攻殻機動隊 -ヘリオスの棺-   作:変わり種

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第34話

「なるほど。加賀室長はその事故を告発しようとして、消されたというわけね」

 

少佐はタチコマとともに、2号機制御室の中にいた。目の前に座っているのは制御室長の中野という男。トグサからの報告によれば、例の加賀室長の事故死について何らかの事情を知っている可能性の高い人間だった。彼の両腕はタチコマに掴まれて拘束されているが、もはや諦めているのか逃げ出そうとは一切せず、話にも協力的だった。

 

「そうだ。それで、世の中に正義などないとはっきりと分かったのさ」

 

彼女の問いに、吐き捨てるように彼はそう答えた。体は痩せ細り、目の下には深い隈が浮かんでいる。全てに絶望したような虚ろな瞳が、彼の細い瞼からこちらを見つめていた。

 

彼の話にはいくつかの疑問が残るものの、非常に説得力があった。原発の推進は国策であり、それを根本から否定するような事故などは隠蔽されてもおかしくはない。特に近年はインドへの原発の売り込みが報じられるなど、諸外国への技術輸出も積極的に進められているのだ。

 

そんな中でこのような事故が公となれば、国の政策は一気に行き詰まり、海外への売り込みも白紙に戻る可能性があった。それを恐れた人間により、事故そのものが隠蔽され、告発しようとした人間が消されるという事は十分にありうる話だった。

 

「それで失望したあなたは、傍観すると決めたのね」

 

「そう。そのときは、絶望しかなかった。正しい人間だけが不条理に殺され、都合のよい情報を鵜呑みにした者だけがのうのうと生き続ける。いくらでも気づこうとすれば気づける機会はあったのに、彼らは自分たちの都合のよいことにしか目を向けようとはしない。それで俺は失望した。自ら命を絶とうとさえ考えたよ」

 

そう言いながら、彼は手首を見せつける。深々と切り込まれたであろう傷の跡が、両方の手首にいまだにはっきりと残されていた。自嘲気味な笑みを浮かべると、中野はさらに話を続ける。

 

「だが、口をつぐんでいるだけでは何も始まらない。そうでなければ、何のために加賀室長や、木下さん、それに同期の中村が命を落としたのか。そう考えたのだ」

 

「それで、ここの襲撃を?」

 

中野は口では答えなかったが、押し黙ったまま首を縦に振る。

 

哀れなものだ、と少佐は思った。隠された真実の裏でもがき苦しみ、心身ともに狂った彼の生き様は、あまりにも数奇なものだった。しかし、だからといえ暴力に訴える理由にはならない。そのことは、彼自身も分かっているはずだった。だが、彼はそれを犯した。その段階で、彼は正義を体現する者から単なる犯罪者に成り下がってしまったのだ。

 

おそらく、このままだと彼は死刑、良くて無期懲役の判決を受けるだろう。その過程で真実が明らかになる可能性もないわけではないが、裁判中に留置場で消される恐れもある。どのみち彼にはこの先も、困難な運命が待ち受けているのだ。

 

「殺すのなら殺せ。所詮、一度は捨てた命だ。惜しくはない。警察など、権力の手先に過ぎないことは知っている」

 

「いいえ。あなたは義務を果たす必要があるわ。たとえどんな苦難が待っていようとも」

 

自暴自棄になって彼が言い放った言葉に、彼女は静かに落ち着いた口調でそう返した。中野はそれを聞いて鼻で笑うと、蔑むような目で彼女を睨みつける。

 

「義務…?笑わせる。事件を事故と処理し、何一つ真実を追求せず権力のままに動く警察に何ができる。もはや、体制に正義は成し得ない!」

 

強い口調で怒鳴った彼に、少佐は鋭い眼で睨み返した。あまりの鋭さに威圧され、彼は思わずたじろぐ。間もなく口を開いた少佐は、こう言い放った。

 

「世の中に不満があるなら自分を変えろ。それが嫌なら耳と目を閉じ、口をつぐんで孤独に暮らせ」

 

彼女の剣幕に圧倒された中野は、言葉も出なかった。そんな彼の様子を見た少佐が続ける。

 

「だが、お前は自らの意志で行動した。方法はともかく、その勇気は本物のはずだ。お前はまだ生きている。生きているのなら、その命をまだ使うことができるはずだ」

 

「裁判で証言しろと言うのか…?俺に…」

 

中野はまだ疑いの目を向けているが、先ほどまでの侮蔑するような目つきではなくなっていた。

 

「ああ。身の安全は我々が保証する」

 

少佐のその言葉に、中野は彼女を見つめたまま深く考え込む。この女性はいったい何者なのだろう。これほどまで強い意志を持ち、純粋な瞳を持つ人間を彼は初めて見た。これまで全てに裏切られてきた彼でも、彼女の言葉だけはこれまで聞いたどんな薄っぺらい言葉と違う、力強さを感じていたのだ。

 

彼女を信頼し、賭けてみるのも良いかもしれない。彼はそう思った。どの道、テロリストと同じく裁かれる命である。そもそも、ここで殺されてもおかしくはなかったのだ。ならば、たとえ彼女に裏切られて死んだとしても、裁判で死刑になったとしても、結局死ぬことには変わりない。

 

だが、彼女の澄んだ瞳を見ていると、どうしても嘘を言っているようには見えなかった。今思えば、自分がこうして生き永らえたのも、偶然ではなく必然なのかもしれない。死んでしまった彼らのためにも、自分のできることを成す。それが、彼らへの精一杯の供養になると、信じるしかなかった。

 

「分かった。あんたの言葉、信じるよ」

 

中野がそう言った。少佐は優しく頷くと、タチコマに拘束を解くように命じる。間もなく自由になった彼は、彼女の支えを受けつつゆっくりと立ち上がった。

 

「2人は生きているのか?」

 

床に倒れて動かないテロリストを見つめながら、中野が訊いた。彼らの腕は後ろ手に手錠がはめられていたが、意識はなくピクリとも動かなかった。

 

「電脳錠が使えないから、麻酔で眠っているわ」

 

その答えに少し安心したのか、中野は頷くと素直に指示に従って少佐に連れられ、そのまま部屋を後にした。扉をロックして内側から開けられないようにした後、少佐とタチコマに挟まれるような形で彼は廊下を進み始める。

 

「亡国の使者は炉の制御を奪ってどうするつもりなのかしら?」

 

そんな中で、少佐は彼にテロリストたちの目的を尋ねた。答えは分かりきっているが、何か解決につながる手掛かりが得られるかもしれない。彼女はそう考えていたのだ。

 

「原子炉を停止させたうえでタービンと復水器を破壊し、最後に一次冷却系に海水を流して使用不能にする計画だった。奴らも暴走させようとは考えていないはずだ」

 

得られた答えはやや意外だった。どうやら、彼らは放射能汚染をまき散らすつもりは毛頭ないらしい。これまでの核大戦で、核に対する恐怖感が高まっていることを考えれば、不思議なことではない。特に東京の有様を見れば、人類が核兵器に懲りるのも無理はなかった。そのために、第4次非核大戦ではAI兵器が代わりに主力として戦場に投入されたくらいなのだ。

 

それに考えてみれば、人類解放戦線といえども興国の旅団の残党だけ組織を立ち上げるのには限界があるはずだった。だとすれば、地球保護系の過激セクトと手を結んでいてもおかしくはない。彼らの主張には一部、共通するものがあるからだ。

 

「計画を止めるには、総合制御室を制圧する以外に方法はない。だが、あそこは静脈認証以外に電紋認証がある。突破するのは無理だ」

 

少佐の意図を察したのか、彼は険しい表情でそう話した。

 

「破壊するのは?」

 

「扉は100ミリ厚の鋼鉄製で、電子ロック式だ。しかも、それが二重になっている。爆破するのは困難だろう」

 

その答えに少佐は考え込む。彼の言う通り、テロリストたちから原子炉の制御を奪うためには、総合制御室を制圧するのが唯一の方法だった。しかし、侵入するためには高度なセキュリティを突破する必要がある。静脈認証程度なら突破できなくもないが、個人特有の脳波を使う電紋認証を突破するのは少佐でも至難の業だった。

 

やむを得ないが、ここは彼の協力に頼るほかない。迅速な制圧のためには、彼にロックを解除してもらうしか方法はないのだ。問題は、彼の身に危険が及ぶということである。3年前の事故の重要参考人である彼を失ってしまえば、真相解明は困難となる。それだけは避けなければならない。

 

「俺は構わない。あんたに協力するよ」

 

彼はしっかりとした面持ちでそう言ってくれた。彼女は渋々、制御室前まで彼を連れていき、解錠を任せるほかないと判断する。現状で最善の方法はそれしかないのだ。だが、不必要に彼を危険にさらすわけにはいかないので、同時に解錠後は速やかにバトーたち他の課員に身柄を預け、安全なところに退避させようと考えていたのだった。

 

そうと決まれば、彼にもそれなりの備えはしてもらう必要がある。少佐はタチコマのポッドを開けさせると、彼に乗り込ませた。これで、不意に襲撃を受けても安全は確保できる。

 

「タチコマ!中野のことは頼んだぞ。彼は重要参考人だ!」

 

「まかせといてください!」

 

タチコマは元気良くそう答えた。そうして、階段を上った彼女たちは総合制御室へと向かう。だが、どうも様子がおかしい。張り詰めた空気と、奇妙な静けさ。確実に何かが潜んでいるという気配があった。明らかに、先ほどまでいたフロアと空気が違うことを感じた少佐は、すぐにバトーに連絡を取る。

 

《バトー、無事か?搬入路は確保したか?》

 

電通を使って呼びかけるものの、応答はない。聞こえるのはラジオのような耳障りな雑音だけで、彼の声は全く聞こえなかった。

 

「少佐、どうやら通信が妨害されているようです。それも、かなりの出力で妨害電波が発信されています。もしかすると、相手はこの階層にいるのかもしれませんね」

 

タチコマの報告に、少佐は足を止めた。先ほどまでは地下特有の電波状態はともかく電通は使えていたはずなのに、全く使えなくなるとはどういうことなのか。もしかすると、妨害電波を放っている相手は自分たちの侵入に勘付いたのかもしれない。

 

順当に考えれば犯人はテロリストたちだが、もし彼らがやったのであれば最初から妨害電波を放つはずである。今さら妨害電波を発信したところで、意味があるとは思えない。

 

そんな中、考え込んでいる少佐の目にあるものが映った。通路の奥に見える黒い塊。あれは、間違いなく人間の足だった。敵に注意しながら近づいていくと、そこには無残にも殺害された職員たちの姿があった。数は6人で、いずれも頭を撃ち抜かれて即死している。しかし、奇妙なのは彼らの遺体がみな横一列に並んでいるという点だった。加えて、手足も縛られてはおらず、状況から察すると彼らは全くの無抵抗で殺されたようだ。

 

「なんてこった!何でこんなことに…」

 

タチコマに乗っていた中野が声を上げた。そこで事態に気づいた少佐は思わず「しまった…」と小声で漏らす。タチコマのポッド内のモニターには、アイボールからの映像を表示させたままだったのだ。すぐに降りてきた彼が、口を押さえてその場に立ち尽くす。

 

「状況から考えると、テロリストたちがやったということになるわね」

 

「馬鹿なッ!あれほど警告していたのに、岸田の奴は裏切ったのかッ!」

 

彼は膝を折って泣き崩れた。先ほどまで冷静だった彼がここまで乱れるのを見た彼女は、言葉を掛けることもできず、ただただその惨状を見つめることしかできない。だが、いつまでも仲間の死を悼ませるわけにはいかなかった。どこにテロリストが潜んでいるか分からない以上、彼を危険に晒すわけにはいかないのだ。

 

すすり泣く彼をポッドに乗せると、少佐は再び進み始めた。今度はタチコマにモニターに外の映像を表示しないよう言ってあるので、彼が外の惨状を知ることはなくなっていた。結果的に、彼女のその判断は正しかった。

 

制御室に近づけば近づくほど、廊下に転がる死体の数が増えていたのだ。だが、それとともにますます謎が深まる。いくつかの場所では、何と職員たちの死体に埋もれてテロリストたちの死体も転がっていたのだ。皆、無抵抗に殺されたというわけではなく、アサルトライフルを握ったまま硬直している死体もある。

 

どういうことだろうか。

 

少佐には全く理解できなかった。このテロリストたちは、いったい誰に襲われ、命を奪われたのだろうか。制御室に続く廊下には、そうした光景がその扉まで永遠と広がっていた。まさに血に塗られた通路には異様な臭いが立ち込め、少佐でも感覚器官を切らなければ耐え切れないほどである。

 

死体を踏まないように注意しながら進む少佐の目には、次々と凄惨な光景が焼き付けられる。だが、彼女はそんな中でも冷静に、犯人の特徴を掴もうと残された手がかりを懸命に見つけ出そうとした。

 

その中で、彼女はあるものを見つけた。殺されたテロリストの死体。彼の死体は他の死体と違って銃で撃たれたのではなく、喉元を切り裂かれて絶命していた。傷口はかなり深く、頸動脈を的確に断ち切っている。戦闘中にこれほど正確に相手の急所を狙うことなど、普通の人間にはできないことだった。

 

他のテロリストたちを見ても、みな鋭利な刃物で殺害された痕跡が見つかった。あるものは心臓に達するほどの深い刺し傷があったり、首を落とされたりと手口は様々だったが、どれもかなりの手練れが殺したとしか思えないほど、正確に相手の弱点を突いている。

 

少佐の脳裏に、ある人物がよぎった。これほどナイフを扱うことのできる人間は、赤蠍しかいない。

 

やはり、奴は生き延びていたのだ。

 

少佐には思い当たる節があった。姫路での戦闘で攻性防壁で脳を焼いたあの瞬間、人間を電脳死させる時ならば当然感じる、ゴーストの抵抗が全く感じられなかったのだ。

 

間違いなく、赤蠍は生きている。そして、この所内のどこかで息を潜めているのだ。少佐の予想は、確信へと変わっていった。

 

扉には、中に逃れようとしたテロリストが残したのか真っ赤な手形が残されていた。だが、それを残した男は扉の手前で力尽きている。その背中には深々とナイフが突き刺さったままだった。

 

「どうだ、制御室には着いたのか?」

 

タチコマに乗った彼がそう訊いてくるが、このような中で彼を出すわけにはいかなかった。一度、引き返してバトーたちも含めた万全の態勢で臨むほかない。少佐が引き返そうと振り返ったときだった。

 

背筋にゾッとする寒気を覚え、体中の毛が逆立つ。確実に、何かが近づいている。本能的にそう感じた少佐は、すぐに逃げ場を探した。自分とタチコマだけならまだしも、ポッドの中には中野がいる。リスクは冒せないのだ。

 

だが、通路の突き当りまでは距離があり、その間に分かれ道はなかった。追い詰められた彼女は辺りを見回す。その時、総合制御室の扉が微かに開いているのが見えた。あり得ないはずだが、もう一度見返しても状況は同じだ。制御室の扉は、微かに開いていたのだ。嫌な予感を感じる彼女。厳重に警備されているはずの制御室の扉が開いているということが、いったい何を意味するのか。薄々、彼女には分かっていたものの、逃げ場はそこしかなかった。

 

瞬時に力づくで扉を開けにかかった少佐は、真っ先にタチコマを先に行かせた。乗っている彼に危険が及ばないようにするためである。そして、最後に自分が入ると扉を閉める。すぐ目の前には2枚目の鉄扉が立ち塞がっていたが、それは正常に機能していたためこじ開けることはできなかった。

 

仕方なくポッドから中野を出した彼女は、執拗に何があったのか尋ねる彼に無言を貫き、とにかく今すぐに扉を開けるように言った。彼女の緊迫した雰囲気が伝わったのか、彼は怪訝に感じながらも認証端末と接続し、電紋認証を通過する。まもなく開いた扉の先に広がっていたのは、変わり果てた制御室の姿だった。

 

壁面に埋め込まれた大型モニターには無数の弾痕が穿たれ、倒れたオペレーターが白い人工血液を派手にまき散らして煙を上げている。数え切れないほどの弾痕が残るコンソールの脇には、もはや肉塊と化した職員やテロリストたちの姿があった。弾痕は線状に連なっていて、部屋中を掃射されている。

 

信じられない光景にもはや言葉を失う中野。ショートした機械類から上る白煙がうっすらと立ち込める室内には、もはや生きている人間の気配は感じられなかった。歩き出した少佐は、その死体の一つ一つを確認していく。

 

余程の銃弾が撃ち込まれたのか死体の多くは原型を留めていなかったが、壁に残された弾痕を見る限り対物用の12.7ミリ弾が使われたようだった。しかし、そんな大口径弾を放つ銃を生身の人間が扱うことはできない。このようなことを行えるのは、バトー並みのサイボーグかアームスーツ、それにタチコマのような思考戦車に限られるのだ。

 

「少佐、弾痕の解析ができました!毎分1000発前後の高レートで発射されています」

 

タチコマからの報告に、少佐は舌打ちをする。毎分1000発というのは、通常の単銃身機関銃なら成し得ない圧倒的な発射速度だ。機関銃でそれを実現するためには、銃本体に複数の銃身を配置する必要がある。すなわち、ガトリング砲と呼ばれる多銃身機関銃でなければ到底できないことなのだ。

 

とれば、犯人は絞られる。どんなにヘビー級のサイボーグでも、ガトリング砲を携行するのはこれより一回り小さい7.62ミリ口径の銃弾を使用するM134ミニガンが限界だ。12.7ミリ弾を使用するGECAL50は給弾装置を入れた本体重量だけでも60キロを超え、銃弾を入れれば100キロや200キロは越える。しかも、電源を供給するバッテリーも必要であることから、使うことのできるのはアームスーツか思考戦車しかない。

 

そんな重武装の兵器が潜んでいるかもしれない以上、無用な移動は禁物だった。少佐は冷静に扉まで戻ると、端末を操作して両方の扉を封鎖した。これで、敵が入り込む危険を排除できる。ここはこの原発の中でも、最も安全な場所だからだ。IDと電紋認証の端末を備え、100ミリもの厚さを誇る扉を突破するのは、たとえ海自の303式強化外骨格でも困難だった。

 

だが、そんな室内がこの有様になっているということも考えねばならない。扉にはこじ開けた形跡が残されていないことから、犯人はテロリストの仲間であると考えられる。室内にいる味方に扉を開けてもらい、堂々と扉を抜けて侵入してきた犯人は、容赦なくこの場にいた全員を殺害したのだ。

 

少佐は中野をコンソールの陰にかがみ込ませると、タチコマとともに室内の安全を確かめ始める。そこら中に撃ち込まれた銃弾のために壁や天井も破壊され、照明の一部は消えていた。天井から下がる千切れたコードがしばしば火花を散らす中、少佐は部屋の奥へと足を進める。

 

懸命に応戦したのか、武器を持った兵士の顔は壮絶な表情を浮かべている。だが、その体は銃撃を受け、ほとんど両断に近い有様になっていた。少佐はそこから目を移すと、最も奥にあった小部屋を覗き込む。案内板には制御室長室と書かれ、事務机のほかにパソコンのモニターが数台ほど置かれていたが、同じく凄絶な銃撃で破壊されていた。

 

制御室内を見渡すように開いた大窓のガラスはもはや砕け散って失われ、部屋の中も無数の弾痕が埋め尽くしている。少佐は警戒しつつ、ゆっくりと部屋に近づいていった。入り口付近の床に黒い端末が転がっていたので、少佐はトラップに気を付けてそれを持ち上げる。どうやら、爆薬の起爆装置のようだ。近くには拳銃を抜き出してすぐの状態で絶命しているテロリストの男の姿がみえる。彼のライフルが脇に立てかけられているところから見ると、この起爆装置を使った後、時間が経たないうちに襲撃を受けたようだ。

 

少佐は装置を床に戻すと、窓から部屋の様子を覗きつつ、扉の取っ手に手を掛けた。静かに引いた彼女は一歩ずつ慎重に足を踏み入れる。そんな中、彼女は部屋の隅に横たわる男の体を見て、動悸が激しくなった。粘着テープで手足を縛られたその男は、顔に布を被せられて目隠しをされている。だが、その体には血の跡が残り、銃弾による穴が背中に何か所も穿たれていた。

 

トグサなのか。

 

彼女の息は荒くなった。体格は彼とほぼ同じである。銃を構えて周囲の安全を確認した彼女は、固く表情を引き締めると顔を覆っている布に手を掛ける。

 

最悪の事態が頭をよぎった。

 

もし彼であったならば、自分は残された彼の家族に何といえばいいのか。いや、自分が彼の遺族のもとに赴くことはないのだ。訓練中の事故で亡くなったという書類一枚が、送られるだけであろう。しかし、それを見た彼の家族は何を思うのか。到底想像することはできなかった。

 

そんな中、彼女は心を決めると、祈るような気持ちで一気にその布を取り払った。

 

目の前にいたのは、トグサとはかけ離れた中年の男性だった。

 




2018/9/27 一部加筆修正

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