あの日から10年…
それぞれの明日へ

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サヨナラの贈り物

「10年経ってもここは変わらないわね…」

 

だらだらとした暑さが続く夏の終わり

隣に並び立っているつるこが、ギラギラと照りつける強い陽射しを額に手をかざし空を見上げている。私はそんな幼馴染みを横目に見ながら、手に持っていた白いお花を差し、お墓にむかい手を合わせた。

 

「あれからもう…10年も経つのね…」

私が一人つぶやくと、つるこも手を合わせお墓にむかう。

 

あの夏の終わり

私達に舞い降りた奇跡―――

ずっと言えなかったそれぞれの想いが再び一つに重なりあったあの日――

 

 

本当はめんまだってもっと一緒に居たかったと思う。もっと一緒に遊びたかったと思うし、大好きだったじんたんと一緒に居たかったはず。

それなのにめんまは、ずっと前に進めないでいた私達にちゃんとお別れをしてくれ、私達の背中をそっと押してくれた。

 

『めんまちゃんと言えたよ?ちゃんとさようなら言えたよ……』

 

朝日を背に消えていっためんまは…涙で瞳は濡れていたけれど、やっぱり彼女は笑っていた。

そして…めんまの声は今も私達の内で生き続けている。

 

あの夏から10年が過ぎていた。

 

 

―――――――――――――――――

―――――――――――

――――――

 

 

私とつるこはお墓参りを済ますと駅前の喫茶店で涼をとる。もう8月も終わりに近いというのに今年も暑い。テレビのニュースは毎年のように記録の更新の話題ばかり…。

汗で額にへばりつく前髪を払う仕草をするつるこは……特に改まるようすもないままに

「…今年の秋ね…結婚するの私達…」

彼女はいつも通りのように冷静に言い放つ。

ユキアツとつるこは高校を卒業後、東京の大学に通っていた。私では逆立ちしても入れないような大学に。仁太が悔しがっていたっけ…ブランクさへなければと。

でも、なんでも器用にこなす仁太では…やはり彼女達の大学へは行けなかったと私は思う。二人はいろんな意味で一途だったから。

「そっか。おめでとうつるこ。」

「もう鶴見ではなくなるから…つるこではなくなるわね。」

冷静な顔をしているつもりみたいだけど、頬が真っ赤になる癖…きっと本人は気付いしていないだろうなぁ。私は小さく笑いストローでアイスティをかき混ぜる。

アイスティの濃い茶色にミルクの白色が混ざっていくのを眺めていると

「めんまは白かったよね。肌もそうだけど、よく着ていた白いワンピが似合っていたわ。あの娘は白いまま……。でもねあなる。あなたも私には白く写っていたわ。まぁ…ヤキモロコシみたいな頃もあったけど…」

フフっと小さく笑うと―――再び二人を沈黙が包み込む。以前のわだかまりを持ち続けていた頃の私達なら息苦しい沈黙も今は違う。このシンとした時間も心地のよいものになる。

 

 

「あなたはしっかり者のあなる。じんたんだけではなく、ユキアツの理解者でもあった。私あの日言ったよね?あなたに嫉妬してたって…」

私はポツリポツリと語り出すつるこの話を黙ってきいている。

「めんまにね…ユキアツとあなるの告げ口をした日。あの娘は…

『めんまは~じんたんだけじゃなく、皆も大好きだからなぁ~』

そう言ってたって話しはしたわよね?あの後が実はあって…」

私はつるこの話を聞いて飲んでいたアイスティをテーブルの上におく。え?あの話の後?私聞いていない。つるこはまだ隠し事を?などと考えていると、私を見たつるこは優しく微笑んだ。

「別に隠し事ではないわよ?ただ…あの場面で言うべきではないと思っただけよ。」

 

 

「あなる。あなたはめんまに嫉妬してたと言っていたけどね、めんまもあなるを羨ましく思っていたのよ?」

そう言ったつるこは窓の外をながめ、遠くをみるような瞳をしていた。

つるこが言うには、めんまは皆に優しくされていたけど皆の事も大好き。仁太を見つめる私の瞳が恋を映し出していたのに気付いていためんまは…いつか仁太が私の方を向いてしまうと思っていたらしい。私にはとてもそうは思えなかったけど…

めんまは愛らしく笑っていたけれど…超平和バスターズの中では、誰よりも大人だったのかも知れない…そう思えた。

私が一人考えていると

 

「ねぇあなる。今年はまた皆で花火をしない?」

 

10年前と変わらない笑顔をつるこはくれた。

 

 

 

ピーンポーン…

閑散とした秩父の町の夜に乾いた音が鳴り響く。私は仁太の家に昼間の花火のお話しをしに来ていた。別に電話でも良かったのだけれども、付き合って数年…最近は中々会えない寂しさもあって私は直接会いに行くことにした。

暫く待ってみるが、家の中に人がいる気配がしない。お互いにもう二十六歳、仕事もしているのだから時間が合わない事もある。仕方がない…それは分かっている…頭では分かっているけど、心が言うことをきかない。会いたい…会いたいよ仁太…。

「あれ?鳴子ちゃんかい?」

私が諦め帰ろうとしたときに後から声をかけられた。仁太のお父さん篤さんだった。相変わらず頭に布を巻いている仁太のお父さんさんは笑顔で近寄ってきた。

「仁太はまだ帰ってないんだけど、約束していたのかい?」

私がいいえと応え二言三言挨拶をし、帰ろうとするが

「鳴子ちゃん。少し寄っていかないかい?塔子さんにも会って行ってあげてよ。」

そう言って頭の布を取ると、更に広がった額の汗を拭っていた。

 

 

仏壇の間――

飾られた塔子さんの写真は今日も笑っていた。写真なのだから当たり前ではあるのだけど、生前の塔子さんはよく微笑んでいたので私の中では今も彼女は笑っている。

「もう…15年も経つんだねぇ…」

努めて明るい声色で仁太のお父さんがお茶を持ってきてくれる。きっと仁太のお父さんは私が緊張しないように気を使ってくれている。

仁太のお父さんは塔子さんの写真の方を眺めながら塔子さんとの昔のお話しをしてくれた。

「そうだ!鳴子ちゃんにも見せてあげよう。」

そう言ってタンスの奥から古い日記帳を一冊取りだし、私の座っているテーブルの前に置いた。

 

塔子さんの日記だった。

 

「本当はねぇ仁太に見せたかったんだけどね、ほら仁太って高校生の初めの頃、自分の世界に閉じ籠ってしまっただろう?仁太が一人で立ち直った時に見せようと、ずっと持っていたんだ。」

そんな大切なものを私にだなんてと断ると、仁太のお父さんは首を横にふる。

「いや、仁太を立ち直らせたのは君達だよ。その中でも鳴子ちゃんは高校、大学と…その後も仁太を支えてくれた……付き合っているんだろう?二人は。ぜひ鳴子ちゃんだけは読んであげてほしい。」

そう言って彼はありがとうと私に頭を下げる。私は心臓の音が聞こえてしまうのではないかと言うほど高鳴り、そして顔に熱を帯びるのを感じた。

そうして、目の前の古い日記を手に取ると、私はそれをズシリと、とても重くかんじた。

きっとこれは私にとっても大切なものになる。そう予感がした。

 

 

 

 

○月○日

仁太が学校帰りに数人のお友達と走り回っているのを買い物帰りに見掛けた。男の子も女の子もみな楽しそうに野山の方にかけていくのが見える。

あんなに明るい仁太がそっと見れて嬉しい。

 

○月○日

今日は仁太を迎えに女の子が家に来た。この白い女の子は知ってる。確か本間さんの家の芽衣子ちゃんだ。イレーヌさんに似て可愛らしい女の子。仁太もすみにおけないわね。

 

○月○日

今日は仁太の誕生日会を家で開いた。何と言ったか……そう。超平和バスターズの皆が祝いに来てくれるそうだ。仁太は良いお友達を持って私も嬉しい。今日は腕によりをかけてレーズンパンをつくらなきゃね。それにしても超平和バスターズって…平和をバスターしちゃだめでしょうが。子供たちのネーミングセンスは本当に面白い。

 

○月○日

今日は少し頭痛がする。季節の変わり目はよく偏頭痛が多いけど……まもなく篤さんの考古学のお仕事も忙しくなる。私がしっかりしなくては。

 

○月○日

風邪を拗らせ病院に行くとお医者様に検査入院をすすめられる。仁太は泣きそうな顔で私にすがるけど、私は仁太!いっしょけんめ!いっしょけんめよ!仁太が涙目のままいっしょけんめ!と言ってくれる。私は仁太の頭を撫でると笑顔になった。

 

○月○日

私は入院することになった。篤さんは笑顔で少し身体を休めると良いよと言ってくれた。篤さんだけだと仁太の栄養が偏りそうで少し怖いけど、近所の安城さんが差し入れをよく持ってきてくれるみたいで安心した。

退院したら安城さんにもお礼をしなきゃ。

 

○月○日

入院して半年が経った。さすがに私でもわかる。きっと私は病気なのだろう。体がだんだんと重くなるのをかんじる。でも、それ以上にお見舞いに来る仁太の強がっている顔が心配だ。あの子はまだ幼い。無理して頑張る歳ではない。私は仁太が心配。

 

○月○日

今日は芽衣子ちゃんと鳴子ちゃんと知利子ちゃんがお見舞いに来てくれた。やっぱり女の子は男の子とは違う。どこからか摘んできたお花を持ってきてくれる。皆…仁太と仲良くしてくれてありがとうね……私は思わず涙が溢れると芽衣子ちゃんと知利子ちゃんは心配してくれ、しっかりものの鳴子ちゃんは可愛らしいハンカチを差し伸べてくれた。

窓際の花が心地好い香りを部屋に届けてくれる。

 

○月○日

最近仁太が泣かない。以前は感情を表に出す男の子だったのに、最近の仁太は強がった顔しか見せない。私を不安にさせないように頑張っているのかもしれないけど、母親としては心配だ。何とか仁太の自分で自分を閉じ込めている感情を出させられないだろうか…

 

 

 

窓から見える景色が何度目の夏を迎えたのだろう……。私のいる景色はいつしか、この病室の窓の大きさだけになった。

毎日のようにお見舞いに来てくれる夫の篤さんと息子の仁太。二人は私を元気つけるようにいつも笑顔でいてくれる。

でも私はそれが少しだけ痛い。

やはり年頃の男の子に無理をさせられない。篤さんにその事を言うと、彼は仁太は大丈夫だよ~。仁太は塔子さんに似て強いから。そう言って笑った。

初夏を思わせる夏の風が窓から入ってくるある日。今日は芽衣子ちゃんが一人で会いに来てくれた。私はお見舞いに持ってきてくれた林檎を切ってあげ、二人で食べていると私はふと自分の気持ちを芽衣子ちゃんにもらしてしまった。芽衣子ちゃんに私の心残りを託そうとしたのかもしれない……今となっては。

 

「ただねぇ、一つだけ……仁太は泣かないの。たぶん私がこうなっちゃったから、ずっと気を張ってるんだと思う」

「おばさん?」

芽衣子ちゃんは林檎を食べるのをやめ、私の方をみていた。

「生まれ変わりは楽しみだけど……それだけが気がかりで。いっぱい我慢させちゃって……本当はもっといっぱい笑ったり、怒ったり、泣いたり……してほしかったな。」

私が一人ポツポツと本音をもらすと、芽衣子ちゃんは青い綺麗な瞳で

「わかった。めんま約束する!じんたん絶対泣かす。」

力強く言ってくれた。あぁ…仁太はこんな素敵なお友達に囲まれているのね。あの子は決して一人ではない。私は込み上げてくるものを感じた。

「ありがとう。めんまちゃん。じゃあ……お願いしちゃおうかな?」

「うん!」

 

あの日、約束をしてくれた芽衣子ちゃんの声は今も私の耳に残っている。

あの数日後、芽衣子ちゃんは水の事故で帰らぬ人になった。私は一日だけ退院し、仁太と共にお葬式に出た。

あの綺麗だったイレーヌさんはすっかりやつれてしまっていた。焦点の定まらない不安定な彼女にかける言葉がわからなくて…そのまま帰る。

隣の仁太は…泣かなかった。悲しくないわけがない。あれだけいつも一緒にいた彼女だ。私が仁太を抱き締めると仁太は肩を震わせているが、涙は見せなかった。

 

その日を境に私の病状は悪化していく。病院の先生も看護師さんも…篤さんも大丈夫だとは言うけど、自分で自分の状態がわかる。

気掛かりなのは、あの日から仁太も病室へあまり来なくなったこと。

 

私は残して逝かなければならない仁太が心配だ。神様…どうかお願いします。もう少しだけ…もう少しだけ私に時間を下さい。仁太を……仁太を支えなきゃ……

 

 

○月○日

たぶん、日記をかけるのも今日が最後……

だから今日は二人とまだ見ぬ誰かに遺します。

篤さん。

あなたに会えて私は幸せでした。あなたの笑顔はいつも私を癒してくれた。あなたがいてくれたから、私はいつも微笑んでいられた。

ありがとう篤さん。大好きです。仁太をよろしくお願いします。

 

仁太

私はあなたが一番心配です。でもね?お母さんは仁太を信じています。どんなに辛くても、どんなに悲しくても、必ず乗り越えて生きていけると信じています。だからどうか、お母さんの死を悲しまないで、前に進んでください。お母さんはいつでもあなたの傍にいるから、寂しくなんかないの。ずっとずっとそばにいて、仁太のこと、応援しているから、だから

 

仁太、いっしょけんめ、いっしょけんめよ!

 

只一つだけ我儘がゆるされるなら

生まれ変わったらまた仁太のお母さんになりたいです。

 

 

まだ見ぬ誰か…仁太のお嫁さんへ

仁太は幼くして沢山の別れを経験させてしまいました。本当に母親としては息子を守ってあげられないのは失格だと思います。ですが…どうか息子を仁太をよろしくお願いします。私達が与えてあげられなかった愛情を、どうか仁太に与えてあげてください。

どうか……どうか……

 

 

最後のページの文字は滲んでいた。波打つ紙が、涙で濡れたであろう事を教えてくれる。

きっとこの日記は塔子さんの悲痛な叫び。仁太を…家族を遺して逝かなければならない、塔子さんの心の叫びだ。

日記を持つ手にポタリポタリと…涙がこぼれ落ちた。私は……泣いている自分に気付いた。

日記には塔子さんの想いが詰まっていた。日記の塔子さんは私達に見せてくれていた微笑みとは別に、色んな苦悩を秘めていたのかも知れない。

塔子さんはどんな気持ちで病室の窓から外を眺めていたのだろう…それを想うと胸が締め付けられた。私は仕事の時間のすれ違いで仁太を責める自分が恥ずかしく思える。こんな私が塔子さんの想いを背負える自信がない。私はカバンの中から一つの古びた御守りを握り締め…涙した。

私はまだ子供なんだ……

 

宿海家が長い沈黙に包まれた時

「ただいま~」

玄関から仁太の声が聞こえてきた。

久しぶりの仁太の声―――――

今にも仁太の元へ駆け出して行きたい気持ちを私は抑える。

私の一方通行な恋は仁太を幸せにはしない。きっと塔子さんが望んだ幸せとは違う。

「あれ?鳴子来るなら連絡くらいくれよ……って、泣いているのか?おやじ!鳴子になにを…」

「ううん違うの仁太…。違うから心配しないで?」

慌ててる彼は私の元にきて、そっと…でも力強く抱き締めてくれた。彼の体温が心地好い…。夏だからちょっとだけ汗の臭いがするけど、私の大好きな仁太の臭いだ…

彼の体に身を委ねると不思議と心が安らぎを感じる。仁太……大好きだよ……。私は声にならない声で彼に語りかけると、不思議なことに聞こえる訳がないはずの彼は抱き締める力を少しだけ強くしてくれた。

「……お前…まだその御守り……持っていてくれたんだな…。」

そう言うと彼は抱き締めた私の体を放し、真っ直ぐに私を見つめる。彼は少しだけ緊張した瞳をしているようだ。肩を抱く手に力が入っている。あ……仁太……キスをしてくれるんだ……。私は何となく彼の行動からそれを読み取った。

 

 

「あれ?仁太。あんたのポケットから何かこぼれ落ちそうよ?」

私は目のはしに付いたそれをつい口にしてしまった。急に二人の空間から戻された仁太は何やら慌てふためき、ズボンのポケットから小さな箱を落とした。落とした小さな箱は衝撃で蓋が開き、中から紅色のガラス状の宝石………ガーネットの指輪が顔を出した。

え…もしかして…仁太を上目に見つめると、慌てふためく顔と、どこか諦めたような顔をし、頬を染めそっぽ向いている。

「じ、仁太。もしかしてこれって……こ、婚約指輪?」

そう聞くと彼は観念したような、それでいて真剣な眼差しで私を見つめてきた。

彼の震える唇から緊張が伝わってくる。私は彼が決意してくれたのだと悟る。私はお守りを胸元で握り締め、彼の言葉を黙って待つ。

 

「高校に復帰した時、右も左も分からなかった俺のためにお前は隣でいろいろ教えてくれたよな。一緒に勉強し、一緒の大学に入ってくれて…そして…俺の恋人になってくれた。」

 

彼の言葉一つ一つから、彼の気持ちが伝わってくる。言葉以上の気持ちも一緒に伝えてくれているのが分かる。

「………ってくれ、就活も一緒に考え悩んでくれたよな。そのおかげで………」

止まったばかりだというのに、また涙が溢れてくる。真夏の涙は温かくてせっかくのお化粧もきっと凄いことになっていると思う。

でも、それ以上に幸せが私の心を包み込む。

私は幸せ………でも……

 

「ありがとな…俺はそんなしっかり者の鳴子が大好きだ。………」

仁太…好きよ。私もあなたが大好き。ずっとずっと待ち望んでいた言葉…

でも…私は仁太の傍にいていいのだろうか。塔子さんの望むお嫁さんになれるのだろうか…。

めんまは私を許してくれるのだろうか。いろいろな事が頭のなかで入り乱れ、考えが纏まらない。

「……だから鳴子。結婚しよう。一緒に幸せになろう。」

そう言って彼は私の体を抱き寄せた。

 

 

「……嬉しい……嬉しいよ仁太。」

 

――素直にそう思えた――

 

はりつめた緊張から解放され仁太が笑顔になるのがみえる。

「……でも、ちょっとだけ時間がほしいの…」

「え?鳴子…なんで…」

「違うのよ?仁太と結婚するのが嫌とかじゃないの。本当に嬉しいの。でも私……まだ自分に自信が持てないの。」

「なに言ってるんだよ鳴子?」

「だから……ごめんなさい!!」

 

何とかそれだけ言うと私は靴を履きその場から逃げるように走り去った。

「あれぇ~鳴子ちゃん帰るのかい?」

途中玄関ですれ違ったおじさんへの挨拶すらままならないままに。

 

 

.

 

.

「呆れた。それであなたは逃げ帰ったってわけ?」

「でも…」

私の言い訳なんか聞くまでもないと言うような素振りで、つるこは小説を読みながら、目線だけで応える。

昨日の仁太のプロポーズに対して、自分がどうすれば良いのかわからなくて……

次の日、結局私は会社に休みをもらい、つるこの職場である図書館に来ていた。

そんな私の不安なんかまるで興味なさそうに、ため息混じりにつるこは

「全く…あなる、あなたが何に悩んでいるかは、だいたい想像がつくわ。でもね…あなた、いつも事あるごとに握り締めている御守りは何なの?あれはじんたんの、あなたへの想いの全てではないの?あなたがそれを信じないで、誰がじんたんを信じるというの?」

 

 

仁太から貰った御守り。

大学受験のとき、私はどうしても仁太と同じ大学に通いたくて勉強した。でも…三年の頃には既にブランクを感じさせないような仁太の成績に、私は追い付けなくなっていた。仁太を追い掛けるのをやめよう……悩んでいた私に仁太は御守りをくれた。手書きで地元の神社の名前を書いた古い巾着袋に、粗っぽい縫い目。仁太は大学の合格祈願と言ってくれた。

 

手作りの御守りは私の宝物。

 

その日を境に不思議なことに私の成績は上がった。でも、そんな効力のある御守りの中身だけは、仁太は頑なに教えてはくれないし、見てもいけないとくぎをさされていた。

年が明け、私は絶対に無理だと思われていた大学に合格した。私はあまりの嬉しさに、一緒に合格発表を見に来ていた仁太に思わず抱き付いてしまった。

そんな私を引き放し、巾着袋の中身を見ても良いぞと彼は言う。私はいくら恥ずかしいからって何も引き放さなくても良いと思う。少しだけ不満がたまるが、仁太は早く開けろというので、私は少しだけ乱暴に巾着をあける。幸せな気分に水を差した彼への些細な仕返し。

中には神社の小さなお札と……紙切れが一枚入っていた。

 

"好きだ"

 

決して綺麗ではないけれど…無骨に書かれた力強いその文字が目に入る。

私は合格した喜びの涙なのか、長年の想いが叶った喜びの涙なのかわからないまま、その紙の文字を見詰めていると、仁太はきゅっと強く抱き締めてくれた。彼の暖かな体と心が冬の冷えきった私の体を温める。

周囲の目も気にせず、私は涙でぐちゃぐちゃのまま彼を……仁太を強く抱き締めた。

 

 

 

「きっと根が真面目なあなたのことだから、仁太を幸せにできるのだろうかだとか、めんまのことを気にして……何て悩んでいるのでしょうけど、とにかくあなる。あなたは難しく考えすぎなのよ。もっと自分の気持ちに素直になりなさい。」

いつの間にか読んでいた本を閉じ、私を真正面に向かい真剣にアドバイスするつるこは、分かりにくい所もあるけれど、やっぱり優しかった。

私のかけがえのない親友。

私はそんな親友に、自分の気持ちをもう一度整理してから、ちゃんと仁太に応えると言うと

 

「あなる。今日の花火……遅刻したらダメよ?」

 

そう言って彼女は満足そうに微笑んだ。

 

.

 

.

.

「鳴子。お母さんねぇ、今日素敵な夢を見ちゃった。」

 

お母さんと夕食後のお皿を洗っている時、お母さんは笑顔で話し出した。いつも賑やかな安城家。母の笑顔で話す内容は、悩みと言う名の袋小路に迷いこんでしまっている今の私には、気晴らしに丁度良いかもしれない。

 

「ほら!鳴子の彼氏の仁太君のお母さん。塔子さん覚えている?」

私はその名前を聞き、ドクンと一つ自分の心臓の音を聞いた気がし、皿洗いの手を止めてしまう。

 

「今日ねぇ、その塔子さんが夢に現れて『仁太を…よろしくお願いします。あの子を幸せにできるのは…鳴子ちゃんしかいないの。仁太が今一番必要としているのは…鳴子ちゃんだけなの。』って、何度も何度もお母さんに頭を下げてねぇ…お母さんが、これからは家族ですねと言ったら塔子さん……本当に嬉しそうに笑ってくれたのよ~。」

お母さんはまるで自分の事のように嬉しそうに話す。

「鳴子。あなたももう良い歳なんだから、そろそろお母さんに孫でも抱かせてよ。」

「……ねぇお母さん。お父さんと結婚した時、自分がお父さんを支えられるのかとか不安はなかったの?」

皿洗いをしたままの母は、手を休めることなくフフフと小さく笑う。

お母さんの、お父さんとのプロポーズの時の話は驚きだった。今では娘の私から見てもベタベタした親なのに、そんなお母さんもプロポーズを受けたのは四回目のプロポーズの時だったらしい。

お母さんもやはり、好きだったけど結婚となると躊躇してしまったらしい。普段、あまり悩まなそうなお母さんが……とも思っていたけど…

「鳴子?結婚はね、一人でするものじゃないでしょ?あなたが支えるだけじゃないのよ?お互いが支えあっていくものなの。足りない所を補って、支えあっていくの。あなたが何に悩んでいるのかお母さんには分からないけど、鳴子!最後はあなた自信の心に聞いてみなさい?」

 

ピーンポーン……

家の中を乾いた電子音が響く。

「ほら、仁太くん来たんじゃない?今日は花火を皆で上げるんでしょ?あまり、彼氏をまたせるものじゃないわよ?ほら!頑張ってあなる!」

ニヤニヤと含みをもたせた笑顔で私の背中をおす。

「ちょ、ちょっと何でお母さんがそれを知ってるのよぉ……」

ピーンポーン…二回目のインターフォンが鳴る。

 

 

私が玄関を開けると、なぜか少し離れた街頭の下に彼はいた。夜だから表情がよく見えない。私がプロポーズの返事を待たせてしまっているから機嫌が悪いのではと不安になり、二人を微妙な空気が包み込む。

「仁太…あ、あのね……」

何を話せば良いのか分からないまま話しかけようとする私の言葉を遮ったのは他でもない、玄関の中から如何にも知らなかったとばかりに、私がみても分かるバレバレの演技をする母だった。

 

「あらあら!仁太君。すっごい偶然ねぇ。」

お母さんが仁太が来たって言ったのに何が偶然なもんですか。しかし、私達の微妙な空気を少しだけ和らげてくれたお母さんに心の中で感謝する。

「……なのよぅ?仁太君も早く鳴子を貰ってくれない?こんな感じに出来上がっちゃったけど、私達の大切な娘なのよ。仁太君になら、おばさん安心して鳴子のことを任せられるんだけどねぇ。…」

ちょっとお母さん何を言い出すの?今さっき二人でそんなお話しをしていたばかりなんだから、少しは察してよ…と私が言うより先に母の話は先に進む

「それとねぇ?仁太君。鳴子のお肌がまだピチピチしているうちの方が楽しいでしょう?色々と…」

仁太が顔を真っ赤にして俯き返答にこまっている。私はそんな仁太の手を握りしめ、二人で走ってその場を逃げ出した。

 

 

もう…お母さんのバカ。どうしてくれんのよ。この気まずい空気。

私達は皆との待ち合わせ場所に向かっている。ふと手の温もりに気付き、手を繋いだままなことに気がついた。私は思わず手を放してしまうと、さらに微妙な空気が二人の距離を放す。

「な、なぁお前の母ちゃんが言ってた"偶然"…あれってなんだ?」

「あ、あれは今日お母さんの夢の中に仁太のおばさんが出てきたっていう、そういうどうでもいいような話しよ。」

「それ、どんな夢?」

 

さすがに仁太のおばさんの話し、中々諦めてはくれない。

 

でも…言えるわけがないでしょ!塔子さんがお母さんに鳴子をお願いしますなんていった夢だなんて。私は心の中で呟く。

「そ、そんなの私が知るわけないでしょ!?お母さんが見た夢なんだから!!」

つい、突き放すような事を言ってしまう。私…本当に素直じゃないなぁ…『もっと自分の気持ちに素直になりなさい』ほんと…つるこの言う通りだ。

仁太のプロポーズだって、照れ臭いけど、本当はとてもとても嬉しかった。

私が仁太を幸せにできないんじゃないかってのは、結局私が弱いだけなんだから……

 

考え事をしながら歩いていると、草木の隙間から私達の待ち合わせ場所が顔を出す。

 

 

超平和バスターズの秘密基地

 

大学を卒業し、それぞれの道を歩き始めてからはあまり来なくなったこの小屋も、毎年夏の終わりには決まって活気を取り戻す。まるで秘密基地も私達の帰りを待っていたかのように。

私が埃を見て、男共の雑な掃除にため息をついていると、仁太をはじめ、ゆきあつにぽっぽが、どんどん違う方に話しが流れていく。つるこはそんな三人を見てみないふり。

いつまでも変わらない風景がそこにはある。

私は小さく咳払いをし

「ほら!めんまを待たせちゃ悪いから、早いとこ、いつものを始めちゃわない?」

 

毎年夏の終わりに、めんまが好きだったものを並べ、まん中には花のような笑顔のめんまの写真。

10年前から毎年私達は、こうしてあの日と変わらない秘密基地で、あの日と変わらない笑顔のめんまを囲んで、私達はめんまと再会する。

「それじゃあ、みんな、手を合わせて」

リーダーの声に従い、私も私の中のめんまに再開する。

 

 

それぞれの再開が終わると、つることゆきあつは二人前に出て写真に向かい、二人の結婚の報告をした。

私は胸の奥にしまいこんでいた現実がつきつけられる。私は仁太のお嫁さんになる資格なんてない。私の気持ちの押し付けは、めんまもおばさんも望んでない。私はおそるおそる、めんまの写真に目をやると、やっぱり彼女は笑っていた。

 

「な、なぁ、俺達だけ楽しんで、ぽっぽをノケモンにすんのも可哀想だと思わないか?そろそろ花火の打ち上げ場に移動しようぜ!」

仁太がいうと、ゆきあつも賛同し、秘密基地を出て行く。

「あなる。行きましょ?」

全てを察知してる親友の短い言葉に私は救われる。短く返事をかえし、私もそろって発射場へと向かう。

 

 

発射台は山奥にある。只でさえ悪路な山道を、夕暮れ時に登るのは、馴れている私達でも大変なもの。

私達の前を歩くゆきあつ、とつるこが手を繋ぎ、支えあうように歩いている。正直なところ羨ましい。すぐそこに、手を延ばせば届くところにいるはずの彼が、今は遠く感じる。

私に勇気があれば、あの手を握ることができれば……

結局私達は、手を繋ぐどころか、声をかけることさえできなかった。

あれ?この道って…私は辺りを見回すと

間違いない。あの日めんまが私達の前に現れてくれた、あの場所だった。

薄暗いけど、間違いない。

めんまはあの木に寄りかかって、私達に会いに来てくれた場所だ。私は足をとめ、木の方を見ていると、少し前を歩く仁太も振り向き、私が来るのを無言で待っていた。その目はどこか優しさと、決意に満ちた、私の大好きな瞳だった。

私は仁太の方へ目線を向けたその時、目線の端に白い女の子が見えた気がした。

でもいくら見直しても、ただ薄暗い山の木しか見えなかった。

 

「す、凄い……」

花火を打ち上げるやぐらにつくと、私とつるこは口を揃えて言った。そこには10年前とは比べ物にならない程のやぐらがあった。

ぽっぽが自慢気にやぐらを叩いている。

私は、そのやぐらから飛び立つ花火を想像していると

「なあ、鳴子。昨日のことなんだけどさ…」

仁太の言葉に私は反応する。嫌、今はまだ何も聞きたくない。私じゃ、今の私では仁太の荷物にしかならない。私は居たたまれなくなり、振り向き走りだそうとすると、彼は私の手を掴んでいた。少しだけ痛い。でも、きっと彼は…

「俺、この前鳴子のことを傷つけたよな。お前にだって不安なこととかいっぱいあって――――――」

仁太は何も悪くなんかない。悪いのは弱い私。だというのに、彼は私を傷つけたと言っている。

「仁太はさ、本当に私でいいの?私お料理だってあまり上手じゃないし、めんまみたく可愛くもない。それにおばさんみたいに優しくないよ。めんまやおばさんのように仁太を幸せにできないかもしれないのに、それでも私を選んでくれるの?」

そんな私に仁太は、本当の涙を見せ合えるお前の変わりはいないという。本音で話し合えるのは私だけだと言ってくれる。

 

私は仁太を見上げると、私を見つめて

「俺達は二人の分までしっかり生き、たくさん幸せになるんだ。今度こそ二人の願い…叶えなきゃな!」

そう言って彼は一冊の真新しい日記を手渡す。中には

昨日の日付けと、"今日は鳴子にプロポーズをしました。ドキドキしました"

とあった。そう、これは…忘れもしない、めんまへの言葉だ。少し変えてあるけど、間違いない。今度は私に言ってくれるんだ。

涙で辺りが滲む。

彼の心が私を優しく包み込む。

 

「俺のお嫁さんになってください。」

 

飾りのないその言葉が心に響いている。嫌いになんかなれるわけがない。彼を失いたくなんかない。それほどの愛を私は彼から貰ったから。私はその愛しい手を握る。

 

 

 

夏の終わり

一陣の爽やかな風に懐かしい香りがした気がした。

 

手を繋いでいる私と仁太の横を、子供の頃のじんたんが走り抜けたような気がした。じんたんに続き、ゆきあつ、ぽっぽ、つるこが駆け抜けていく。先頭を走っていたじんたんは少し前で振り向き片手を上げて

『おーい!早くしろよめんまぁ!置いてっちゃうぞぉ。』

と言うと

少し遅れて白い女の子がじんたんに向かって『待ってぇじんたん』と叫びながら走り抜けて行く。目の前のめんまは振り向き、『あなる?いつまでそこにいるの?めんまは歩きだしたよ?次はあなるの番だよ?』

と言って小さな手を私に差しのばした。

私はその小さな手をとると涙が溢れる。そうよねめんま。私も歩き出さなきゃだよね?

そう言うとめんまは、あの時と同じ笑顔を見せてくれた。

私、仁太と共に生きたい。仁太と支えあって生きていきたい。そう決断した時、そっと背中を押された気がした。

『鳴子ちゃん。いっしょけんめ!いっしょけんめよ!』

懐かしい声が耳の傍をよぎる。

きっと塔子さんも背中を押してくれている。

私は握りしめた仁太の手を強く握り返した。

「仁太のプロポーズ…私うける。こんな私だけど、よろしくお願いします。」

そう言うと彼はパッと咲いた花のような笑顔を見せてくれ、私を引き寄せ口付けする。

「幸せになろうな?あなる」

「もう…あなるって呼ぶなってーの…………」

そう言うと再び二人で抱き締めあい口付けをする。

「おめでとう。あなる。」

つるこもゆきあつも笑顔で私達を祝福してくれる。

「ありがとう…」

嬉しさのあまり、声にならない声で心からのありがとうを伝える。

 

 

 

 

「おーい!花火に火をつけるぞぉ!?」

遠くでぽっぽが叫んでいる。10年前に組んだやぐらとは違う。今度はもっと高く、ずっと遠くまで飛び立つ花火。私達の思い出と気持ちを乗せてどこまでも、どこまでも…

いつまでも変わらない幼馴染み達の掛け声と共に飛び立った花火は

夏の夜空に大きくて綺麗な花を咲かせた。

 

その花はめんまの笑顔のようにキラキラと輝いていて、それでいて塔子さんのように私達を包み込むような優しい色を彩っていた。

夏の終わりに咲いたサヨナラの贈り物。

夜空に咲いた輝く花の名前を私達はまだ知らない…。

 

 

オシマイ。

 

 




以前に他のサイトにあげた、あの花の小説です。

テレビドラマ………微妙です(ーー;)


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