから霧状の物質が凄まじい勢いで噴射され、区画内が徐々に靄に包まれる。状況から考えると放射能除去用マイクロマシンだろう。

 

一方の蒸気もすぐに遮断弁が作動したのか、その勢いは急速に弱くなっていった。しかし、今の出来事で何が起こるか把握したのか、アームスーツは再び手摺をもぎ取ると、別の配管に向かって投げつけようとする。

 

このままでは、放射能汚染が拡大する。自分はAIなので何の問題もないが、バトーには致命的な問題なのだ。タチコマはアームスーツに再び飛び掛かった。投げ損ねた手摺は狙いを外して別の配管に突き刺さり、今度は大量の水が勢いよく噴き出した。あまりの水流に押し流され、タチコマとアームスーツはもつれ合いながら床に落ちる。

 

先に起き上がったタチコマが、アームスーツの関節部に銃撃を浴びせた。汎用作業用なので装甲は薄く、10発余りで関節が吹き飛んでモーターが潰れる。残った手足で暴れ出す中、タチコマは4本の脚で無理やり相手を抑え込むと、次々に銃弾を撃ち込んで関節を破壊する。配線が千切れ、漏れだした潤滑油が流れ出る。既に大きく拉げた胴体に、タチコマは容赦せず銃弾を撃ち込んだ。派手に音を立て、バッテリーが砕け散る。そして最後に、金属製の筐体に保護されたAIチップを銃撃しようとしたところで、声が聞こえた。

 

「タチコマ!そこまでだ!」

 

ほかでもない、バトーの声だった。

 

驚いたタチコマが振り返ると、片足を引き摺るようにして、バトーが歩いてきていたのだった。

 

「お、しっかり命令は聞いてくれるようだな。お前が暴走したんじゃないかって、心配してたんだぜ」

 

体はかなりボロボロだったが、バトーはしっかりと自分の足で立ち、動いていた。その姿に、タチコマは嬉しさで涙が出そうだった。

 

「バトーさんッ!無事だったんですね!」

 

上の階層から滝のように水が流れ落ちる中、タチコマはバトーとの再会を心から喜んだ。ピクリとも動かなかったときは間に合わなかったのではないかと思ったが、こうして再び会えたことにタチコマは深い喜びを感じていたのだ。

 

しかし、まだすべてが終わったわけではない。

 

バトーはタチコマにそのままアームスーツを押さえつけるよう命令し、金属筐体にチェーンガンを向けさせた。彼が意識を失っている間に、少佐から赤蠍が攻性防壁を抜け出して逃亡したという連絡が来ていたのだ。おそらく、赤蠍の奴はこの作業用アームスーツのAIチップに自らを転送したのだろう。

 

いまここで、AIチップを破壊すれば赤蠍は意味消失するはずだった。有線で繋がって奴が本当にこの1体だけに乗り移ったのか調べることもできるが、リスクを冒すことはできない。バトーは傷ついた筐体を見下ろしながら、落ち着いた声で静かにタチコマに命令を出した。

 

頷いたタチコマが、間もなくチェーンガンの狙いを合わせる。これで、全てが終わるはずだった。

 

だがその時、気配を感じたバトーがタチコマに叫んだ。すぐに彼らが飛び退くのと同時に、巨大な鉄骨がその場に突き刺さる。物陰に隠れ、慎重に飛んできた方向を見たバトーは目を疑った。

 

先ほど戦ったのと同型のアームスーツが4体あまり。一気に飛び上がったそれらは、地響きを轟かせて床に着地する。その衝撃で床のコンクリートが大きくひび割れた。

 

「ふざけるな!いったい何体いるんだ!」

 

叫んだバトーは立ち尽くした。これではもう勝てるはずがない。タチコマはバトーを守ろうと懸命に前に立つものの、勝負はもうついている。最後の最後まで来て、いったいどういうことなのか。そこまでして、赤蠍は生き抜きたいのか。

 

バトーはその執念深さに圧倒された。じりじりと追い詰めるアームスーツの一団に、バトーとタチコマは後ずさりしかできない。やがて、壁際まで追い詰められたとき、彼は死を覚悟した。だが、諦めたわけではない。何もしないで死ぬことなど、自分の信念には合わないのだ。バトーはナイフを抜き出した。

 

その時だった。真横にあった原子炉区画のエアロックが開いたかと思うと、一気に4機のタチコマが躍り出たのだ。同時に姿を見せたのは、イシカワとサイトー、それにパズとボーマだった。

 

「いや~、遅くなりました!その分、きっちり働きますよ~!」

 

先頭の1機がガトリング砲から凄まじい咆哮を上げ、アームスーツの一団を薙ぎ払う。小銃弾である7.62ミリより遥かに強力な12.7ミリ弾の圧倒的な破壊力に、アームスーツたちは次々と銃弾を受けて弾き飛んだ。操縦席の装甲板も大きく拉げ、ガトリング砲の一掃射だけでかなりのダメージを負ったようだ。

 

止めとばかりに2機のタチコマがグレネードを浴びせ、あっという間に2体のアームスーツを葬った。続いて、起き上がって逃げようとするもう1体にもボーマがロケット砲を放ち、操縦席を吹き飛ばす。残ったのは一番奥にいるアームスーツだった。

 

恐れをなしたアームスーツは、最初にバトーとタチコマに破壊されたアームスーツからAIチップの詰まった金属筐体を掴み取ると、そのまま足場を登り始めた。それを見たバトーは、あることに気づいた。

 

「あいつ、自分をコピーできたんじゃなかったのか!あらかじめ放っていたウイルスに、自分を守るように命令しているだけだ!」

 

そう、赤蠍の本体はいまもあの金属筐体の中にあるのだ。てっきり、ほかのアームスーツ全てにも自らをコピーしたものと考えていたが、それはかなわなかったらしい。今度こそ少佐は、奴を封じ込めることに成功したのだ。

 

このことさえ分かれば、あとは奴を仕留めるだけだ。

 

バトーはボーマからロケット砲を受け取ると、足場を登って懸命に逃げようとするアームスーツに照準を合わせた。今度こそ、これで終わらせてやる。AIであるはずの赤蠍が人間以上に生に執着する姿に、バトーはどこか心苦しささえも感じる。だが、容赦することはなかった。

 

引き金が引かれ、放たれたロケット弾は尾を引いてアームスーツのもとへと向かっていく。必死に逃れようとするアームスーツだったが、間に合わないことは明らかだった。AIチップを庇う様に抱え込んだアームスーツの背中に、ロケット弾が命中する。背中を撃ち抜かれ、火を噴いたままのアームスーツは空中に投げ出され、間もなく床に叩きつけられた。同時に激しく爆発すると、炎に飲まれる。

 

バトーは燃え盛る炎に飲まれる赤蠍のAIチップを、その白い義眼でじっと見つめていた。

9課の長い夜が、ようやく終わりを迎えた瞬間だった。

 




2018/10/1 一部加筆修正

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