星々が煌めく夜空を高速で飛翔する複数の黒い機影。搭載された大出力のターボファンエンジンが機体を加速させ、今まさに攻撃態勢に移ろうとしていた。翼が胴体と一体化した全翼機に近い、洗練され尽くした独特のシルエットを持つそれらは、航空自衛軍が誇る無人攻撃機の一つで、高度なステルス性能を持つ最新鋭の機体だった。
それらが石川県の小松基地を発進したのは、今から30分近く前のことだった。攻撃目標とされたのは、武装集団によって乗っ取られた新大浜原発内の防空システム。米帝から導入され、海自の護衛艦でも制式採用されているSeaRAMと呼ばれる近接防空ミサイルシステムだ。
索敵から攻撃までの一連の動作を単一のユニットの中で完結させているため、完全自律で周辺の防空を担うことができる。特に、そのシステムは元々対艦ミサイル等からの艦船の防護を主眼において設計されているため、11発ものミサイルを搭載しており飽和攻撃にも十分に対応できるスペックを持っているのだ。
原発内には、それが東西に合わせて2機設置されている。本来はテロ攻撃から原発を守るためのもので、ヘリはもちろん戦闘機やミサイルをも迎撃可能だが、今となってはその存在が大きな仇となっていた。制圧しようにも、戦闘ヘリが迂闊に近づくことはできないのだ。戦闘機からの対地ミサイル攻撃にしろ、迎撃される可能性もある。そのため、攻撃には対レーダーミサイルが使用されることになっていた。射程距離が長くアウトレンジ攻撃が可能の上、超音速で目標に到達するために迎撃が困難だからだ。
6機の攻撃機は敵レーダーから放たれる微弱な電波を感知すると、ミサイルに目標座標および周波数帯を伝達する。間もなく機体下部のウエポンペイが開くと、収納されていたミサイルが発射された。各機2発ずつのミサイルを放った攻撃機部隊は、発射を終えると一気に散開して基地の方角へ戻っていく。
一方、ミサイルはロケットモーターの凄烈な推力のもと瞬く間に音速の壁を突き破り、マッハ2まで加速する。やがて燃焼終了と同時に点火されたラムジェットエンジンにより圧倒的な推力を得たミサイルは、大気を引き裂いて一直線に目標へ向かっていた。
ミサイルの接近を感知したシステムは、プログラム通り敵方向にサイドワインダーを元に開発された近接防空ミサイル__RAMが装填された11連装の発射装置を向けると、次々と発射する。瞬時に音速をゆうに超える速度まで加速したRAMは、接近してくるミサイルに肉薄する。
先頭の対レーダーミサイルがRAMの直撃を受けて爆発した。だが、後続のミサイルが接近を続ける。2発目のRAMはミサイルの僅かに上方を掠めて命中せず、近接信管により自爆したがややタイミングが遅れたためにミサイルに打撃を与えるには至らない。その間にも対レーダーミサイルは本体に迫り続けている。
3発目のRAMが二番手のミサイルの手前で爆発し、操舵翼をもぎ取られたミサイルがあらぬ方向に逸れて高圧電線の鉄塔を吹き飛ばした。倒れた鉄塔は近くに位置していた高圧開閉所を直撃し、その瞬間、稲妻のような強烈な閃光が走る。
しかし、それが最後の抵抗となった。続いて押し寄せてきたのは4発もの対レーダーミサイル。同時迎撃可能数を遥かに超過するそれらは、一直線に発射機のもとへと向かっていく。寸前で放たれた4発目のRAMはあまりの至近距離に進路を変えきれず、対レーダーミサイルの遥か側方を素通りする。
そして、間もなく殺到した対レーダーミサイルが発射機の中央に突っ込むと、レーダー部分を跡形もなく吹き飛ばした。続いて第2撃、第3撃が発射装置を破壊し、RAMに誘爆して防空システムは爆炎に飲まれた。
もう一方のSeaRAMも3発ほどの対レーダーミサイルを迎撃するものの、間もなく直撃を受けて破壊された。これによって敷地内の防空システムはすべて沈黙し、自衛軍による原発制圧作戦の第一段階である
総合制御室内では突然の出来事にややパニックになりつつあった。その場には多数の警報音が鳴り響き、モニターを警告表示が覆い尽くしている。自衛軍の攻撃よって防空システムがいずれは無力化されることは予想できていたが、狙いを外したミサイルが他の発電所から電力を供給している原発支線のB系統の鉄塔を薙ぎ倒したのは想定外だった。他の発電所の襲撃によって既にC系統の受電が止まっている中で、B系統の損傷によりここに送られてくる電力はA系統のみになった。
「高圧開閉所にて火災発生」
「安全装置作動、当該系統を遮断します」
「電源切替完了。所内電源の安定を確認」
オペレーターは逐次現状報告を行う。中野の仲間の職員たちは動揺しながらも所内マニュアルに従った操作を実行し、原子炉の安定に努めた。一方、テロリストたちはリーダーの岸田がいない中、サブリーダーを務める三木の指示のもと、冷静に状況を把握しようとしている。
しかし、レーダーが失われた以上、侵攻してくる航空戦力を把握し足止めすることは困難となっていた。そのため、残されている多数の監視カメラを駆使して、警戒を続けるほかなかったのだ。
「見落とすなよ。今ここでみすみす妨害されるわけにはいかない」
額から脂汗を流しながら、三木は真剣な面持ちでそう言った。そう、彼らの計画はまだ半分すら実行できていなかったのだ。それは主制御システムの掌握に思いのほか時間がかかっていることと、2号機が停止しないという予定外の出来事が影響していた。
それでも、制御系はあと3分もせずに乗っ取ることができる。その後は原子炉を再起不能にするべく、煮ようが焼こうが自由にできるのだ。せめてそれまでの間は、外部から邪魔が入ることは避けなければならない。
そんな中、早くも監視カメラの一つに動きがあった。
建屋からゲート方向を映したカメラに映るいくつかの機影。夜の闇に飲まれてはっきりとは確認することができないが、月明かりの反射から何とかその存在を認めることができる。それらは低空で接近し、地形に完璧なほどに追随していた。おそらく、自衛軍の強襲部隊のヘリコプターだろう。
「海からも侵入者だ!」
仲間のその叫びに、三木ははっとして別のモニターを振り向く。崖の陰から密かに忍び寄っていたのか、先ほどまで存在しなかったはずのゴムボート3隻が白い水飛沫を上げて急速に接近してきていた。その上には顔を特徴的な白い覆面で覆った完全武装の自衛軍兵士が乗っている。
「迎撃だ。自動銃座からヘリを攻撃させろ!アンドロイド兵も使え」
矢継ぎ早に指示を出すが、自衛軍の動きは洗練され、予想以上に早かった。上空を映した監視カメラには早くも補助建屋上空に到着し、ホバリング体勢に移る3機の大型ヘリオニヤンマの姿があった。加えて、2機のジガバチの姿も確認できる。
敷地の各所から自衛用の7.62ミリ機銃による対空砲火が行われるが、機敏な動きで空を駆け回るジガバチには到底かなわなかった。防衛陣地はロケット弾攻撃により破壊され、自動銃座は対戦車ミサイルの直撃を受けて跡形もなく吹き飛ぶ。ゴムボートの迎撃に向かわせたアンドロイド兵の部隊も、ジガバチの30ミリガトリング砲の掃射を受けて粉砕された。
たちまち敷地の至る所で黒煙が上り、防衛戦力はほぼ沈黙する。オニヤンマからはワイヤーが垂らされ、兵士が次々と降下してきていた。それと同時に流線型の黒いアームスーツがヘリから降下し、着陸地点の防備を固める。ゴムボート部隊も早くも上陸を始め、排水口付近の作業用通路の扉を爆破して侵攻を開始する。
「B-4区にて火災発生」
「隔壁A-14破壊」
「ユニット33との連絡途絶」
あまりの侵攻の速さに、三木は言葉も出なかった。これまでの対応はすべて後手後手に回り、侵攻の時間稼ぎすらままならない。だが、これ以上自衛軍の好きにさせるわけにはいかなかった。三木はモニターから室長室を振り返ると、無言のまま猛然と駆けて部屋の入り口の隅に置かれていた起爆装置を掴み取った。
「三木!まだそこは導通確認が…!」
そう叫ぶ部下には目もくれず、彼は腰から銀色に輝くキーを取り出すとその装置にねじ込んだ。緑色のランプが点灯し、軽い電子音が響く。三木はモニターを振り向いた。海上から侵入を果たした部隊は階段を下り、二次冷却系復水器に繋がる海水循環ポンプ付近にいた。一方、ヘリで降下したアームスーツ部隊はちょうど地下駐車場の入り口に差し掛かっている。
タイミングは今しかなかった。
「耳をふさげぇッ!」
最後にケーブル類がコントローラーに繋がっていることだけを確認した彼は、親指で中央の赤いボタンを力強く押し込む。別のランプが点灯するのと同時に、凄絶な爆音と衝撃波が頭上から轟いた。
だが、激しい揺れが襲う中で、彼らはモニターに映し出されていた保安区画内の監視カメラの映像の一つが、途切れていたことに気づかなかった。
荒巻課長は官邸の駐車場に駐められた自分の車の中にいた。この混乱で交通網が麻痺し、航空機の飛行も制限されていたので、新浜に戻ることはできなかったのだ。そこでこのまま、久保田から聞いたエネルギー省と剣菱に対する脅迫の線について、自分なりに調べを進めようと考えていたのである。
しかし、少佐たちは大浜原発に向かっており頼るわけにはいかない。ここから自分の持ちうる限りの人脈を駆使して、集められるだけの情報を集めるしかなかった。
情報によれば脅迫した犯人はヘリオスと名乗っているという。それを聞いて思い出したのが、剣菱重工の安藤開発部長が遺したメモだった。あれにも、確かにヘリオスという文字が書かれていたのだ。しかも、そのメモに記されていたIDのファイルを調べたところ、同じくヘリオスという名の個人フォルダーの中に、例の加賀室長が事故に見せかけて殺されたときの記憶が保存されていたのである。
もしかすると、今回の脅迫の犯人は剣菱のサーバーにそのフォルダーを保存した人間と同一人物であるかもしれない。だが、そんな名前を使って犯人は剣菱重工とエネルギー省に脅迫し、何をしようとしているのだろう。
引っ掛かる点は山ほどあったが、そもそも何故エネルギー省と剣菱はこの事実を隠そうとしているのかという事が最も気掛かりだった。普通であれば即座に警察に通報し、関係諸機関が犯人の割り出しに掛かる。それをせずに隠蔽に動いているということは、よほど脅迫内容に公表されたくない事実が隠されているのだろう。
しかし、その内容を調べようにも手は限られていた。組織ぐるみで隠蔽を行っているのであれば、9課から問い合わせたところで、返ってくる答えは脅迫などないという一点張りであろう。それに、剣菱とエネルギー省が口裏を合わせている場合は、より厄介になる。最悪、脅迫の事実を掴めないまま証拠を隠滅されてしまう可能性があるのだ。
ここは、人脈に頼るしかない。課長はある人物に電話を掛けることにした。コール音が数回鳴ると、思ったよりも相手は早く出て、しわがれた独特の声が聞こえる。
「誰かと思えば君か、荒巻君」
「ご無沙汰しております、篠原政務官」
相手はエネルギー省の大臣政務官を務める篠原誠二という男だった。衆議院議員を3期務めており、いずれは国務大臣に就任すると目されている。50代半ばという年の割には老けて見え、髪も頭頂部はすっかり抜け落ちてしまっているが、その分貫禄もにじみ出ていた。
「君が掛けてくるという事は、何か事件かな。確か、公安の人間だったろう?」
「ええ」
彼とは2、3回ほど政党パーティや会合の場で会い、軽く世間話をする程度であったが、さすがは政治家といったところだ。人間に対する記憶力は群を抜いて高い。まあ、この世界で生き残っていくためには人脈の広さがものを言うため、政治家には必須のスキルといったところだが。それでも、自分をきちんと公安関係の人間だと覚えていたことには少し感心してしまった。
「突然で恐縮ですが、政務官殿は例のテロ事件はご存知で?」
「それはもちろんだとも。こっちでも大臣が招集されたり、緊急会議を開いたり、問い合わせが殺到したりで猫の手も借りたいほどだよ」
電話の向こうから職員の慌ただしい怒声が聞こえることあたり、彼の言っていることはあながち事実のようだ。荒巻は相手を煩わせないよう、さっと本題に入ることにした。
「話によれば、そちらにも脅迫状が届いたと」
しばしの沈黙。単刀直入に尋ねて対応を窺うという戦略は、ここでも功を奏した形となった。こうすることで、相手に揺さぶりを掛けて冷静な対応を取れないようにする。重要事件の捜査でしばしば取る方法だった。
「ご存知のようですな。脅迫状が届いたのはいつ頃ですかな」
「今日の夕方、5時頃だ。大臣宛にファックスで送りつけられた」
相手は声を潜めてこう答えた。やはり、エネルギー省内部でも極秘の扱いなのだろう。
「内容はどういうもので?」
「…それは直接は答えられん」
「そうですか」
冷静に返す荒巻。しかし、相手は何やら考え込んでいるらしく、低い唸りを上げていた。別の角度から尋ねていこうと考えていた彼は、それに合わせてしばらく沈黙する。そして、ようやく決断を下したのかついに相手が話し始めた。
「ただ、これも丁度いい機会かもしれんな…。このまま隠し通すのも限界かもしれんと考えていたのだ。これは相談なのだが、今すぐ君一人でここに来れるか?」
「エネルギー省にですか?」
荒巻は意外な話の流れに思わずそう訊いてしまった。何らかの手掛かりまでは得られると考えていたが、まさか内容まで確かめることができるとは思ってもいなかったのだ。相手はそのまま押し殺したような声で話を進める。
「そうだ。エネルギー省の23階の大臣政務官室まで来てくれ。くれぐれも内密にな」
「承知いたしました」
丁寧に答えた彼は、電話を切った。すぐにエンジンを掛けて車を走らせた彼は、守衛にパスを渡してゲートを抜ける。普段は官邸からエネルギー省の庁舎までは車で10分も掛からないが、今回のテロ事件の影響か道路が混雑していて、倍の時間は掛かりそうだった。
その間に彼は考えを巡らす。事の運びが思いのほか急だったのだ。単純に正義感という線も考えられなくもないが、彼は俗に言う世襲議員でこの世界の駆け引きには十分に慣れている。彼なりに何らかの思惑があって、自分を呼んだという線が濃厚だろう。
それでも、脅迫の内容にさえ迫ることができれば、彼の政治的駆け引きに手を貸すことになるかもしれないが目的は果たせる。彼自身が潔白であるかどうかは、それ以降に捜査を進めても遅くはないのだ。そう考えれば、とりあえず彼の招きに素直に応じるのも手の一つだった。
車はようやくエネルギー省庁舎の構内に入る。状況が状況なだけに警備体制は最高レベルまで強化されていて、庁舎の正門前には機動隊の装甲バスが駐められていた。周りには防弾盾を持った機動隊員たちが睨みを利かせている。
守衛にパスを見せた彼は、来庁者専用の駐車スペースに車を駐めると足早に車を降りて玄関に入る。金属製のバーで塞がった簡易的なID式入館管理ゲートの脇に、警備員の詰め所があったので、彼はそこで身分証を見せて中に入ろうとした。
「失礼ですが、来庁者はこちらの書面に所属、氏名、用件をご記入を」
60過ぎの年老いた警備員にそう言われ、渋々彼は自分の名前と所属を書き込んだが、用件のところには情報照会とだけ書いた。ここで正直に面会と書き込んでしまえば、全てが無に帰してしまうからだ。情報照会であれば、警察関係の人間が捜査のために来庁するなら当たり障りのない目的で、後で怪しまれることも少ないだろう。
「はい、どうぞ」
警備員は書類を受け取ると、何度も垂れ下がった瞼の先から鋭い眼光で身分証の写真と彼の顔を見比べてから、身分証とともに来庁者カードを渡した。彼はそれを首から下げると、エレベーターのボタンを押して目的のフロアまで上がる。
車で向かう途中にオフィスの場所を確認しておいたため、エレベーターを降りてからはわりあいスムーズに進むことができた。黒いプラスチックに白字で「大臣政務官室」と書かれたプレート付きのドアを、彼は息を整えてから静かにノックした。間もなく「入れ」という低い声が聞こえる。彼はドアを開けると、相手の顔を見てまず一礼した。
「わざわざ呼び出してすまんね」
「いいえ、構いませんよ。これが私の仕事ですから」
そう答えた荒巻は、案内されるまま部屋の中央に置かれた革張りのソファに腰を掛ける。床は黒いタイル張りで、調度品は木製の落ち着いた色合いのものに統一されていた。デスクには先ほどまで関係先と電話していたのか、乱雑に書かれたメモ用紙が置かれたままになっている。
篠原政務官もソファに腰を掛けると、ドアの方を一瞥した。肉付きの良いたるんだ顔からは、とても想像もできないような鋭い視線だった。さらに辺りを見回して、映像カーテンが機能していることを確かめた政務官は、ようやく本題に入る。相当用心深いようだ。
「さっそくだが、これが届いた例のファックスだ。コピーだがね」
政務官は懐から一枚の紙を取り出した。書かれていたのは手書きではなく、印刷された明朝体の文字だった。
『本日、西日本各地の発電所が襲撃を受けることは、周知のことだろう。その中の一つに、新大浜原発がある。我らは彼らとともにこの施設を占拠する者だが、その行動理念は異なる。我らは停電を目的とするのではない。奪われた太陽を取り戻し、二度と燃えることのないようにするのである。もしそれを妨げることがあれば、神の炎がすべてを焼き尽くすことになるだろう。諸君の賢明な判断を望む。――ヘリオスより』
ファックスにはそう書かれていた。
2018/9/24 一部加筆修正