攻殻機動隊 -ヘリオスの棺-   作:変わり種

4 / 47
第3話

《これがいわゆる、『張り込み』ってやつですか~》

 

頭上から焼けるような太陽の日差しがギラギラと照りつける中、狭い路地の中を数え切れないほどの人間が溢れんばかりに行き来していた。道の左右には大小様々な露店が並び、商売人たちの威勢の良い掛け声が絶えず響き渡る。左右に建っている低層ビルは今にも外壁が剥がれ落ちてきそうなほど朽ち果てているが、その様子を気に留める人間などほとんどいなかった。そんな光景を白い4個のアイボールで眺めながら、光学迷彩を起動させた3機のタチコマがそれぞれビルの上や電信柱などから監視していた。

 

《ドンパチしないのなら、ボクたちは何のためにここで張り込みなんてしなければ駄目なんですか?》

 

《当たり前だ、相手は戦争でも押っ始めるような武器を購入したんだ。それがこの辺りまで輸送されたということは、近くにアジトがある可能性が濃厚だ》

 

行き交う客に紛れて同じく張り込みをしていたバトーが、タチコマの疑問に答えた。ボロボロのジャケットに、裾のほつれたズボンという服装は、周りの人間と比べても違和感はない。レンジャー時代の経験で、現地迷彩というのは彼の得意分野だった。

 

《でも、ここって新浜ですよ。まさか、()()()()()ってやつを試そうとしてたとか》

 

《今時そんな諺をわざわざ試してリスクを冒すなんて、随分ナメたテロ組織ですね》

 

《そうだそうだ~!》

 

《お前ら、任務に集中しろ!》

 

勝手にお喋りを始めるタチコマにそう釘を刺したバトーは、歩きながらもさり気なく辺りの建物に注意を払っていた。

 

本部からもたらされた情報によれば、テロリストたちが購入した武器がこの近くに運ばれたのはほぼ確実だった。リストにあるほど大量の武器を保管するスペースとなると、一般的なマンションやアパートの一室は不可能だろう。となると、最終的には大きな事務所や倉庫などに絞られてくるはずだった。それに、武器の搬入を市場の商品の搬入だと思わせるためには、露店街からそう遠くない場所に保管されていると思われる。

 

「いらっしゃい、そこの兄ちゃん凄い義眼をお持ちだね。だが、この商品も負けてないぞ。安心と信頼の日本製、超高精度レンズを搭載したズームアイ!光学ズームは40倍だ!いかがです?」

 

ランニングシャツ1枚で古臭い腹巻を巻いている、いかにも露店主といった感じの男がバトーに声を掛けた。指をさしている先には、義眼とは思えないような形の物体が強烈な存在感を出して鎮座していた。何せ、レンズが目から10センチほども飛び出していたのだ。ここまでくると流石に光学ズーム40倍というのも納得できるが、あまりに実用的ではない。

 

「いや、要らん。それより、最近この辺りでかなりの大荷物が運ばれたらしいんだが、心当たりはないか?」

 

「あー、確かに何日か前に大きいトラックが来てたけど、詳しくは知りませんぜ。何分、この辺りじゃトラックが来るのは日常茶飯事だから、いちいち記憶しておくわけにもいかないもんでね。それより、今度はこっちの思考エンジンはいかがです?」

 

続けて商品を押し売りしようとする露天主に、バトーは「礼を言っとく」と無愛想に返すと、足早にその店の前を去る。だが突然、露天主が素っ頓狂な声を上げた。何事かと振り返ると、奇妙なことに先ほど露店主が売り込んでいた義眼が宙に浮き、その場で回転したり上下に動いたりを繰り返している。その光景にバトーは思い当たる節があった。

 

「ひ、昼間からポルターガイストか!?」

 

悲鳴を上げてパニックに陥る露店主を尻目に、バトーはゆっくりと冷静にその義眼に近づくと、手の甲でノックをするように叩く。もちろん、義眼には手は当たらず、その手前にある透明な何かに当たった。

 

「あ、バトーさん!この義眼、なかなかユニークな形してますよね。僕の指一本と交換できたら、プレゼントしますよ~!」

 

「いや、いい…。それより、光学迷彩のままこんな路地に入るのはやめろ。通行人が驚くだろうが」

 

案の上そこにいたバトー専用機を叱ったバトーは、彼の手から義眼を取り上げると元の場所に戻した。だが、露店主からしたらこの男は何もないところに向かって独り言を呟き、まるで幽霊とでも対話しているようにしか見えないだろう。ますます恐れ慄いた露店主は、ひいひい言いながら店の奥に逃げていった。

 

「ほら、逃げちまったじゃねえか。お前も早く持ち場に戻ったらどうだ」

 

「了解です!」

 

タチコマは元気良くそう答えると、勢いよく跳躍してビルの上に消える。それを見送ったバトーは小さく溜息をつくと、再び露店街を歩き始めた。

 

こういったところには以前から違法な商品も置かれていることもあり、注意が必要だった。といっても、今回はそれの取り締まりに来たわけではないのだが。タチコマも以前、9課のハンガーを脱走したときに偶然出会った少女と同じような露店街を歩いていたらしいのだが、その時もネットに繋がったままの映画監督の脳殻が見つかり、騒ぎになったことがある。

 

おそらく、タチコマたちがこういう露店街に来るたびに奇妙なガラクタを持ってくるのは、この影響もあるのだろう。だが、犯罪を取り締まる9課の思考戦車が泥棒に手を染めるのは大問題だった。おそらく、知識を得たいというAIの基本的な欲求がそうさせているのだろうが、早めに止めさせた方が良さそうだ。

 

バトーは空を見上げた。漂っている白い雲の合間からはいつもと変わらない青空が広がっている。タチコマと再会してから早や半年が過ぎていた。彼のオリジナルのニューロチップはバトーを守るために破壊され、ラボで復元されたとはいえそれはバックアップに過ぎないのかもしれない。でも、バトーは本当の仲間としてタチコマと接し続けていた。ゴーストの宿った多脚戦車。好奇心旺盛な彼らは今日も経験値を稼ぐべく、ありとあらゆることに興味を持ち、体験しようとするだろう。そんな彼らが、バトーは堪らなく好きだった。

 

光学迷彩のままのバトー専用機は、商店街の電柱の上をその高機動性で俊敏に飛び、元の監視地点に戻ろうとしていた。こういう時に役に立つのが、3つに分かれる脚部のタイヤである。このおかげで安定性が大幅に向上し、電柱の先端というわずかな面積でも挟み込むことで、安定して体のバランスを取ることができる。

 

「あーあ、何か掘り出し物が見つからないかな~」

 

そんな事を呟きながら、タチコマは4つあるアイボールのうちの1つで露店街を眺めていた。行き交う人々、活気に満ちた露店。何だかミキちゃんとともに過ごした時間が思い出されるような気がする。彼女と行った場所はここよりもまだ浅い所だったが、この雰囲気はあの時のものにそっくりだった。これが、懐かしいという感情なのだろうか。

 

そんな感傷に浸っているタチコマだったが、意外と早く掘り出し物が見つかった。誰のかわからない脳殻と思われる物体が、露店の陳列棚に無造作に置かれていたのだ。幸いにも、露店主は今のところ椅子で昼寝をしていたので、気づかれる心配はなさそうだ。

 

「うほ~っ!あの中には一体何が!」

 

《ねえ、いつまでサボっているんだよ、早く戻ってこい~》

 

驚くべき発見に歓喜しながら、バトー専用機が電柱から飛び降りようとしたちょうどその時、別のタチコマから思わぬ横槍が入った。困ったようにその場で頭を掻いた彼は、電通でそのタチコマを説得し始める。

 

《ちょっと待ってよ。いま、すっごく面白そうなものを見つけたんだから!》

 

《え、なになに!?》

 

予想通り、そのタチコマも会話に食いついてきた。やはり、こういう露店街で見つけた怪しげな脳殻に興味を示さないタチコマなんて存在しないのだろう。しばしばハズレというべきか、何も入っていない空の電脳もあるものの、またあの映画監督の電脳のように何かを得られるかもしれない以上、素通りすることは出来なかった。

 

《脳殻だよ!誰のかわからない脳殻!!ね、面白そうでしょ~》

 

《しょうがないなぁ~。そのかわり、後で並列化させてくれよ~》

 

《うん》

 

こうしてどうにか許可も取った。好奇心に胸が躍るバトー専用機は、マニュピレーターの指をカチカチさせながら「とぉー!」と叫んで勢いよく電柱から飛び降りた。4本の脚が衝撃を効率よく吸収するが、それでも1トンを超える重量に辺りにちょっとした地響きが起こる。だが、光学迷彩で肝心の姿は見えないので、その場の誰もが何だったのだろうと首を傾げていた。

 

目標の脳殻のある店まではわずか50メートルだ。タチコマは気づかれないよう注意しながらゆっくりとその店へと近づいていく。それでもあまりの狭さに何度か通行人とぶつかってしまい、その度に目を丸くして驚いている彼らの事を少し笑ってしまったものの、気づかれることはなかった。

 

いよいよ店まであと10メートル来たところで、好奇心を抑えきれなくなったタチコマは小走りで脳殻まで駆けていった。横の路地から飛び出してきた1台の自転車に気付かずに。

 

「えっ!」

 

ぶつかった自転車は宙を舞い、乗っていた小さな少年は投げ出された。咄嗟にタチコマは飛んできたその子どもを腕でキャッチするが、吹き飛んだ自転車は地面に叩き付けられて大破してしまった。何事かと大勢の人が集まってきたので、オロオロとしながらもタチコマはその子を抱えたままその場から静かに逃げる。

 

「ど~しよ!バトーさんに怒られちゃう…!」

 

タチコマが途方に暮れていると、腕の中に抱えていた少年が気付いたのか、涙目を浮かべていた。ますます途方に暮れるタチコマ。それもそのはず、彼はまだ光学迷彩を解いていなかったので、少年の目には自分を持ち上げている物が何なのかすら分からなかったのだ。それに、相手がタチコマとはいえ、派手にぶつかってしまったその子が無傷なはずもなく、顔を打ち付けたのか鼻血が出ていて、両手両足も擦り傷だらけだった。

 

「あの、ボク、タチコマっていうんだけど…」

 

光学迷彩を解いたタチコマはそう言ったが、少年は今にも泣き出しそうになっている。前にミキちゃんに会った時はこんなことにならなかったので、全くを以ってどう対処したらいいのか分からなかった。とにかく、今回は自分の非が大きいのでタチコマは一応、謝ることにした。

 

「ごめん。自転車、壊れちゃったんだ」

 

そう言ってタチコマは、彼に前輪がはじけ飛んでサドルがなくなり、チェーンが切れている自転車の惨状を見せたが、それは逆効果だった。余程大事にしていた自転車だったのか、ついに泣き出した少年はタチコマの腕をポカポカと叩き始める。

 

「あ~、あの、ちゃんと責任を持って弁償するから、許してよ~!」

 

しかし、何を言ってもその子は泣きやまない。もしかして、衝突の衝撃で骨折でもしたのだろうかと思ったが、視覚センサーの情報を見る限りでは骨に外見上の変形は認められず、赤外線映像でも炎症を起こしているような患部などは見つからなかった。

 

困ったタチコマは、先ほど声を掛けてきた別のタチコマに助けを求めようとも思ったが、たとえ個性の分化が進んだにしても、知らないものは知らないのだ。彼に訊いたとしても、この子どもを泣き止ませる方法を知っている確率は0に近い。取りあえず、いつまでも彼を腕で抱えている訳にもいかないので、タチコマはそっと地面におろし、近くの階段に座らせた。

 

「ひっく、ひっく…」

 

ようやく子どもは泣き止んできた。身長などのデータから、年齢は10歳くらいと推定される。タチコマは住民基本台帳ネットワークシステムにこっそりと侵入すると、顔や身長、それに地域などの情報をもとに検索をかけた。その間の時間、わずか0.7秒。検索結果を見ると、その子の名前が的確に表示されていた。

 

「キミ、ヒトシ君っていうんだね。怪我は大丈夫?」

 

「…うん」

 

突然、自分の名前を呼ばれたことに驚いたのか、彼はキョトンとした表情を浮かべていた。着ていた短パンとTシャツは涙や鼻血で無数のシミができてしまっていたが、当の本人は鼻血が出ていることに気付いておらず、顔を拭った時に初めて血がついているのを見て驚いている。タチコマは鼻血の止め方について瞬時に検索をかけた。

 

「えーと、鼻血の好発部位は鼻中隔のキーゼルバッハ部位で、まずは椅子や床に座って顔をやや下に向けるとある。それで、親指と人差し指で鼻の下の方をつまむといいのかな」

 

彼はネットで調べた通りに、その子の鼻をつまもうとした。だが、指に掛けるべき適正なトルクなんて検索しても出てこない。タチコマは少しの間悩んだ挙げ句、彼に言って自分で鼻をつまんでもらうことにした。生身の人間の体は機械と違って繊細で、一度傷つくと修理が利かずに自然に治癒するには時間が掛かる。そのことは既に知っていたからだ。

 

「ごめん、僕も、よそ見してたんだ…」

 

鼻をつまみながら彼が言った。彼の細目の奥に覗ける瞳は、まだ涙で潤んでいる。タチコマは少し困ってしまった。自分はあの時、光学迷彩で道を歩いていた。だから、たとえ彼が正面をちゃんと向いていたとしても、衝突は避けられなかったのだ。これを事故として処理するならば、導き出される過失割合は10:0。歩行者の通行が多いと推定される露店街で小走りをして、しかも光学迷彩までしていたのだから当然の事だった。

 

「いや、そんなことはないよ!悪いのはボクなんだ。自転車も壊しちゃったし、ほんとうにごめん…」

 

タチコマはボディランゲージをフルに使って精一杯に謝った。それを見た彼は鼻声で「いいよ」と言って許してはくれたが、表情から推測する限りあの自転車のことで相当悲しい気持ちになっているのは疑いようもなかった。どうにかして、弁償できないだろうか。タチコマは悪知恵を働かせてみたが、どうやっても少佐やバトーに知られずに自転車を直すことは不可能だった。

 

(うーん、どうしよう…)

 

もし光学迷彩中に人にぶつかった事を正直に言ったら、どうなってしまうのだろう。タチコマはふとそんな事を思考し始めた。勝手な行動の最中に起こったことなのだから、考えてみると中々重大なことだ。まさか、またラボ送り?もしかして、死を体験しちゃう?なんてことも考えたが、さすがに人も死んでいないのに、これだけで自分をバラバラにするようなことはないと思われる。でも、ボクらには訓戒や戒告といった概念が理解できないため、考えられる中で一番現実味がありそうなのは、無期限のハンガー待機ではないだろうか。そうなったら、その間にバトー専用機の座を他のタチコマに奪われてしまうのは必至だ。

 

(むきー!それだけはイヤだーっ!)

 

彼は他のタチコマにバトーが乗る所を想像した。正確に言うと、AIの中でバトーが自分ではない他のタチコマに乗る映像を合成してみただけなのだが。しかし、それを再生するだけでも思わず地団駄を踏みたくなってくる。でも、どうにかしないと自転車を修理できない。でも…。

 

(何か、思考が堂々めぐりをしそうな気がするな…。無限ループになる前に、抜け出しておこう)

 

結果的に、タチコマの行動は正しかった。

 

「こんなところにいた!おいヒトシ、家に戻るぞ」

 

そこに現れたのは、10代後半から20代前半と思われる男性。耳に軽く掛かる程度のよくある短めの金髪で、どう見ても親には見えない。そこで再び住民台帳ネットで検索をかけてみると、この子の兄だということが分かった。

 

「すいません、さっきボクとぶつかっちゃったんですよ。それで、この自転車が…」

 

ここはありのままの伝えて謝るしかない。タチコマはそう考え、壊れた自転車を指しながらそう言った。

 

「いや、そんなことはいい。それより、あんたも胴体にタイヤ痕がついてるぞ。大丈夫か」

 

そう言われてタチコマは自分の姿を確かめようとしたものの、流石に機体のアイボールでは自分の姿を直接見ることは出来ない。そこで、近くの建物のガラスに映った姿を確認してみた。彼の言った通り、右側面のアイボールの右側に、自転車のものと思われるタイヤ痕がくっきりと残っている。これは、後で洗車してもらうしかないだろう。

 

「はい!全然、問題ありませんよ!」

 

「ならいい。うちのヒトシが迷惑掛けたなら謝るが、もうあまり関わらないでくれ」

 

そう言うと、彼はヒトシ君を連れてさっさと行ってしまった。半ば引き摺られるようにして連れて行かれるヒトシ君は、振り向くと小さく手を振ってくれ、タチコマはそれに応えて腕を大きく振る。壊れた自転車の残骸は後で取りに来るといって、建物の外壁に立て掛けていた。一先ず危機を脱したことに安心したタチコマだったが、少しだけ彼のことが気掛かりだった。

 

それに、彼の兄からは何だか自分の事を毛嫌いされているようで、ちょっとだけ悲しかった。

 

「うーん、ボクも何かお詫びしたほうがいいのかな…」

 

もはや、自分が元々接続しようとしていた脳殻のことは頭の片隅にもなかった。しばらく策を練りたいところではあったが、そろそろ監視に戻らなければ本気でバトーに叱られてしまうだろう。仕方なくタチコマは再び光学迷彩を起動すると、静かにその場を後にする。

 

そんな様子を、1台のカメラが記録していた。

 




2018/9/1 一部加筆修正

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。