攻殻機動隊 -ヘリオスの棺-   作:変わり種

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第9話

「課長、情報流出の件だけど、有力な線が浮上したわ。話は聞いているとは思うけど、ラボでタチコマから発見されたセボットが深く関わっている。そして、それを仕掛けた可能性が高いのは、最初に出動したリニア工事現場の男性警備員よ。今からそいつを押さえに行くわ。あと、ちょっと剣菱にも探りを入れるかも」

 

「分かった。剣菱の件は慎重にやれよ。イシカワから聞いたが、タチコマをもう連れて行くそうじゃないか。情報漏れの件は大丈夫なんだろうな」

 

エンジンの鋭い唸りとともに、首都高速を疾走する青いスポーツカー。その背後には、2機のタチコマがぴったりと張り付いていた。日焼けのためか、交換された部品とそうでない部品との間で若干色が違うのは御愛嬌と言ったところだろう。月日が経てば、新しい部品も色褪せて馴染んでくるはずだった。

 

「原因のセボットは取り除いたし、念のため他の全てのタチコマの基板も調べさせたけど、異常はなかったわ。それに、何となく予感も感じるのよ」

 

そう答えた少佐は、電通を切るとすぐにネットの世界へダイブする。もちろん、車は運転したままだ。視覚情報はたちまち現実空間から、リアリティのない仮想現実の世界へと移り変わっていく。暗黒の空間内を貫く一筋の光。やがて、その数は加速度的に増えて入り混じり、その結節点は徐々に輝きを増していく。

 

遥か彼方まで広がったそれらは、一言で表現するならば宇宙とでもいうべきものだった。光の筋の結節点が持つ輝きが、まるで煌めく星々のように見えている。遠方に見える“天の川”は、福岡を中心とする現在の首都圏だろう。無限に広がるようにも思えるその空間に、溶け込んでしまいたい。そう思った事すら、彼女にはあった。

 

そんな電脳空間上の分身ともいえる、彼女のクロマの隣に、突如として光が集まった。それらはよく見慣れた形へと変わると、収まっていく。現れたのはタチコマだった。もともと、タチコマたちには電脳空間上で工作活動を行う機能は装備されていなかったのだが、ラボ送りから帰ってきた時に少佐の要望でエージェント機能なるものが追加されていたのだ。

 

電脳空間上でのトラフィック負荷を軽減するため、足の関節など一部が省略されてデフォルメされているが、それはそれで独特の可愛らしさを発揮していた。まあ、当の本人たちにはそんな自覚はないが。しかし、これでも立派なハッキングAIであり、並の政府機関の攻性防壁すら破ることができるのは言うまでもない。

 

「分かっているな。今回の目的は剣菱重工だ。弾薬庫の管理体制や管理責任者の工藤については、ここで調べる必要はない。社内に怪しい動きがないか、それだけで十分よ」

 

「りょーかい!」

 

次の瞬間には、少佐とタチコマは剣菱本社のネットワークの近くまで転移していた。既に別のタチコマ1機が剣菱のネットワークに張り付いていて、侵入経路を調べているところだった。少佐は、改めて周りを見回す。さすがは、日本を代表する巨大企業といったところだろう。無数の光の筋に繋がった、巨大な球状の剣菱ネットワーク。大きさは個人を表す球とは比べ物にならず、少し離れているここからでも全体像を見渡すには困難なほどだ。

 

「少佐!さすがは剣菱の防壁ですね。並みの省庁の防壁をも凌駕しちゃってますよ。まあ、ボクたちの手に掛かればお茶の子さいさいです。ご安心くださ~い!」

 

「よし。なら、さっそく作業を始めるぞ」

 

「は~い!」

 

タチコマたちは元気よくそう答えると、剣菱のネットワークのゲートに取り付いた。たちまち周りに展開されたコンソールからデータが注入され、ゲートが文字化けして崩れていく。あらかじめ防壁の脆弱性を調べさせたことが功を奏したのか、極めて短時間で社内ネットワークには侵入できた。

 

「第一関門は突破ですね~」

 

「気を抜くな。ここからが本番だ。ルートアレイ3軸展開、攻性防壁を全種スタンバイしておけ」

 

「ラジャー!」

 

タチコマの周りにさらに展開されていく鍵穴状のコンソール。剣菱のネットワーク内部はその巨大さのあまり、ここが一介の企業ネットに過ぎないことを全く感じさせなかった。無数の結節点が宙に浮び、それらを網の目のように通る光の筋では膨大な情報がやり取りされている。

 

「行動制御ウイルスの起動を確認!保安オペレーター10体はフリーズ中です」

 

「攻性防壁全種起動。機能衝突はありません!」

 

手元に表示されたインターフェイスを見ながら、タチコマたちがそう報告した。

 

しばらく進むと、ようやく目的のサーバーが見えてきた。剣菱本社に置かれているメインデータサーバである。顧客情報から製品の設計情報まで、剣菱重工の保有するあらゆる情報が一元管理されているのだ。当然、その中には兵器に関するものも含まれており、機密情報に属するものまで存在する。そのため、この剣菱のネットワークの中で最もセキュリティが強化されていると言っても過言ではない。何せ、ここの情報は各国の諜報機関にさえ狙われているのだから。

 

「少佐!三重の攻性防壁が外郭と内郭に1組ずつ張り巡らされています!」

 

「それがどうした。仕事にかかれ」

 

「ですよね~」

 

タチコマにそう言った少佐は、一斉にコンソールを展開するタチコマたちを見ながら、自分の仕事へと取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

壁面の大画面モニターの光が、室内を深い青に染めている。幾つもの小型モニターの並んだデスクに向かう10体の女性型アンドロイドは、手元のキーボードをしばしば操作し、外部との通信を監視し続けていた。だが実際は、タチコマによって流し込まれたウイルスによって、外見こそは稼働しているように見えるものの完全に機能を喪失しており、システムは無防備な状態だった。

 

ここ、剣菱重工本社にある情報保安室では、そんな保安オペレーターの異変に何一つ気づかぬまま、数人の保安要員がシステムの保守作業を行っていた。情報技術が格段に進歩した現在でさえ、その発達スピードは指数関数的に増加している。ウイルスもその例外ではなく、毎日世界中では新種のウイルスが発見され続けており、それに対抗するための防壁も常に進歩し続けていた。

 

最新の攻性防壁へのアップデートを始めていた保安要員たちのもとへ、1本の電話があった。仕方なく作業の手を止めた1人が受話器を取ると、低いしわがれた男の声が響く。それを聞いた保安要員には、すぐにその声の主が分かっていた。総務部長の日下である。

 

「もしもし、システム課かね?悪いがパスワードが何度やっても通らんのだよ。すぐに使いたいファイルがあるんだが、どうにかならんかね?」

 

「すいませんが、レベル3以上の権限を持つパスワードの変更にはこちらに来ていただく必要があるのですが…」

 

申し訳なさそうな声でそう答えた保安要員だったが、案の定まもなく電話から聞こえてきたのは激しい怒声の嵐だった。

 

「君は上司の指示にも従えないのか。これだから最近の若いのは融通が利かなくて嫌いなんだよ。いまファイルにアクセスできない事で、どれほど仕事に影響が出ていると考えている!」

 

激しく怒鳴られた要員はしぶしぶキーボードを操作してメインサーバーに介入し、時間制限つきの臨時パスを発行した。本来、社内規定によってそういった行為は一切禁止されているのだが、課長クラスの職員ならまだしも、部長ともなると拒否するのは立場からも難しかった。特にこの総務部長は社内でも悪い噂が絶えないような人間で、指示に従わざるを得なかったのだ。

 

「今から10分間有効な臨時パスワードを発行しましたので、これをお使いください。只今お送りするメールに記載されている16桁の文字列です」

 

「全く。次からはあまり私を怒らすなよ」

 

その声の後、電話は乱雑に切られた。保安要員は怒鳴り声にやられて耳を押さえながらも、舌打ちをしつつ受話器を電話に叩き付ける。これだから昔の人間は面倒くさいのだ。これでは、何のためのシステムなのだろうか。このように好き勝手にシステムを弄る人間がいるから、後々でトラブルの原因になっていくのだ。

 

そんな苛立ちを募らせていた保安要員だったが、直後に響いたアラームに一瞬にして青ざめる。

 

「メインサーバーへの不正なアクセスを検知。外周防壁にウイルス侵入。感染部急速拡大」

 

自動音声が室内に響き、各々のデスクで防壁のアップデートを行っていた保安要員たちは一斉に手元の端末を操作し、状況確認を行う。突然の攻撃だったが、訓練を重ねている要員たちは混乱することなく、待機していた保安オペレーターに次々と指示を飛ばした。

 

「感染部を直ちに廃棄。ウイルス解析を始めつつ、通信回線を物理遮断!」

 

しかし、オペレーターたちは何も答えない。流石の要員たちも、これには不意を突かれた形だった。

 

「畜生っ!オペレーターが喰われてたか!」

 

そう叫んだ要員たちは慌てて手動での対応を始めたが、もはや無駄な抵抗に等しかった。回線遮断コマンドの到達前に全ての中継器は制圧され、増殖したウイルスによって第1防衛ラインはその8割が消失させられた。続いて内側の防壁へも攻撃が開始され、早々にして防壁の2割が破壊されるという惨憺たる状況だった。

 

「播磨脳科学研究所のヘプトンケイルに支援を要請!」

 

そんな中、保安要員たちが下した決断はこれだった。播磨研究学園都市内にある剣菱グループの所有する播磨脳科学研究所。そこの地下にある超高性能AIヘプトンケイルに支援防壁の展開を要請したのだ。巨大企業ポセイドン・インダストリアルが持つデカトンケイルに匹敵する超高度並列演算が可能なヘプトンケイルの計算資源を以てすれば、サーバーの防衛は難しい事ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少佐、何やったんですかぁ~?」

 

タチコマは目の前の光景を理解し切れていなかった。侵入路の検索だけで膨大な時間を要する強固な攻性防壁相手に、彼女はたった1つのデータを注入しただけで打ち勝ってしまったのだ。さすがは特A級ハッカーといったところだが、いくら彼女でも果たしてこんなにも短時間でこの防壁を突破できるのだろうか。

 

「まあ、電脳空間での工作がハッキングの全てではないということよ」

 

驚くタチコマたちにそう答えた少佐は、心なしか不敵な笑みを浮かべていた。実を言うと、タチコマたちがハッキングの作業をしている間に、剣菱の保安要員に電話を入れていたのは彼女だった。もちろん、声は完全に総務部長のものに変声処理し、発信先も巧妙に偽装していたので、保安要員でも見抜くことは出来なかった。

 

社内規則でそういった事は本人と直接面会しなければ承認されないことにはなっているが、所詮は人間のやること。上の立場の者の声を借りてしまえば、セキュリティ担当者といえどもうまく丸め込めてしまうのだ。今頃、その担当者は侵入に気付いて気が気でなくなっているだろうが、彼女はそんな事など知ったことではない。極論を言えば、システムの中で最も邪魔な物は人間なのかもしれない。彼女はそう思っていたのだった。

 

めくり上がったゲートを、彼女とタチコマは悠々と通過していった。ネットワークの深部は深い青に染まっていて、まるで深海のような空間だ。無数に浮ぶデータから、彼女たちは目的のものを抽出し、プロテクトを解除して閲覧していく。

 

「うほほっ!これ、新しい小型思考戦車の設計図ですよ!色はオリーブドラブでアイボールは正面に1つ?何か、根暗そうな奴だなぁ」

 

「タチコマ!関係のないファイルを開くな、自分の仕事をしろ!」

 

少佐はタチコマたちをそう叱ったが、どうもここには彼らの知的好奇心を満たすものがあまりに多く、彼らも彼らでどうにも止められないらしい。仕方ないので、彼女はそのままタチコマたちを放置して情報収集を続けた。

 

その結果、一通り読み漁った限りでは特に有用なものは得られなかったが、今回の事件には関係のないものの重要な情報も多々あった。最近報道されている剣菱重工での裏金に関する内部監査レポート、新型偵察ヘリの談合に関する内部告発など様々だ。

 

その他に監査部のデータベースなどを片っ端から調べ上げた彼女は、まとめて9課のサーバーに転送し始めた。当然、内容は暗号化して筒抜けにならないようにした上で、複数サーバーを経由して追跡されないようにしていた。そうして、数分間かかる転送の間にも、彼女はプロテクトの掛かったファイルにアクセスし、不審な点がないか調べ続ける。その時、タチコマから報告があった。

 

「少佐!保安要員がオペレーターを再起動した模様。あと、ヘプトンケイルの支援防壁が展開されつつあります!」

 

「分かった。転送まであと2分かかる。それまで、何とか時間を稼げ」

 

「そんなぁ!あとで特別危険手当を要求しますからね!」

 

タチコマは不服を言いつつも、展開したコンソールを操作してサーバー内にばら撒いていたウイルスを起動させた。たちまち、ヘプトンケイルの張っていた支援防壁と衝突して共食いし、敵の侵攻を食い止める。それでも、相手は桁違いの計算能力を持つヘプトンケイルだ。タチコマですら、敵の攻撃に押され気味だった。

 

「敵の支援防壁は機能値95%!防衛ラインの30%が回復されました!」

 

「レベル3区画に展開中の攻性防壁472種のうち、52%が交戦中」

 

徐々に、敵の包囲網が狭まってくる。転送完了までの残り時間は1分を切ったが、それでも攻撃を防ぎ切るには厳しい状況だった。タチコマの前にあったコンソールの1つが攻撃を受けて弾け飛び、断片化したファイルの破片が周囲に飛び散る。

 

「ひゃっ!」

 

思わず悲鳴を上げるタチコマ。見ると、彼らの目の前には円形の記号情報として表現された対侵入者駆逐プログラムが近づきつつあった。放たれた合体ウイルスに、タチコマたちは展開された攻勢防壁を利用して逆に相手に攻撃を仕掛けたが、それも敵の防壁によって阻まれて効果はなかった。

 

「くそ~!しつこいAIだな!」

 

タチコマはそうつぶやくと、コンソールをさらに展開して臨戦態勢を取る。しかしその時、ようやくファイルの転送が完了した。

 

「よし!落ちるぞ、タチコマ!」

 

「え~っ!今せっかくいいところなのにぃ!」

 

少佐の指示に、タチコマはゲームに興ずる無邪気な子供のように答えたが、少佐の恐ろしい視線に仕方なく展開したコンソールを戻し、電脳空間から脱出する。そして少佐も、足跡を完全に消した後にネットから出ていった。現場には駆け付けた剣菱の保安要員だけが残されたが、先ほどまで侵入していた者が誰なのか、それを特定する手がかりは現場には何一つ残されてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「公安だ。連絡は受けているよな。ここの弾薬庫の管理責任者の工藤という男に会いたいんだが」

 

「かしこまりました。只今、案内の者が参りますのでお待ちください」

 

受付の女性型アンドロイドはそう告げると、視線を玄関へと戻した。ロビーの床は大理石風のタイル張りで、革張りの黒いソファにガラスのローテーブルまでもが置かれていた。演習施設にはふさわしくない豪華ぶりだが、新兵器の試験などを視察に訪れる多数の軍関係者を考えれば、これでも控えめなほどだろう。

 

バトーとサイトーは、そんなソファに腰を掛けて、案内係が来るのを待っていた。接待アンドロイドが紅茶を運んできたが、ゆっくりと飲んでいる時間はない。玄関の外では、タチコマ2機が待機していた。まさか工藤が逃げ出すはずもないが、ここには多数の兵器も保管されているので念を入れてのことである。いまだにバトー専用機はラボで修理中だったため、今日の機体はこの間代わりに乗ったタチコマを選んでいた。

 

「お待たせいたしました。こちらです」

 

スーツ姿の案内役の社員が奥の事務室から現れると、何度も頭を下げてうやうやしく2人を廊下の奥へと案内する。いくつかの会議室の扉の前を通り過ぎ、突き当りの小部屋に案内されたバトーは、躊躇することなくそのドアを開けた。部屋の奥には工藤と思われる1人の男が座っているほか、入り口の近くに警備員2人が立っていた。バトー達が入ったのを確認した彼らは、軽く一礼すると部屋から出ていった。

 

「さて、これで3人だけになったな」

 

バトーのその声に、俯いていた工藤という男は黙ったままだった。あくまでも、黙秘を貫き続けるつもりらしい。まあ、今の時代ならば記憶を吸い出して事実関係を確認することなど容易なので、黙秘などということは意味を成さないのだが。

 

「単刀直入に聞く。お前さんは、武器を横流ししたのか?別に、黙秘したって、後で分かることなんだぜ」

 

それでも、彼は黙ったままだった。サイトーは溜め息をつきながら、近くに置かれていた椅子に座る。バトーは持ってきていたファイルから書類を何枚か出すと、黙り込んでいる彼の目の前に置いた。口は微動だにしないが、目は動いている。そして、明らかにバトーの見せた書類を読んでいるようだった。

 

「残念だが、データを改ざんしたのはお前だという証拠が、もう出ちまってるんだよ。必死に偽装したんだろうが、こっちの手に掛かれば数分足らずで暴けるんだぜ」

 

バトーが彼に見せたのは、帳簿のログだった。そこには、彼が改ざんした部分が赤字で強調され、C4とHEIAP弾の流出を単純かつ明快に示していた。また、端末使用者の欄も工藤のIDが書かれ、加えて彼が端末を使っていた間の監視カメラの画像も、書類の中に含まれていた。これらすべての証拠集めは、バトー達がここに向かう間に完了していたのだ。

 

黙秘を続ける彼の顔にも、早くも諦めの表情が滲み出てきていた。もう一押しすれば、間違いなく吐くだろう。そう思ったバトーは、先ほどよりややきつい口調で、工藤に迫った。

 

「さあ、どうなんだ!やったのか、やってないのか、はっきりしたらどうなんだ!」

 

勢いよく机を叩くバトー。小刻みに震える彼の体は、冷や汗でぐっしょり濡れていた。無理のない事ではある。このようなサイボーグの大男に凄まじい剣幕で怒鳴られたら、誰でも恐怖を感じずにはいられないのだ。そして、ついに顔を上げた彼は、口を開こうとする。まさにその時だった。

 

《バトーさん!大変です、パトカーのようなカラーリングのハンヴィー3台が玄関に停まって、大勢の軍人が降りてきましたぁ!》

 

タチコマのその声に、バトーは舌打ちをする。

 

《そいつは陸自の警務隊だな。嫌なタイミングで現れやがった》

 

警務隊というのは、つまりはミリタリーポリスこと軍警察のことで、軍に関連する犯罪などの捜査を行う専門機関である。ただし一般市民への警察権は持たないので、犯罪捜査において表舞台に立つことは滅多にない。武器の横流しと聞いて、薄々感付いてはいたのだが、ここまで早く行動を起こしてくるとはバトーからしても予想外だった。

 

《お前ら、警務隊の奴らに姿を見られてねえよな?》

 

バトーがそう訊いたのは、他でもない。警務隊が来る前に工藤を連れて、ここから脱出しようと考えていたのだ。仮に向こうの手に工藤が渡ってしまえば、身柄の引き渡しなどの手続きに時間が掛かり、捜査にも影響が出てしまう。課長のコネがあるとはいえども、面倒な事態になるのは確実なのだ。

 

《それは大丈夫です!光学迷彩で駐車場の植木に隠れちゃってますから》

 

《ならちょうどいい。このまま裏に回って、そこで被疑者を乗せる。気づかれないようにしろよ》

 

《了解しました》

 

返事を聞いたバトーは、すぐに行動に取り掛かった。自白しようとしていた工藤は、訳の分からぬまま強力な力で無理やり立たされると、部屋の入口へと引き摺られた。さすがにこれには悲鳴を上げて抵抗するが、すぐにサイトーに口を押さえられてろくな声すら発せられなくなった。

 

「サイトー、ドアを開けるぞ。開けたらすぐに安全確認ののち、裏に回る」

 

「わかった」

 

ゆっくりと、バトーはドアノブへと右手を近づけていく。もう片方の手にはFNブローニングが握られていたが、さすがに警務隊相手にこれを撃つことはできない。できるとするならば、銃床で殴って気絶させるといったところだろう。一方のサイトーは、スタンナックルを右手にはめていた。これならば、確実に相手の意識を飛ばすことができる。

 

「3、2、1っ!」

 

だが、彼が勢いよくドアを開けようとした瞬間、ドアノブが彼の手をすり抜けた。突然、手の中から消えたドアノブに、バトーは全く状況がつかめない。そして、間もなくなだれ込んできたのは、白いベレー帽を被った軍服の警務官たちだった。バトーがドアを開ける前に、警務隊の方が踏み込んできたのである。

 

彼らは突入するや否や、すぐさまバトーやサイトーに拳銃を向ける。到底敵わないと判断した2人はそれぞれ武器を床に捨て、両手を上げた。

 

「令状は出ている。話はあとでゆっくり聞こう」

 

顎鬚を生やした士官と思しき男が、バトーの押さえていた工藤に向かってそう言った。間もなく他の警務官たちがバトーから工藤を奪うと、電脳錠で拘束して連行する準備をしている。

 

「おい、後で必ず取り返しに来るからな。それまで、そいつを殺すんじゃねえぞ」

 

顎鬚男にそう言い返したバトーだったが、彼は薄笑いを浮かべながら「ああ」とだけ答えると、部屋を去っていった。それに続いて、数人の警務官たちに周りを囲まれ、工藤が連行されていく。あっという間の出来事に、部屋に残された2人は溜め息をつくしかなかった。自分たちのヤマに関係のある被疑者を、みすみす横取りされてしまったのだ。

 

「畜生っ。警務隊のくせに、何で民間人の工藤を連行できるんだ?」

 

「近頃の法令改正で、軍関係者にも対象が拡大されたからだろ。まったく、生意気な奴らだ」

 

口々にそうつぶやいた2人は、自分たちの落とした武器を拾うと、部屋を出ていった。バトーが怒りのあまり力を込めてドアを閉めたせいか、蝶番が壊れたらしく閉めた後のドアが傾いていたのを見たサイトーは、ただただ呆れるしかなかった。感情を制御すべきなのは、タチコマではなくバトーなのではないか。とも、少しだけ思えてきた。

 

廊下を進むと、まだあの警務隊たちが玄関にいるのが見えた。気に入らねえ。バトーは再び舌打ちをする。だが、サイトーだけは、どこか妙な空気が漂っているのを感じ取っていた。戦場で感じるような、ただならぬ殺気。すぐにバトーもそれに気づき、しまい込んでいたFNハイパワーを抜き出した。 

 




2018/9/5 一部加筆修正

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